11.修学旅行 ③
今日は修学旅行のメインイベントである、巨大テーマパークに来ている。
遠く離れた地ということで、初めて来た生徒も多いようだ。みんな入場する前からワクワクしている。
「何から乗る?」
「絶叫系はマストだよね」
「パレードも見たいなぁ」
「新しいエリアにも行きたいよね」
パーク内を見て回るのは、別に班でなくても良い。多くの生徒が、仲の良いグループでまとまったりしている。
そんな中、海の提案で彼女たちは昨日と同じ班で行動する約束をしていた。それは実音と東柊以外の強い希望で叶った。
パーク内に入ると、食いしん坊の海でさえ甘い匂いに惑わされずにアトラクションへと急いだ。限られた時間で制覇するために、事前にルートは決めてある。
土曜日ということで、長い列ができていた。その最後尾に女子三人は並んだ。
「こんな行列、なかなか見んよね。さすが有名テーマパークって感じだよ」
「実音ちゃん、来たことあるんだっけ?」
「うん。でも、遊んだのは小さい頃だよ。去年はそんな雰囲気じゃなかったし」
「でも来たんでしょ? いいなぁ」
「ゆのんもわたしも初めてだもんね。流れる音楽も最高だし、あちこちから美味しそうな匂いはするし、幸せだね」
列が少し進んだ頃、男子三人が合流した。
その手にはポップコーンやチュロスなどがある。彼らは食糧調達組だ。
「ほらよ」
「やったー!」
海は大護から食べ物を受け取り上機嫌だ。
大護は実音にも渡そうとすると、彼女はスマホで写真を撮っていた。
「何撮ってんだ?」
「パーク内の飾りつけをちょっとね。演出の参考になるかと思って」
「わかるー。あそこにいる従業員さんの衣装とか、勉強になるよね」
衣装係の七種結乃花も、スタッフに許可を得てから同様に写真をたくさん撮った。
「お昼のパレードも楽しみだよね。ダンスも衣装も参考にさせてもらおっと」
「そうだねー」
単純にパークを満喫するのではなく、ついつい部活で使えそうなことを探してしまう。
エンターテイメントに関わる者は、自然とこうなるものだ。
海が半分ほどポップコーンを食べ終わった頃、列の先頭へとやってきた。
ここからが問題だ。
今から乗るアトラクションは、ふたり乗りである。ペアをどうするか、静かな戦いが始まった。
まず真っ先に東の隣をキープするのは海だ。それを見て、七種が大護の隣に行く。大護は実音を見たが、彼女はギリギリまで内装を眺めていて目が合わない。そして、七種にするりと躱されてしまった内山田花太が実音とペアになる。
「東君、先に奥座ってよかよ」
「……あぁ」
「大護君、絶叫系平気? 私、苦手で……。隣で叫んじゃったら、ごめんね」
「え、あー、別によか」
「えっと雅楽川さん、よろしくね」
「うん」
一方通行な想いを乗せて、コースターは動き出した。
最初のアトラクションを楽しむと、その後も次々と目的をこなした。
その都度、誰が誰の隣になるかのバトルが発生する。海だけは、ずっと東の横をキープし続けた。残りの四人は、ペアを何度も入れ替えており、精神的に三人が浮かれたり落ち込んだりした。
「だいぶ歩いたな。実音、疲れとらんか?」
「うん、大丈夫」
「一回、みんなで写真撮ろうよ」
記録係の内山田が広場の方を指差す。
せっかくだからと、六人は撮影スポットに行った。そこで近くを通りかかった顧問の文に撮影をお願いする。彼は、キャラクターのカチューシャを身につけ、どう見てもパークをお楽しみ中だ。引率中だということを完全に忘れている。
「撮るよー! はい、チーズ! いいね! 次は僕も写りたいなぁ」
生徒におねだりするが、そうなると誰かひとり文と交代しなければならない。
流れで内山田が溜め息をつきながら、教師の元へ走った。
「俺が撮りますよ」
「いやー、悪いね」
(絶対、本気で思ってなか!)
今の撮影で、念願の七種の隣で写ることには成功した。そうでなければ代わろうと思わなかった。
一番はしゃいでいる文のために、内山田は最高の一枚を撮ってあげた。
「わーい! ありがとう! 後で僕に送ってね。いやー、修学旅行って楽しいね」
大三東の生徒が誰も問題を起こさないから、このように教師も満喫できるのだ。それでも、ほかの教師から見つかったら、きっと文は叱られるだろう。
「次、どこ行くんだい? 僕もついて行ってもいい?」
(どうして?)
うきうきで実音たちのグループに加わろうとする文。
それに、不快感を露わにする生徒。
「ブンブン、見回りは?」
「ほかの先生もいるし、大丈夫でしょ。僕、絶叫系は苦手なんだよね。優しいアトラクションを頼むよ」
リクエストまでしてくるが、既に行くコースは決まっている。応じるつもりはない。そもそも、一緒に行くことも許可していない。
「ねぇ、何か聴こえない?」
そんな時、七種が遠くから聴こえるバンドの演奏に気づいた。少し前から、実音の耳にも届いている。
「パレードか? お昼の回は終わっとるよな?」
大護がリーフレットを見て首を捻る。
「これって、もしかして実音も出たやつ?」
海は、実音が大三東の吹奏楽部に入る前にパートの縫壱月から見せてもらった、方南のホームページを思い出した。そこには、ここと同じ場所で演奏をしている写真が載っていた。
「たぶんそうかも。今日あったんだね」
「え? 雅楽川さんって、ここでパフォーマンスしたことあんの? すごくね?」
「すごくないよ。誰でも参加資格はあるもん。一応審査はしてもらうけど」
「すっげー。な、東?」
「……」
内山田が東に同意を求めるが、スルーされてしまう。
「実音はすごいんだぞ!」
そして、なぜか大護が自身のことでもないのに自慢した。
「へー。いいなぁ。どこの団体だろうね?」
「どこだろうね?」
「方南だったりして」
「それはどうかな? いろんな団体が参加するからね」
「そうなんだぁ。大三東もできないかな?」
「参加費は取られないけど、ここまで移動するのにうちの予算では到底無理だよ」
「それは残念」
次の場所へ行くのを一旦止め、パレードが近づいてくるのを待った。
すると、長めの立派な帽子と海外の兵隊のような黒い衣装を着た集団が見えてくる。
「あれ? あれって……」
見覚えのある姿に、海は実音を見る。
すると彼女はさっきまでの表情から一転、何かに怯えるような様子になった。
「実音?」
その間もパレードはどんどん近づき、やがて広場へと到着した。
その先頭の人物が持つプラカードを見て、文や大護たちも驚く。
「やっぱり、見覚えあったんだよねー。前に実音ちゃんが見せてくれた映像と同じだなって。まさか、ここで方南の演奏が聴けるなんてね」
七種が言うように、本日のパフォーマンスを行うのは、実音がかつて所属していた方南高校吹奏楽部だった。
彼らはパレードの曲を一旦止めて、隊形を変える。次の曲に移ると、後ろや斜めに移動しながら奏でた。これは、外で行うドリル演奏だ。
フラッグを持つカラーガードも、場面ごとに使う道具を変えて、曲に色をつけている。衣装も派手だ。
一番前では、ドラムメジャーがキビキビとした動きで指揮杖を動かしている。身体をダイナミックに使って、ただの指揮者以上の働きをした。
座奏の時とは異なる、人を楽しませるパフォーマンスだった。
いつの間にか集まっていた大三東の生徒たちは、同じ高校生の堂々とした演技に圧倒された。吹奏楽部の部員も何人かおり、縫はちゃっかり動画を回していた。
「全国大会も別格だったもんね! 生で観るマーチングも上手すぎ! これが二軍だなんて、信じられんね!」
広場での演目を終え、方南の生徒たちはまた綺麗な列でパレードをしながらパーク内を移動していった。
彼らがいなくなったスペースでは、方南の部員と思われるウィンドブレーカーを着た学生が、ドリル演奏のみで使用した道具を片づけている。
「顔色悪いぞ。どうかしたのか?」
大護が実音の異変を察知し、声をかける。
「……うん。平気」
そう言うが、全く大丈夫そうではない。
「実音、あっちで休む?」
海も心配する。
レベルの高い方南を辞めた実音にとって「古巣の演奏を目の前で見るのは酷だったのかも」と、彼女は考えた。そうであるならば、この反応も頷ける。
「……雅楽川?」
だが、海が実音の名前を呼んでしまったからか、方南の生徒がこちらに気づいてしまう。
背の高い、眼鏡をかけたショートヘアの女子部員が、実音目掛けて向かってくる。
「雅楽川だよね?」
「……久しぶり、長谷部」
そのふたりの空気感は、とても仲が良いようには見えない。
「どうしてここに?」
「……修学旅行で。まさか、方南が今日出演するなんて、知らなかった」
「……そう。修学旅行ね。楽しそうじゃない」
「……」
「私、部長になった。あとパートリーダーも。今日は二軍の補助で来たの。ちなみに、田中は木管学指揮。小野は……わかるでしょ?」
「そっか。……あ、全国大会金賞、おめでとう」
「……うん。ありがとう。……先輩はその……オーディションで辞めた」
「……そうなんだね。先輩……そっか」
「雅楽川は? どこの高校だっけ?」
「長崎の島原。大三東ってとこ」
「へー。何かやってるの?」
「……吹奏楽」
「え?」
その瞬間、長谷部と呼ばれた彼女の表情が一変した。
「続けてるの? 本当に?」
「……うん」
「コンクールは? 出たの? 結果は?」
「……県大会でダメ金」
「は? 何してんの?」
「……」
「ちゃんとやったの? 中途半端なんじゃないの? もっと、頑張んなよ!」
どんどん目線が下がり、小さくなっていく実音。周りは黙っていられない。
「あの! 方南での実音のことは知りませんがね! こっちでは上手くやってますんで! こっちは実音なしでやっていけませんので!」
「どなたですか?」
「実音の親友です!」
海は実音を庇いながら、はっきりと言う。
「……親友」
そこに、大護も割り込む。
「方南の部長さんよ、そっちはもう行かなくていいのか? 実音はまだまだパーク内を楽しむ予定なんで、失礼させてもらうぞ」
実音の肩に手を置く彼に、長谷部は怪訝そうな顔をする。
「……誰?」
「俺は、その……実音のクラスメイトだ!」
ここで「カレシ」とは言えないのが辛い。
その間も、実音の顔色は更に悪くなっている。
「いい演奏、ありがとうございました!」
「俺たちはまだまだここを満喫するんで!」
一刻も早く広場から離れることにした海たちは、実音を連れて一度落ち着ける場所を目指した。
「……なんなの」
長谷部は、かつての仲間を連れ去った集団に不審な目を向けた。
そこから少し離れた位置で、一部始終を見ていた男性がいた。彼は実音たちに同行し損ねた文の元へと、ゆっくり歩を進めるのであった。




