1.一緒に全国目指そ?
わたしの名前は音和海。
長崎県立大三東高校の二年生だ。
学校の最寄りの大三東駅は「日本一海に近い駅」として有名である。屋根も柵もない小さな駅だが、CMの撮影なんかで利用されているから見たことがあるかもしれない。
数年前から、観光客を呼び込もうと電車の色にちなんで「幸せの黄色いハンカチ」がホームにたくさん飾られている。これを見に多くの若者が写真を撮りに来るのだ。
ちなみに、このハンカチは駅に設置してあるガチャガチャから購入が可能で、旅行の思い出に観光客が各々メッセージや願い事を書く。
ま、わたしは徒歩通学だから、普段は利用してないんだけどね。
だから今日も黄色い電車を横目に学校へと向かう。
「海んとこ、新入生集まった?」
「うーん、まだ思ったほど集まってなかね。大護のとこは?」
「野球部はまあまあってとこだな」
「いいなー」
隣を歩く短髪の男子学生は、幼馴染の暾大護だ。
大護とは家も近所で保育園からの仲である。昔はチビだったくせに、中三で一気に私の背を越し今では学校でも一番なほどのガタイの良さで、野球部ではキャッチャーをしている。四番を任せられる日も近いらしい。
わたしはというと、吹奏楽部所属でクラリネットを担当している。
先日各部活動が新入生向けの部活紹介をし、我らが吹奏楽部もかなりアピールをした。
部員を集めないことには成り立たない部活だ。そろそろ新入生の入部届の提出締切が近いから、どれだけ入部してくれたのか気になってしょうがない。
「やっぱり見た目なんじゃなかと?」
「え?」
「ほら、吹部ってスラーっとしてアイドルみたいなんのがやるイメージがあるだろ? 海はなー。もう少し痩せたほうが……」
わたしの体型を見て、まるで「可哀想」とでも言うような視線を送ってくる大護。
「やかましか!」
可愛い幼馴染に対してなんてことを言うんだ!
まぁ、確かにちょっとだけ丸っこい体型かもしれないけれど……。少しでも可愛く見えるように、雑誌を参考に髪を巻いたり努力はしてるのに!
「今年こそ痩せるんだから!」
「それ、何回も聞いた」
「うっ……」
「もっと可愛いくて美人な子がおったら、きっと部員も増えるって。ほら、あの子みたいな。お前はまず、ダイエットを続けることからかな」
「むぅー」
大護が言ういつかテレビで観た「あの子」を思い出し、わたしは頬を膨らませる。
あんな、芸能人みたいな子になれるわけがないでしょ。
「プッ。変な顔」
大護が笑いながら、ぷにぷにのほっぺを触ってくる。
「えいっ!」
「イテッ」
イラっとしたわたしは思いっきり大護に蹴りを入れると、痛がる彼を無視してすたすたと学校へと向かったのだった。
昼休みーー。
わたしは職員室にいる顧問の元を訪れていた。
「ブンブン。一年生、何人集まった?」
「職員室ぐらいは、その『ブンブン』ってのやめてくれない?」
我らが吹奏楽部顧問のブンブンこと文凛太郎先生は、気弱なアラサー男性だ。
去年からこの学校に赴任してきたブンブンの担当教科は、もちろん音楽。しかし残念なことに声楽科出身らしく、吹奏楽は初心者である。
他に吹奏楽を教えられる先生がいなかったため、彼は仕方なく顧問になったのだ。前の学校では合唱部の顧問だったらしい。
当然生徒からナメられまくりのブンブン。
やる気もないし指導も上手くできないけど、どこか憎めなくてわたしは好きだ。
「今のところ二十二人だね。あとひとり入ってくれそうなんだけどなぁ。部長たちが必死に口説いてたよ」
「そっか。その子、入ってほしいなぁ。ばってん、やっぱりもっと入部してもらわんとね。誰かいないかなぁ。できれば中学でバリバリ強豪校出身とか……」
「あー、そうだね。強豪校ね。……ん? あれ、そういえば……。先生、さっきのあれ、ちょっと見せてもらっていいですか?」
「?」
何かを思い出したブンブンは、隣の席にいたわたしのクラスの担任から資料らしきものを受け取った。
「文先生。いいけど個人情報だから、他の生徒には見せないでね」
「はい、もちろんです」
ブンブンはその資料を読むと、目を見開いてわたしを振り返った。
「ねぇ、音和。君のクラスにいるよ、強豪校出身」
「え? ホント?」
「ああ。吹奏楽部出身かは知らないけど」
「えー! だれだれ?」
「ほら、転校生の。方南高校だってさ。ここ、たしか全国大会の金賞常連なんだろ? 吹奏楽はまだ詳しくないけど、そんな僕でも知ってるよ」
「なんと! こうしちゃいられない。わたし勧誘してくる! ブンブン、ありがとう!」
「あ、おい!」
わたしは職員室を出ると、急いで自分の教室へと走った。
「廊下を走るなー!」
途中生活指導の先生の怒鳴り声が聞こえた気がするが、そんなものに捕まってなんかいられない!
「雅楽川さん!」
教室に入ると、わたしはこの春に転校してきた雅楽川実音の前に仁王立ちした。
「な、何?」
彼女は東京から引っ越してきた、いわゆる都会の美少女だ。
こうして怯える顔も可愛い。まるで芸能人だ。
身長はわたしと変わらない。高くもなく低くもなく、平均的。でも手足が細くて長い。顔は小さいが、目は大きくて子猫のようだ。髪は黒髪の綺麗なストレートで、それをいつも下ろしている。
新年度が始まって最初の自己紹介の時、「東京から来た」とは言っていたけど、「方南から来た」なんて言っていなかった。あの時教えてくれていたら、もっと早くから勧誘ができたのに!
「方南出身ってホント? もしかして吹奏楽部だった? お願い! うちの部に入って! 一緒に全国目指そ!」
言いたいことを一息で吐き出し、わたしは勢いよく頭を下げた。
「……」
しかし彼女からの返事はなく、そおっと顔を上げてその表情を窺う。
「あの、どうかなーー」
「ごめん、できない」
「え?」
「できない」
「……」
きっぱりそう言うと、雅楽川さんは「もう話は終わり」とばかりに、視線を外して次の授業の予習を始めた。
えーっと、断られた?
え、早くない? そんなきっぱり言わなくても。
こんなんで諦めないよ、わたし。
わたしはもう一度瞳に闘志を燃やし、彼女に声をかけるのだった。
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