11.大人の対応、できます
今日は保護者会当日。
顧問の文がそちらの対応で忙しいため、生徒たちは空き教室でパート練習だ。
「ねぇ、プリンス。今日は貴方のお母様もいらっしゃるのでしょ? きっと、綺麗なお方に違いないわ」
ホルンパート三年生の西田が、一年生のプリンスに話しかけた。彼女はプリンスのガチオタクである。
「綺麗かどうかはわかりませんけど来てますよ。たぶんmumだけじゃなくてdadも」
イギリス人とのハーフのプリンス。両親の呼び方もオシャレだ。
「まぁ! お父様も一緒なの! 私、ご挨拶しなくちゃ!」
「なんでですか?」
教室を飛び出しそうな勢いの西田を、ほかの部員が必死に食い止める。
「あんた、パートリーダーでしょ!」
「練習しないと、また叱られますよ!」
「大変そうだし、私たちもちゃんと上達しないと」
だが、西田も諦めきれない。
「こんなリアル王子様のような彼のご両親を、見たいと思わないの!」
「見たいに決まっとるでしょ!」
「当たり前です!」
「全人類が思ってますよ!」
思わず出た本音に西田も「ほらー!」と言って再び教室を出ようとしたため、プリンスが口を開く。
「『見たい』って、見たじゃないですか。この前のミニコンサートの時、いましたよ? いつもボクの出る本番にはふたりで観にきてくれますから、次のパレードもいるはずです」
「え?」
「なんで教えてくれなかったの!」
「そういえば、あの時外国人ぽい人いたかも」
「パレードの隊列、私外側だから見えるかな? どっち側だろ?」
(人の親なんて、見てどうするんだよ)
内心そんなことを思いながら、プリンスは先輩たちを練習に戻させた。
「ほら、本番は近いんですからね。真面目にやりましょうよ」
「はーい!」
素直に従う彼女たちを確認し、プリンスは楽器を構えるのだった。
「以上が、本年度の年間スケジュールとなります。そしてお配りした資料にもありますように、部費の使用用途についてですがーー」
文は、珍しく真面目に仕事をしていた。
今回は参加する保護者も多いため、食堂を借りて行っている。
「何か質問はございますか?」
説明を終え、保護者たちを見回す文。
すると、ひとりの女性が手を挙げた。
「あのー、この『保護者様へのお願い』っていう項目、なんなんです? 私たちも暇じゃないんですよ。部活は子供たちが好きにやってることでしょう。先生もいらっしゃるのだし、ここまで関わる必要ってあります?」
(そうくるよなぁ)
文にとって、それは想定内だった。
今回、保護者に向けて新たにお願いしたいことを、配布資料にいくつか書いて載せた。
・イベントの写真や動画撮影をする。
・土曜日の練習後や日曜日の自主練習時など、顧問の代わりに戸締りや生徒の見回りをする。
・演奏会の裏方の手伝いをする。
・子供が卒業後は、保護者会から後援会に入る。
ただし、これらは全て任意である。
「保護者の方に撮影をお願いした方が、業者に頼むより費用を抑えられます。写真はホームページに、映像は技術向上に役立てます。もちろん、定期演奏会は外部に頼みます。その演奏会では、例年どおりチケットの確認や当日券の販売などをしていただきたいと思います」
「それは別にいいわ。問題はそれ以外です」
その発言に、ほかの保護者も互いに目を合わせて怪訝そうな顔をする。
「それは……」
文が説明しようとしたその時、別の保護者が手を挙げた。
「あの、少しよろしいですか?」
その女性の見た目はシンプルな服装ながらも洗練されており、まるで女優のようだった。
その人物が誰か知っている文は頷き、彼女に全てを任せるように前へ促した。
「私、オーボエの二年生の雅楽川実音の母でございます。その件について、私からお話させてください」
そして、彼女は事前に用意していた新たな資料を配る。
「そちらは、娘が三月までいた東京の方南高校吹奏楽部での年間スケジュールと練習時間、それから一年間でかかった費用です」
「……何これ」
「これを高校生が?」
「親の負担もすごいわね」
先ほど文が話した内容よりも子供も親も負担が多く、強豪校の実態に一同驚いた。
「うちの子はダブルリードですけん、ほかのパートより大変ですね。コンクールメンバーだと、もっと費用がかかるんですよ。練習時間も長いですよね。平日でも夜の九時までやることもありますし、休日も十時間以上が普通。休みなんて、月に一日あるかないかです。唯一の連休である年末年始だって四日です。なのに、毎年三日から自主練で部活に行くのが習わしなんですよ。ちなみに、方南では自主練と書いて強制練習と読むそうです。おっとろしか(恐ろしい)でしょう」
「おっとろしかー」
実音ママの資料を読み、思わず声が漏れる保護者。それは海ママだった。
大三東高校の練習は、平日は六時半まで。休日は本番前以外は基本土曜日のみで、六時間である。それは、実音が来てからも変わっていない。
実音が入部して間もない頃に、文は彼女に訊いたことがある。
「練習時間、今のままで大丈夫? もしかして、伸ばしたりするのかい?」
「いえ、それは私だけで決められることじゃありませんので」
「そういえば、基礎合奏する時もいつも時間を気にしてるよね」
「だって、先生が部活の顧問をするのはほぼボランティアじゃないですか。遅くなると部員だけじゃなくて先生の負担にもなります」
「え? 僕のため?」
「先生の本来の仕事に影響が出てはいけませんし、教師だからといって生徒のために自分の休日を返上させるのを、当たり前にしたくないんです」
文は感動で泣きそうだった。
合唱部の顧問の時は、土日も休みだった。今は土曜日は練習で、たまに日曜日も出勤することがある。いつか過労で倒れるんじゃないかと、何度も思っていた。
「勉強もしてほしいですけど、しっかり休みも取ってもらいたいんです。それが先生の権利ですから。その上で、指揮者として一人前になれるように、私もできることはします」
「でも、これだけで足りるのかい?」
「足りません!」
はっきり言う実音。
足らないのなら、自分が休んでいて良いのかと文は不安になる。
「個人練習の時間だけでも取りたいです。ですから、そのために準備をしましょう」
「準備?」
実音ママは、保護者たちの前でこの間のミニコンサートの映像を流した。
「あら、こんなに上手かったかしら」
「随分盛り上がっとるなぁ」
「前に観た時よりレベルが上がってる気がするわ」
口々に感想を言う保護者たちに、文は嬉しそうに話す。
「そうでしょう! みんな、今年は全国目指してるんですよ」
「全国?」
「全国」というワードにクスクスと笑ったり呆れ顔をする者もいる中、実音ママは笑顔を見せる。
「子供たちは真剣ですよ。さっきの、どうでした? 今までと違いますよね?」
「……」
その沈黙は、肯定を意味していた。
「今のままでは時間が足りないんです。演奏以外にもダンスに衣装や道具作りやら、いろいろやることがあるんです。その時間を確保してあげたいじゃないですか。方南は副顧問含め、五人も先生がいらっしゃいましたよ。ここは文先生ひとり。可哀想でしょ? だったら、私たちがやるべきです。今の時代、教員の働きすぎは問題になっていますしね。これはあくまで任意です。強制ではありません。家が近い方が鍵当番を交代でしたり、カメラが得意な方が撮影をするだけです。私はやりますよ。今度のパレードでは補助に入ります」
今まで渋っていた保護者たちは、実音ママの話を聞いて揺れていた。
「音楽室って高い楽器がありますし、一般の親なんかが担当をするのを学校側が許すでしょうか?」
もっともな質問が出たが、それに文が答える。
「そのことについては、既に校長から許可が出ています。安心してください。私の負担を皆さんにお任せするのは心苦しいのですが、全ては子供たちのためです。よろしくお願いします!」
文は頭を下げた。
「後援会についても、これから先ずっと吹奏楽部を維持するために必要なことです。ひとりひとりの負担が重くなることは、決してありません。今すぐというわけでもありません。とりあえず、これから子供たちの様子を近くで見ながら考えませんか?」
実音ママも、文と一緒に頭を下げる。
そんなふたりに、誰も文句は言えなかった。
「わかりました」
「まず、何から決めればよかですか?」
「私、カメラは苦手やけん鍵当番なら……」
「子供のため」となれば、できることはしてあげたい。そんな温かな親心が、食堂に溢れていた。




