6.学校一の……
ある日、実音の元に紣谷秀奈と縫のふたりが定期演奏会のパンフレットのことで相談してきた。
「毎年恒例のパート紹介のことなんだけどね」
「テーマに合わせて、今年はRPGで出てきそうな場所をそれぞれのパートに当てはめてみようと思う」
プリントアウトした紙には、パートごとのイメージに合った店の名前などが書かれていた。
「うん、いいと思う。それで?」
「ここに載せる用で写真を撮りたいの。で、どうせなら、ホームページでも同じような紹介をしたいなぁって」
「こっちは顔がはっきり映らないようにする」
任せていたことを、ふたりで更に良くしようする姿勢に、実音は感激した。
ほかのことが忙しすぎて、なかなか手が回らなかった。だが、ホームページも大切な宣伝ツールだ。ふたりに頼んで本当によかったと思った。
「いいね、それ」
「やった! 実音ちゃんの許可も出たけん、早速写真撮っても大丈夫?」
「私から?」
「だって、一番撮りがいありそうだし。ね、ヌイヌイ?」
「……まぁ、そうだな」
縫はいつの間にかカメラを構えており、それを実音に向ける。
「でも、どんなポーズすればいい?」
「王道で楽器を吹いとるところは欲しいよね。あと、正面も欲しいし……横顔も素敵! 物思いに耽っとるのもありだね」
カメラを持っていないくせに、手でフレームを作って実音を捉える紣谷。こういったことに慣れているのか、実音は素直に指示に従う。
縫は、紣谷の言ったポーズをどんどんこなす実音を連写で撮っていく。
(なんで、連写?)
そこに、海がひょっこり顔を覗かせた。
「なんばしよーと?」
「あ、海。あのねーー」
紣谷が説明すると「面白そう!」と言って、海もスマホで一緒に写真を撮り始めた。
「海は関係ないよね? どうして撮ってるの?」
「え? 別によかでしょ。減るもんじゃなか」
実音の疑問を、海は適当に返す。
(後で、この写真を大護に送りつけてやろうっと)
見返りを求めて、海は実音のベストショットを撮っていく。
海と縫がたくさん撮り、それを四人で確認した。どれも写りが良く、変な顔が一枚もない。
「これ学校で売ったら、部費の足しとして充分な収入になりそうだな」
「ヌイヌイ、悪い顔しとるよ。実音ちゃん引いとるけん、やめてあげて」
「なんで? 結構撮ったし、サインつきの生写真なら暾あたりがすぐに飛びつきそう」
「それはダメ」
海が反対すると、その反応を見て縫は怪しんだ。
「海も同じようなことする気だろ」
「ち、違うよ! 実音を使って大護に何か奢らせようだなんて、そんなこと」
バカな海は、その企みを自分でバラしてしまう。
「海、データを消しなさい」
「だ、だから違うってば!」
「海」
「……はーい」
実音の圧に負け、海はおとなしく削除作業に入る。
「縫君も、変なことに使わないでね」
「……」
「縫君」
「……はい」
しっかり約束させる実音。
縫が撮った写真を見ていた紣谷は、そんなやり取りを放っておいてその出来栄えを称賛した。
「それにしても本当にモデルがよかね。プリンスもだけど、ふたりが衣装着て並んだらそれはもうすごかね」
「でも、それを言うならーー」
「あー!」
実音の話を途中で遮る紣谷。
「そがんことより、ついでだから海も撮ろ!」
「わーい! 撮って、撮ってー!」
進んでモデルになりにいく海。
縫は彼女に向かってカメラを構える。だが、シャッターはなかなか降りない。
「雅楽川さんの後だと、全然撮る気がせん」
「は? わたしだって、結構可愛いと思うけど?」
「どこが?」
真顔で訊く縫。
ブチっと切れた海は、縫に蹴りを入れた。
「もー。ヌイヌイ、正直に言いすぎ」
「ひーちゃん!? そこは『海も可愛い』とか言うとこでしょ!」
「あはははは」
「笑って誤魔化すな!」
賑やかな三人。実音は静かに教室を出ると、練習をするためにほかの空き教室を探しに行った。
別の日ーー。
この日は顧問の文によって、男子だけが教室に集められた。その間、女子たちは個人練習をしている。
「全員いる?」
「いや、ひとりいません」
文が尋ねると、代表で縫が答えた。
「え、誰だい?」
「泓です」
「彼、さっき会ったよ? なんでいないの?」
「それは……」
なんと答えれば良いのかわからず、縫は言葉に詰まる。
「泓君って、サックスだよね? 私、教室見てきます」
文に集めさせた張本人である実音がそう言ったその時、ドアが元気よく開けられた。
「あ、おった! もしかして、オレ最後? 遅れてすんません!」
ボサボサの髪と共に楽器を持って現れたのは、バリトンサックスの二年生の泓だった。
「文先生から連絡あったよね。『男子だけ集合』って。どうして来るのが遅かったの?」
「あれ、みおたんも一緒? やったね!」
「……みおたん?」
いきなり変なあだ名で呼ばれ、実音は戸惑う。
「気に入らん? 『便利屋』のーー」
「うわー!」
泓のセリフに被せるように叫ぶチューバの万屋。
彼のスマホの待ち受けは、実音をモデルにしたオリジナルキャラクターだ。そこに「みおたん」と書かれているのを、偶然泓が見てしまった。だから、泓は深い意味はないが呼びやすいという理由で「みおたん」と呼ぶことにした。
「呼び方は別になんでもいいけど、遅れた訳は教えてくれる?」
突然叫んだ万屋を気にしながらも、実音は泓に問いかけた。
「えっとー、連絡来て『男子集まるのかー』って思って、それで練習しとったんだよ。そしたら、パートの一年の男子がふたりともおらんくて、女子が『なんでおるの?』って訊いてくるけん『あ、オレのことか!』ってなって、急いで来たんだ。まったく、なんで教えてくれなかったんだよ」
やれやれという顔で、泓は後輩に言った。
「いや、言いましたよ。『先輩、男子集合ですって』って」
「そしたら『うん、知っとる』って、先輩言っとりましたよ」
「何言ってんだよ、お前たち。『知ってる』と『理解してる』は別だろ?」
首を振って呆れたという顔をする泓。
理解できない実音は、縫に助けを求めた。
「泓は……その……とんでもないバカなんだよ」
一応教師の目の前ということもあって言葉を選ぼうとした縫だったが、彼に似合う言葉はそれ以外思いつかなかった。
そう、泓は学校一の「バカ」である。
「と、とりあえず、楽器は向こうに置いてこっちに立ってもらえる?」
縫の説明にどういう反応をすれば良いのかわからず、戸惑いながらも実音は指示を出した。
「はいよー。で、これから何すんの?」
ニコニコで訊いてくる泓。全員のやる気が削がれそうだった。
「今日はね、僕が教えるよ」
同じテンションで、文が前に出た。
「ブンブンがやるの? 久しぶりだね」
「だって、今回は僕の得意分野をやるからね。彼女は補助だよ」
「そうなんだぁ。ま、気張れよ」
「それは君たちだろ。まずは口を大きく開けてみようか」
「今日って、歌やんの? 楽器持ってきた意味なかったのかよ」
「うん。泓が僕のメッセージをちゃんと読んで理解していないことは、よーくわかったよ」
「どうも」
へらへらと笑う泓と文に、周りは溜め息をついた。
次の演奏会で重要な練習なのだが、なかなか締まらない。
「ほら、やるよ」
(やっぱり、得意分野なだけあるなぁ)
実音は文の指導を見て、感心していた。
機敏さはなくどちらかというと緩いままだが、内容については問題なかった。
おでこに手を当てて歌ったり、自分で実際に歌うことで悪い例と良い例の見本を見せている。
「お! 今のよかったなぁ。口をただ大きく開ければいいってもんじゃないんだよ。どう響かせるかなんだ」
そんな文の指導で、ひとり苦戦する者がいた。プリンスだ。
「野田。あんまり無理しなくていいからね。苦しそうだけど、大丈夫かい?」
「……はい」
まだ声変わりを終えていないプリンス。ほかの男子と比べて背は低いが、声は少し高い。無理に下げようとして、辛そうな表情である。
「プリンスは無理しなくていいって。オレたちが代わりに声出せばよかろ?」
一方、泓の歌は抜群に上手かった。
声が張っていて、遠くまでよく伸びる。残念なのは、表現力がないことだ。
「泓はいい声だね」
「うす」
「でもこの曲、そんな明るいものじゃないだろ?」
「……?」
「どういうのか、わかってる?」
「全然!」
曲の意味など全く理解していない泓。
その元気な返事に、彼以外の全員が頭を抱えた。




