9.聴いたら泣いちゃう
空き教室に、二年生全員と一年生ひとりが集まった。
「やっぱり『シング・シング・シング』がよか!」
「海はあのソロやりたいんでしょ」
「だって、あれは憧れるもん」
定期演奏会の第二部の曲決めのため、ただいま学年会議をしているところだ。
書記を買って出た海が、自分の希望曲を一番最初に黒板に書いた。
「J-POPのメドレーは?」
「それならK-POPもアリだよね」
「昨日の歌番組でやっとったのもよかかね?」
部内の役員は三年生のみだ。したがって、二年生の中に「代表」という立場の者がいない。だから、このように好き勝手に意見が飛び交う。
「あの、ボクなんで呼ばれたんですか?」
唯一ここにいる一年生はプリンスだ。ほかの一年生や三年生は個人練習中である。彼をこの場に呼んだ実音に、小声で尋ねた。
「すごく場違いな気がするんですけど」
「来年の参考になるかと思って……。例年二年生だけで全部決めるって聞いたの。何も知らないで一から決めるのは大変でしょ。でもごめんね。参考にならなそうだね」
「……そうですね」
一年生全員をこの場に集めると、更に話がまとまらなくなる恐れがある。実音は後輩の中で一番信頼のおけるプリンスだけでも会議に参加してもらい、次に役立ててもらおう思った。プリンスがいることに、ほかの二年生は全く反対しない。むしろ、いるだけで大歓迎された。
実音自身も大三東の定期演奏会は初めてだ。だから、まずは会議の様子を静観することにしていた。
「ねぇ、実音はどう思う?」
リクエストが出尽くした頃、海が話を振ってきた。
「ポップス、何かおすすめある?」
「うーん。そう言われても、私流行りの曲はよくわかんない。そこに書いてあるものの半分くらい知らないもん」
「半分も? ばってん、ドラマとかアニメとかCMとかSNSで流行っとるやつだよ?」
「わかんない。野田君は知ってる?」
「全部じゃないですけど、まあまあってところですかね」
「ほら、若い子でも知らないのあるって。文化祭ならともかく、定期演奏会でそういうのはやめた方がいいと思う。楽譜も買う余裕ないし。あと、最近の曲は編曲するのも大変そう」
(若いって、ひとつしか違わないんだけどな)
プリンスは苦笑しながらも、隣で実音の意見に賛同するように頷いた。
「何かテーマを決めた方が、もっとスムーズに決まると思う」
「テーマ? 例えば?」
「『昭和の懐かしい曲』とか『映画音楽』とか。あと『世界の音楽』とかも」
「なるほど」
「何か統一性がある方が、衣装や間の台詞も考えやすいでしょ?」
実音の提案に、プリンスはしっかりメモを取った。
「吹奏楽に全く興味がない人が観ても『面白かった』って言ってもらえるようなのを作ろうよ。いろんな世代の方が来てくださるから、それも考慮しないと。……ここ数年の大三東の定期演奏会、観たよ。私がお客さんなら、正直お金を払ってよかったと思えるものじゃなかったし、来年も来たいなんて絶対ないなって。技術とかそういうものだけじゃなくて、本気で楽しませようって気が感じられないの。忙しいスケジュールなのはわかるけど、観ている人には関係のないこと。そうでしょ?」
「……」
ほかの二年生たちは、みんな黙り込んでしまう。
その間、プリンスは必死で今の言葉もメモに残した。
「……ごめんね、新参者のくせに」
「ううん。いつもありがとう、実音。そうだよね。お客さん第一で考えないと、いつまで経ってもホールも埋まらんよね」
「また商店街のコンサートみたいに、たくさんの人に喜んでもらいたいよね」
海と紣谷秀奈がそう言うと、ほかの者も頷いて賛同した。
「あ、そうだ! 何か参考にできそうな演奏会がないか、今から調べに行こうよ! ブンブン、今日も視聴覚室におるんでしょ? あそこで探そ」
そして海がそう提案し、数人の部員だけで文の所へ行くことになった。
「……失礼しまーす」
海を先頭に、中にいる文の邪魔にならないように静かに彼女たちは視聴覚室へと入った。
「ブンブン、課題中にごめんね。 ……あれ?」
声をかけようとした海が異変に気づく。
「どうしたの?」
紣谷が訊くと、海は口に人差し指を当てながら振り向いた。
「シーッ! なんでかわからんばってん、ブンブンが泣いとるみたいなの」
「え?」
みんなでこちらに背を向ける文の様子を覗いた。
すると確かにすすり泣きが聞こえ、時々身体をピクピクさせているがわかった。
「課題が辛すぎて泣いとるのかな?」
「私、そんな大変なの出してないよ」
実音は首を大きく横に振って否定した。
「じゃあ、なんで?」
「今度の保護者会が嫌とか言ってたけど、そんなことで泣くとは思えないし……」
心配になり、みんなで足音を立てないように更に近づいてみる。
「ブンブン?」
海が前に回り込んで、優しく名前を呼んだ。
「え?」
目から大量の涙を流していた文は、いきなりの生徒の登場に目が点になる。そして、勢いよく立ち上がった。その拍子にイヤホンのコードが外れ、その場に悲しげな音楽が流れる。
「あ、え、そ、そのー、これは……」
動揺する文。
怪しいと思った生徒たちは、そのパソコンの画面を見た。
「私の課題に、こんなのありませんでしたけど?」
「これ、なんの曲?」
実音と海が詰め寄ると、文の額からは大量の汗が流れた。
「これ、知っとる! ゲーム音楽だよ。確かにこれはやっちゃ(とても)泣ける」
ひとり空気を読まない縫がそう言うと、文の顔がパァッと輝いた。
「縫、お前も知ってたか! これいいよな! 僕史上一番の神ゲーなんだよ!」
「音楽聴いただけで泣けますね。最高です!」
ふたりで熱く語り合う中、実音は文が観ていた動画を調べ始めた。
「一般の団体の演奏ですね。コメントの書き込み、このゲームのファンが多いみたい」
「そうなんだよ! このゲームはもちろん、この曲のファンもすごく多いんだ! ついいろいろ観てたらそこに辿り着いて、僕の顔も気がついたらこんなにボロボロだよ」
「つまり、課題をサボっていたと」
「……ごめんなさい」
(どっちが先生かな?)
常習的に叱られている生徒のような文に、周りの部員たちはそう思った。
「でも、これはいいかも」
「もしかして『ゲーム』をテーマにするんですか?」
プリンスが質問すると、実音は首を縦に振った。
「縫君、ゲーム好きなんだよね?」
「あ、うん。あと、こいつもだよ」
縫が紣谷を指差す。
「俺はRPG派。で、紣谷はアクション派」
「うん。ほかにも部員にゲーム好きは結構おるよ」
「そうなんだ。戻って、みんなにも訊いてみようよ。私はゲームって全然やらないからわからないけど、あの曲は今聴いてすごく好きになった。日本のゲーム音楽ってオリンピックでも使われてたし、プレイしたことがなくても耳にするもんね」
良いアイディアが生まれ、実音はうきうきで教室へ戻る。
「あ、ちょっと実音!」
海たちもそれを追いかけ、視聴覚室には文だけが残された。
「……課題やんなきゃ」
文は観ていた動画を閉じ、ひとりでまた勉強に取りかかるのだった。




