10.修学旅行 ②
もんじゃのお店を出た後も、実音たちは引き続き観光を楽しんだ。
神社でおみくじを引いたり、ぶらぶらお店を眺めたり、東京らしい場所を見つけては写真を撮ったりした。
学生には値段が高すぎて入るのが難しいお店もたくさんあるが、それはそれで楽しかった。「大人になったら、またいつか旅行で来よう」という約束ができたからだ。
前日は、クラスでバスを使っての東京観光だった。国会議事堂や迎賓館といった建物を中心に見て回った。今は、下町の空気感を満喫している。
「それにしても、人が多いよねー」
七種結乃花は、周りをボーッと眺めて呟いた。
歩き回ったため、現在公園で休憩中だ。
「こんだけ多いと、もしかしたらスカウトの人もおるかも! 声かけられたらどうしよう!」
「いらん心配すんなよ」
「はぁ? わからんでしょ!」
「間違って海がされたとしたら、それはぽっちゃり専門雑誌の人かもな」
「やかましかー!」
海は大護に思いっきり蹴りをお見舞いする。
「イッテ! そういうところだぞ! そもそも、スカウトされるのは実音とか東くらいだろ。実音はこっちに住んでた時、よくされたんじゃないか?」
大護が実音に尋ねると、彼女は目を逸らして曖昧な顔をする。
「どうだったかなぁ?」
(これはされたな)
その反応に、みんな「やっぱり」という感想を持つ。
「東君は? 東君こそ、そういう経験あったでしょ?」
今度は、実音が東柊に訊いてみた。
すると、彼はいつもどおりの面倒くさそうな顔で返す。
(こっちもか)
ふたり共、そんな話を聞いても驚かないくらいの容姿である。逆に自慢話にもならない。
「実音はどうして断っちゃったの?」
「えっと……部活しか考えられなかったからかなぁ。興味もないし。それに……」
「それに?」
言葉に詰まる実音に、海は不思議がる。
「……いろいろね」
言葉を濁されたが、それ以上は誰も追及しなかった。
きっと何かあったのだろうが、スカウトを断ったから今こうして一緒にいられるのだ。海も大護も、彼女が誘いを受けなかったことに感謝した。
ホテルに着いて夕食を終えると、自由時間だ。
お風呂の前に、実音と海はほかの部員を全員広い場所に集めた。
「よーし! みんな今日もやるよー!」
なぜ集合したのかというと、ここで呼吸法やマーチングの基礎トレをするからだ。
事前に教師に許可を得てあり、ホテルの従業員にも確認済みである。
楽器を吹けないが、数日何もしないと身体が鈍る。そうならないように、身体作りだけは怠らない。周りの友人たちに変な目で見られようと、一切気にしない。精神力も鍛えられると、プラス思考をする。
「ふぅー。お疲れー。昨日より、好奇の目が減ったね」
「すぐに飽きるよ」
「ブンブンもよか運動になったでしょ?」
「ははは」
顧問の文も、珍しく今回は参加している。
一応責任者として、ほかの教師にちゃんとやっているところを見せるためでもある。
「バスケ部に負けてられないもんね。僕も顧問らしいところ、アピールしなくっちゃ!」
実は、吹奏楽部のほかにバスケ部も同様に修学旅行中もトレーニングをしている。
それを見て野球部の大護は焦ったが、もう使用できるスペースがなく断念した。
「明日もやるから、よろしくね」
この練習の提案者の実音は、ひとりだけカラーガード用の別メニューをこなしながら部員に伝えた。
折りたたみ傘を使って身体を伸ばしている。さすがに振り回すことはしない。
「旅行を楽しんでいるのか、いないのか、雅楽川ってわからんよね」
トランペットの造酒迅美は、扇子で仰ぎながら話す。
「はやみん、それ買ったの?」
その持っている扇子に、海は反応した。
「え……。あー、これは……」
「一丸に買ってもらったとか?」
「……」
「え! 当たり?」
肯定を表す沈黙に、海の目が大きく輝く。
「えー、うっそー! やったね、はやみん!」
「こ、これは、ただ買ってもらっただけだから! 『なんでも買う』っあいつが言うけん、それならって!」
顔を真っ赤にする造酒に、みんなニヤニヤ顔を向けた。
そこに、ホルンの法村風弥も加わる。
「造酒と同じ班の子が、さっきトイレでみんなに話しとったの聞いちゃったよ? 彼が造酒に『迅美は可愛いから、誘拐されないように俺から離れるなよ!』って言っちょったって。常に近くで護衛してたんだってね」
その報告に「キャー」という声があがる。
揶揄いよりも、素直な祝福と羨ましさから成るものだ。
「うぅー。もう、恥ずかしかー!」
逃げるように去っていく造酒。
そこで、吹奏楽部の集まりは解散となった。
実音は、長めのお風呂からやっと出た。
温泉ではなかったのは残念だが、家よりも大きい浴槽やサウナをたっぷり堪能した。一緒の時間に入ったクラスメイトは、とっくに上がっている。
髪を乾かし、彼女はひとりで部屋へ向かう。
「実音!」
そんな彼女と、大護は運良く出会うことができた。
「大護君、どうしたの?」
時間的に彼女がお風呂上がりだとわかり、緊張する大護。
それでも、勇気を振り絞る。
「あっちのベンチで少し話さないか?」
「うん、いいよ」
承諾を得て、逸る気持ちを抑えながら彼は一緒に移動した。
ふたりが座ったのは、廊下から横に逸れたスペース。
柱が死角になり、よく見ないと廊下側からはわからないような場所である。
「さっき、同じ部活の奴から昼間に見つけた珍しい缶をもらったんだ。これなんだけど」
彼が実音に見せたのは、カレー味のスープだった。
「自販からカレーだって。面白かろ? 今日は実音も辛いもの平気って言っとったし、どうかなって」
「わー、ありがとう。でも、いいの?」
「よかよか」
見かけたことがある缶を出されたが、彼女はそれを伝えずにお礼を言った。
その場で開けてもらい、受け取る。
「ふふっ。カレーだね」
お風呂上がりには相応しくないチョイスにも、彼女は文句を呈さない。むしろ、味わって飲む。
半分以上まだ残っているが、ふと時計を見ると、そろそろ消灯時間だ。
「あ、もう行かなくちゃ。歯磨きもしたいし。大護君、これありがとうね」
そして、実音は飲みかけの缶を彼に返した。
「え……。え!?」
驚く大護に彼女は「おやすみ」と言って、部屋へ急ぐ。
残された大護は大パニックだ。
だが、缶をそのままにしておくわけにもいかない。
「いいんだよな? 犯罪じゃないもんな?」
一応、周りに誰もいないかキョロキョロと確認する。
「こら、暾! そんなところで何やっとるんだ! さっさとそれ飲んで、部屋に戻れ」
「あ、は、はい!」
突然現れた学年主任に声をかけられ、大護は一気に缶の中身を飲み干した。
(しちゃった……初めての間接キッス)
家族や海はノーカンである。
これは、大護にとっては歴史的瞬間だ。
それがカレー味というのは彼自身もどうかと思ったが、仕方がない。この缶を持って帰るのは、さすがに気持ち悪いだろうかと彼が考えていると、学年主任が再びやってきた。そして「早くしろ!」と注意される。
「今、行きます!」
「おい、ゴミは捨てていけよ」
「……はい」
缶を持って戻ろうとした彼に、教師は当然の指摘をした。
不自然な行動ができない状況に、大護は心の中で泣きながら缶を捨てた。
実音が部屋に戻ると、同室のクラスメイトは既に寝る準備に入っていた。しかし寝る様子はなく、恋バナの真っ最中だった。
彼女も支度を急ぎ、布団に入る。寝る気満々だ。
「ちょっと、実音! 何寝ようとしとるの!」
「え?」
消灯時間のため、電気は暗くしてある。
音量を抑えた声で海は注意した。
前日は早起きと移動の疲れで、全員すぐに寝てしまった。だが、今日は全員夜更かしをするつもりだ。
「修学旅行だよ?」
「……うん?」
「合宿や旅行と言えば?」
「いつもより寝られる!」
「そうじゃなか!」
実音にとって泊まりの行事というのは、普段より規則正しい生活を強制的に送ることができる日だ。
合宿の練習は長くて大変だが、睡眠時間を確保できるからか、いつも肌艶が良くなる。
「恋バナだよ! 夜更かしするの!」
「えー」
「『えー』じゃなか! ほら、実音の番だよ。告白されたことあるんでしょ? その時のこと、教えてよ」
合宿で聞いたことを、海は更に根掘り葉掘り聞こうとする。
ほかのクラスメイトたちも、興味津々だ。
「何それー! 聞きたかー」
「雅楽川さんの話、めちゃくちゃ気になる!」
「どんな人だったの?」
止めてくれる人がいないため、黙って乗り切れそうにない。
そこで、仕方なく実音は口を開いた。
「去年だと、たしか隣の席の人に手紙渡されたかな? あんまり話したことないし、それが授業中だったから、すごく困った。あと、体育祭で自分の種目が終わって移動中に、知らない先輩に。私にとっては初めましての人なんだけど、向こうは前から知ってくれてたみたい」
「なんでそんな知らない人から告られるの?」
「さぁ? 誰でもよかったのかな?」
「それはどうだろ」
実音は、基本部活以外の生徒とは話すことが少ない。方南では、今以上だ。
なかなか話しかけるタイミングがなく、実音のことが好きな男子は授業中や行事の空き時間に告白する。
隣の席の彼は、実は学年一のモテ男だった。だが、渡した手紙に対しその場で両手を合わせた「ごめんなさいポーズ」で振られた。ショックで彼女のいない休み時間に泣いていると、彼が告白したことを知った実音の親衛隊に、接近禁止令を言い渡された。
先輩の彼は、学校一のモテ男だった。人気のない場所で告白をして、見事振られた。何度もしつこく迫ろうとしたが、同じく親衛隊に粛正された。
実音は、自身に親衛隊がいることを全く知らない。
「大したこと話せなくて、ごめんね。じゃあ、寝よ? おやすみ」
「あ、実音!」
まだ続けたいクラスメイトたちは、その布団を剥ごうとした。
しかし、見回りの教師が来たため断念する。その間に、実音は深い眠りへとつくのだった。




