10.初レクチャー(三十分コース)
「ではまず初めに、想像してみましょう」
どこかピリッとした雰囲気になった実音は、指揮棒も持たず楽器も構えさせずにそう言った。
(は?)
部員たちは戸惑いつつも、次の言葉を待つ。
「みなさんは今、無人島にいます。食べ物はなく、そろそろ限界が近づいています。そんな時、遠くの方に船が見えました。見つけてもらうために何をしますか? ちなみに、火を起こすことも、何か大きな旗のような物を振ることもできません。さぁ、どうします?」
「はい!」
素直に真剣に考えていた海が、元気に手を挙げる。
「めちゃくちゃ叫ぶ!」
バカ丸出しの小学生のような回答に、実音はニッコリ微笑む。
「そうだね。じゃあ、叫ぶためには何をする?」
「息を吸う?」
「じゃあ、息を吸うためには?」
「えっと、吐く?」
「正解! というわけで楽器を演奏する時も、大事なのは吐くことです。体の中に空気がある状態で吸おうとしても、あまり入りませんよね? そこから息を出そうとしても、思ったより出ません。苦しくなるだけです。まずは空っぽの状態を知りましょう。演奏中、どれだけ吐いてどれだけ吸えるかが重要なんです」
それを聞いて、部員達はなるほどと感心した。
「実際にやってみましょう。パーカッションも一緒にお願いします。みなさんも、演奏中に管楽器と同じように呼吸を意識すると、より音の出だしが揃いますから」
パーカッションのメンバーが頷いたのを見て、実音は全体に向かって指示を出す。
「テンポ六十で、メトロノームをかけます。八拍かけて息を出し切ってください。その際、自分の体の中の空気量を頭の中でメーターに表して可視化しましょう。一定のスピードで空気が減るのをイメージしてください」
実音がメトロノームを鳴らし、カウントする。
「いきます。三と四と、一と二と三と四と五と六と七と八と九。どうですか? 吐き切ったら、自然と空気が入りましたよね。今八拍かけましたが、これを短い時間でできるようにしましょう。それから、今度は吸う時も長い時間をかけることで、自身にどれだけ空気が入れられるかを感じることができます。これをどんどん短くして、一瞬で吸えるようにします」
その後も、呼吸にかける拍数を指示して様々なパターンを行う実音。酸欠で倒れる部員が出ないように、顔色も常に確認する。
「今日は時間がないので呼吸法は以上にしますが、後日、やり方の紙を各パートに渡しますね」
時計を見ながら、実音は次に進む。
「次は音出しです。フルートパートのみなさん、頭部管だけで吹いてみましょう。こんな風に口に合わせてからセットしてください」
実音は人差し指を唇に持っていき、お手本を見せる。
「リッププレートに三角形が現れますよね? 必ず鏡でチェックしてください。良い音が出る時の形を覚えておきましょう。そのまま、頭部管を外側と内側に動かしながら吹いてください。どこが一番良い音か聴きながらです。これでベストポジションを見つけてください。毎回頭部管での練習はしていると思いますが、ここをしっかりやるかどうかで、実際曲を吹いている時の響きも変わります。パート内でも聴き合って、確かめるようにしてください。あと、ピッコロの専任はいないんですか? 曲の時だけじゃなくて基礎から吹いてほしいので、担当の方は次は初めからピッコロでお願いしますね」
そして、次に実音はクラリネットとサックスを見た。
「シングルリードのみなさんですが、クラリネットの方はバレル、サックスはネックで吹いてみましょう」
そう言って、こちらも本体から上部だけを外させる。
「口を締めすぎると響きがなくなりますし、疲れやすくもなります。そこで、顎のトレーニングからやってみましょう。その状態で音を出して、音程を上げたり下げたりしてみてください。……そうです。それで鍛えられます。時間のある時は、基準の音を出して練習します。例えば……海。この音から一旦音程を半音下げて、また戻してみて」
実音はハーモニーディレクターでFis(ファ♯)の音を出す。
海は言われたとおりに、基準の音から一旦下げて、また元に戻ってみる。
「うん、そう。基準から少し上ずってるね。今戻った時もすぐに音が合わなかったの、わかる? その差をなくせるようにしようね。ほかのみなさんも、こんな感じで各自やっておいてください」
そして次に、後ろの金管楽器へ視線を移す。
「金管のみなさんはマウスピースだけでいきましょう。B(シ♭)を基準にして、半音下げてから戻ってください。……そうです。これもさっきと同じようにハーモニーディレクターを使って練習してください。リード楽器とは違って、これをいろんな音でやってみましょう。それで、ここからなんですけど、木管と違って金管はマウスピースで吹きながら管に挿してみてください。ちょっとやりづらいかもしれませんが。この時、楽器に合わせるのではなく、楽器を自身に持ってきてくださいね。これで、一番良い状態で本体も吹くことができます。その状態で出た音のピッチが違えば、そこから調節管を抜き差ししてください」
慣れない練習に手こずりながらも、金管楽器の部員たちは練習してみた。
その様子を満足そうに見てから、実音はパーカッションへと意識を移す。
「パーカッションはまずは練習台からですね。ありますか? あ、それです。テンポ六十で、シングルストロークからいきましょう」
そして、四分・八分・三連分・十六分・ロールをやらせた。
「左右に音量や音色の差がないか、必ず人に聴いてもらってチェックしてください。自分では意外とわからないものなので。鏡を見て高さの差がないかを見るのもいいです。あと、一定かどうかですね。録音して聴いてみるとわかりやすいですよ。ダブルでも同じです。アクセントの位置をずらした練習もいいと思います」
とりあえず一通りの基礎的なアドバイスを終え、いよいよ全体の音出しへと移る。
「次に座り方ですけど、一度背もたれに寄りかかってみてください。足は伸ばして楽に開きます。そのまま音を出してみましょう」
普段では考えられない姿勢で、生徒たちは楽器を構えてから音を出す。
「今出た音、結構リラックスしていて思ったより良い音でしたよね。でもこれじゃあ、お客さんに失礼です。これを、きちんとした座り方でもできるようにしてください。楽器ごとに違いはありますが、共通することとしてはすぐに立ち上がれるくらいの深さで座ってください。譜面台は、練習中は高めにします。これは目線を上げるためです。メトロノームを意識して見る習慣を身につけると、本番でも指揮が見やすくなりますよ。本番の譜面台の高さは下げましょう。顔がしっかり見えるようにです。その時、ベルの位置と被らないようにと、隣の人と高さを揃えることを忘れずに」
次々出るアドバイスに、全員必死についていく。
「音を出す時は、その前にイメージしましょう。『勇ましく』とか『囁くように』とか。そして声に出します。実際にやってみましょう」
実音はB(シ♭)の音を弾いた。
「よく聴いてください。それじゃあ今回は……そうですね、新学期に相応しく元気に挨拶するイメージの音で。先生。歌う時は、『後頭部から上に向かって』とか『眉間から前に出すように』とか教えますよね?」
「あ、うん。そうだね」
突然話を振られ、顧問の文は慌てながらも答える。
「ではそのように歌いましょう。『Ma』でお願いします。三と四と」
急に声を出すように言われ、恥ずかしそうに口を開ける部員たち。それに実音は首を横に大きく振る。
「こんなことで恥ずかしがって、どうするんですか? ひとりでも全員の前で歌うなんて普通ですよ。もう一度いきます。三と四と」
今度はみんな恥を捨てて、声を出してみた。
「そうです。今のを忘れないようにして楽器でも音を出してみましょう。歌と同じで眉間から出すイメージで。息を吐くことを忘れないでくださいね。三と四と」
一斉に出した音は、基礎合奏の初めの音に比べて、とても豊かな響きが出ていた。
「いい感じです。これを意識することを忘れないでください。大切なのは呼吸。そしてイメージすることです。これを実現するために、日頃からアンブシュア(口の形)が正しいかを確認し合ったり、必要な筋肉を鍛えておきましょう。ただ闇雲に吹いていたって、決して上手くはなりません。効率を考えた練習をしましょう。いいですね?」
「はーい」
みんな実りのあるレッスンに手応えを感じ、元気よく返事をする。
「返事は短く!」
「はい!」
「時間になったので、今日のところは以上です。ありがとうございました」
たった三十分の練習だったが、部員たちにとってとても充実した時間になった。
「これが全国かぁ」
「これを毎日やったら、かなりいいところまで行けそうだね」
「思ったよりハードじゃなくてよかった」
終了後、口々に感想を言うのが聞こえ、実音はそこにさらっと爆弾発言を落とす。
「あ、ちなみに今の小学生レベルです。初回なので、かなり抑えました」
(なんですと!?)
高校レベルではどうなってしまうのかと、慄く部員たちであった。




