12.親衛隊とファンクラブ
一年生のプリンスと有馬咲太郎と吉川桐可の三人は、部活が休みの年末にわざわざ集まった。
場所は、実音が大護と来たうどん屋だ。そこで三人は、彼女が頼んだものと同じメニューを平らげた。
「うどんも美味しいけど、この万十まで注文するなんて、先輩はよくわかってるよ」
「実音先輩が座った席もわかったらよかったのにな」
「そこまでは……。ばってん、部長との会話を盗み聞いて正解だったね。おかげで聖地巡礼ができたもん」
この三人がなぜ一緒にいるかというと、その理由は二年生の修学旅行中にまで遡る。
一年生のみの練習を終え、音楽室の床に座りながら、プリンスは実音にメールでこの日の報告をしていた。
すると、有馬がムスッとした表情で目の前に座った。
「何?」
「どうして、野田ばっかりなんだよ!」
有馬は、一年生のまとめ役の彼に嫉妬していた。
合宿の時もそうであったが、今回は実音と毎日やり取りができる特典つきの仕事である。それが羨ましくてしょうがない。
「フッ。それは、頼りにされてるからに決まってるだろ」
余裕の笑みを浮かべるプリンスに、有馬は腹が立ってきた。
「こすかー(ズルい)!」
「え?」
「は?」
今の発言は、有馬ではなくパーカッションの吉川だった。
彼女も、恐い顔でプリンスを睨んでいる。
「いくらプリンスでも、雅楽川先輩の独り占めは許さん!」
「よ、吉川……?」
「お前、どうした?」
「私だって、先輩のファンなんだから!」
吉川は可愛い物や人が大好きだ。
入学当初は、背の低いプリンスを推していた。当然ファンクラブにも加入済みであるが、途中で推し変している。
「こうなったら、誰が先輩のことを一番推しとるか勝負よ!」
その後、近くの飲食店に三人で向かい、実音の素晴らしさを語り合った。
その中で話題になったのは、彼女の無防備さについてだった。例えば、ネロに対してガードが甘すぎるという話になった。本人は気にしていないが、どう見てもあれはセクハラであるという結論に至った。ほかにも、同級生の野球部員の距離が近い。一緒にふたりで出かけたことは、三人にとっては由々しき事態である。さらに、二学期から同じクラスにイケメンがやってきた。見た目がお似合いすぎて、校内でも噂になっている。
そんな彼女を守りたいという想いが、プリンスたちにはある。そして結成されたのが、このメンバーによる彼女の親衛隊であった。
ほかにも実音を崇める者は、学校中にいる。しかし、その者たちを仲間に入れるつもりはない。本来なら、同担拒否である。
主な親衛隊としての仕事は、実音に寄ってくる男どもの排除である。それは、プリンスが近くにいるだけでかなりの効果があった。ところが、この効き目がない者がおり、それがとても厄介だった。その筆頭がネロである。
ネロはプリンスに対し、ある程度の信頼を持っていた。とはいえ、もちろん指導に厳しさはある。有馬にとっては、あまり近づきたくない人物だ。吉川も、ネロは恐い。
よって、親衛隊の当面の目標は「打倒、ネロ」である。
今年ももう終わりということで、今日は親衛隊の忘年会兼聖地巡礼をしているところだ。
この日も、それぞれがどれだけ実音と親密かを競い合った。
「ボクなんて、先輩とふたりだけでお出かけしてるからね」
「それ、ただの視察だろ?」
「私服じゃなくて制服だったんでしょ? 部活の延長線としか思っとらんよ」
「なら、ふたりは行ったことあるのかよ!」
「それは……」
「……」
しかし実際、実音はプリンスのことを「便利で役立つ子」という認識だ。それを、彼もなんとなくわかっている。それでも、頼りにされることに悪い気はしない。
「俺なんて、縛られた状態で先輩と見つめ合ったぜ?」
「え……」
「……そういう趣味あったの?」
有馬の発言に、本気でふたりは引いた。
厳密に言うと、縛ったのは実音ではなく海と造酒迅美である。そして、彼女に見つめ合ったつもりは微塵もない。
「私は、雅楽川先輩とボランティア演奏の時も同じグループだったもん! だから、練習も長く一緒にいられたよ。合宿では寝顔も見たし! 寝顔も素敵だったなぁ。あと、コンクールの時にプレゼントもらった! それに、手も握ってもらっちゃった!」
「それなら、ボクなんて先輩を抱き締めたよ」
「セクハラ?」
「違っ! 役でだよ!」
「あー、あれね。あの時の先輩、衣装も似合っとって最高に可愛かったなぁ。老婆なんてイヤだったけど、メインで参加できてよかったぁ」
「だな」
「お前ら、羨ましいんだよ!」
有馬は水を一気に飲み干した。お酒を飲めない未成年だが、ヤケ酒したい気分だ。
「そういえば、せっかくの冬休みだし、先輩は今頃東京に帰っとるのかなぁ」
吉川の突然の呟きで、三人は自然と上を向いてしまう。
「東京かぁ。ボクたちも、来年の修学旅行で行く所だよなぁ」
「何回か行ったことあるけど、東京もいろいろだろ? 実音先輩が住んどった所ってどんな場所なんだろうな」
「東京なら、あの暴君もおらんけんね。安心よ」
たまに来るネロに警戒する必要がなく、安堵する三人。
実音が「リード、こんなにもらっちゃった!」と、休んだ翌日にテンション高めで喜んでいた時は、ショックを隠せなかった。話の内容から、嫌なことはされていないようだったが、疎い彼女のことだから実際はわからない。
「先輩のためにも、もっと上手くなってみせる!」
「俺だって!」
「私も!」
親衛隊の彼らは意気込むと、次の聖地へと向かうのだった。
帰宅した吉川は、パソコンの電源を入れた。今から、プリンスのファンクラブの「国民会議 (ファンミーティング)」が始まるのだ。
ファンクラブは、一度入会すると永久国民として、一生抜けることは許されない。ゆえに、推し変している彼女もまだこの会議に参加する義務がある。
ファンミーティングとは、通常は本人がファンと交流をする場だが、このファンクラブはプリンスの知らない所で活動をしている。彼が現れるわけがない。
そこで登場するのが、「AIプリンス」だ。
いったい誰がこんなものを作ったのかは謎だが、そのクオリティは高い。彼の話し方や仕草を、よく再現できている。
ちなみに吉川は、このクラブのトップである「宰相」も、その下にいる幹部である「大臣」も、全く正体を知らない。「庶民」には遠い存在である。
今回の議題は、前回に引き続き「ここ最近、プリンスの見た目が益々かっこよくなっている件について」だ。様々な意見が飛び交う。そして最後に「AIプリンス」はこう述べた。
『国民のために決まってるだろ?』
その言葉に、オンライン会議に参加していた多くのファンが歓喜した。
それを、吉川は冷めた目で眺める。
(プリンスが鍛えとるのは、雅楽川先輩のためだし。顔が似とっても、内容は全くの嘘だね)
プライベートで彼と会ってきたことは、絶対に言えない。間違っても、ふたりっきりでは会わないように気をつけている。
吉川は、バレないように親衛隊として活動しているのだ。
「国民会議」を終えた「宰相」の法村風弥。彼女は今年最後の仕事を終えて、やっと一息つくことができた。
(プリンス、絶対あんなこと言わないだろうなぁ)
彼女もまた、あの「AIプリンス」には疑問を抱いていた。高度な技術には驚かされるばかりだが、本物を近くで見ている身としては違和感しかない。
最近筋トレに目覚めた様子の後輩。マーチングの練習をしていると、その成果が出ていると感じる。
(私も負けてらんない!)
先輩の西田からは「プリンスをよく見張るように」とかなんとか言われたが、そんなことをしている場合ではない。
副部長としても、ホルンのパートリーダーとしても、自分が積極的に引っ張るつもりでやっていこうと、今では思うことができた。だから、法村はこの冬休みも家で毎日練習をするつもりだ。
(上手くいかない箇所が出てきたら、ちゃんと訊こう!)
実音には事前に、もしそういうことがあったら休み中でも訊いても良いか確認してある。
とりあえず今は、大きな音が出せない夜中のため、タオルを口に当てて楽器なしでバズィング(口を震わせる練習)をするのだった。




