3.海は諦めない
「はい、そういうわけで……はい、すみません。その代わり、絶対勧誘成功させるんで。じゃあ、失礼します」
(一年生の勧誘時期やけん、暫く合奏もパート練もなくて丁度よかね)
海はクラリネットのパートリーダーに休みの連絡をして、電話を切った。
「お前、よくそんなことできるな」
先ほど体育の授業を終え、今は着替え中だ。女子が教室で、男子は廊下で着替えている。
大護は、そんな汗臭い男子に囲まれながら電話をする幼馴染に呆れかえった。
「仕方なか。休み時間もずっと追いかけっこして、結局あの子のこと捕まえられなかったんだもん。目が合ったらすぐ逃げるけん、今の内に先輩に連絡しとかないと。こうなったら放課後も使って勧誘しなくちゃ!」
「いや、そうじゃなくて。よく男子が着替えとる中、平気でいられるなって」
「はぁ? 今更あんたたちの裸なんか見たって、何とも思わんし」
「お前、少しは恥じらいってものを覚えろよな」
大護以外の男子は、まるで女子の如く恥ずかしそうに顔を赤く染めて海に背を向けて着替えていたが、彼女はそんなことを全く気にしていない。
「そんなことより大護。ちょっと手伝ってよ」
「やだよ」
「まだ内容言ってなか!」
「やだよ、面倒くさい」
「そんなこと言ってよかかね? みんなにバラしちゃおうかな。大護が保育園のお昼寝の時おねーー」
「わー!」
「決まりね」
するとそこへ担任がやってきた。
「おい、お前らもう掃除の時間だぞ。さっさと持ち場に行け」
「はーい」
海はまだ体操着から制服に着替えていなかったが「まーいっか」と、そのまま掃除場所へと向かった。
掃除の後の短いホームルームも終わり、生徒たちはそれぞれ部活や委員会に行ったり、その場でおしゃべりしたりしている。
その中で実音は急いで教室を出ようとした。なぜなら、今朝からずっとしつこい勧誘に悩まされていたからである。早くここを出ないと、また追いかけっこする羽目に遭う。
そして鞄を持ち、ドアに向かって歩き出した瞬間ーー。
「今度こそ逃がさんよ!」
「っ!?」
海が実音の目の前に立ちはだかった。
そこを強行突破しようと彼女はスピードを上げるが、誰かに後ろから掴まれてしまった。
「ごめん、雅楽川さん。コイツに脅された」
「よくやった、大護!」
実音は振り払おうとバタバタと動いたが、男子高校生から逃げ出すのは不可能だった。
「離してー!」
「だーめ。吹奏楽部に入ってくれるなら解放できるのになぁ」
「だから、私はもう吹奏楽はやらないの!」
「どうして?」
「それは……」
「それは?」
「もうやり切ったの。私、吹奏楽はやり切った。だから、これからは普通の学生生活を送るの!」
「『やり切った』って、まだ高二でしょ。方南に比べたら、わたしたちの部は弱小よ。ばってん全国レベルの雅楽川さんがいてくれたら、きっと上を目指せると思うの。だから、一緒にやろ?」
その言葉に、実音は冷めた目をする。
「『全国』……ね。それがどんなものか知らないでしょ? 方南では私は役立たず。だから悪いけど、力になれないの。ごめんね」
「え、何それ? そんなこと気にしとったの? ばってん一年間その中でやっとったんでしょ? だったらそのノウハウを教えてよ。もったいなか!」
「教えるって言っても、そもそも私ここのレベルを知らないんだけど」
「え、ここの?」
「そう」
「えっと……県大会で銅賞」
海は視線を逸らし、小さな声で答えた。
「へぇー、そうなんだ」
(県大には行けるレベルなんだ)
実音は感心したように言う。
海はずっと視線を逸らしたままだ。
「ちなみに、野球部はいつも地区大で初戦敗退」
「……そうなんだ」
別に聞いてもいないことを教えてくれる大護。
実音は哀れみの目を後ろに向ける。
「ねぇー、吹奏楽部入ろ?」
「だから、入らないってば!」
いつまで経っても平行線のふたり。
海は「うーん」と唸ってから、何か閃いたように目を見開いた。
「わかった!」
「やっとわかってくれた?」
「うん!」
これで解放されると思い、実音は安堵した。
しかし、海は実音の両手を握り「ニッ」と笑った。
「よし、海に行こう!」
「はい?」
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