7.進んで下がって回転して
平日の部活に、島原大学から白浜春雪がやってきた。
「この間はありがとうね。それから、またよろしく!」
今日も、彼は爽やかでイケメンだ。
大三東高校の女子生徒の多くは、そんな彼につい顔が緩む。
「部室狭いな。こんなとこでやってんのかよ」
そして、白浜と一緒に来たネロ。
実音以外のテンションが下がった。
「ネロさんは来なくてよかったのに。どうして来たんですか?」
ほかが言えないようなことを、さらりと訊く実音。彼女だけは、ネロを恐れていない。
「来ちゃ悪いかよ」
「そうですね」
「はぁ? せっかく来てやったのに、なんだよ!」
「呼んでないですもん」
「リード、調整してやんねーぞ」
「じゃあ、今日はそれだけお願いします。今、お渡ししますね。空いてる教室使ってください」
「……」
リードを渡し、暴君を移動させると平和が訪れた。
白浜が持ってきたDVDをセットし、みんなで鑑賞する。その内容は、白浜が高校三年生の時のマーチングの全国大会の様子だった。
実音がいた方南高校は、一軍が座奏のコンクールメンバーで、二軍はマーチングで大会に出るという形が基本だった。一方、白浜の母校は、マーチングに力を入れている学校である。どちらも金賞だが、方南以上のパフォーマンスを毎年披露している。
「これがドリル演奏だね。フォーメンションを変えながら演奏するよ。演奏以外に、全員の息の合ったパフォーマンスが求められるんだ。マーチングの面白いところは、座奏と違って自由であることかな。人数も多いし、指揮者は学生でしかもアピールがすごいし、カラーガードは複数のフラッグを使い分けて曲を盛り上げてくれるし……。とにかく、人を楽しませるには打ってつけだよ」
映像を観た部員たちもワクワクしている。
パレードの時より見応えがあった。それを自分たちでやれるのは、とても面白そうだと思った。
「基本の『フォワード・マーチ(前進)』はやったんだよね? 今日は、ほかの基本動作をやってみようか」
白浜は手をパンッと叩いて、全員を立ち上がらせた。
広い場所が必要で、体育館へと移動する。
体育館は予約済みで、事前にポイントもつけてある。
前回のパレードから日が経っているため、白浜が来る前に復習もしておいた。
「まずは身体作りからだね」
実音が教えたような足の鍛え方以外にも、体幹の強化やジャンプやダッシュなどを行う。
ひとつのトレーニングが終わると、すぐ次のメニューに移る。ずっと白浜は笑顔で指示を出し続けるが、休ませる気はない。彼は爽やか系スパルタだった。
「ほらほら、足止まってるよ。カウントもちゃんとしなくちゃ。もう一回いってみようか」
(しんどっ……)
ついていけているのは、経験者の実音とプリンス、それから体力オバケの海だけだ。
「お疲れー。この後は動作を教えていくよ。十分間休憩したら始めるからね」
やっともらえた休憩。
汗が止まらず、みんなほとんど喋ることができない。
リードの調整を終えたネロは、体育館にパイプ椅子を置きそんな彼らを見学中だ。マーチングの経験のない彼にとって、それは新鮮な光景だった。
顧問の文は、ネロが来るまでは同じように椅子に座って、ボーッと眺めているだけだった。しかし、暴君が現れると逃げるように彼と反対側へ避難した。文にとっても、ネロは恐いのだ。
「よし、休憩終わり。雅楽川ちゃん、来てくれる?」
「はい!」
白浜は実音をお手本係に任命した。
そして、必要な動作を大三東の部員たちに丁寧に説明していく。基本の姿勢や構え方や前進の復習から始め、応用として後進や方向転換などを見せる。
「配ったプリントにも書いたけど、以上の動作を組み合わせてドリル演奏は作られるんだ。覚えるまでは大変だけど、慣れると身体が勝手に動いてくれるよ。僕なんか癖が抜けなくて、今でも一歩をついつい六十二.五センチで歩いちゃうよ。足も常に左から出るし、曲がる時も自然と九十度になるね」
中学からの六年間、そのほとんどをマーチングに捧げた男の身体は、今でも意識せずとも動いてしまう。
さすがにそこまではなりたくない部員たちは、曖昧な笑みで聞き流すことにした。
「実際にやってみようね」
実音が見せた動きを、全員でやってみる。
前に進むのとは、全く違う。後ろは見えず、歩幅の感じ方も異なる。今は持っていないが、楽器を構えたままこれをやるのは恐い。方向転換も、右と左で少し変わる。理解できないと、足がもたついてしまう。
「うーん。難しいかなぁ」
多くが戸惑いながらやっているのを見て、白浜も困ってしまう。
本来なら、上級生が下級生にひとりずつついて教えるのだが、それができる経験者が不足している。今回のように、前でお手本を見せるだけでは上手くいかない。ほぼ初心者の集団を教える初年度が、一番難しい。
「根気強くやるしかないかな。形ができてくると面白いんだけど」
「それなら、『ピンフィール』と『トリック・スピン』、してみませんか?」
「いきなり? 余計難しいんじゃない?」
実音の言う「ピンフィール」とは、九十度回転する動作だ。「トリック・スピン」は、タイミングをずらしながら回転することである。
「本来なら四人が基本ですけど、白浜さんと野田君と私で。一回見せて、それから間に入れてみましょう」
「なるほど」
プリンスも呼び、三人で軽く打ち合わせをする。
簡単なフォーメンション移動を、全員の前でやってみせた。
カウントが終わると、自然と拍手が出る。
「おー! 今のすごかった!」
「難しそう」
「複雑そうに見えるね」
「三人共、全くブレなかったね」
やっていることは簡単な動きだった。しかし、きっちり決まるとその見栄えはかなり良くなる。
「『トリック・スピン』は、一・三・五・七の奇数で曲がることを意識すれば、別に難しくないよ。『ピンフィール』は、中心と外で歩幅がだいぶ変わるから、これが大変かな? でも、列の線を常にイメージしていけば、綺麗に曲がれるよ。これを頭に入れて、やってみようか」
まずは、海が三人の間に入る。
白浜と実音に挟まれた彼女は、隣の動きを感じながら動いた。チアで仲間と合わせる力が身についているのか、すんなりとこなしていく。
「海、できてるよ!」
「本当!? やったー!」
実音からもOKが出て、嬉しそうだ。
こうした成功体験は、更なるやる気を出させる。海以外も戸惑いながら、なんとか形を作った。「自分もできた」という事実のおかげで、フォーメンションに参加していない時間も、自主的にほかの動作確認をするようになった。
地道にひとりずつやっていく。三人にとっては難しくない動きだが、さすがに疲れる。それでも続けた。
「みんな、いいよ! その調子! これを、メンバーや立ち位置が変わってもできるようにしようね」
忘れないようにと、体育館の至る場所で四人組を作り、今覚えたことを復習する部員たち。
それを見た白浜は、その四人組を別のグループと向きをずらした状態で繋げた。それをどんどん増やしていくと、全体でひとつの大きな作品のようになった。
「今、どうなっとる?」
「図形みたいになっとらん?」
「上から見てみたいね」
動きを止めずに繰り返しつつも、今の自分たちの状況が気になってしまう。
そこで、見学していた文が体育館の二階へ上がってそれを撮影してあげた。
「ブンブン見せてー!」
戻ってきた顧問の所へ走ると、海は動画の再生を促した。
「えっとねー……はい、どうぞ」
画面には、綺麗な模様が動いているのが確認できた。
それに部員たちは感動する。
「こんな風になっとるんだね」
「すごかー!」
「自分では、何やっとるのかわからんかったもんね」
喜ぶ高校生たちに、白浜も嬉しくなる。
「マーチングって、楽しいでしょ? 僕がコンテっていう図案を考えてあげるからね。これから、その動きを完璧に覚えて、更に演奏もしなくちゃならないよ。大変だけどやりがいもあるし、チームワークも磨かれるんだ。みんな、ついてきてね。ということで、まだまだやるよ!」
(スパルタだ……)
ずっと動きっぱなしだが、白浜のレッスンはまだまだ続いた。
練習後、くたくたに疲れた大三東の部員たち。多くが体育館に横たわっている。
「いやー、今日は楽しかったよ。また来るから、それまで復習忘れずにね」
終始笑顔で教えていた白浜は、暇そうにしていたネロを回収して学校を去っていった。
「疲れたー!」
今回は海もお疲れのようである。
「海が疲れるなんて、よっぽどだね」
実音が話しかけると、彼女は首を横に振った。
「体力は大丈夫」
(え……。平気なの?)
経験者の実音も、ずっと歩いて疲れている。
初めての動きだらけの海も、多少は体力を消耗しているはずだ。
「動くのは別にね。ばってん英語がねー」
「英語?」
「うん。『ライト』とか『レフト』とか、どっちだっけってなる。ほかにもいっぱい英単語出てきたでしょ? 頭使ったけん、疲れちゃったー」
「……」
「フッチーもそうでしょ?」
近くにいた泓塁希も頷いている。
「言葉で言われても、何言っとるのかわかんなかった! 日本語で言ってほしいよねー。みおたん、よくわかるね」
感心されてしまったが、そんな難しい単語は使っていない。ふたりの問題だ。
「海と泓君は、言葉から覚えよっか」
「うん!」
「みおたん、よろしく!」
実音はそんなふたりに、頭を抱えた。




