2.フォワード・マーチ!
迎えたパレードの本番当日ーー。
今回も担当責任者の吉田は、各出演団体と最終確認を行なっていた。
参加団体は全部で四つ。
小学生の金管バンドがふたつに、一般のジャズバンド、そして大三東高校吹奏楽部だ。
「大三東さん、今日もよろしくお願いします。何か問題はありませんか?」
吉田が顧問の文に尋ねると、彼は前回よりもリラックスした表情で答える。
「いえ、大丈夫です。今日は歩くだけですからね。踊らないのは楽でいいです」
(いや、先生個人のことじゃなか……)
心の中でツッコミを入れ、吉田は実音に話しかけた。
「今回は、衣装変えたんですね」
「これですか?」
前回は制服で参加した大三東。今回は下は制服で、上は白い服を着ている。
「実は、これ体操着なんですよ」
「そうなんですか? 言われてみれば……」
よく見ると、胸の辺りに白いテープが貼ってある。
「名前入りなんで、こうやって隠してるんです。お恥ずかしい話ですが、衣装を買う予算がなくて」
ほかの団体は、購入したお揃いの衣装を身に纏っている。それを気にして話す学生に、吉田は同情してしまう。
「それは可哀想に。せめてTシャツくらい買う余裕があれば……」
(商店街の洋服店に、今度相談してみようかな)
吉田がそんなことを思っていると、そろそろパレードの開始時刻が近づいてきた。
「では、私は先頭の団体の様子を見てきますので」
「はい、今回はサプライズなしでいきますので、よろしくお願いします」
「あはは」
笑いながら去る吉田を見送り、実音は文に声をかけた。
「先生の役目も、かなり重要ですからね」
「あれだろ? 甲子園の入場の女の子みたいなことをすればいいんだろ?」
「間違ってはないですけど」
文の仕事は、一番先頭でプラカードを持って歩く係だ。
そこには学校名と、ちゃっかり定演のお知らせも書いてある。
「誰よりも先頭なんですからね。バンドの顔ですよ。しっかり笑顔を振りまいてください」
「それくらい余裕余裕!」
「ずっとですよ」
「……どのくらい?」
「小学生がトップバッターですからね。ただでさえ長い商店街を子供の足で歩くんですよ。途中でパレードが渋滞して、スピードが遅くなったり止まる可能性があります。三十分はあると考えてくださいね」
「そんなに! 顔の筋肉がイカれちゃうよ!」
「だから、マーチングの練習に何度も誘ったんじゃないですか! それを『保護者会で疲れたから』とか訳わからない理由でサボって」
「それは本当だもん。でも、まさかそこまで大変だなんて!」
「大変なのはバンドのみんなです!」
「……はい、そうですね。ごめんなさい」
本番前に叱られる文。
そこに、ひとりの女性がやってくる。
「まぁまぁ、実音。そのくらいにしときなさい。先生、この間はどうも」
「あぁ、こちらこそ。大変助かりました」
ふたりの前に姿を見せたのは実音ママだった。
「先生はとにかく笑顔を振りまいててくださいね。バンドのことは、私が見守っておきますから」
今日の実音ママは、不測の事態が起きた際にすぐ対応できるように横で一緒に歩く補助員だ。
演奏しっぱなしの部員たちのために、熱中症対策としてもしもの時に水分補給がしやすいストローつきのペットボトルを持ち歩く。また、体調が悪くなっていないか顔色をチェックしたり、観客と接触しないように道の確保をする。それから、何か落とした時にすぐ拾えるようにも注意を払う。
本来、部員の中からこのような役割の者を出したかったのだが、初心者だらけのため実音は保護者を頼った。実音ママのほかに、数人の保護者が補助に入っている。
「撮影の方々も、準備は整っているようですよ」
プリンスパパを中心に、各ポイントにいるカメラマンの準備も万端だ。
「実音もほら笑顔……でしょ?」
「……うん。ありがとう、お母さん」
「うふふ」
実音はバンドの方へ向かい、最終確認をした。
「では、怪我のないように周りをよく見てくださいね」
スタート位置につき、運営スタッフの合図を待つ。
やがて、前の団体が暫く進んだところで指示が出た。
「大三東さん、お願いします」
「はい」
首にかけた笛を咥え、実音が鋭い音を鳴らす。
それに呼応するように部員たちは楽器を構えて、用意に入る。そして足踏みをし、演奏を始める。
「あ! このきょくまえもやってたね!」
その場にいた幼い子供が、すぐに反応した。
曲は前回も商店街で披露した『がんばらんば』。途中の『でんでらりゅうば』のところが、某夢の王国で流れる曲のようだということで採用した。今回はイントロからバンドの演奏だ。
ピーッ、ピッ!
実音の笛で、前進を始める。
音はそのままで、上手く動きながらの演奏をすることができた。
(よし!)
プリンスは、何度も練習したところが上手くいき安心する。
先頭は文。その後ろに実音。バンドは四列。スライドのあるトロンボーンが管楽器の先頭で、トランペット・ホルンが続く。間にパーカッションが入り、クラリネット・フルート・サックス・ユーフォニアム・スーザフォンの順だ。サイドと後ろには補助員の保護者が入った。
遅れを取っていた縫と万屋は、全く乱れていない。周りとしっかり揃っている。
曲が終わると、繋ぎとしてドラムマーチに変わる。
ここは、パーカッションのパートリーダーである三年生の入江と実音が、いろいろな動画を参考にして作り上げた。
スネアドラム・マルチタム・バスドラムをバッテリーと呼ぶが、ここはそのバッテリーの見せ場だ。
「かっこよかねー!」
「打楽器だけでも、あんなに音の種類があるのね」
「あんなに重たそうなのに、すごいなぁ」
観客も曲の演奏とは違うパフォーマンスに、釘づけになった。
そのバッテリーが叩く間、管楽器は口を休めつつも観客に向かって笑顔で手を振る。これが意外としんどい。
ずっと笑顔の実音と文は、表情筋を苛め続けている。
「あのおねえちゃん、すっごくかわいい!」
「クルクルじょうずだねー!」
「芸能人みたいだな」
実音は上下の動きだった指揮杖を自在に回したり投げたりして、身体に動きも取り入れる。
笑顔でキャッチすると、盛大な拍手と共に観客が盛り上がる。
丁度掴んで笑顔を向けた瞬間に目が合った大護。元から射抜かれていた心臓に更なる衝撃を与えられ重症だ。
「うっ……」
「おい、大丈夫か?」
彼は一緒に来ていた野球部の同級生に心配されたが、胸を抑えながらも実音に手を振った。
「……大丈夫じゃなか」
「……そうみたいだな」
そして再び演奏に戻るバンドを見送った。
「来てよかったー!」
「そうだな。そろそろ行かんと、午後の部活に間に合わんぞ」
大護は友人に引っ張られ、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
(可愛かったなぁ。それにしても……)
大護は先ほどの実音に、少し既視感があった。
しかし、それがいつどこかまでは思い出せなかった。
「お疲れ様でした」
やっとゴールし演奏を終えると、温かな拍手で運営スタッフに出迎えられた。
「すぐに邪魔にならないように移動しますね」
笑顔のしすぎで表情筋を痛めた文をおいて、実音が部員たちに指示を出そうとする。すると、激しいフラッシュが襲った。
「ハーイ! みんなこっち向いてネ!」
部員たちが振り向くと、陽気な背の高い外国人がカメラを向けている。
「あ、dad!」
「タケシー!」
(あれがプリンスパパ?)
恥ずかしそうに父親に顔を向けるプリンス。
赤らめたその表情に、女子たちの疲れも吹っ飛ぶ。
「アナタ。みなさんのお片づけの邪魔ですよ」
そこに、着物姿の女性が現れた。
「ライオネル。彼のことは気にしなくて大丈夫よ。充分写真は撮りましたから。みなさんもごめんなさいね」
「ありがとう、mum」
上品な雰囲気のプリンスママ。
彼女を見て、女子たちは姿勢を正した。
「まぁー! プリンスのお父様とお母様! 私、西田嬉奈と申します! 彼とはーー」
思わず駆け寄ろうとする西田を、ほかの部員が一生懸命止めた。
「ダメだって!」
「ただでさえ先輩、怪しいんですからね」
「不審者として、いつか通報されますよ」
そんな彼女に哀れみの表情を向け、実音は全体に指示を出す。
「はい、撤収!」
二回目の商店街での演奏も、なんとか無事に終えることができたのだった。




