10.今一番欲しいのは?
音楽室に向かうフルートのふわふわ女子の七種結乃花は、途中で数人の男子に話しかけられた。彼らとは面識はあるが、あまり話したことはない。
(告白かな?)
同じクラスの内山田花太に、七種はまだちゃんと返事ができていなかった。彼が催促することはなく、有耶無耶になっている。
こうして男子に声をかけられると、彼女はついそのことを思い出してしまう。
「雅楽川さんって、もう部活行っちゃったのかな?」
(あー、実音ちゃんの方か)
「それか、音和は? あいつももういない?」
(海?)
どうやら、そういう話ではないらしい。
「ふたり共、上におると思うよ」
七種がそう言うと、彼らは相談を始めた。
「それじゃあ、七種さんに頼む?」
「そうだな」
「むしろ音和よりマシだよな」
そして、その中の代表の男子生徒が一歩前に出た。
「あの……お願いがあります!」
「?」
七種は不思議そうな顔で、その男子たちの訴えに耳を傾けてあげるのだった。
その頃、別の教室ではホルンの二年生の京小霧が、まだのんびりと着替えていた。
「京ちゃん。今度新しい和スイーツのお店がオープンするらしいよ? 冬休み行こうね」
「うん! 楽しみー」
京と中学からの親友であるユーフォニアムの鴛淵英莉は、京の前の席に座るとお店の宣伝ページを眺めながら待った。彼女は、とっくに部活に行く用意は済んでいる。
「で、準備できた?」
「んー。はい、できたぁ。はなりん、お待たせー」
「よし、行くよ」
「はーい」
「あのー」
やっと着替えが終わった京たちが教室を出ようとすると、同じクラスの女子生徒に呼び止められた。
「ふたりって、吹奏楽部……だよね?」
「そうだよー」
「どうかした?」
細い目が特徴的な京と、泣きぼくろがチャームポイントの鴛淵。
仲良しのふたりに、女子生徒は意を決して頼み事をする。
「お願い! 私たちに協力して!」
「ほえ?」
「はい?」
ふたりは同時に首を傾げた。
翌日ーー。
大護は部活の練習後、校舎の前で実音が来るのを待っていた。
今日はクリスマスイブ。
彼は吹奏楽部が去年のクリスマスの日に、部内でお祝いをしていたことを知っている。翌日の練習後だと、時間が遅くなるかもしれない。だから、今日会いたかった。約束はしていないが、彼はせめて駅まで送るくらいはしようと考えた。
「なんばしよっとね?」
彼の前を通り過ぎようとしたのは、幼馴染の海だった。
その横や後ろを確認するが、実音はいない。
「いや、別に」
「どうせ、イブに実音と少しでも一緒にいたいとかなんかでしょ?」
「なんでわかるんだよ!」
「やっぱりね。わたしには?」
「え?」
「クリスマスプレゼント!」
「どうしてお前に。……あ、プレゼント!」
大護は会うことしか頭になく、クリスマスプレゼントを用意することを忘れていた。
焦って考えるが、彼女が何を欲しているのかわからない。海から「実音はオシャレに無頓着」と聞いた。そうなると、身につける物は違うと思った。また、音楽に関する物でも、CDには好みがある。そもそも、既に持っている可能性もあった。
「で、その実音は?」
「実音なら、今日は部活休みだよ。ネロさんに拉致られちょった」
「はぁ!?」
この日のお昼に、実音はネロから急に誘われた。そして用事が済み、今は一緒に帰りのタクシーに乗っているところだ。
「微妙だったな」
「まぁ……はい」
さっきまで、ふたりはコンサートを聴いていた。
少し前に、実音が「全国大会の会場に近い音響のホールで、自由曲の候補曲を聴いてみたい」と話し、ネロがその条件に合うコンサートのチケットを手に入れたのだ。
しかし、目的の曲の完成度が期待外れだった。ふたりの求める理想には、全く届いていなかった。せっかく遠くまで来たものの、これでは無駄足だ。
「それなりに、実力のある団体のはずなのにな」
「ほかの曲もそうですけど、観客に楽しんでもらおうとする努力は見えましたよ?」
「でも客に指揮させるとか、手拍子させるとか、オレ苦手だわ。無理。よく見る演出だけどさ、指揮者は誰でもなれるって勘違いさせるじゃん? あと、ホールの反響でずれた手拍子が気持ち悪い」
「あれくらいなら、私はいいと思いますよ? ああすることで音楽を好きになってくれるなら、バンドも我慢しますって」
「そうか?」
感想を暫く交換し合うと、実音は大事なことを思い出す。
「あ、そうだ。実はほかの部活動からオファーがありました。しかも二件」
「へぇー。やるじゃん」
七種と京と鴛淵を通じて、新たな本番の予定ができた。これは、今までの吹奏楽部の活動が評価された証でもある。
文化祭や体育祭で演奏したことや今月の演奏会などで、吹奏楽に関係のない生徒たちに披露してきた。それが次に繋がった。
また、ボランティアの時の交流先からは、「また来年もお願いしたい」との連絡が入った。その時には実音たち二年生は引退しているが、次の世代の活動のプラスになりそうだ。部員は届けたい人に合わせたコンサート作りを学ぶことができ、個人の力も上がった。これが恒例行事になることを彼女は願う。
特に実音が気にしていた副部長の法村風弥は、あえてひとりぼっちの環境に置くことで前より自信がついた。さらに、以前よりも人を頼るようになった。良い傾向だ。
それと、オータムコンサートの練習でイップスになったトランペットの一年生の有馬咲太郎も、無理のない音域で演奏し、リラックスしたとても良い状態だった。ネロが渡したデータを使って、今もかなり研究をしている。
同じく音のバリエーションを増やす練習を続けている、サックスの頴川紅。彼女はビブラートの特訓にも励み、次の演奏会のための準備を一生懸命やっている。真面目に向き合っているせいか、ここのところ彼女自慢の前髪の触角が乱れ気味である。
「で、その本番っていつ?」
ネロはスケジュールを確認するため、スマホの電源を入れた。
すると、何件も着信があるのに気づく。そして、同じ相手から再びかかってきたことを表す表示が出た。
「ネロさん? あ、何かトラブルですか?」
「いや、さっきからずっと電話かかってたみたい」
「え? じゃあ、早く出てくださいよ。さっきまでホールにいたから、気づかなかったんでしょ? 相手の人、急ぎの用があるんじゃないですか?」
「……悪い」
一言断ってから、ネロはその電話に出た。
実音はこれでも、恋人のいる男とイブに一緒に行動することに対し気が気でなかった。もしこの電話の相手が恋人なら、申し訳なく思う。
「……ああ。そ。今帰ってるとこ。……え? ……ひとりじゃないけど。……違うって! バカ!」
(絶対カノジョじゃん!)
相手の声は聞こえなかったものの、勘違いさせてしまったのはわかった。こんな時に正直に言ってしまうネロに、実音は呆れてしまう。
話し終えた彼へ、実音は声をかける。
「大丈夫でしたか?」
「ん? 問題ねーよ。それより忘れないうちに……ん」
「なんですか?」
ネロが手渡したのは、小さなケースだった。
実音は不審に思いながらも、蓋を開けてみる。
「っ!!」
「クリスマスだからな。やるよ」
「こんなに……! いいんですか! 私、ネロさんに何も用意してませんよ?」
「いいって、そんなの」
「ありがたく頂戴します!」
こんなにも実音を喜ばせたその中身は、オーボエのリードだった。そんな高価なものが、なんと五本も入っていた。
「この間、多めにリードを送ってもらったからな。調整もしてある。大事に使えよ?」
「はい!」
今、実音が一番欲しかった物。
それは年中欲している消耗品だった。
目を輝かせてケースを大事そうに抱きしめる実音と、スマホを見つめるネロ。
ふたりを乗せて、タクシーは暗い夜道を走っていった。




