11.これで見た目も運動部
翌日の音楽室には、体操着姿の部員たちが集まっていた。今朝、顧問の文から「動きやすいように体操着で集合!」という連絡が回ってきたのだ。
「何するんだろうね」
「やっぱり走るのかな?」
「吹奏楽部って、ほぼ運動部だもんね」
いったい何をするのかとそわそわしている彼らの前に、実音が立つ。
「今日は楽器を吹く前に、身体のほぐしからやってみましょう。こんな感じで伸ばしてください」
そう言って、実音は片手ずつ腕を上に挙げ始めた。それをみんな、真似をしてみる。
次に実音は身体を曲げていく。
「横や後ろ、斜めに傾けるのもいいですね。とにかくリラックスしてやるのがポイントです」
横にいた文も同じように前へ身体を曲げたが、あまりの柔軟性のなさと最近出てきたお腹のせいで、地面から程遠い距離までしか手が伸びていない。腰を痛めてしまわないか、実音はそれを横目で心配そうに見ていた。
それに対して、海は新体操選手並みの柔らかさだった。
「相変わらず、海は柔らかいわ」
「意外と運動神経もいいしね」
「すごいよね」
「ぽっちゃりなのにね」
周りから称賛され、海は嬉しそうだ。
「えへへ。小学生の頃チアやっとったけん、柔らかさには自信があるんだよね。……って、今『ぽっちゃり』って言ったの誰!?」
続いて実音は、床に仰向けになる。
「この状態で、ゆっくり呼吸してみてください。お腹が上下に動きますよね。これが腹式呼吸です。立ったり座った状態で吹いている時も、こんな風に動くように心がけましょう。先生とも話したんですけど、普段は制服のまま練習していましたよね? これからは体操着で行ってください。呼吸がしやすくなりますし、こうして身体のストレッチや腹式呼吸の確認をいつでもできますから」
そして、実音は最後にもう一度立ち上がった。
「練習で無意識に余計な力が入っている時は、思いっきり脱力してください」
首や手など、あらゆる箇所をブラブラとさせてお手本を見せる実音。
「あとは、一回大きくジャンプをします。こんな感じです」
実音は上に高く飛び、足を開いた状態で着地した。
「こうすると、重心が下がるイメージができます。全部でなくていいんですが、練習前に以上のことを取り入れてください。習慣づけると、本番前の緊張を取ることにも繋がります。では、次はひとりひとりフォームやアンブシュア(口の形)・音の出し方などを見ていきます。パーカッションから始めますので、練習台を持ってきてください。その間管楽器は空いている教室で音出しをして、十五分後にはフルートパートから順に見ます。次のパートは後ろで一列に待っていてください。終わったパートは個人練で、チューバまで見終わりましたらすぐに基礎合奏に入ります。はい、移動開始してください! 解散!」
パンッと手を叩き、テキパキと次の行動に移る実音。
いつもならのろのろと行動する部員たちも、ここは自然と早歩きになる。
「先生。今からやること、しっかり覚えてくださいね。本番のチューニングでもやることなので」
「は、はい!」
文もメモを取る準備をし、次に備えた。
その後、実音はひとりひとりの細かい癖まで確認して各々にアドバイスをしていった。
「左を意識しすぎです。ゆっくりからでいいので、一定のテンポを心がけてください」
「もう少し厚めのリードにした方が良さそうですね」
「顎をもっと引いてください。そのまま、あと五ミリ浅く咥えて……そうです。その位置を忘れないでください」
「上唇に引っかけない方がいいですね。高い音出づらいですよね?」
「アタックからしっかり出してください。吐くことも忘れてますよ」
「この音、声に出してください。音をよく聴いてからですよ」
最後のひとりまで終えると、実音は休憩もなしに全員を音楽室に呼び戻した。
「お疲れ様でした。今みたいに音階も含めたチューニングを、これから定期的にやります。ハーモニーディレクターの音をよく聴いて、真似して吹いてください。ひとつの音だけでチューニングをすると、無理に音を合わせようと口や抜き差し管を過度に調整して、正しいチューニングにならないんです。本番でもやりますので、短時間で全員終わるようにしましょうね。では、基礎合奏に移ります」
実音は各パートに二枚の紙を配った。
一枚は昨日話していた呼吸法の方法と、その楽器の正しい姿勢と鍛えるべき身体のパーツ及びその鍛え方。
もう一枚は五線譜で、それぞれのパート用の音階練習や和音練習の楽譜が書かれていた。しかも、アルファベットやところどころ色分けもされている。
「では、B(シ♭)合わせからいきます。Aグループからお願いします」
それから実音は、丁寧にその譜面の使い方を説明しながら基礎合奏をしていった。
部活終了の時間まで適宜部員たちに休憩を取らせつつ、基礎合奏は終わった。
「今日はここまでです。ありがとうございました」
普段グダつくことが度々あったが、この日はそんなことは少しもなかった。
みんなついていくのに必死で、練習が終わると同時にぐったりしている者も何人か見受けられた。
「てっきり、走ったりするのかと思っとったよ」
海が実音に近づいて話しかけてきた。
「体力はあった方がいいけど、そこまでする必要はないよ。使う筋肉も違うし。楽器を持っていない時に早歩きしたり楽器運びをするだけでも、自然とスタミナはつくからね」
「ふーん」
「海はまだ、平気そうだね」
実音は疲れた様子の部員たちと見比べて言った。
「身体の丈夫さは部活一だと思うよ、わたし」
「それは心強いね。じゃあ、そのあり余った体力を使って、これ書いてくれる?」
「何、これ?」
「座席表。私も早く全員の名前を覚えたいから。学年と楽器と名前を書いてほしいの」
「なるほど。任せて!」
海は胸を叩いて応えた。
一方その頃ーー。
野球部の大護は、音楽室の方を見上げていた。
「どうした? 何かあったか?」
練習終わっても動かない彼に、同じ部員が声をかけた。
「いや……昨日から曲が聴こえなくって。いつもなら知っとる曲とか聴こえてくるのに、ずっと同じ音ばっか続いたりしとる」
「そういえば、そうかも」
「だろ?」
「ってお前。練習中もずっと聴いてたのかよ。集中しろよな」
「おーう」
呆れる友人を追って部室へ向かう大護。
最後にもう一度、音楽室へと目をやる。
「あの中におるんだよな。……上手くやれとるかな?」
気になる彼女を想って発した言葉は、誰にも聞かれることはなかった。




