12.だる絡みにご用心!
中間テストのための約一週間の部活停止期間が明け、近づく本番に向けて力を入れ直す部員たち。
演奏ができない間、実音からの指示で管楽器は呼吸法、パーカッションは筋トレ、そして全員勉強中に座りながらの足踏みトレーニングをしてきた。そのため部活が解禁されてすぐに、前と同じモチベーションへとスムーズに切り替えることができた。
「では楽器を持って歌で」
マーチングの練習ではいきなり演奏しながら動くのではなく、段階を踏んだ練習を行う。
1.身体作り
2.基本動作の確認
3.楽器を持たず手で構えて動く
4.楽器を持つが、演奏せず歌いながら動く
5.楽器を演奏しながら動く
これと並行して、座奏で曲の精度を高めていく。
この座奏中も、足踏みをしながら行う。本番では楽譜を見ることができないため、全員暗譜しなければならない。覚えたら、立ってその場で足踏みしながら演奏する練習をする。
立奏は座った時に比べ、身体が上下に動きやすい。そして口元が安定しないと、音が綺麗に出せない。その上、パレードでは前後の間隔を維持して合わせ続けなければならない。
だからマーチングは難しいのだ。
大三東の練習は、楽器を持つところまではなんとかできるようになった。
ここから更に難易度が増す。
広い体育館や校庭の空いている時間を利用し、ひたすら歩き続けた。重いスーザフォンやスネアドラム・マルチタム・バスドラムの担当は、相当キツい練習だ。
ちなみに、マーチング用のパーカッションの楽器は、楽器屋の養父灯大に頼んでレンタルした。練習後は肩や腰のマッサージを念入りにし合って、身体を大切に労った。
「はい、お疲れ様です。まだ横のラインが気になります。部室に戻ったら、各列ごとに確認しましょう」
実音がその場を撤収させ辺りに落とし物がないか見ていると、隅の方で走り込みをしていた野球部が顔を覗かせる。
「あれ? 噂の美人転校生でしょ?」
「吹奏楽部なんだぁ」
「さっきのなんの練習?」
野球部の三年生たちに絡まれ、実音は迷惑そうな顔をする。
「場所を貸していただき、ありがとうございました。もう失礼しますのでーー」
「なんで? まだいてよかよ」
「うちのマネやらん?」
「先輩」
彼女がどうやってそこから離れようか考えていると、そこに大護が現れた。
「困っとるけん、その辺で勘弁してやってください」
「大護の知り合い?」
「同じクラスっす」
「ふーん」
「実音、ごめんな。先輩たちも別に悪気はなか」
実音に触れている手を退かしながらそう言うと、彼女を庇うようにして立った。
「監督にサボっとるところ見られたら、また叱られますよ。ほら、場所空きましたけん、さっさと練習に戻りましょ」
「へーい」
「実音ちゃんって言うんだぁ。可愛い名前だね」
「大護も隅に置けねーな」
「後で詳しく聞かせろよ」
「実音ちゃん、そいぎぃー」
そして、野球部の三年生はだらだらと歩いて去った。実音は大護にお礼を言う。
「ありがとう、大護君」
「いや、こっちこそ悪かった」
「ううん。すっごく助かった。……もう戻るね」
「あ、待って!」
実音が去ろうとしたところで、大護がその腕を掴む。
「今度のパレード、絶対見に行く!」
「……うん! 楽しみにしててね」
お互い少し照れながら別れると、それぞれの部活に戻っていった。
その日の練習終わり、実音はクラリネットの縫と紣谷秀奈に頼み事をした。
「この学校のホームページ、全く更新されてないでしょ? 来年の部員を増やすためにも、ここを充実させたいの」
大三東の吹奏楽部のホームページは、二年も更新が止まっていた。
以前は顧問が担当していたようで、文にちゃんと引き継がれていなかったのだ。
「縫君はパソコン得意みたいだし、紣谷さんはイラストが上手だから、見やすいレイアウトとか考えられると思うの。パンフレットのついでに、こっちもお願いできないかな?」
「私は別によかばってん……。ヌイヌイはどう思う?」
紣谷が隣の縫を見上げると、いつもの眠たそうな目でゆっくり頷く。
「別に構わん。方南みたいなのでよかか?」
「本当? ふたり共、ありがとう! 大三東らしいオリジナリティがあってもいいと思うよ。本番の写真は野田君のお父さんが中心になって撮ってくれるみたいだから、保護者会からデータをもらってね。あと、普段の様子も載せてもいいかもね。ネットに出すものだから、顔出しは加工して極力控えるようにしてーー」
注意点を一通り述べ、とりあえず前回の本番の様子と次のパレードの宣伝をまず載せることが決まった。
「雅楽川さんって、ひとりひとりの得意なことを活かすのが上手いよね」
必要なことや気をつけることをどんどん挙げていく実音に、縫はボソッと呟いた。
「確かに。さっき使っとった棒も、万屋君が作ったんでしょ? 引くくらい可愛いかったよね」
紣谷も褒めるが、一言余計だった。
縫が万屋に聞こえていないか見回してから、彼女に注意する。
「『便利屋』に聞かれたら落ち込むだろ!」
「あはは」
笑って誤魔化す紣谷に、彼は呆れる。
「うん! すっごく可愛いよね、あれ。万屋君に言ったら、喜んでたよ。器用だよね、彼」
一方、実音は素直に万屋を褒める。
美術のセンスが皆無な彼女にとって、彼の技術は素晴らしいものだった。
「実音ちゃんって、ああいうのがタイプなの?」
「いや、これはそういうのじゃなかろ」
小声で話す縫と紣谷。指揮杖の出来栄えを熱く語る実音には聞こえていない。
(みおたんが、僕を褒めてくれてる!)
離れたところでその様子を見ていた万屋。
口に手を当てて喜びを噛み締めた。
いよいよ、演奏しながらのマーチング練習に突入した。
演奏に集中しすぎると列が揃わなくなり、列に集中しすぎると音が雑になる。
「まだ楽器自体に慣れていない一年生は、吹くのはできるところだけで構いません。口を怪我しないように気をつけてください」
実音が全体を注意深く見て回った。
歩き出しの音が特に汚くなってしまう。プリンスが実際に吹きながら、ポイントをおさらいした。
「身体だけが前に行くと、こんな風に楽器が口に押しつけられてしまいます。だから、同じスピードで一緒に前に出してください」
一年生ながら先輩たちにも堂々と説明する姿に、ほとんどの女子部員がメロメロだった。
「だから僕の顔じゃなくて、動きを見てくださいってば!」
苦労しながらも、少しずつ良くなっている。
そこで、実音は笛と指揮杖だけでの指示に移った。
オモチャの笛でも、実音が鳴らすと鋭い音がする。その音によって、全員が引き締まった。
このように、ドラムメジャーの笛の役割はかなり大きい。指揮杖の動作も独特で、腕も疲れる。しかし、そんな大変さを微塵も感じさせない実音。綺麗なフォームで動かしていく。このすごさを理解しているのは、今のところプリンスだけである。
商店街のパレードは、すぐそこまで来ている。




