4.大護のパパッとクッキング
「ただいまー」
「もう帰ってきたとね」
海の家に着くと、海ママが出迎えた。
「お邪魔します。海さんと同じ部活の雅楽川実音と申します」
「あらー! みじょかねぇー(可愛いわね)。海から聞いちょっとばってん、噂以上だわー。大護も一緒? あ、こんなに貝ばとっとっとね(取ってきたの)?」
大護が持っていたバケツの中を見て、海ママは顔を輝かせる。
「そ。これ捌いちょって」
「えー。お母さん、これから畑ば見に行かんと」
「ばあちゃんは?」
「その辺さるきよっと(ぶらぶら歩いてるよ)。今晩のしゃー(おかず)にするんなら、後でよかろ?」
お腹が空いている海は、もう我慢できない。「すぐ食べたい」と言って、しつこくせがんだ。
「本当にこの子はいやしかもんよ(食いしん坊だよ)。こどんじゃあいっばすんのご(子供じゃないのだから)、もう自分で作らんと」
「無理」
「なら、俺が捌くよ」
駄々をこねる海を退かし、大護はキッチンに入る。
「大護なら安心ね。昨日蒸した芋がいっぴゃあ(いっぱい)あるけん、勝手に使って」
「うっす」
「実音ちゃん、ゆっくりしてってー。そいぎぃー」
そして帽子を被ると、実音たちを残して家を出ていってしまった。
「海のお母さんって、何してる人なの?」
「うち農家なの。言っちょらんかった?」
「うん。今知った」
「こっちは俺がやっとくけん、ふたりは着替えてきたら?」
「そーする。砂、まだついちょっとん。実音、あっちで洗お!」
「え……うん」
大護だけに任せても良いのかと一瞬考えたが、自分ではマテ貝を捌けなさそうだったため、実音は甘えることにした。
「大護君、手伝えなくてごめんね」
「よかよか」
「わたし、醤油バターがいいなぁ」
「海は少しくらい遠慮しろ」
貝の砂を洗い流し、ナイフで割って内臓を取っている大護。そんな真剣な彼を置いて、ふたりは浴室へと向かった。
ふたりが着替え終わってリビングに行くと、いい匂いが漂っていた。
「マテ貝って、砂抜きしなくていいんだね」
「そうなの。だから、すぐに食べたい時にピッタリの貝だよ」
大護がテーブルに出来上がったもの置き、海もお茶や箸を用意する。
「量が少なかったけん、ジャガイモでかさ増ししてみた」
海のリクエストどおり、大護が作ったのは醤油バター味のマテ貝とジャガイモ。
その出来立ての料理に、海は誰よりも先に箸を伸ばした。
「うまかー! 実音も食べて」
「……いただきます」
実音にとって初めてのマテ貝。慎重に口に入れる。
「どう?」
「……うん。美味しい! 思ったより食べやすい。大護君、料理上手なんだね」
「そう? 大護は魚介類しかレパートリーなか。野菜を切るのは下手よ」
「海に言われたくはなか」
海はあまりの美味しさに箸が止まらない。あっという間に皿の中の料理が減っていく。
「しゃー、なくなるやろ。少しは残さんと」
「あともう少し」
「やめとけ。おばさんに怒られても知らんぞ」
「えー」
まだまだ食べたかったが、海はグッと我慢した。
これ以上彼女が手をつけないように、大護は皿にラップをする。視界に入るとまた食べたくなるため、海は逸らすために実音に話題を振った。
「実音ママ、やっちゃ(すごく)美人だったね。しかもテキパキしとって、『できる女』って感じだった」
「そう?」
「うん。それにミニコンサートの時に撮影しとったのって、実音ママなんだね。あの時は気づかんかったよ。保護者会の時もすごかったって、うちのお母さんが言っちょった」
「へぇー。俺も会ってみたかー」
どんな人なのか想像しながら大護は呟く。
パレードの時に実音ママが近くを通ったのだが、彼は実音しか視界に入っていなかった。ちなみに、海のことも少しも見ていない。
「実音ママって、吹奏楽経験者?」
「ううん。学生の頃は帰宅部だって。私の部活の手伝いをしていくうちに、周りから教わっていろいろ覚えたみたい。私、南島原でしょ。電車が通ってないから、途中までバスなんだけど、部活やるようになってからは始発も終電も合わなくて。だからいつも車で送ってくれるの。本当に感謝してる」
「そうだったの! それは大変だ」
「でも、東京に置いていったお父さんの面倒を見なくてよくなったから、日中はボランティアして楽しんでるみたいだよ」
「そしたらもう電車に乗った方がよか。今日のバスの終電には間に合うだろ」
時計を見て大護が言うと、海はキッチンから何かを持ってくる。
「せっかく来てくれたけん、これ持って帰って」
海が渡したのは、大量の野菜だった。
「こんなにいいの?」
「売るほどあるもん。よかよ」
「ありがとう! 野菜好きだから、すごく嬉しい!」
「でも重いでしょ。大護に持たせるけん、駅まで送ってもらって」
またしても気を利かせて、ふたりっきりの時間を作ってあげる海。下手くそなウィンクを大護に送る。それに彼は心の中で手を合わせて感謝した。
海の家を出て、実音と大護はゆっくり駅へと歩いた。
「この前のパレード、見にきてくれてありがとうね。どうだった?」
まだ感想を聞いていなかったことを思い出し、実音は大護に尋ねた。
「よかったよ。パレードって初めて見たばってん、上手かったと思う」
(あと、めちゃくちゃ可愛かった!)
彼は心臓にダメージを負ったことは秘密にする。
「みんなすごく練習したの。それが伝わったみたいで安心した」
実際は実音以外のことは全く覚えていないが、良い方に勘違いしているため大護もそのままにしておく。
「実音も楽器の修理が終わったんだろ? 吹いとるところ、早く見たい。今度、お願いしに行くと思うけん、そん時はよろしくな」
「……」
すると、実音は気まずそうな顔をした。
「実音?」
不思議に思ってその顔を覗き込むが、視線が合わない。何かやらかしたのかと焦るが、原因がわからない。
とりあえず、大護は別の話に切り替える。
「そういえば、実音って小さい時に島原に来たことあるんだったよな?」
「うん、そうだよ」
話題が変わり、実音はホッとする。
「南島原がお母さんの実家だけど、島原にも親戚がいたからね」
「じゃあさ、もしかしたら俺たちその時にどっかで会ったことある?」
「え?」
大護がパレードの時に感じた既視感。その理由として考えられるのは、それくらいだった。
過去の記憶を辿り、実音は一生懸命考える。
「うーん、ごめん。もしそうだとしても、思い出せないや」
「そうだよなぁ」
実音の返事に落ち込む大護。
それを見て、実音は元気を出してもらいたくて必死に話しかける。
「でも、春からのここでの思い出は、絶対忘れないよ! 制服で飛び込んだ時に助けてくれたことや、買い物に付き合ってくれたことや一緒にろくべぇを食べたことも、先輩に絡まれているところを庇ってくれたことも、今日みたいに貝掘りをして大護君が料理を振る舞ってくれたことも、全部! みんな大切な思い出だから!」
「……実音」
自然とその手に大護が触れそうになったその時、電車の近づく音がした。
「あ、電車来ちゃった! 荷物、ありがとね」
「いや。重いのに平気?」
「うん。海の家族が作った大事な野菜だからね。重くても大丈夫。じゃあ、また明日ね」
「ああ」
名残惜しさを隠して、手を振って見送る大護。
実音は鞄を肩にかけ、両手で重い袋を抱えながら笑顔で応えた。
(あんなこと言われたら、ますます好きになるって)
出会ってからの出来事を「大切な思い出」だと言ってくれたことが、すごく嬉しかった。それは大護自身も思っていることだ。
次は何をしてあげようか、彼女を想いながら考える大護であった。




