15.強引な交渉
昼休み、吹奏楽部の役員とパートリーダー、そして実音が音楽準備室に呼び出された。
「急に呼び出して、ごめんね」
顧問の文は椅子から立ち上がると、ついさっき学校宛に送られてきたチラシを見せる。
「商店街のお祭りのチラシ? これがどうかしたんですか?」
部長の本多が尋ねると、文はその裏面を見るようにジェスチャーで指示した。
本多がひっくり返すと、そこにはゴールデンウィーク中のイベントのスケジュールが書かれていた。
「子供の頃はよく行ったなぁ。懐かしーー」
そこで本多の表情が固まる。
「何かあった?」
隣から副部長の入江や学生指揮者の井上も覗き込む。
すると、ふたりも時が止まったかのように動かなくなった。
「……ごめん。急遽、参加することになっちゃった」
文は昨日あったことを正直に話した。覚えてはいないが、こうして既にイベントのスケジュールに書かれてしまったからには、腹を括るしかない。
「昨日の今日でもうチラシも作っちゃうなんて、会長も仕事が早いよね」
笑って頭を掻きつつ、実音の顔を窺う文。
「いいんじゃないですか?」
「へ?」
「地域の行事に参加するのは、部としてもプラスになりますし」
意外にも、実音は前向きだった。
「怒ってない?」
「本番まで二週間もないのは、正直どうかと思います。でも、やれる限りのことはしましょう。先輩方、大三東が今すぐできそうな曲をいくつか教えてください」
「えっと、そうだなぁ……」
井上が準備室にある楽譜のスコアを漁り、ピックアップしていく。他の部員たちも、自分のパートが可能かどうかなど意見を出し合う。
「ポップスだと、こんな感じ?」
「これとこれは使えそうですね。これは……うーん。先生、実際の演奏場所の下見ってできますか? 広さによって、パーカッションの規模も変わりますから。音出しの場所とか楽器の搬入場所とか、確認したいことが山ほどあります」
「わ、わかったよ。担当の人に連絡するね」
怒られることを覚悟していた文は、心の中で大きくガッツポーズをする。
「あと先生」
「ん? なんだい?」
気の緩んでいた文は、締まり切らない顔で実音を見た。
「この機会に、年間のスケジュールを確認しましょう。先生だけに任せるのは心配なので。本当に、しっかりしてください!」
「……はーい」
文は結局生徒に叱られるのであった。
放課後ーー。
文と実音は商店街に来ていた。他の部員たちは、個人練習で学校に残っている。
「どうもー。担当の吉田です」
ふたりの前に現れたのは、優しそうな中年男性だった。
「あ、どうも。先ほどお電話しました、大三東高校吹奏楽部の顧問の文と申します」
「部員の雅楽川です。本日は、よろしくお願いします」
「こちらこそです。急に出られなくなった団体さんがいたもんで、助かりました。チラシの試作、FAXで送ったんですけどご覧いただきましたか?」
「はい、早くて驚きました。あの、今日、会長は?」
「会長? あー、あの人ですか? あのじいさんはいつもふらーっとしとるんで、気にせんでよかですよ。私が困ってるってどっかから聞いたらしくて、昨日の……というか今日の朝に電話してきました。ありがたいんですけどね、自由な人なんですよ」
顧問よりは仕事ができそうだと判断した実音は、メモ帳を取り出すと早速目的の遂行を図った。
「では、会場を見学してもよろしいですか?」
「はい、こちらです」
吉田の案内で連れてこられたのは、店と店の間の小さな空き地だった。
「ここ……ですか」
商店街自体上はアーケードになっており、雨の心配はなさそうだ。
だが思っていたよりも狭い空間に、実音は考え込む。
「当日はフラダンスにオカリナ同好会・マジック・ビンゴ大会・漫才があって、大三東高校さんにはその後の出番になります」
「お客さんの席はないんですか?」
「スペース的に難しいですね。いつも立ち見です。ばってん、みなさんの椅子は用意してありますよ」
「そうですか」
隣の建物に隠れ、遠くの通行人からは見えにくい。席がないということは、立ち止まって観てくれる人がいるかもわからない。
広さ的に演奏は問題なさそうだが、一応実音は持ってきたメジャーを伸ばす。
「先生、そっち持ってください」
「あ、ああ」
彼女は空き地の広さを測りメモをしていく。
「控室はどちらになりますか?」
「すぐそこの建物ですよ。行きましょうか」
「お願いします」
その後、音出しの場所やトラックの搬入場所などを確認していく実音。
文はやることがない。
「吉田さん。前の漫才が終わって私たちが準備している間、チラシを配ることは可能ですか?」
どうお客さんを呼び込もうか考えていた実音は、吉田に質問をする。
「チラシ? それくらいなら構いませんよ」
「ありがとうございます」
(チラシ?)
文は急に出てきた案に、首を捻る。
だが顧問であるため、吉田の前では生徒に訊けなかった。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ。当日はよろしくお願いしますね」
訊きたいことと見たいことを全て終え、ふたりは吉田に別れを告げる。
商店街から離れたところで、文は疑問に思っていたことを実音に尋ねた。
「ねぇ、チラシって? すぐに始まる演奏のために配るのかい?」
「商店街のじゃなくて、定期演奏会のです」
「え? それ、九月だろ。まだまだ先じゃないか」
「去年、どれくらい客席が埋まりましたか?」
「うっ。そ、それは……」
去年の大三東の定期演奏会の客席の埋まりは半分ほど。それでも頑張って埋まった方だ。
「早いうちから宣伝しといて損はないです。配りながら、商店街での演奏のお客さんも掴みます」
「ホント、先のことまで考えてるんだね」
しみじみと言う文に、実音は鋭い視線をぶつける。
「そんな呑気な顔をしている暇はないんですよ。先生はトラックの手配をとりあえずお願いしますね。さっきの客層を聞いた感じだと、曲はいくつか絞れました。帰ったら詳しく練りましょう。あと、チラシですね。チラシはあえて手作り感があってもいいと思います。経費削減で、一枚を分割にしてとにかく枚数を多く。当日の動きも考えないと」
「……」
自分のせいでこうなったとはいえ、やることが多くて既にげんなりする文。
だが、一番頑張っているこのしっかり者の生徒のためにも、適当な仕事はできない。
「よし、やるか!」
バチンッと頬を叩き、文は気合を入れる。
「早く学校に戻ろうね」
「いえ、寄りたいところがあります」
「ん?」
学校と反対方向に向かう実音に、文はせっかく入れた気合いが身体から抜けていく感覚がした。
「寄りたいところって、どこに?」
「スポンサーになってくれそうなところにです」
そしてやってきたのは楽器屋だった。
「こんにちは」
「おや、大三東さんじゃないですかー」
椅子に座りながらこちらに顔を覗かせるのは、養父灯大だった。
「君はたしか、オーボエの」
「はい」
「悪いね、まだ届いてないんだよ」
「今日は楽器じゃなくて、頼みがあって来ました」
「頼み?」
養父が文を見るが、文も首を傾ける。
「養父さん、うちのスポンサーになりませんか?」
「スポンサー?」
「そうです。今度、商店街でコンサートをすることになったんですけど、そこで定期演奏会のチラシを配ります。そしてその中に、このお店の広告を入れます。その代わり、広告料を頂きたいんです。もちろん、定期演奏会のパンフレットにも広告は入れます。どうですか?」
「あー、なるほどね」
文は寝耳に水で、大人相手に交渉をする女子高生に驚く。
「強豪校さんだと、そういうのよくあるよね。聞くよー。でも自分、店長って言っても雇われだからなー。訊いてみないとなー」
すぐに返事のできない養父に、実音は店内を見回してから口を開く。
「ここの店舗、利益率ってどうなってるんですかね? 少子化で吹奏楽部に入部する生徒も減ってきているし、大変ですよね。そういえばパーカッションのヘッドの修理代の請求書を見たんですけど、あれ、盛ってます? 文先生、いいカモですもんね。あ、そうだ! いくつか欲しい備品があったけど、ほかで頼もうかな。ほら、今ってネットで簡単に手に入りますし。でも、養父さんともこれから長くお付き合いしたいしなぁ」
チラリと養父に目線だけ送り交渉する実音に、ふたりの大人はゾッとする。
「君、恐いなー。わかったよ、のった!」
「ありがとうございます」
これで、少しのゆとりができた大三東高校吹奏楽部であった。




