8.回して投げてキャッチして
「これ、できたよー」
「うわー、すごい! 完璧だよ! ありがとう!」
フルートの七種結乃花は、頼まれていた物を完成させた。
仕事が早く、実音はとても喜んだ。
「これでこっちも練習できるよ。早速使わせてもらうね」
「どうぞー」
体育館は、頻繁には借りられない。だから、今日の練習は楽器の方だ。
パートごとに練習を任せている間、実音は数人の一年生を廊下に集めた。彼女たちは、パートリーダーとも話し合って決めたカラーガード部隊である。
「今日から、みんなにはガードの動きを覚えてもらうよ。この間の体育館でのことは一旦忘れて、新しく頭に入れていってね」
その実音の発言に、後輩たちは「え?」という困惑の顔をする。
「結構違う動き方するんだよね。走り方とか。でも、あれは知ってて損はないよ。バンドの動きを理解していないと、あの中で踊れないから」
全くの時間の無駄ではなかったとわかり、一年生たちは少し安心した。
「とはいっても、白浜さん次第だね。私、マーチングの基本動作は得意な方なんだけど、ガードになってからはほぼ走り回っての移動が多いコンテだったし。『リアー・マーチ(後進)』も『マーク・タイム・ピボット(足踏みしながら方向転換)』とかも、本番では諸々やってないかも。とにかく、別の動きが多いってこと。まずは、動きの前にストレッチからね。念入りにやらないと、怪我しちゃうから」
それから、実音は長めにストレッチをさせた。
柔軟性はあった方が良い。なくてもできるが、見た目のしなやかさに影響が出る。
悲鳴をあげながら、一年生たちは身体を伸ばしたりした。
「今は痛くても、毎日やれば少しずつ柔らかくなるよ。お風呂上がりとか、ちょっとでいいから家でもやろうね」
選ばれたメンバーは、特別運動神経の良い者とかではない。曲の関係で、メンバーを選出できないパートもある。どのパートも、演奏の方に上手い者を置きたい。最終的に、ただのダンス初心者のメンバーが集まった。
「みんなは、バレエの動きって見たことある? これから教えるのはあんな感じ。じゃあ、見ててね」
実音は教室の椅子の背もたれに片手を置き、足を曲げたり伸ばしたり上げたりする。
方南ではバレエでも使うバーを使っていたが、ここにはない。だから、ある物で代用した。
「これがバーレッスンね。一緒にやってみよっか」
廊下で一列になり、椅子を使用してのトレーニングをする。
体幹が鍛えられていないと、身体がフラついてしまう。一年生たちは全然足が上がらず、プルプルしていた。
「『グラン・バットマン(足上げ)』は、高く上げることよりも同じ状態をキープすることが大事だよ」
向きを変えて、反対の足でもやってみる。
「足を上げたまま、できそうなら手も離してみてね」
上手く安定してきても、離した瞬間にバランスを崩してしまう。なかなか難しい。
それでも、今日は一通りの動きを経験してもらいたいため、次に移った。
「今からやるのは基本のステップだよ。普段と違うことするから、最初はよくわかんないと思うけど、とりあえず見ててね」
実音は廊下を歩いてみる。しかし、その歩き方は、普段のやり方と異なる。バレエ特有の、爪先を外側に向けた姿勢だ。そこからまた少し変えて、駆け足もしてみる。
彼女はバレエ経験者ではないが、これを努力して身につけた。
「ゆっくりやるから、真似してみてね」
基本姿勢や足の出し方を、ひとつひとつ丁寧に教える。
これを適当にやると、ただのかっこ悪いガニ股だ。骨盤の位置が前に出ないように、そして上半身が常に人から見られているのを意識して固定させる。
「うん、そんな感じ。違和感あるよね。大事なのは足よりも上半身。使う筋肉も間違うと、足が太くなるだけだからね」
それから、ツーステップなども行った。その際、指の先まで神経を行き渡らせる。手を揃えてしまうと、固くなっているように見える。わざと指同士をずらして、見た目の美しさを目指す。
「窓に反射している姿を見てみて。お互い、確認し合おうね。そうそう。中指をほかより下げると綺麗でしょ?」
本来なら、鏡を見て練習をしたいところだ。それができない以上、窓を使ったり他人からの意見を聞いて修正しなければならない。
それ以外にも、歩きながら手や顔を動かしたりもした。
首の綺麗に見える角度や、足を伸ばす時のちょっとした向きで変わる見え方の違いも教えた。
「こっちの方が楽だけど、これを捻って足の甲を見せるようにすると、より長く見えるの。たまに足が攣ることがあるから、気をつけてね」
一年生たちも何度か曲に合わせて踊ったことはあるが、今回の動きはそれらとまた異なる。それを、彼女たちは必死に覚えた。
「お疲れ様。一回休憩しよっか」
しっかり休み時間も入れる。
慣れない筋肉の使い方をしたため、よく労った。
休憩を終えると、次はフラッグの練習だ。
校舎の中で振るのは危険である。窓を割らないように、安全な外で行った。
ポールは、以前大護と行ったホームセンターで見つけたアルミ製の物だ。全部を学校まで運ぶには重かったため、配送を頼んだ。
さらに、そこに七種に頼んで縫ってもらったカーテンを、道具係の万屋善光にキャップとともに取りつけてもらった。厚めの生地をあえて選んだからか、回すと見た目以上に重い。
これは練習用である。サイズも少し大きく負荷のあるもので練習し、本番はデザインされた薄い生地の方を使う。
「回しながら、片手でそれぞれキャッチしていくの。……そうそう。だんだん手の位置が上に行ってるよ。場所は固定させてね。地面に着かないギリギリでね」
基本のスピンを教えると、次は後ろでの回し。次に足を横に大きく広げて重心を傾けながらの練習など、多くのバリエーションを指導した。
「ラスト、トスしてみる?」
実音は上に軽くフラッグを飛ばす。それをノールックで同じ場所で平然とキャッチする。
簡単なように見えるが、実際にやってみるとフラッグを落としたり、キャッチできても位置がずれたりする。
「練習あるのみだよ。ポールが重いから、当たったら腕とか足にアザできるけど、慣れればその回数も減るからね」
覚えることは多く、ポールが当たると痛い。一年生たちは、初日から心が折れそうになる。実音のように踊れる気が全くしない。
練習後、役員たちが一年生のプリンスとミーティングをした。
「練習計画はこれくらいかな。マーチングもガードも練習してもらいたいけど、くれぐれも怪我のないようにね」
「はい、わかりました」
実音から計画表を渡され、プリンスはその内容をしっかり頭に入れる。
「プリンスなら大丈夫でしょ。それに、一年生はみんないい子だもん」
呑気な海は、何も心配していない。
二年生は、明日から修学旅行だ。
そのため数日の間、一年生に部活を託すことになる。




