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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
2年生 4月

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14.お酒はほどほどに

「無事に解決してよかったね!」

「そうだね」


 帰り道、笑ってそう話す(うみ)実音(みお)も微笑み返した。


「ところで、さっき辞める人が多いみたいな話しとったね。方南(ほうなん)って、そんなに厳しいの?」

「そう……だね」


 あまり思い出したくないのか、実音の表情が暗くなる。


「私が入学した時は百五十人近く部員がいたけど、一年で三十人くらい辞めてったね」

「うわー」

「自分にも周りにも厳しい人ばっかりだったから……。他人に構ってられるほどの余裕なんて、全然なかったんだよね。そういうの、本当に嫌だったなぁ。ここはそんなことないからよかった」

「強豪校っておとろしか(恐ろしい)ね」

「あはは」


 高校に入る前もずっと全国にいた実音でさえ苦労する方南に、海は怯えるしかなかった。


「それで、どうして実音は大三東(おおみさき)に?」

「親戚が南島原に多くて、お母さんもそっちの出身なの。方南での私が相当辛そうだったのか『田舎に行ってみない?』って提案してくれて。お父さんは仕事があるから、東京に残してふたりで長崎に。島原にも親戚がいてね、その中に大三東高校出身のお姉さんがいたから、制服が丁度あったの。だからここに転校してきたんだ。そのお姉さんたち家族は今福岡にいるんだけどね」

「そうだったんだ」


 海は転校の理由を知って納得した。

 都会の強豪校を去ってこんな離れた所に来ることに、彼女はずっと疑問を抱いていたのだ。


「あ、そうだ」

「ん?」


 海は鞄にしまっていたある物を取り出した。


「あのね、今楽器修理中でしょ? うちのばあちゃんにそういう友達がおるって話をしたら『これ、あげな』って言われて。いる?」


 渡されたのは、布に包まれた長い何かだった。


 実音が恐る恐るそれを開くと、中には一本の笛が入っていた。


「これ、篠笛?」

「うん。ごめんね、いらんよね。昔もらったらしいの。ばってん、誰も吹けなくて。ばあちゃん、吹奏楽が何かよくわかってなくて、これで代用できると思ったみたい」

「七本調子だ。状態もすごくいいよ」

「わかるの?」

「低学年の頃にちょっとね。お祭りで吹いたりしたよ」


 実際に構えて見せる実音。

 フルートとは押さえ方が違い、指を寝かせるように穴に乗せている。

 

「へー。ばあちゃん、それで『島原の子守唄』を吹きたかったんだって。実音ならできる?」

「それ、どんな曲?」


 海はスマホで曲を検索し、実音に聴かせた。


「これ、どういう意味?」


 方言ばかりで内容がわからない実音は、海に質問する。


「えっと、たしか子供が売られる話」

「暗っ。それが子守唄なの?」

「うん」

「あ、あれは? 『でんでらりゅうば』。あれなら知ってるよ」


 今度は実音が検索して曲をかける。


「これね。保育園で、よく手遊びしたなぁ」

「これはどういう意味?」

「遊女がお客さんが来るか来ないかって言っとる話、とか諸説あるみたい」

「それが童謡でいいの?」

「考えてみたらそうだね。実音はこれどこで知ったの?」

「ほら、この曲を元にしたのがあるでしょ。私、その歌手が好きで……。中学生の時に、吹奏楽用に編曲したこともあるよ」

「そんなことできるの?」

「うん」

「すごか! これね、県民なら踊れるよ」

「踊る?」

「そう。『がんばらんば体操』って知らん?」

「知らない」

「そういうのがあってね、授業でも踊ったなぁ」

「……」


 篠笛を手に握りつつ、何か考え込む実音。


「それ、もらってくれる? わたしも吹けなかったけん、家にあっても困るんよ」

「いいの?」

「もちろん」

「ありがと。大事にする!」


 実音は丁寧に篠笛を布で包み直すと、鞄に大切にしまった。








 その頃、顧問の(かざり)はというとーー。


「ほら。文先生、もっと呑んで!」

「は、はい」


 校長に連れられ、学校から離れた商店街にある居酒屋に来ていた。


(なんで、こんなことに……)


 なぜふたりがここにいるのかというと、部活終了後帰ろうとした文を見つけた校長が「たまには付き合ってよ」と無理やり誘ったのだ。

 地元の常連客だらけの店で、文は身を縮こませながらチビチビ酒を呑む。


 文は横浜で生まれ育った。

 東京の音大で出会った友人が長崎出身で、その人物に誘われてこっちで教師となった。ちなみに、誘った相手は結局東京にいる。

 大三東に来る前は長崎市内で働いており、島原にはまだ慣れない。


「あたんなどこんしーな?」

「はい?」


 突然知らない男性に尋ねられたが、文は戸惑う。


「どこから来たの、だって」


 校長がすかさず通訳してくれる。


「あ、僕、横浜です。神奈川の」

「ほう」


 珍しいものでも見るような視線に、逃げ出したくなる文。

 ただでさえ長崎弁に慣れない彼にとって、島原弁はもはや宇宙人の言葉にしか聞こえなかった。

 生徒たちとは多少イントネーションの違いはあれど、会話に困ることは全くない。だが、お年寄りは別だ。早口だし言葉が独特すぎて、全く聞き取れない。


「こい、だーがっな? とっとっとっ? (これ、誰のもの? 取ってるの?)」

「こいばや? (これ?)」

「うんにゃ、そいじゃなか(いいや、それじゃない)」

「めっちゃきゃーなえたな(とても疲れたなぁ)」

「そげん、がまだしとったか? (そんな、頑張ってたか?)」

「今日はなんのいをあると? (今日は何の魚ある?)」

「ガンバはなかね? (ガンバはないの?)」

「時期じゃなか。あるんはクツゾコ(時期じゃないよ。あるのはクツゾコ)」

「そいでよかよ(それでいいよ)」

「こいもいっとな? (これも要る?)」


 小さな店内に、男性たちの楽しげな会話が聞こえてくる。


「文先生もこれ食べなよ。あっちのお客さんからお裾分けだよ」

「はぁ」


 何か魚らしきものが乗った皿を出され、文は向こうにいる男性に軽く頭を下げてお礼を言う。そしてみんなに見守られながら一口食べる。


「うまっ!」

「やっちゃ、うまかやろ! (とても、美味いだろ!)」


 校長はそれを見て得意げに言う。


「これ、なんです?」

「クツゾコの煮付けだよ」

「クツゾコ?」

「えっと、舌平目だね」

「へぇー、これが。僕、魚あんまり得意じゃなかったんですけど、これなら平気です」

「よかよか! じゅっじゅっ(たくさん)呑め!」


 周りの常連が、文にどんどんおすすめの料理をテーブルに置く。

 最初は気の進まない食事だったが、自然と酒が進んだ。


「お、いい呑みっぷりだね。ガネダキがあればもっと最高だったんだけどな」

「ガネダキ?」

「ガンバを醤油味で煮たものだよ」

「ガンバってなんですか?」

「フグだよ。ガンバは棺桶のことでね、ガンバを用意してでも食べたいってとこからきているんだ」

「そうなんですね。あ、もう一杯ください」

「君、呑むね」

「はい、もちろん校長の奢りですよね?」

「そうだけどさ、少しは遠慮しようとか思わないの?」


 当然の年長者の声に、文は笑って誤魔化す。

 そして暫く呑み続けたところで、口から勝手に言葉が漏れていく。

 

「部活でいろいろありまして……。たまには呑まないと……やってけないですよ」

「吹奏楽部はそんなに大変かい?」

「……まぁ、そーですね。べんきょーすることもおーいですし、何よりあの子ら、『全国』をもくひょーにするとか言ってて」

「それはすごいじゃないか。校長として応援してるよ」

「……あ、ひゃい。ありがとうーごじゃいます」


 だんだん呂律の回らない文。

 そこへ、ひとりの男性が近づく。


「吹奏楽って言っとったか? それはよかね」

「あ、どうも」


 どうやら校長の知り合いのようだ。

 立派なお腹と口髭の高齢の男性は、文の隣に座ると更に酒を注ぐ。


「そいながまだしとる先生に頼みばあるばってん(そんな頑張る先生に頼みがあるんだけど)、よかかね」

「へ? なんれすって?」


 文の薄れゆく意識の中で、高齢の男性の豪快な笑い声が響いていた。









 次の日の朝、文は二日酔いで痛む頭を抑えながら職員室に入った。


「おはようございます」

「おう、文先生! 昨日は付き合ってくれてありがとうね」

「いえ。こちらこそ、ご馳走様でした」

「それは別に大丈夫だよ。会長が全部払ってくれたからね」

「会長?」

「昨日会っただろ? あの立派な口髭のさ」

「えっと、たしか……」


 文は僅かに残る記憶を遡り、それらしき人物を思い出す。


「君が引き受けてくれて、私も嬉しいよ。よろしくね」

「なんのことです?」

「え? 覚えてないのかい?」

「は、はい」


 何か約束した記憶は、文には全くなかった。


「今度のゴールデンウィーク、商店街のイベントで吹奏楽部に出演してほしいって頼みだったろ。会長直々のお願いだからね。君、すんなりOKしてたじゃないか。『もちろん、やります!』って」

「……僕、そんなこと言ったんですか?」

「ああ」

「そ、そんな」


 ただでさえ痛む頭が、さらに悪化する。


(どうしよう。絶対怒られそう)


 文は主に転校生の姿を思い浮かべて、どんどん顔が青ざめていった。


「大丈夫かい? 顔色、悪いけど」

「……大丈夫じゃないです。あの、その出演ってキャンセルなんてーー」

「何言ってるんだ! せっかくのお願いを断るっていうのかい。一度参加すると言ったんだ。大人として、約束は守りなさい」

「で、ですよね」


 どうやって部員たちに伝えようか、文はその後必死に考えるのだった。

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[一言] 商店街のイベント出演 伝えたら怒られるだろうな
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