7.クリスマスコンサート
アルトサックスのオシャレ女子の頴川紅の元に、実音経由でネロからデータが送られてきた。
その中身は、ひとりの奏者が吹いていると思われる、サックスの様々な音の違いがわかるものだった。音階や簡単な曲を使って、ポップスやジャズや演歌などに合いそうな吹き方のお手本が録音されている。さらに、今回演奏するソロも入っていた。
「すごっ! 上手っ! 誰の演奏だろ?」
これまでもCDを聴いてきたが、彼女に必要な表現のバリエーションを増やすには、これ以上に参考になるものはなかった。おまけに別の添付資料には、より細かい吹き方の違いについても書かれていた。
「誰の演奏かは書いてないね。あと、アルト以外のもあるから、サックスパートみんなで勉強してね」
「了解!」
「それと……」
実音は、横を通りかけていた造酒迅美を呼び止めた。
「トランペットにも、ネロさんから送られてきたの。『こっちは頼んだわけじゃないけど、ついでに手に入ったから』って」
「え、なんで?」
「さぁ?」
こちらも、中身は同じような感じだった。
しかも、やはり吹いている者の音がとてもよかった。
「タダでもらえてラッキーだね。活かせるものは活かして、いっぱい勉強しようね!」
使えるものは使う精神の実音。限られた予算内で活動しなければならない彼女たちにとって、これはかなり役立つデータであった。
そして迎えたクリスマスコンサート。
毎年、大三東高校吹奏楽部は、どこかしらでクリスマス関係の演奏会を行ってきた。去年は小学校の金管バンドのミニコンサートにお邪魔した。今年はクリスマスより数日早いが、公民館にて単独で行う。
観客は、近所の住民が多い。生徒会が日々の活動の中で、ついでに校内の部活動のイベントのお知らせをしてくれた。具体的には、病院やこども食堂などに、紣谷秀奈作のポスターを貼ってもらった。大勢で押しかけるわけにいかない場所で、責任を持って学校のために広報してくれた生徒会には感謝しかない。
その生徒会は、本日は観客として公民館に来てくれた。ほかにも、何人か高校の生徒が来ていた。
また、先日のボランティアで出会った子供たちとその親の姿もあった。前回の演奏を気に入ってくれたらしい。
「こんにちは。大三東高校吹奏楽部です。本日は、クリスマスコンサートにお越しいただき、ありがとうございます」
司会の隈部満は、アホ毛を立てることなく順調そうだ。
この日の部員たちは、頭にサンタの赤い帽子を被っている。これは百円ショップで購入したものだ。毎年使い回しているが、部員数が増える度に新しい帽子を買っている。
公民館のホールも飾りつけをしてある。クリスマスの雰囲気作りはバッチリだ。
一曲目は『クリスマス・フェスティバル』。
有名なクリスマスソング八曲のメドレーである。聴いたことのあるメロディーが流れ、子供たちのテンションが上がっている。
前回のボランティアの時と同様、観客側の前の方はフリースペースとなっており、その後ろに椅子を並べた。
ポスターにも「自由に踊ったり歌ってもOKな演奏会です」と記載をしてある。無料で誰でもふらっと立ち寄れて、子供がいても安心できるコンサートを目指した。これは、文化祭で出会った親子との出来事があったから生まれたアイディアだ。実音は、今回その親子の姿を見つけることができた。
公民館の別の部屋には、カーテンで仕切られたオムツ替えや授乳ができる場所も用意してある。いつ赤ん坊が泣き出しても、責めるような者はひとりもいない。
二曲目は『クリスマス・イブ』。
こちらは、大人の方に懐かしさで喜んでもらえた。
高校生の一部も、なぜか盛り上がっている。
部員たちは、演奏中は身体を横にスウィングさせた。ほかにも練習する曲が多すぎて、スタンドプレイまで考える余裕がなかったからだ。それでも目で笑ったりして、観客が楽しみやすい空気を作った。
最後は『恋人たちのクリスマス』。
鍵盤楽器の前奏から始まり、すぐにアルトサックスのソロが出てくる。
頴川は、このソロがどうしてもやりたかった。毎年クリスマス恒例の曲であり、代々二年生のアルト奏者が吹いてきたソロだ。ソロもいろいろあるが、この曲はとにかく目立つ。観客の視線を独り占めできるのは絶対だ。例年定期演奏会の最後にやっていた『宝島』のソロが今年消えたが、彼女はこれだけは死守したかった。
恋人に対して「欲しいのはあなただけ」と何度も言う歌詞は、なんでも欲張りたい彼女にはまだ理解できないが、大人の女性という感じがかっこよく思えた。歌い方も日本人にはない色っぽさと声量の出し方がある。それを楽器で真似るわけなのだが、やるならやはりサックスが適任である。テナーサックスは男性の声に近く、アルトサックスは女性の声に近いとされている。女性歌手の歌い方を、音痴な彼女の代わりに泓塁希のモノマネと一緒に繰り返し真似た。ネロから得たお手本で、音質も変わってきた。
ビブラートは、実音から「無理にかけててフラフラしてるから、なしでやろう」と言われた。かけなくとも、いや彼女の場合はむしろかけない方が自然で、聴きやすいメロディーとなった。
彼女のソロが終わると、ほかのバンドによって明るい曲に変化する。それと同時に、ここでダンサーの登場だ。その正体は、女装した一年生男子であった。
共学であっても、大抵の吹奏楽部の部員はほとんどが女子である。そのため、男子の権限はとても弱く女子に逆らえないことが多い。そして、そんな少人数の男子部員がいる時のあるあるが、この女装である。
大三東でも、毎年一年生が何かしらの演奏会で、女装して踊らなくてはいけない暗黙のルールがある。昨年は文化祭で行った。万屋善光は恥ずかしそうに、縫壱月は眠そうに、泓はノリノリで女性アイドルの格好をして踊った。その前年はたったひとりの男子部員だったため、もっと恥ずかしい思いをしただろう。
今年の一年生男子は、サンタのコスチュームだ。もちろんスカートを履いている。チャラ男の有馬咲太郎はまだ抵抗なく着こなしているが、プリンスやほかの男子は罰ゲームを受けている気分だった。また、プリンスは長い金髪の鬘を被せられたため、女子にしか見えなかった。そんな貴重な姿に、観客はみんなカメラを向けた。
ダンス以外にも、アメを配ったりもした。ささやかなクリスマスプレゼントである。
結局、ソロを乗り切った頴川よりも、プリンスたちに持っていかれてしまった。ダンスを考えて教えたのは彼女だが、彼らに対しての客席からの反応の良さに少しだけ嫉妬してしまうのだった。
学校に戻ると、実音は頴川に声をかけた。
「よかったよ、ソロ」
「ホント!? 自分でもそう思うんだよね! だけど、もっと目立ちたかったなぁ」
「充分目立ってたよ。でもほら、一礼しなかったから」
「……あぁ」
去年までは、ソロ奏者はその場で立って吹き、終わると一礼してから座った。その頭を下げたタイミングで拍手をもらえる。
しかし、今年はそうしなかった。これはネロからの指示だ。
「ソロの後の拍手がうるさいから、あれ嫌い。いつも、ちゃんと曲聴けって思うから、立つのも礼もしなくていいよ」
こう言われてしまい、頴川は座ったまま吹くことになった。これは、実音も彼と同意見だった。
オーケストラでは、演奏中に拍手が起こることはない。ふたりは、一生懸命吹いたソロは演奏後に評価してもらえればそれで良いと思っている。
演奏中か演奏後かそれとも全く立たせないのかは、団体によっても指揮者によっても変わる。今回は指揮者の文に演奏後立たせてもらうはずだったが、彼が忘れてしまった。慣れないことで、頭から抜けていたのだろう。そのことにも、頴川は不満だった。
「もっと上手くなりたか! ビブラートもかけられるようになって、みんなが忘れられなくなるくらいのを吹いてみせる!」
「うん、そうだね。じゃあ、その練習もしつつ、一緒に次の演奏会のソロの猛特訓もしよっか!」
「うっ……」
頴川の課題はまだまだ多かった。




