4.容赦しません!
合奏から抜け、ひとりで教室にて練習をする副部長の法村風弥。
彼女はメトロノームをかけ、同じフレーズを何度も繰り返していた。すると、そんな彼女の音に引き寄せられ、ひとりの女子生徒が教室に入ってきた。
「もう、そっちの合奏は終わったの?」
「……造酒」
別のグループを率いる造酒迅美の登場に、追い詰められていた法村のピンと張った糸が、少しだけ緩まった。
「まだ。ネロさんに課題出されちゃって、練習中」
「……そっか」
「造酒は?」
「あー、自分たちで合わせてたんだけど、上手くいかない箇所があって……。それで、雅楽川に訊きにいくところ。ほかのみんなは休憩させてる」
「上手くいかない? ばってん、ネロさんが造酒たちのグループは工夫が見られたって。あの人、褒めとったよ?」
「そうなの!? 全く言われた覚えなか!」
造酒は信じていないが、法村は確かに本人から聞いた。暴君だが、実音に対しての時のように、彼はちゃんと認める時は素直に認める人物である。
「造酒、何したの? 何をやったら、あんな風に褒められるの?」
「え! 大したことは何も……。強いて言うなら、海が……」
「海?」
「そう。海が『実音の練習みたいに、足踏みしようよ』って」
「それだけ?」
「うん。あとはプリンスが中心になって、それぞれのブレスの位置とか決め直したくらい」
「本当に、それだけ?」
「それだけだって。だから、そんなに褒められるようなことは何も……。あ、合奏中に足踏みしたら、あの人『は?』って言って目を丸くしとったかも」
実音の合奏で造酒たちは慣れてしまったが、急に元気良く足を動かす奏者を見れば、普通は驚く。
それで上手くいったため、結局造酒たちのグループは、本番でも立奏で足踏みをしながら演奏することに決まった。
「ほら、ウチらの曲ってそういうのでしょ? 曲調に合っとっただけ。別に演奏のレベルが一気に上がったとかではなか」
「それと同じこと、私たちもしても大丈夫かな?」
「どうだろ?」
一緒に首を捻る造酒。彼女にも、ネロの正解はわからない。
「何しとーと?」
すると、別の教室から法村と同じホルンの京小霧が出てきた。
「京ちゃん! 練習は?」
「うん? 休憩に入ったよー」
伸びをしている京。実音の合奏で凝り固まった身体をほぐしている。
「今なら、雅楽川空いとるかも。ちょっと、行ってくる」
造酒は京が開けたドアから、中に入っていった。
そこで、法村は同じ課題を出されて合格した京に、藁にもすがる思いでアドバイスをもらうことにした。
「ねぇ、京ちゃん」
「なぁに?」
「雅楽川さんから、『剣の舞』のアドバイスもらったんだよね? なんて言われたの?」
「えっとねー、うーんと『テンポが遅れてるから、一旦ゆっくりのテンポで音を刻んでみたら?』って。あと『拍と同じタイミングで片足で床を踏んでみて』とも言われたよ。それと『音の長さが曲に対して長いから、頭に鉄砲をイメージしてみて』って。それでやったら合格したよー」
「なるほど」
(それで私も合格できるかな?)
「ありがとう、京ちゃん!」
「うん。どういたしましてー」
いつも細い京の目が、法村は更に細くなった気がした。
京から聞いたことを意識して、法村はまた教室でひとり練習した。
だが、合奏を抜けてきたため、そんなに長くやっていられない。一度気合を入れ直し、また暴君に挑みに音楽室へと向かう。
「どんな練習してきたの?」
法村が課題を演奏し終わると、ネロは質問をしてきた。
そこで彼女は、先ほどやってきたことを説明した。
「それ、誰かから聞いた?」
「は、はい。同じパートの子から……」
「それってカナドメ?」
「……そうです」
(同じ課題だから、これで大丈夫だよね?)
祈る彼女に対し、ネロは溜め息で返した。
「……」
何がダメなのか、自分ではわからない。その上、上手くなった気もしない。
これ以上、どうすれば良いのか何も思いつかなかった。
「お前、何でミオに教えてもらわなかったんだよ」
「え? あ、その……忙しそうだったので。彼女にアドバイスをもらった子から聞けば充分だと思いました」
「あのさー、カナドメとお前じゃ、全然違んだよ。あいつはテンポに乗り遅れてるけど、ノリムラは焦って転んでるの。わかんなかった? 音も縮こまってて、響きもない。自信のなさが曲にも出てんの。尋ねる相手も間違えてるし」
「……すみません」
「それ! 辛気臭いんだよな。このグループ、一番元気がねーんだよ。ミキたちの方がまだマシ! ちょっと、聴いてろ」
そして法村以外のメンバーで、ネロは曲の演奏を彼女に聴かせた。
それは、今までとは全くの別物だった。
(ウソ! こんな音出るの?)
「違うだろ? こいつら本当はもっといい音出るんだよ。ミオはしょっちゅう歌わせるんだろ? オレは大学でそんなことしたことないけど。慣れてる練習でやらせた方がいいかと思って、オレも今回それを採用した。簡単なことじゃん。で、お前だけど……」
ネロはタクトを持つと、それを彼女に渡した。
「それ、オレに向けてみ?」
「え?」
「いいから」
「は、はい」
言われたとおり、法村は彼に向けてみる。
だがその位置が低いのか、ネロは彼女の腕を少し上げさせた。タクトは彼の胸の辺りを指している。
「心臓、ぶっ刺すつもりで吹け」
「っ!?」
過激な言葉に目を見開く法村。そんな彼女からタクトを取り上げると、ネロはホルンに一度視線を向けてから彼女を見た。
「じゃ、あっちで吹いてみ?」
彼が指差したのは、音楽室の後ろだった。
戸惑いつつ指示に従うと、彼はメトロノームを鳴らした。
「そこから正確に心臓目掛けてぶっ刺すには、どうしたらいいのか考えてから吹けよ?」
法村は考えた。
頭の中に鋭く光る剣をイメージする。同じ箇所を何度も貫くように。素早く、強く、殺意を持って。グループのリーダーの仕事が果たせず、こうしてひとり別の課題をしなければならない情けなさを、全て怒りに変えた。
練習後、ほかが楽器を片している中、法村はネロと今後の練習方法について話していた。
「歌はやった方が良さそうだな。中低音はもっと音量が欲しいから、ロングトーン多めにやっときな」
「はい!」
課題は合格。
縮こまっていた演奏から、彼女は解放された。
「ノダの音を活かすために抑えてたのかもしれないけど、今度のはいないんだからな。それで力みすぎるのもダメだ。ホルンのいい音からは逸れるな。お前、音質は悪くないんだから」
「あ、ありがとうございます!」
初めて出た褒め言葉に、法村はやっとこれまでのことが報われた気がした。
ボランティア演奏の日が近づき、実音は朝やお昼の時間を使って生徒会の練習を見ていた。
吹奏楽部は今回、演奏に専念する。そのため、彼らには歌やダンスをしてもらう予定だ。
学校のリーダーに立候補するだけのことはあり、生徒会は練習もとても真面目だった。家でもやっていることに、実音はすぐに気がついた。
「顔、引きつってるよ。ほら、笑顔!」
「その動き、適当になってる。そこはこうやって、もっと大きく動かさないと!」
「それだと、恥ずかしさが伝わっちゃうなぁ。マイク使うから、音量より口をとにかく開けてね」
そんな優秀な彼らにも、実音は全く甘くしない。
真剣に取り組んでいるが、それだけでは満足しなかった。あくまで、これは聴く側のためのもの。だから、部員と同じように高い質を求めた。
生徒会の彼らは、それに対して一切文句を言わない。責任感の強い彼らは、どんなに注意されても嫌な顔ひとつせず、その要求に応えようとした。
(吹奏楽部って、演奏だけじゃないんだなぁ)
(運動部かな、これ?)
(雅楽川さんって、かなりのスパルタだったんだね)
(表情筋がダメになりそう)
言いたいことは心の中に留め、ひたすら実音のレッスンに耐える生徒会であった。




