2.地獄のグループレッスン
体育館を借りられる時間が終了し、午後は音楽室にてネロによる指導が始まった。
今月の一番近い本番は、部内を三つに分けたボランティア演奏だ。そのため、それぞれのグループが順番にネロに見てもらっている。
まずは実音が率いるグループからだ。
「音が荒いな。無理に音を出そうとするな」
「チューバ、もっとスピード緩めて。締めすぎ」
「スネア、抑えて。管が少ないから、それだとうるさい」
このグループは、ほかよりも二年生が少なく一年生が多い。それでも、実音が丁寧に曲の解釈を共有したり、ブレスの位置を揃えるなどの基本的なことをきちんとしていたおかげで、それほど叱られることはなかった。
全体のバランスを直してもらい、予定よりも早くレッスンを終えた。
「緊張したー!」
「意外といけたね」
「人数少ないと、プレッシャーがすごかったなぁ」
「誤魔化せんもんね」
覚悟して挑んだ部員が多く、音楽室を出た途端に自然と声が出てしまう。思っていたよりも平和に乗り越えられたことで、みんな安堵していた。
「お待たせ。ちょっと休憩したら、指摘された所の確認をしようね」
実音は次のグループを呼び出した後、ネロから必要な練習方法を聞いてから合流した。この後は、教室で今やったことの復習を行う。
その途中で出会った次に合奏を見てもらうグループは、憂鬱そうな顔や緊張で固まった表情をしながら、音楽室へと向かっていった。
「お前らさぁ、チューニングしてきたの? ……は? これで? そんな状態で合奏来んなよ」
「……すみません」
このグループのリーダーは部長の海だ。
しかし、実際まとめているのは学生指揮者の造酒迅美である。音楽的なことは彼女の方が勉強しているため、仕方がない。それをネロはわかっている。だから、注意は全部造酒に対して発せられる。
合奏の初めから叱られ、曲の練習にもなかなか入ることができない。やっとそこまで到達しても、各々が好き勝手吹く演奏に彼の指摘が次々と出てくる。
「アーティキュレーションがみんなバラバラなんだけど? どういうこと? 揃えろよ」
「そこのピッチ酷いな。おい、ひとりずつやって。……こういう時誰から吹くかなんて、決めとけよ。同じの吹いてる奴、わかってないの?」
「ドラムうるせーよ」
来る時にすれ違った前のグループは、全然やつれていなかった。しかし、今自分たちの合奏では容赦なく叱られ続けている。
造酒は自分の準備不足を痛感した。そして、仲間がこんなにも可哀想な目に遭ってしまい、申し訳なく思った。
「はぁー。このグループはさ、一番パートリーダーも多いんだろ? それでこれ? もう今日はいいよ。次と代わって」
時間をオーバーし、そこで合奏は終了となった。
造酒だけ残り、ネロから直接ダメ出しをされる。それを必死にメモし、やるべきことを頭に入れた。
「自分の演奏も全然できてないじゃん。しっかりしろよな」
「……はい」
実音のようにはいかず、造酒は自分の不甲斐なさを改めて突きつけられてしまった。
落ち込みはするが、このままではいけないことも理解している。だから、ネロに頭を下げた後は急いで練習に戻った。
「……ここが一番ダメだな」
最後に挑むのは副部長の法村風弥のグループだ。
全体のまとまりも、個人のレベルも、ほかと比べて全く合格点に達していない。
「……」
法村は自分の演奏自体もままならない。
定期演奏会の第二部のカーテンコールで、本来演奏予定だったのはホルンが活躍するバージョンの曲だった。しかし、彼女の実力ではそれが賄えず変更してもらった。メインキャストにプリンスが出てしまっていたため彼に頼ることもできず、ゲームオタクの縫壱月からは「『Ⅳ』も素晴らしい曲だよ? ばってん、ここは順番的に『Ⅰ』がやりたかった」と不満の声を毎日のように散々浴びせられた。
実力不足は、痛いほどわかっている。そこにグループの指導も任されて、それが自分に向いていないとも感じる。
そんな彼女の代わりに、この時間はネロが一から練習方法を楽器ごとに教えた。法村はひたすらそれをメモするしかできなかった。
(みんな、ごめん。やっぱり私には無理!)
泣きたい気持ちを我慢して、頼れる後輩が隣にいないホルンの彼女は、ひとりでこの地獄の時間に耐え続けた。
三つのグループの合奏が終わり、その中のふたつに属する部員たちは精神的にとても疲弊していた。それを見た実音は、ほかのグループの出来栄えがまだまだ本番に相応しくないレベルだと知った。
今日まで、彼女はネロからあえて自分のところ以外は手を出さないようにと言われた。ある程度の落ち込みようは想定していたが、実際はそれ以上で心配になった。
「ネロさん。……ダメでしたか?」
「ああ」
実音はなんのことを言っているのかは伏せたが、彼には通じている。それぞれの課題を実音に伝えるが、それでも彼女にはほかも見るようにとは言わない。
そもそもカラーガードも見ている彼女には、そこまで余裕はない。そのため、ネロは自分のグループの面倒を見ることだけに集中させた。グループ分けした意味を思い出し、気になりはするが実音もグッと抑えた。
「三つ目の曲が全部同じだから、尚更レベルの違いが出てたな」
「あれ、うちの学校では大切な曲なんです。だから人数が減っても、中途半端な曲には絶対にしたくないですね」
「へぇー。お前らの演奏で知った曲だけど、これ有名なの?」
「そうですね。長崎の人ならみんな知ってるんじゃないですか?」
「え? ネロさん、この曲知らんと?」
ふたりの会話が聞こえていた海は、片づけを終えて話に入ってきた。
彼女は造酒ほど、精神的ダメージを負っていない。
「それ、長崎の人間としてどうなんです?」
「オレ、長崎の人間じゃねーし」
「あぁ、北海道でしたっけ?」
「これ以外も知らねーのばっかだけどな」
「うっそ! そがんことあります? 今回の曲、どれも有名ですよ! ネロさん、無知!」
「あ゙?」
「だって、保育園で歌ったりしますよね? あと、あれなんか毎年テレビで聴くし」
「普段テレビ見ねーし」
「もったいなか!」
クラシック以外はほとんど知らないネロ。それでも、実音に曲を知らされた時から、自分で原曲を調べてここに来ている。
そんな彼がこの音楽室に入って最も感心したのは、部屋の端にある曲の解釈コーナーだ。
大学においても、曲について各自で調べるように言ってもやらない学生は普通にいる。それをここでは、こうして見える形で曲についてまとめたものが壁に貼ってあった。これは、次の演奏会のお知らせにもなり、授業で訪れた一般生徒への宣伝コーナーにもなった。
その掲示物をネロも参考にしている。知らない曲ばかりでも、それを言い訳にしていては教えることはできない。彼にとっても、大三東の部員たちと同じ解釈を共有できるスペースとなった。
「それにしても、あのCDコーナーのセンスはいいんだけど少なくない?」
どんどん増えているCDコーナーを、実音は充分な量だと思っていた。
いろんなジャンルの物が部員によって増えているのだが、彼にとっては小さすぎた。
「いらないやつ、持ってこようか?」
「本当ですか! 是非お願いします!」
予算の限られる大三東では、CDも買うことが難しい。この提案はかなり助かった。
そして後日。ネロから学校に届けられたCDは、今あるものの倍以上はあった。
それに実音は大喜びだが、顧問の文にとっては自分の教室がますます狭くされてしまった。それを指摘できるほど、彼に度胸はなかった。




