後編、というかエピローグ
正義、という言葉はどうしても独善性が伴う。今、行っている俺達の殺し合いは長く続くから、退屈しのぎに俺が信じる『正義の概念』に付いて、少し話してみたい。
正義の実行とは、つまるところ悪人の処刑である。だから俺は死刑制度を支持するし、今後も制度は無くならないだろう。冤罪で処刑される者も居るだろうが、俺に言わせれば、それは誤差の範囲である。俺が優先するのは正義であって、一人一人の人権ではない。
そして、言ってしまうが、正義とは時代に寄って変わる。イエス・キリストが処刑された当時は、その処刑は正義の実行に過ぎなかったのだ。その後、かの人が処刑された事は悲劇として語られるようになった。
正義とは時代ごとに、アップデートされていくのである。そのアップデートの度に、正義の概念である俺は死んで、そして復活している。つまり俺は、正義を名乗っては居るが、正しいとは限らないのだ。ただ、正しくあろうと努力はしている。
時代が進む度に、厄介な事に俺以外にも、複数の『正義』という概念が生じていった。そうなると、どうしても正しさの押し付け合いが出てくる。宗教戦争と同じだ。自らの正しさを証明するためにも、それ以外の『正義』は敵になるのである。
俺と奴、つまり『正義の概念』である俺達の戦いに、状況の変化が訪れた。無数の爆撃機のような黒い塊が、荒野の空を埋め尽くしている。俺の敵が呼び寄せたもので、どうやら戦力は敵の方が優勢のようだった。これは人間社会で行われている、現在の戦争とリンクした状況で、少なくとも戦力は敵の方が優勢であると認めざるを得ない。と、敵である、奴が俺に話しかけてきた。
「どうだ、もう無益な戦いは止めないか。ただ、お前は俺の正しさを認めれば良いのさ。それで苦痛から逃れられるぞ」
停戦交渉、という訳か。こういう舌戦も戦争には付き物だ。一つ、乗ってやると俺は決めた。
「それは、それは。その『正しさ』とやらが、どういったものか、俺に教えてくれないか。内容次第では受け入れてもいいぜ」
「何、簡単な事さ。ただ軍事大国の言い分を受け入れて、全面降伏すればいい。『強い者に逆らって申し訳ありませんでした。我々は惨めな奴隷です。どうか好きなだけ私達を征服してください』と言うんだ。小国の側に加担している、正義の概念であるお前が降伏すれば、人間社会で行われている戦争にも終止符が打たれる。そういうもんさ、知ってるだろう?」
「そうだなぁ……」
いかにも熱意の無い相槌を俺は打つ。苛立った奴は、上空の黒い塊から攻撃を仕掛けようとした。その頃には、もう俺の包囲網が完成している。包囲網というか、網そのものが。
無数の細い糸に寄って編まれた網が、上空にある敵戦力の、更に上に浮かんでいる。凧の要領で、パラグライダーのような形状だと言えば分かりやすいか。網の両端を俺は持っていて、その両端を地上の俺は一気に引いた。
網は俺の体の一部だから、自在に伸縮もさせられる。体積が増えている今の俺は相当な重量で、その重い俺に引きずられた爆撃機もどきは、空中で衝突して誘爆を始めた。そして網は炎の塊を包んで──俺の真上に落ちる。
「ば……馬鹿じゃないのか……結局、大ダメージを受けやがって」
「……上空から攻撃され続けるよりは、マシだろうよ」
体に広がる炎を叩き消しながら、唖然としている奴に俺が言葉を返す。結構なダメージを受けて、横に増やしていた俺の体積は、ずいぶんと減ってしまった。だが、まだ戦闘は可能である。全身が激痛で悲鳴を上げているが、それだけだ。時間さえ掛ければ、また俺の体は復活させられる。
「上空の戦力が居なくなったな。分かってるぜ、お前の戦力にも限りがあるんだろ?」
「減らず口を……」
俺の煽りに、奴が青筋を立てている。停戦交渉を持ち掛けるという事は、相手も苦しい場合が多いのだ。そう簡単に降参する訳には行かない。
俺は不死では無いし、常勝でも無い。正義が負ける事もあるのだ。まあ、俺の敗北は、別の『正義』の勝利なのかも知れないが。
但し、俺は死んだ後、何度も復活している。そして最終的には勝利を収めてきた。その俺が見るに、悪が栄え続けた事は皆無である。
俺と奴の戦いが再開される。年が明けても、この戦いは終わりそうにない。俺が降参すれば、確かに戦死者は減るのだろう。ただ、そこに残るのが地獄で無いと誰が言えようか。俺は自らの正義を信じて、今日も戦場で人を死なせ続ける。それを悪だと言うなら、そうなのだろう。
正義には悪の一面もある。俺が倒れて死んで、結果的に平和が訪れる事も有り得る。それも正義のアップデートなのかも知れない。しかし俺の屍の上に築かれた正義が、まやかしだった時には、俺は必ず復活する。




