5.ボランティア演奏会
ボランティア演奏会当日ーー。
演奏場所が三ヶ所もあるため、楽器をトラックに入れる「運び隊」には、普段よりも高難度の積み込み技術が求められた。
この精鋭部隊のリーダーは、フルートのクールな二年生、御厨萌々巴である。
彼女は重い物を運ぶのではなく、仲間の「運び隊」に的確な指示を出して動かしている。どの順番でどの向きに入れるのが最適かを考えなければならない。少しでも間違うと入りきらずやり直しだ。冷静かつ迅速な判断が求められる。
顧問の文が赴任して最初の本番では、彼が手配したトラックが小さすぎてほとんどの楽器を自分たちで運ぶはめになってしまった。その反省から、文は次の本番で大きすぎるトラックを手配した。楽器は全て入ったが、隙間が多く動かないように固定するのに苦労した。料金も必要以上にかかってしまい、それ以来、文は慎重に手配するように心がけた。
しかし、節約のため毎回ギリギリの大きさのトラックが来る。部員たちが運んできた楽器をひとつひとつチェックし、御厨は出す順番を考えながらパズルのように頭の中で組み立てていく。
全て積み終わり扉が閉まっても、彼女は喜んだりしない。職人がいつもの仕事を終えたような表情をするだけだ。トラックの運転手に頭を下げ、大事な楽器を託す。
彼女たちがこの「運び隊」になったのは、全員先輩から任命されたからだ。この仕事は、なりたくてできるものではない。おまけに、大変で責任のある仕事だが、部員たちから褒められるものでもない。
唯一の特権は、仲の良いドライバーからたまに差し入れられるジュースを、「運び隊」だけで独占できることだ。部員が多すぎて、彼女たちの分しかないのだ。
「忘れ物は? 確認したね。よし、行くよ」
現場に先に着くドライバーのために、御厨たちは急いで学校を出る用意をするのであった。
それぞれの施設では、手分けしてセッティングと楽器運びを黙々と行った。
その中には生徒会の姿もある。彼らは積極的に動いてくれた。各リーダーと連携を取り、手が空けばすぐに手伝うことがないかを訊いてくる。どこかの顧問より、ずっと役に立っている。
その顧問はというと、今回カメラ係だ。後で観るために、ほかの施設でも生徒会担当の教師が担ってくれた。
吹奏楽部は顧問がひとりなのに対し、生徒会にはふたりも教師がいる。そのことに文は不満を持ち、よく部員に文句を言ってきた。しかし、教師たちや校長には直接抗議ができない。担任を持たない彼の権力は、とてつもなく弱い。
カメラの準備は大人に任せ、吹奏楽部の部員たちは用意された部屋で音出しやチューニングを行った。その間、生徒会が会場にて観客の誘導をしてくれている。各施設にふたりずつしかいない生徒会だが、一年生もとてもしっかり者だ。何も心配はいらなかった。
演奏会が始まった。
司会は生徒会だ。人前で話すことに慣れているからか、堂々とした口調でスタートした。
一曲目。
実音が率いるグループは、老人ホームにいる。
演奏するのは『愛燦燦』だ。
吹奏楽部が演奏し、生徒会がマイクを持って歌う。事前に歌詞カードを配布しており、入居者はそれを見て一緒に声を出したり、ただゆったりと手拍子をして聴いたりした。若い高校生が来たことだけで、嬉しいようだ。
造酒迅美(プラス海)が率いるグループは、保育園にいる。
曲は『さんぽ』だ。
このグループは一部の楽器をのぞき、立奏である。こちらも生徒会が歌っている。そして、吹奏楽部は足踏みをした。園児たちもその場で足踏みしたり、歌ったり、走り回ったりしている。
園児側にはあえて椅子を置かなかったため、伸び伸びとリラックスして聴いてくれた。
法村風弥が率いるグループは、公民館にいる。
観客は障がいのある子供とその親である。
曲は『にじのむこうに』。
長く愛されており、親世代にも響く曲を演奏する。
こちらは椅子のあるスペースと、フリースペースの両方を用意した。自由に身体を動かせるようにしたため、子供たちにストレスなく演奏を聴いてもらえた。
二曲目。
実音のグループの曲は『主人公』だ。
長崎を代表する歌手の数多くある曲の中から、ファン投票一位のものを演奏した。
学生よりも、長く生きる入居者の方が心に響く歌詞である。生徒会ともよく話し合って、歌い方を研究してきた。
目を瞑って演奏に浸っている観客もおり、選曲は間違っていなかった。
造酒のグループの曲は『パプリカ』だ。
ここでは足踏みではなく、身体をスウィングさせて演奏した。生徒会は園児たちと楽しく踊った。一曲目で走り回っていた子も、その場で創作ダンスを披露している。
土日も保育をするこの施設では、この日も多くの園児がいた。いつもと違うお遊戯の時間は、良い刺激になったようだ。
法村のグループの曲は『負けないで』だ。
イントロでなんの曲かわかったのか、頭を揺らして乗ってくれる子や、一生懸命歌っている子もいる。
そんな子供を見て、一緒に来ていた親も嬉しそうだ。
視覚だけでも聴覚だけでも、音楽に触れることはできる。部員だけではなく、生徒会も表情筋を思いっきり使って、子供たちを楽しませた。
三曲目。
全グループ共通で、最後は『がんばらんば』だ。
それぞれの施設の職員に、曲は事前に知らせてある。県民の多くが踊ることのできる「がんばらんば体操」であるが、この日のために数日前から練習してくれたようだ。
この体操は、立ったままはもちろん、座った状態でも可能である。生徒会も椅子を用意し、ひとりは立って、もうひとりは座ってお手本となった。しっかり鏡になるように、左右逆で練習済みだ。
きちんとしたホールでの演奏の方が、聴く側にとって一番良い音で楽しめる。
しかし、そこまで行くこと自体が困難な者もいる。また、じっと座るのが難しかったり、声を出してしまったりする子もいる。
そんな人でも楽しめるようにしたのが、今回の演奏会だ。
音を聴くだけではなく、歌ったり、踊ったり、なんでも許される環境を作った。奏者の近くまで来て楽器に触る子がいても、決して止めない。初めて近くで見る楽器の手触りを感じてもらったり、どんな音がするのか興味を持ってもらった。全員暗譜しているため、譜面台が倒れる心配もない。
部員たちにも得るものは多かった。
例えば、指揮者がいなくともアイコンタクトで合わせる練習になった。互いに聴き合って、合図も出し合って、かつ聴く側の反応も意識しながら演奏した。
また、少人数だと自分の演奏するパートの責任は大きい。最初から最後まで気が抜けない。音の不安定な箇所をできる限りなくし、ひとりしかいない楽器でも、たとえ一年生でも、観客のために良い演奏を心がけた。
そして、聴く人に寄り添った音楽の作り方が、少しだけわかったような気がした。それは、演奏が終わった後の観客の様子を見ると、より感じ取ることができた。
満面の笑みでの拍手だったり、言葉で「楽しかった」や「よかった」といった声。親や職員に笑いかけている顔。そういったものが、吹奏楽部にも生徒会にも嬉しいものになった。
翌日も、休みではなく練習だ。
そして、ネロが来る日である。
「昨日の演奏の映像観たけど、個人のレベルがまだまだ低いのが目立つ。曲も、練習の時よりバランスが崩れてたし、テンポが速くなってたところもあった。反省する部分が多すぎ。観客の反応はよかったみたいじゃん。でも、あんなんで満足するなよ? 次の本番も近いんだ。ひとつ終わったからって、気を緩めるな。特にお前」
彼の視線の先にいるのは、吹奏楽部のオシャレ女子、頴川紅だった。
「エガワ。お前、ソロどうにかしろよ?」
「……はい」
頴川は下を向いて、口を尖らせた。




