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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
5月

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17/322

1.お客さんがいない!

 いよいよ、商店街でのミニコンサートの前日となった。

 最後の合奏を終え、手分けして楽器をトラックに積んでいく。一年生は初めての楽器の積み込みだ。パーカッションの部員たちが、丁寧に運び方を教えてあげた。

 その様子を見守りつつ、実音(みお)は顧問の(かざり)と必要なことの最終確認をした。


「あっちも問題ないですか?」

「あっちってどれのことだい? 思い当たることが多すぎて……」


 文はこれまでに与えられた課題の数々を思い浮かべた。


「先生の得意分野の方です」

「あ、それなら任せて! 衣装もバッチリだよ」

「そうですか。この後部員たちにも明日の動きの確認をしますけど、先生から何か言っておくことはありますか?」

「ないよ。君に全て任せてあるから!」


 よくこんなにも威厳のかけらがないままでいられるものだと、実音は逆に彼を褒めたくなった。

 作成した動態表に目を移すと、文は顧問とは思えないほど動きが少ない。それに対して現場での自分のやる仕事量の多さに、彼女は今からどっと疲れが出た。


「頑張ろうね!」

「……そうですね」


 やれることはやった実音。

 当日は何が起こるかわからない。どれだけ準備しても上手くいく保証はどこにもないのは、今までの経験でよく知っている。

 実音は仕事モード全開で、集中力を高めるのであった。








 迎えた本番。

 連休に相応しい晴々とした天気で、多くの家族連れが商店街に来ていた。


「おはようございます」

「今日は、よろしくお願いします」

「お願いします」


 元気に挨拶をしながら現場に入る吹奏楽部。

 こういった基本的なことができないと、大人の信用は得られない。

 髪の長い生徒は全員黒のゴムでひとつ結び。スカート丈は膝下。ローファーは前日に各自磨き済み。

 実音の指示通りの格好と態度で、イベントのスタッフたちからの反応はとても良い。


「はい、よろしくお願いします」


 担当の吉田の指示に従い、楽器の搬入や音出しなどの準備をしていく。

 会場では既にイベントが始まっており、かなり盛り上がっていた。


「チューニングします。一列になってください」


 実音は手を叩いて部員たちの動きを一度止めた。

 持ってきたハーモニーディレクターを鳴らし、ひとりずつ吹かせていく。時間が限られているため、かなりのハイスピードで捌いた。いつもより真剣なトーンで指示をしていくため、部員たちにも緊張感が伝わってくる。

 全員終えると軽く基礎合奏をした。そして、最後に気になるポイントを口頭で伝えていく。


「以上のことを忘れずにお願いします。それから、これが一番大事なことです」


 一旦言葉を切り、これまでの真剣な顔を崩す実音。


「とにかく笑顔です。人は鏡。みなさんが笑えば、お客さんも笑ってくださいます。それを見れば、みなさんも自然な笑顔になります。絶対にこれだけは忘れないでください」

「はい!」


 全員彼女の完璧な笑顔につられ、表情が緩む。

 ほどよい緊張感になった吹奏楽部は、各パートごとに最後の確認をし合ってから会場へと向かった。









 会場につくと、丁度漫才の最中だった。

 さぞかし盛り上がっているのだろうと覗き込むと、驚くべきことにほとんどの観客がいなくなっていた。さっきまでいた人々は、あくびをしながらどんどん消えていく。


「え、嘘!?」

「どんだけつまらないの、あのコンビ」

「ねぇ、全然人いなくなっちゃったよ?」


 心配そうに見つめる部員たちの前で、ようやく終わる漫才。

 すっかり観客がいなくなったステージを見て、みんな動揺した。


「とりあえず、すぐにセッティングしてください」


 楽器を持つ者と、椅子や譜面台を並べる者とに別れて準備を始める部員たち。

 その間、実音は演奏をしない一年生を引き連れてチラシを配り始めた。


「教えたとおり、お客さんの目を見て元気よくね」

「はい」


 一年生たちは事前に配り方のレクチャーを受けており、学んだことを実践しようと商店街を歩くお客さんに話しかけた。


「こんにちは! 大三東(おおみさき)高校吹奏楽部です」

「この後すぐ、ミニコンサートを行います。是非、お聴きください!」

「よろしくお願いします!」


 定期演奏会のお知らせのチラシと一緒に挨拶をする一年生。

 だが、恥を捨てきれずなかなか受け取ってもらえない。


「みんな、見てて」


 そこで、実音はお手本を見せた。

 彼女はこちらに歩いてくる家族連れに向かって、とびきりの笑顔を向ける。


「こんにちは! お買い物ですか? もしお時間ありましたら、私たちの演奏を聴いていかれませんか? お姉ちゃん、音楽好き?」

「うん、すき!」

「そっか! 絶対楽しいから、パパとママと一緒に観ていってね! あ、これ、定期演奏会(定演)のチラシなんですけど、よかったらこちらもどうぞ!」


 そう言ってチラシを渡し、実音はその家族を自然とステージの前へ誘導した。

 そしてすぐに反対から来る高齢の夫婦にも声をかける。


「こんにちは! 大三東高校です。わっ、たくさん買われましたね。よろしければこちらで少し休憩されませんか? おふたりがきっとご存じの曲もありますので、是非お聴きになってください」


 余っていた椅子をセットすると、ふたりをそのまま座らせた。


「あ、今度定期演奏会もあるんですよ。ご都合がつきましたら是非!」


 もちろんチラシも忘れない。

 こんな感じでどんどん人を連れてくる姿に、一年生は圧倒された。


「すごいね」

「……うん」

「わ、私たちもやらんと!」

「そうだね」


 恥ずかしさを取り払い、負けじと声をかけていく一年生。それを見て実音は微笑んだ。


「うん、その調子!」


 演奏の準備が整った頃には、先ほどに比べて観客が増えた。だが、実音はまだ充分ではないと思った。


(……仕方がない。アレをやるか)


 実音はこっそり持ってきたある物を、近くに置いていたチラシの入った箱から取り出す。


「準備、できたよ。始めて大丈夫かい?」


 文が尋ねてくるが、実音は首を横に振った。

 それから部員たちの方へと向かう。彼らは楽譜が落ちないように、洗濯バサミで楽譜を譜面台に留めているところだった。

 ちなみに楽譜は厚紙に紙のテープで貼ってあり、バラバラにならないようにそれぞれ糊づけしてある。これらはもちろん実音の指示だ。


「急ですが、一曲目の最初をカットします。合図を出すので九小節目のアウフタクトからでお願いします」

「ど、どうして?」


 井上が説明を求めると、実音は手に持っている物を見せた。


「これで、もっと人を集めてきます。先生、勝手にすみません。後で一緒に怒られてください」

「え?」

「時間がありません。これ以上今集まっていただいた方々を待たせるわけにはいきませんので、その間トークで繋いでおいてください」

「僕が!?」


 焦る文と不安そうな部員たちを残し、実音は商店街の端の方へと走っていった。


「ど、どうしよう」


 文はとりあえずマイクを持ち、客席に話しかける。


「えっと、きょ、今日はお越しいただき、ありがとうございます。大三東高校吹奏楽部です。ぼ、僕は顧問の文凛太郎(かざりりんたろう)と申します」


(早く帰ってきておくれー!)


 内心涙目で訴えながら、文は懸命に場を繋ぐ。

 

 新体制になった大三東高校吹奏楽部の初めての本番が、今始まる!

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