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がんばらんば〜大三東高校吹奏楽部の活動日誌〜  作者: 尋木大樹
12月

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8.真冬のウォッチング

 二学期の期末試験に向け、実音(みお)(うみ)から「一緒に勉強したい」と言われた。

 今年の部活の本番は全て終えた。とはいえ、やるべきことはまだまだある。マーチングの練習はもちろん、夏のコンクールの曲も年明けには始めたい。だが、海の学校の成績は下の下。彼女の将来を考えると、実音は了承するしかなかった。

 島原市ではなく、実音の住む南島原市の待ち合わせ場所にて英単語を頭に入れていると、海がやってきた。しかし、ひとりではない。


「あれ? ふたりも一緒?」

「うん!」

「よろしくな!」


 海の隣にいるのは大護(だいご)だ。さらに、彼の隣には海が想いを寄せる東柊(あずましゅう)の姿がある。


「東君が来るなんて、珍しいね」

「……まぁな」


 いつもどおりクールで素っ気ない彼だが、どこか浮ついているようにも見える。


「じゃあ時間だし、もう行こっか!」

「時間? 図書館に行くんじゃないの?」

「あー、えっとー……来ればわかるよ!」

「?」


 実音は「勉強したい」としか聞いていない。そのため、てっきり静かな場所へ行くのだと思っていた。何か誤魔化そうとする海に、彼女は不審な目を向ける。


「まぁまぁ。行けばわかるけん。息抜きも大事だろ?」


 そんな彼女を、大護は宥めた。彼もまた、こうして休日に実音と会えたことで浮かれている。

 彼にとっては、今日はダブルデートのつもりだ。








 実音の目の前には観光船がある。

 そして先ほどガイドから説明を受け、ライフジャケットを着用しているところだ。


「何これ?」

「え? 救命胴衣?」

「そうじゃなくて、どうして真冬に船に乗るの? 勉強は?」

「さっき大護も言っちょったでしょ。まずは息抜き!」

「息抜きって……。勉強の合間にするならわかるけど」

「細かいことはよかよか! ほら、乗ろ? 揺れるけんね。掴まって」

「ありがとう」


 大護の祖父や父親の船に乗ったことがある海は、揺れにも慣れていた。実音に手を差し出して、彼女が転ばないようにしてあげた。


「それ、俺の役目!」


 船に一番乗りする彼女たちに、大護は堪らずツッコミを入れた。









 真冬の船の上は、冷たい風が顔に当たって少し痛い。

 実音は制服にコートとマフラー姿だ。船上には似つかわしくない格好である。耳当てを持ってきていないため、下ろした髪で覆った。


「さんかろ(寒いだろ)?」


 大護は風除けになるように、彼女の隣を陣取った。


「大護君は寒くないの?」

「俺は慣れとるけん。身体も鍛えとるし、これくらい平気」


 そう言うが、本当は彼も寒い。かっこつけて、普段の漁の手伝いで着るような防寒着を着てこなかった。痩せ我慢である。


「私も最近ストレッチと筋トレばっかりだよ。インナーマッスル鍛えてるの。体幹大事だからね」


(あれ? 吹奏楽部(吹部)なのに?)


 大護は吹奏楽と筋トレが結びつかない。

 疑問に思ったが、ドヤ顔の実音が可愛くてどうでもよくなる。

 そんなふたりのすぐ近くにいるのは、隣をチラチラ見ている海と、水の中を興味津々に覗くの東。東は譲り受けた制服を着ている。


「まだ見えんね」

「……」


 話しかけても、東は返事をしない。無視ではなく、夢中になって聞こえていないだけだ。

 海も同じように下を覗いてみる。しかし、何も見えなかった。顔を上げて横を見れば、整った顔で真剣に何かを探している彼がおり、海はニヤニヤが止まらない。

 船上にはほかにも観光客がいて、カップルも何組か見受けられる。そのせいか、海にとってもこれはデートの気分だった。


「あっ!」


 その時、反対側にいた幼い女の子が声をあげるのが聞こえた。


「すごーい! はねたよ? みた?」


 すると船も進路を少し変え、女の子が指差す方へと近づいていった。


「あっ! またはねた!」


 乗っていたガイドのお姉さんに嬉しそうに報告する女の子を見て、周りの乗客たちはそれを微笑ましく思った。


「見えたねー。まだいっぱいおるはずだよ」


 そのガイドが言うように、だんだんと数が増えてくる目的の生き物。大人もテンションが上がってくる。

 それはイルカだった。








 南島原は、イルカウォッチングが有名だ。

 野生のイルカで、二百頭近くが暮らしている。餌付けをしているわけではなく、毎回違う場所で泳いだりジャンプしている姿を見ることができる。その遭遇率は九十九パーセントとも言われており、一年中出会える。

 この日は、出港場所からだいぶ離れた所に群れていた。もしイルカを見ることができなかった場合は、次回無料でまた乗船することができるサービス付きだ。









「水族館では見たことあるけど、野生は初めて! 人懐っこいのかな? 距離が近いね。可愛い!」


(実音の方が可愛か!)


 大護はデレデレで、だらしない顔をしている。

 もし、海が初めから「イルカを見に行こう」と誘っていたら、彼女は来なかった。遊びより勉強を優先する。

 それが今は、この出会いにすっかり癒されていた。日々の忙しさを、この瞬間は忘れることができた。


「リフレッシュできた?」

「うん!」









 一方、東も機嫌が良い。

 写真を何枚も撮って、興奮している。


「生のイルカ、初めて見た! スピードを出すためのこの輪郭、かっこいいなぁ。あ、ジャンプした! たしか、ああやって垢を落とすんだっけ」

「東君、楽しい?」

「もちろん! 音和(おとなぎ)さんが予約してくれたんだって? ありがとう!」

「どういたしましてだよ!」


 気になる彼に喜んでもらえて、海も嬉しかった。

 東を誘ったのは、大護だ。彼は実音と同じように「一緒に勉強しようぜ」と言って誘った。だが、東は面倒くさそうに断った。だから、次に「見せたい野生の動物がいる」と言った。すると、彼はすぐに興味を示した。

 いつもバイトで忙しい東も、テスト期間はさすがに休むだろうと考えたことと、実音から得た「動物好き」という情報が役立った。彼が転校してきてから初めて、休日に誘い出すことに成功した。

 ただ一点、東には気掛かりなことがあった。それは、お金だ。こういった観光客向けの船に乗る料金は、高校生にとっては高い。入り口で料金表を確認した彼は、青ざめていた。

 しかし今回の費用は、海の奢りである。正しくは、海が兄の(りく)から巻き上げた。「実音にもっと島原半島を楽しんでほしいの!」と言っておねだりしたのだ。妹の親友のために、実家以外に農協でも働く陸は全員分出してあげた。ただし、ほかのメンバーが男であることは知らない。

 海はそのことを東たちに伝えた時に、「持つべきものは、カノジョのおらん歳の離れた兄だね!」と言った。

 ちなみに、なぜ動物園ではないのかというと、海の中では「東」と「もふもふ」がまだ結びつかなかったからだ。水中の生き物で、しかも毛のないイルカでも東は満足してくれたようで、彼女は安心した。


「写真撮ろっか?」

「いいのか!?」

「よかよ!」


 スマホを受け取ると、海の前で微笑む東。


(っ〜〜!!)


 そのレアな表情に悶絶しながら、海は写真を撮った。


「はい、撮れたよ!」

「ありがとう」

「……東君、一緒に撮らない?」

「ん? いいけど?」

「っ!?」


 機嫌の良い彼の気が変わらぬうちに、海は急いで自分のスマホを取り出した。

 そして東の隣で自撮りする。まだ彼の表情は柔らかいままだ。


(これは、家宝だ!)


 撮ったものを、彼女はすぐにスマホの待ち受けとして設定した。

 海は、幸せでいっぱいだ。








「こすかー(ズルい)!」

「え?」

「あ、いいや! 別に!」


 そんな幼馴染がツーショットをゲットした場面が目に入り、大護は羨ましく思った。

 自分も同じショットを得るために、勇気を出す。


「実音、せっかくだし写真撮ろうぜ!」

「そうだね!」


 その言葉を聞いて、実音はスマホをイルカに向け始める。


(違う! そうじゃなか!)


 なんとなく予想できた彼女の行動だが、これで諦めるわけにはいかない。


「ほら、こうすれば俺たちも入るだろ?」


 自然を装って、自撮りモードのスマホを自分たちに向けてみる。画面に収めるために、その距離をぐっと縮めた。


「……っ」


 隣で彼女が少し警戒する気配を感じたが、ここで終われない。肩が触れないギリギリを攻め、素早く撮影する。


「……イルカ、入った?」

「あー、どうだろ? ……これじゃわからんかも」


 訊かれて確認するが、写っているのは緊張している大護と、表情の少し硬い実音。イルカは見えない。

 すると、後ろで一頭のイルカが高くジャンプをした。それに呼応するように、ほかのイルカもジャンプする。


(今だ!)


 大護は、次々ジャンプするイルカに表情が緩んだ実音を確認して、スマホを持つ腕を高い位置に固定した。


「実音、上見て?」


 呼ばれてイルカからカメラに顔を向けた実音は、自然な笑顔だった。それを見た大護も微笑む。その瞬間に撮った写真は、最高のショットだった。


(家宝にしよ!)


 海と同じく、彼もまた待ち受けに設定した。

 大護も、幸せでいっぱいだった。

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