2.実音の作戦
商店街の入り口付近には、買い物から帰ろうとする客が多くいた。その中には、先ほどの漫才を途中で退席した者の姿もあった。
「さっきの、つまらなかったな」
「そうね。この後、どうしよっか。お昼食べてから公園でも行く?」
若い母親が幼い息子に尋ねると、彼はキョロキョロと辺りを見回していた。
「何か見たいものでもあったか?」
父親がしゃがんで子供に目線を合わせてあげた。
「ねぇ、なにかきこえない?」
「ん?」
そう言われ、耳を澄ます夫婦。
確かに、どこからか笛の音らしきものが聴こえる。
「ぼく、これしってる! ようちえんであそんだよ!」
「これって……」
「ああ、あれだな。でも、いったい誰が?」
ほかの客も気づいたようで、みんな音の主を探している。
すると、セーラー服を着た女子生徒が楽しそうに演奏しているのが見えた。その近くには、たくさんの子供たちが集まっていた。
「あの子か」
彼女が移動すると、子供たちもそれについていく。
「まるで笛吹き男だな」
「それって、ハーメルンのだっけ?」
「うわー! たのしそうだね! ねぇ、ぼくたちもいこっ!」
「あ、ちょっと!」
男の子は音がする方へと走っていってしまった。
「しょうがない子だな。俺たちも行こうか?」
「そうね。童話みたいに、子供が消えてしまうなんてことはないだろうし」
やがて音につられた子供たちの親も、彼女の周りへやってくる。
その様子に満足したような顔で、吹き続けながら商店街の奥の方へと踊り歩くセーラー服の彼女。
「あいば、何か!?」
このイベントの責任者でもある吉田は、異様な光景に驚いた。
笛を吹く女子高生を先頭に、多くの人々が一緒に移動していくのだ。しかも、その生徒は吉田の知る者だった。
「こがんサプライズ、聞いてなかよ」
お店の中からも店員やお客が顔を覗かせる。そして、どんどん集まる人々。やがて、しどろもどろで何かを話す男性の近くまでやってきた。
彼は彼女たちに気づくと「では、お楽しみください!」と最後に言ってマイクを置き、その場を離れた。
吹奏楽部がいるステージの前には、笛を吹くセーラー服の彼女とその演奏している曲を歌う子供たち。そして笛吹きの少女は、座る部員たちに演奏しながらも目で何かを訴える。
頷き楽器を構える彼らを確認すると、彼女はキリの良いタイミングで笛を大きく傾けた。次の瞬間、今まで笛のみだった演奏が大合奏へと変わる。
「これ、あれだよね?」
「ね!」
「わたしもしってる。『がんばらんばたいそう』だよね」
近くにいた子供たちは馴染みのある曲が聴こえ、自然と身体を動かした。
実音の考えた策は、篠笛を使って人を連れてくることだった。
曲は『でんでらりゅうば』。県民ならお馴染みの曲だ。道化師のような振る舞いで、人々の注目を集めていった。
部員たちに合図を出し『がんばらんば』の演奏を始めると、実音は篠笛を譜面台に置きすぐさま代わりに指揮棒を持った。メトロノームでテンポキープの練習をしてきた甲斐があった。一切崩れることなく、スムーズに演奏が進む。
この曲を提案したのは実音だ。
吹奏楽に興味のない人でも楽しめて老若男女が知っている曲を探していた彼女にとって、もってこいの曲だった。
篠笛は念のために、家でこっそり練習をしていた。吹奏楽部に入部が決まってから、東京にあった必要な道具などを父親に送ってもらっていたのだが、この時ひとり用の組み立て式の防音室も送られた。だから、実音は夜遅くでも練習をすることができた。
元々この曲の編曲をしたことがあった実音。大三東用に軽く手直しするだけで済んだ。
演奏が終わると、観客から惜しみない拍手が送られた。
「改めまして、大三東高校吹奏楽部です」
実音が観客に一礼してから、挨拶をする。
「一曲目は『がんばらんば』をお送りいたしました。『でんでらりゅうば』を歌ってくれたみんな、ありがとうね」
子供たちに向けて語りかけると、みんなわらわらと感想を言い出す。
「おもしろかったー!」
「たのしかったよ!」
「ねぇねぇ、もういっかい!」
「つぎ、なにするの?」
それを「うんうん」と頷きながら聞き、実音はマイクを握り直す。
「続いての曲も、みなさんどこかで聴いたことのある曲だと思います。曲中に掛け声や手拍子もありますので、一緒にやってみてくださいね」
マイクを置き、指揮棒に持ち替える実音。
彼女が棒を上げると、スッと楽器を構える部員と両手を開いて高い位置で構える部員に分かれた。そして、息を吐いてから素早く吸い、演奏を始める。
「これもしってる」
「どこできいたのかな?」
「たのしそーだね」
二曲目は『Saturday Night』。
こちらも多くの人が耳にしたことがあるであろう曲だ。
学生指揮者の井上ら三年生の提案したもので、新入生向けの部活紹介の場でも披露していた。この曲は普通にやるのではなく、奏者が立ったり動きを入れながら演奏をするスタンドプレイで行った。動きを考えたのは井上だ。
「チューバ、遅いです」
「トランペット、ベルの高さが合ってないです」
「パーカッション、顔が引きつってます」
「全体的に音がブレ過ぎです。もっと支えて」
練習中は楽器を構えたまま歌うところから始め、各パートや各列ごとに取り出して実音が指導した。
吹きながらだと座奏に比べて演奏が疎かになるため、なかなか上手くいかない。
「アインザッツ(合図)をもっとはっきり出してください。あと、その動きは止めた方がいいです。音が揺れてます。その代わり、休符のパートに動いてもらいましょう。井上先輩、いかがですか?」
「わかった。それでお願い」
動作にも若干の手直しを加え、なんとか形にすることができた。
「あと、掛け声ですね。元気なさすぎです。では、パートごとに掛け声合戦をしましょうか」
「うえっ」
恥を捨てきれない部員たちに、実音は容赦しない。
「ひとりずつにしますか?」
(それはもっとヤダ!)
笑顔で提案する実音だが、言っている内容は思春期の高校生にはキツいことだった。
そんなこんなで、いい感じにイカれたテンションを作り上げることに成功し、部員たちは本番でもそれを発揮した。
そこまですると、観客の大人たちも自然と顔が緩む。一緒に笑って手を叩く姿を見て、演奏する方も自然な笑顔を作ることができた。
これが、実音が本番前に言っていたことなのだ。
演奏を終えると、観客は年齢関係なくみんな笑顔だった。
熱心に撮影している人。外国人らしき人。和服の女性。親子に老夫婦。人が人を呼び、いつの間にか始めより多くの観客が集まっていた。
「二曲目は『Saturday Night』でした。一緒にノってくださり、ありがとうございました。最後の曲に行く前に、ここでお知らせがあります」
実音は、ここで定期演奏会の宣伝をした。
全員が来てくれるとはもちろん思っていない。だが、ひとりでも覚えてくれればいいなという願いを込めて、事前に用意した看板を見せながら告知をする。
この看板も演奏前に配ったチラシも、どちらも可愛いイラストが描いてある。これを描いたのはクラリネットの紣谷秀奈だ。海から、紣谷は絵が得意だと教えてもらった実音が彼女に頼んだのだ。
彼女は演奏以外で自分が役立てる場所を見つけてもらい、とても嬉しそうに引き受けてくれた。あの時悔しくて泣いてしまったが、今彼女は心からの笑顔で席に座っている。
「では、最後の曲に移ります。最後の曲はーー」
「ちょっと待ったー!」
実音が曲紹介をしようとしたその時、どこからか声がする。
観客は何かあったのかと、お互いの顔を見合った。
「トラブルかしら?」
「何か始まるのか?」
「どうしたんだろうねー?」
ザワザワする中、実音はそっとマイクを置き指揮棒を持って観客に背中を向けた。
「みなさーん、どうもー! 盛り上がってますかー!」
「っ!」
そして驚く人々の前に現れたのは、金色の浴衣にちょんまげの鬘を被った顧問の文だった。




