3.ブンブン、またやらかす
「この格好で、最後の曲はもうわかりましたね! では元気よくいっちゃいましょう!」
二曲目の演奏の間に、観客からは見えない場所で急いで着替えていた顧問の文。彼は派手な金色の衣装と鬘で登場した。そして実音の指揮で演奏が始まると、マイクを握り直し構えた。
そう、最後の曲は『マツケンサンバⅡ』だった。
三曲目の選曲をする中、実音は井上に尋ねた。
「大三東の十八番ってなんですか? これは絶対演奏する定番曲とかはあります?」
「定期演奏会や文化祭で『宝島』はやるかな」
「……あるあるですね。ほかに『星条旗よ永遠なれ』とか『オーメンズ・オブ・ラブ』とか『シング・シング・シング』も定番ですよね」
「方南は?」
「『エル・クンバンチェロ』でした。これも定番ですね。ものすごいハイテンションでやるので、初めて見た時は引きました。でも、そっか……『宝島』か」
「不満?」
隣で「うーん」と悩む実音に、井上は不思議そうに訊いた。
「いい曲ですよ。私も好きですし。でも有名すぎて、ほかと比べられちゃうじゃないですか? それに、吹奏楽に興味のない人は知らない曲だし。どんな人でも楽しめて、大三東らしい……。そんな都合のいい曲があればなぁって」
「そんなものあるわけないでしょ」
「ですよね」
そう言いつつも、実音は過去に大三東が演奏してきた楽譜を漁った。
「あ、これ!」
すると、ひとつのスコアが目に入った。
「これ、去年の定期演奏会でやったやつね。文先生セレクトなの」
「……」
「普段吹奏楽のオリジナルだとやる気がないっていうか、そもそも知らないから指導もできないって感じだったんだけど、これはノリノリで見ていて飽きなかった」
「これにしましょうよ」
「え?」
「いいじゃないですか! だって、この歌手の衣装って金色ですよね」
「あ、うん。文先生も自腹で衣装買って歌ってた」
「本当ですか! なおさらいいじゃないですか! だって近くには『黄色の電車』が走ってて、最寄りの大三東駅には『黄色のハンカチ』があるんですよ。うちにピッタリです! おまけに楽譜も衣装も既にある。これです! この曲にしましょう!」
それから曲が決まると、演奏をしない一年生のダンスレッスンもスタートした。
「はい、次サンバステップ」
実音と一緒に、チア経験者でダンスも得意な海も指導した。
「はい、そこまで。……どう、実音?」
「指先まで神経がいってない。あと、決めるところが揃ってない。そこのポーズだけやってみて」
「……一年生にも厳しいね」
海が相変わらずの実音に目を細めていると「はぁーっ、はぁーっ」と息が乱れまくりのアラサー男性の声がする。
「も、もう無理! 死ぬ!」
「ブンブン、きばれー。目立つんけん、しっかりやらんと」
「そうですよ。歌いながらなんだから、もっと体力つけておいてくださいね」
運動不足の文は、若い生徒たちの機敏な動きを見て自分の衰えを実感した。
「で、でも歌は任せて」
「去年の定期演奏会の時、上手かったもんね」
「だろ?」
ドヤ顔の顧問は置いといて、実音は一年生の指導に熱が入る。
「みんなにとっても、初めての舞台。お客さんを楽しませるために、いいダンスを見せてね」
「はい!」
初々しくて素直な返事に実音は「キュン」とするが、それを隠して心を鬼にする。
「はい、もう一回!」
そして本番。
文はさすがの声楽科出身。堂々とした歌声で、観客の心を掴む。ところどころ動きは怪しいが、及第点だろう。
一年生も途中から前に出て、バックダンサーとして花を添えている。振りを間違う者もいたが、観客が気にならない程度のものだった。
無事に演奏を終えると、今日一番の拍手が聞こえた。
全員立って、一番前にいる文を中心に礼をする。この礼の仕方やタイミングも、事前に実音が指導しておいた。
顔を上げた部員たちの前には、作り笑いではなく本物の笑顔の人々がいた。
部員たちが片づけの最中、文と実音は吉田の元へと向かう。
「申し訳ありませんでした」
実音はまず最初に謝った。
「勝手に商店街全体を巻き込むようなことをしてしまって……。事前に確認せず、混乱をさせるような事態を作りました」
深く詫びる実音に、吉田は微笑む。
「顔を上げてください。びっくりはしましたけど、結果大成功だったじゃないですか。お客さんの顔、見ました? すごく喜んでましたよね。このイベントの責任者として、私の方からお礼を言わせてください。ありがとうございました」
「……吉田さん」
よくわからないまま一緒に頭を下げていた文は、首を傾げる。
「責任者って、会長じゃないんですか?」
「会長? ……あ、あそこに丁度いた」
吉田の視線の先には、商店街のベンチに座って通り過ぎていく人々を観察する口髭の立派な老人がいた。
「あの人のことですよね?」
「そうです」
文が老人に会釈すると、それに気づいた彼は大きく手を振った。
それを見た吉田は可笑しそうに笑う。
「『会長』ってあの人のあだ名なんですよ。実際、何やってる人なんだろ? とりあえず、みんな『会長』って呼んでるんですよ」
「え!? そうなんですか!」
「ええ」
そんなよく知らない老人の誘いで、ここまで苦労する羽目になった。全てを知った実音は文を睨む。
「ご、ごめんよー」
そのふたりの様子に、吉田は更に笑うのだった。
学校に戻って楽器運びが終了する頃には、みんなへとへとの状態だった。当日のスケジュール的に途中でお弁当を食べる余裕がなく、お腹も空いている。
全ての片づけが済むと、軽く挨拶をして解散になった。疲れもあるため明日は休みである。
「もうダメ。お腹空きすぎて動けん。実音、ご飯食べよ!」
「うん」
海が空き教室に誘い、ふたりでお弁当を食べることにした。
「あー、生き返った!」
三段弁当をペロリと平らげ、満足そうな海。
それを見ているだけで、実音はお腹いっぱいになる。
「実音、それだけで平気なの?」
海は実音の持ってきたものを見て言った。
それは片手で食べられるタイプのゼリーだった。
「本番の日って、なかなか食が進まないんだよね。でも何かお腹に入れないといけないから、昔からこういう日はゼリーにしてるの」
「わたしには全然足りんよ。そういえば、大護も心配しとったよ」
「え、大護君が?」
「うん。『顔色が悪い』とかなんとか」
「そっか。……気をつけないと」
「本当だよ。そんな無理したら倒れちゃうよ。たまには美味しい食べ物をいっぱい食べて、リフレッシュしなくちゃ。あ、そうだ! 明日休みやけん、どっか行こうよ」
そう海が提案したその時、文が息を切らしながら教室のドアを開けた。
「あ、いたいた! よかったー、まだ帰ってなくて」
「どうしたの、ブンブン?」
「雅楽川さんにすぐに伝えなくちゃって。……あ、あのね。来月の頭にまた予定が入っちゃった。僕、気づいたらつい『受けます』って返事してて」
「またですか。……今度はどこです?」
「また商店街。さっき吉田さんから連絡があってね、是非出てほしいって」
「よかったね。またあそこで演奏できるんだぁ」
海が嬉しそうに反応したが、文の頬には冷や汗が流れている。
「そ、それがただのミニコンサートじゃないんだ」
「どういうことですか?」
実音も嫌な予感がする。
「次は、その……パ、パレードだって!」
「え!?」
「パレード?」
ポカンとする海の隣で、実音は目を見開く。
「また簡単に引き受けて、何やってるんですか!」
「……はい、すみません」
小さくなっていく文に呆れ、実音はすぐに片づけ始めた。
「いろいろ確認したいことがあります。すぐ音楽室に戻りますから、先生は先に行って詳しい日程などを書き出しといてください」
「は、はい!」
「海、ごめん。先行くね」
「う、うん」
慌ただしく去っていくふたりに、海は状況がよく飲み込めない。
「何がそんなに大変なのかな?」
そしておやつの袋を開け、ひとりで食後の時間を楽しむのだった。
海が音楽室へ戻ると、これからやるべきことを実音から教えられている文がいた。
「まずはこんな感じですかね。質問はありますか?」
「いえ、大丈夫だと思います」
すっかり反省した様子の文。午前中に本番を終え、お互い疲れているはずなのになかなか休めない。
「私も明日の休みを利用して、準備できることはするつもりです。予算も限られていますからね。低予算で済むように努力します」
「はい、お願いします」
「あ、海! ごめんね。今終わったから、帰ろっか」
「……うん」
いい大人が叱られているのを、なんとも言えない表情で見る海。
可哀想に思って、未開封のお菓子の袋をひとつあげた。
「ブンブン、そいぎぃー」
「はい、さようなら」
そしてふたりは部室を後にするのだった。
昇降口を出てグランドを通り過ぎようとしたところで、実音たちは大護と出会う。
「大護だ。野球部、今終わり?」
「ああ」
「大護君、お疲れ様」
「お、おう。実音たちも、今日コンサートだったんだろ? 行きたかったなぁ」
「実音、かっこよかったんだよ。ねー」
「そんな、恥ずかしいよ」
「指揮したんだって? 俺も見たかったのに」
「あはは。大護君は明日も練習? 大変だね」
「あ、それがーー」
大護曰く、明日は練習試合の予定だったのだが、相手の都合で別日になった。そのため、せっかくのゴールデンウィークということもあり、監督から休みをもらえたらしい。
「へー、よかったね。わたしたちも休みなんよ」
「マジ! だったら……そ、その……一緒にどっか行かないか?」
「え? ……あ、うん。さっき海ともそういう話してたんだよね」
海の方を見て実音が言うと、海は何か閃いたように口を開いた。
「あ! わたし明日用事があるんだった! 大護! わたしの代わりに、実音をいろいろ案内してあげて!」
「え!?」
「海?」
海は実音に見えないように、大護にウィンクをする。だが、下手くそなため両目を瞑ってしまう。
そんな幼馴染の癖のあるウィンクを知っている大護は、その意図を理解した。
(海、ナイスアシスト!)
心の中で感謝し、彼は実音を誘う。
「そうだな。せっかくの休み、どっか行こうぜ。俺がどこへでも案内するけん」
「えっと……うん。お願いします」
心の中でガッツポーズをする大護。
ニヤニヤしながら見ていた海は、今度何を奢ってもらおうかと考えるのだった。




