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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
6月

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3.きゃーほりデー

 今日は日曜日。

 顧問の(かざり)はお休みで、代わりに保護者が見回りに来ている。部員は自由参加で、この日は部員の約三分の二が個人練習をしに登校した。


 大三東(おおみさき)では、「自主練習」はちゃんと「自主練習」である。「強制練習」ではない。生徒にも休みは必要だ。

 これは保護者会にて、実音(みお)ママがしっかりお願いしていたことだ。休む権利を奪わないように、親も注意するようにと話した。

 「自主練習に来るかは個人の自由」。そんな当たり前のことを侵害しない部活であり続けられるように、生徒も保護者も心がけることになった。

 その提案をした実音自身は、普通に登校した。前の学校のようにほかに強要したり、されたりしない本物の自主練習。やることが多いため、朝から張り切っていた。

 午前中は基礎トレで身体をしっかりほぐしてから、楽器も基礎だけをとにかく練習した。「何よりも基礎が大事」だと、吹奏楽を始めた当初の恩師から教えられた実音。今もそれを守っている。

 午後は次の演奏会とコンクール曲の練習。音楽室から持ってきたハーモニーディレクターを使い、メロディーを歌ってから楽器で真似をする。ひとりしかいない教室でも、恥ずかしさを感じることなく声を出す。


 オーボエはほかの木管楽器よりも速い連符が少ない。見た目はクラリネットに似ているが、構造的に速い動きがしにくい。それがわかっている作曲家や編曲者は、クラリネットやサックスやフルートが速い連符をしている中、オーボエにトランペットと同じ動きをさせたりする。だから連符よりも、メロディーの歌い方の練習を多くする。

 ほかと比べて音程が安定しにくい楽器だ。口で歌えないと、楽器でもできない。難しいが、その分おいしいソロが多いのも特徴である。


 実音は途中でまた身体をほぐすのを忘れない。闇雲に吹いていても、消耗品のリードの状態が悪くなるだけだ。歌って、吹いて、ほぐしてを繰り返す。

 そんな彼女のいる教室のドアを勢いよく開ける人物がいた。(うみ)だ。


「海? どうしたの?」


 練習しに来ていた海。

 何か問題でも起きたのかと、実音は心配になる。


「きゃーほり、行こ!」

「はい?」


 聞いたことのないワードが飛び出し、困惑する実音。

 それに構うことなく海は急かす。


「早くせんと! 時間がなか! ほら、片して行くよ!」

「どうしたの? 行くってどこに? それより練習したいんだけど」

「練習はいつでもできるでしょ。きゃーほりは今だけだよ。ほらほら!」


 時間を気にして急ぐ海。実音は仕方なく片づける。


「服はそのままでよかよ。汚れるし」


 海は体操着姿の実音を見て言う。


(汚れるって、本当に何するの?)


 尋ねてもうきうきで答える気がない海。実音は諦めて一緒に学校を出ることにした。









 ふたりがやってきたのは干潟だった。


「もしかして、『きゃーほり』って貝掘りのこと?」

「そ。ハイシーズンはちょっと過ぎたばってん、今年まだやっとらんけんね。実音は初めて?」

「アサリなら小さい頃に採ったことあるよ。家族で千葉に旅行に行った時に」

「アサリ? きゃーほりって言ったらマテ貝でしょ」

「マテ貝?」


 馴染みのない貝の名前が出て、実音は首を傾げる。


「おーい!」


 どんな貝か訊こうとしたその時、彼女は遠くで大声で叫びながら手を振る人物に気づいた。


大護(だいご)だ。さっき道具を持ってきてって頼んだんよ」


 海の言うように、大護はバケツを持っている。

 ふたりの傍までやってくると、彼女たちにスコップとふりかけの容器を渡す。その中には白くてサラサラしたものが入っていた。


「急に連絡してきて、何かと思えばきゃーほりかよ」

「急に思い出したんだもん。ほら、早くせんと」


 海は靴と靴下を脱ぐと、どんどん奥の方に行ってしまった。

 実音も同じように脱いで、素足で砂の上に立ってみる。柔らかく冷んやりした地面が、とても新鮮だった。


「えっ! 何これ」

「足取られんように、ゆっくりな」


 大護は実音を気遣い、一緒にゆっくり歩いてあげる。

 やがて海がいるベストポジションに辿り着き、その場に三人でしゃがみ込む。


「大護、お手本見せてあげなよ」

「おう」


 大護は持ってきたスコップで、浅く平に砂を掘っていく。すると、小さな穴が現れた。


「穴、見える? ここにこれを入れるんだ」


 そう言って、ふりかけの容器から白いものを穴の中に少し入れた。


「それ何?」

「塩。こうすると、びっくりして飛び出してくる」

「へぇー」


 実音が感心していると、中からニョキッと長い何かが出てきた。


「ひゃあっ!」


 思っていた貝のビジュアルと違う物が現れたため、驚く実音。思わず大護の服を掴んでしまう。


「っ!」


 それに動揺し、大護はせっかく出てきた獲物を逃してしまう。


「ちょっと! 何見逃しとるのよ!」


 海は大事な食材が砂の中に逃げてしまい、プクッと頬を膨らませた。


「あ、ああ、悪い。またすぐ出てくるけん、少し待ってろ。実音、マテ貝は別に襲ったりせん。安心して」

「……うん」


 返事はしたものの、まだ手を離さない実音。

 大護はドキドキしながら、次のチャンスを待った。


「来た!」


 そして同じところから再び顔を出したマテ貝を、彼は今度こそ手で引っこ抜くことに成功する。


「ほら、これがマテ貝」


 手に乗せた貝を、大護は実音に見せてあげる。それを彼女は恐る恐る触る。


「……初めて見た」

「これね、すっごく美味しいんだよ」

「この二枚貝、殻が脆くてあまり流通しないんだ。だから、地元の奴らが自分たちで採って食べるんだよ」


 何度かつんつんと触って慣れてくると、実音もマテ貝探しに挑戦してみることにした。

 同じように砂を掘り、穴を見つけ塩を入れる。少し待つと、中からマテ貝は姿を見せた。


「今だよ!」


 それを引っこ抜こうと手を出すが、触った瞬間「きゃっ」と小さな悲鳴とともに実音は大護の服を再び掴む。

 大護は、そんな女の子らしい反応が可愛くて仕方がない。


(わたし、お邪魔かな)


 イチャイチャしているようにしか見えないふたりに、海は気を利かせてそっと離れた。

 面白いから見ていたい気はするが、それよりもお腹が空いているため彼女はマテ貝に集中した。








 引いていた潮がこちらに近づき始め、実音たちは引き上げる準備をする。


「海、見て! こんなに立派なのがいたの!」


 完全にマテ貝に慣れ、実音は海に成果を報告した。


「最後の方は、かなり素早く引っこ抜けてたな」

「大護君の教え方が上手なんだよ」


 褒め合うふたりに、海は自分のバケツを見せる。


「わたしもこんなに見つけたよ」


 中を覗くと、大量のマテ貝が入っていた。


「バカ、海! こんな小さいのはダメだろ。戻してこい!」


 漁師の息子として、大護は注意をする。サイズの小さいものをピックアップし、返してくるように言った。


「せっかく見つけたのにー!」

「ダメだ。将来のためにも、採りすぎはよくなか!」

「ケチー」

「早くせんと潮がもう来るぞ」

「むぅー」


 口を尖らせながらも、海は言うとおりに戻しに行く。


「そういうの、しっかりしてるんだね」


 実音がしょんぼりする海を見ながらそう言うと、大護は胸を張った。


「俺はここの環境を守らなきゃならないんだ。十年とか百年とか先でも、ずっと豊かな恵が続くようにな。代々漁師としてここで暮らしてきた責任が、俺にはある」

「……かっこいいね」

「っ! そ、そう?」

「うん」

「……そっか」

「いい雰囲気のとこごめんね。そろそろわたしのお腹が限界。早くこれ食べようよ」


 マテ貝を戻し終えた海が話しかけると、実音はパッと大護から離れて海の元へ走った。


「そんなんじゃないよ!」

「本当に?」

「うん!」


 必死に否定する実音も可愛いと思ってしまうが、お腹がさっきから鳴っているため海は揶揄うのをやめてあげる。


「さ! 早く食べよ!」

「食べるって、どこで?」

「わたしの家。大護、荷物持って」


 足を拭き、靴を履く海。

 大護にバケツを渡すと、実音を引き連れ家へと向かうのだった。

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