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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
2年生 4月

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15.強引な交渉

 昼休み、吹奏楽部の役員とパートリーダー、そして実音(みお)が音楽準備室に呼び出された。


「急に呼び出して、ごめんね」


 顧問の(かざり)は椅子から立ち上がると、ついさっき学校宛に送られてきたチラシを見せる。


「商店街のお祭りのチラシ? これがどうかしたんですか?」


 部長の本多が尋ねると、文はその裏面を見るようにジェスチャーで指示した。

 本多がひっくり返すと、そこにはゴールデンウィーク中のイベントのスケジュールが書かれていた。


「子供の頃はよく行ったなぁ。懐かしーー」


 そこで本多の表情が固まる。


「何かあった?」


 隣から副部長の入江や学生指揮者の井上も覗き込む。

 すると、ふたりも時が止まったかのように動かなくなった。


「……ごめん。急遽、参加することになっちゃった」


 文は昨日あったことを正直に話した。覚えてはいないが、こうして既にイベントのスケジュールに書かれてしまったからには、腹を括るしかない。


「昨日の今日でもうチラシも作っちゃうなんて、会長も仕事が早いよね」


 笑って頭を掻きつつ、実音の顔を窺う文。


「いいんじゃないですか?」

「へ?」

「地域の行事に参加するのは、部としてもプラスになりますし」


 意外にも、実音は前向きだった。


「怒ってない?」

「本番まで二週間もないのは、正直どうかと思います。でも、やれる限りのことはしましょう。先輩方、大三東(おおみさき)が今すぐできそうな曲をいくつか教えてください」

「えっと、そうだなぁ……」


 井上が準備室にある楽譜のスコアを漁り、ピックアップしていく。他の部員たちも、自分のパートが可能かどうかなど意見を出し合う。


「ポップスだと、こんな感じ?」

「これとこれは使えそうですね。これは……うーん。先生、実際の演奏場所の下見ってできますか? 広さによって、パーカッション(パーカス)の規模も変わりますから。音出しの場所とか楽器の搬入場所とか、確認したいことが山ほどあります」

「わ、わかったよ。担当の人に連絡するね」


 怒られることを覚悟していた文は、心の中で大きくガッツポーズをする。


「あと先生」

「ん? なんだい?」


 気の緩んでいた文は、締まり切らない顔で実音を見た。


「この機会に、年間のスケジュールを確認しましょう。先生だけに任せるのは心配なので。本当に、しっかりしてください!」

「……はーい」


 文は結局生徒に叱られるのであった。








 放課後ーー。

 文と実音は商店街に来ていた。他の部員たちは、個人練習で学校に残っている。


「どうもー。担当の吉田です」


 ふたりの前に現れたのは、優しそうな中年男性だった。


「あ、どうも。先ほどお電話しました、大三東高校吹奏楽部の顧問の文と申します」

「部員の雅楽川(うたがわ)です。本日は、よろしくお願いします」

「こちらこそです。急に出られなくなった団体さんがいたもんで、助かりました。チラシの試作、FAXで送ったんですけどご覧いただきましたか?」

「はい、早くて驚きました。あの、今日、会長は?」

「会長? あー、あの人ですか? あのじいさんはいつもふらーっとしとるんで、気にせんでよかですよ。私が困ってるってどっかから聞いたらしくて、昨日の……というか今日の朝に電話してきました。ありがたいんですけどね、自由な人なんですよ」


 顧問よりは仕事ができそうだと判断した実音は、メモ帳を取り出すと早速目的の遂行を図った。


「では、会場を見学してもよろしいですか?」

「はい、こちらです」









 吉田の案内で連れてこられたのは、店と店の間の小さな空き地だった。


「ここ……ですか」


 商店街自体上はアーケードになっており、雨の心配はなさそうだ。

 だが思っていたよりも狭い空間に、実音は考え込む。


「当日はフラダンスにオカリナ同好会・マジック・ビンゴ大会・漫才があって、大三東高校さんにはその後の出番になります」

「お客さんの席はないんですか?」

「スペース的に難しいですね。いつも立ち見です。ばってん、みなさんの椅子は用意してありますよ」

「そうですか」


 隣の建物に隠れ、遠くの通行人からは見えにくい。席がないということは、立ち止まって観てくれる人がいるかもわからない。

 広さ的に演奏は問題なさそうだが、一応実音は持ってきたメジャーを伸ばす。


「先生、そっち持ってください」

「あ、ああ」


 彼女は空き地の広さを測りメモをしていく。


「控室はどちらになりますか?」

「すぐそこの建物ですよ。行きましょうか」

「お願いします」







 


 その後、音出しの場所やトラックの搬入場所などを確認していく実音。

 文はやることがない。


「吉田さん。前の漫才が終わって私たちが準備している間、チラシを配ることは可能ですか?」


 どうお客さんを呼び込もうか考えていた実音は、吉田に質問をする。


「チラシ? それくらいなら構いませんよ」

「ありがとうございます」


(チラシ?)


 文は急に出てきた案に、首を捻る。

 だが顧問であるため、吉田の前では生徒に訊けなかった。









「今日はありがとうございました」

「いえいえ。当日はよろしくお願いしますね」


 訊きたいことと見たいことを全て終え、ふたりは吉田に別れを告げる。

 商店街から離れたところで、文は疑問に思っていたことを実音に尋ねた。


「ねぇ、チラシって? すぐに始まる演奏のために配るのかい?」

「商店街のじゃなくて、定期演奏会(定演)のです」

「え? それ、九月だろ。まだまだ先じゃないか」

「去年、どれくらい客席が埋まりましたか?」

「うっ。そ、それは……」


 去年の大三東の定期演奏会の客席の埋まりは半分ほど。それでも頑張って埋まった方だ。


「早いうちから宣伝しといて損はないです。配りながら、商店街での演奏のお客さんも掴みます」

「ホント、先のことまで考えてるんだね」


 しみじみと言う文に、実音は鋭い視線をぶつける。


「そんな呑気な顔をしている暇はないんですよ。先生はトラックの手配をとりあえずお願いしますね。さっきの客層を聞いた感じだと、曲はいくつか絞れました。帰ったら詳しく練りましょう。あと、チラシですね。チラシはあえて手作り感があってもいいと思います。経費削減で、一枚を分割にしてとにかく枚数を多く。当日の動きも考えないと」

「……」


 自分のせいでこうなったとはいえ、やることが多くて既にげんなりする文。

 だが、一番頑張っているこのしっかり者の生徒のためにも、適当な仕事はできない。


「よし、やるか!」


 バチンッと頬を叩き、文は気合を入れる。


「早く学校に戻ろうね」

「いえ、寄りたいところがあります」

「ん?」


 学校と反対方向に向かう実音に、文はせっかく入れた気合いが身体から抜けていく感覚がした。


「寄りたいところって、どこに?」

「スポンサーになってくれそうなところにです」








 そしてやってきたのは楽器屋だった。


「こんにちは」

「おや、大三東さんじゃないですかー」


 椅子に座りながらこちらに顔を覗かせるのは、養父灯大(やぶとうた)だった。


「君はたしか、オーボエの」

「はい」

「悪いね、まだ届いてないんだよ」

「今日は楽器じゃなくて、頼みがあって来ました」

「頼み?」


 養父が文を見るが、文も首を傾ける。


「養父さん、うちのスポンサーになりませんか?」

「スポンサー?」

「そうです。今度、商店街でコンサートをすることになったんですけど、そこで定期演奏会(定演)のチラシを配ります。そしてその中に、このお店の広告を入れます。その代わり、広告料を頂きたいんです。もちろん、定期演奏会(定演)のパンフレットにも広告は入れます。どうですか?」

「あー、なるほどね」


 文は寝耳に水で、大人相手に交渉をする女子高生に驚く。


「強豪校さんだと、そういうのよくあるよね。聞くよー。でも自分、店長って言っても雇われだからなー。訊いてみないとなー」


 すぐに返事のできない養父に、実音は店内を見回してから口を開く。


「ここの店舗、利益率ってどうなってるんですかね? 少子化で吹奏楽部に入部する生徒も減ってきているし、大変ですよね。そういえばパーカッション(パーカス)のヘッドの修理代の請求書を見たんですけど、あれ、盛ってます? 文先生、いいカモですもんね。あ、そうだ! いくつか欲しい備品があったけど、ほかで頼もうかな。ほら、今ってネットで簡単に手に入りますし。でも、養父さんともこれから長くお付き合いしたいしなぁ」


 チラリと養父に目線だけ送り交渉(強迫)する実音に、ふたりの大人はゾッとする。


「君、恐いなー。わかったよ、のった!」

「ありがとうございます」


 これで、少しのゆとりができた大三東高校吹奏楽部であった。

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