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86話 亜世界


 目が眩む程の光。しかし、目が潰れたりはしない事からも転移だったのが判ります。

 まあ、それは場慣れ(・・・)しているからですけど。


 繋いだ手が、御互いの存在が有るから。慌てず、騒がず、落ち着いている訳ですけど。現状に対する驚きは隠す事が出来ません。

 手を繋いだままですが、向き合った格好のまま、御互いの後ろに見えている景色に驚き。暫くすると頭を左右に動かして周囲の状況を確認します。

 皆の反応が新鮮で、個人的には楽しいです。


 そんな俺達が目にしているのは、四方に広がった豊かな大自然。そのど真ん中に立つ小さな石造りの東屋の様な建物の中。豪邸の庭に有る避暑用っぽい感じの物です。椅子やベンチ、テーブルは無いので必要なら持参になりますね。

 俺は持っていますけど。のんびりと御茶会を開く状況では有りませんから今は無意味な事です。


 つい先程まで地下に居た筈が、抜ける様な青空と緩やかに流れ行く白い雲。その穏やかな晴天の下。広大な緑の景色が別世界の様に存在している。

 事実、此処は別世界である。



「……アルト様、これは、もしかして……」


「ああ、転移したみたいだ」


「……アルト様は落ち着いていらっしゃいますね」


「この手の事に関しては俺は経験者だからな

正直、今更慌てる様な事じゃない」



 フォルテの考えを肯定し、ティアの疑問に対して肩を竦めながら返す。

 それだけで「そうでしたね」と納得される。別に他意は含まれていないでしょうけど。納得されるとそれはそれで少しだけ引っ掛かりもします。此処に居ない面子が「アルト様ですし」と言っている顔が思い浮かんでしまうので。


 まあ、それは兎も角として。

 外に出て、手近な地面を調べます。

 草原の様になっていますが、俺達が出現した所の周囲は手入れのされた(・・・・・・・)芝生の様になっています。

 ダンジョン内ですから、それ自体は不思議に思う事は普通は(・・・)無いんですけど。

 俺の場合、数える程とは言え、特殊な状況に身を置いた経験が有りますから。気になる訳で。

 それを確かめない、という事は出来ません。


 適当に地面を掘ってみれば直ぐに答えが出ます。



「……此処は亜世界(・・・)みたいだな」



 この“亜世界”というのは俺が私的に使う言葉で俺達が今居る様な場所を指しています。

 主に転移でのみ行ける場所であり、普段の俺達が存在している世界とは隔絶された亜空間の中でも、独立した世界(・・・・・・)の事になります。

 異世界と言えば異世界になるのでしょうけどね。俺は敢えて亜世界と呼ぶ事にしています。

 ダンジョンの様に、意図を持って構築されている別空間と似てはいますが、此処は独立した小世界。以前行った“聖樹の森”と同じです。

 此処は俺達の在る世界とは違う形で構築されて、生態系が完成している(・・・・・・)世界。

 言い方を変えると、“閉じた(・・・)世界”です。

 だから、本来なら俺達は居てはいけない場所で。招かざる客、という事になります。


 そういう世界が少なからず存在するといった事を話してはいるので迂闊な事はしないでしょう。

 慎重になり過ぎても困るので、必要な部分でなら仕方が無い事だと割り切ってもいます。その辺りを改めて説明しなくて済むのは楽で助かります。



「取り敢えず、何方らに進むかで──」



 ──と、一斉に指差せば、満場一致。宝箱の時のバラバラも妨害効果だったのだと判りました。

 警戒はしながら、隊列を組んで進みます。



「ティア、どんな感じだ?」


「……駄目ですね、対象外(・・・)の様です」


「やっぱり、亜世界の存在には干渉は不可能か」



 ティアは【森の息吹き】も有しているので、森に限定されず、何処ででも力を発揮出来ます。

 その為、「亜世界では、どうなるのか?」と思い歩きながら試して貰っていたんですが。事前予想を覆す事は出来ませんでした。

 だからと言ってティアが落ち込む事は無いから。元々、確認する事が目的だったんだからね。それが判っただけで十分です。


 そう言ってティアを労いながらも考える。

 予想してはいたが、やはり、亜世界の存在に対し支配等の効果は無効化されるみたいだ。

 それも当然と言えば当然だろう。違う世界の存在なのだから、通じない方が正しいと言うべき事で。有効な方が色々と厄介になる。何故なら、その逆(・・・)も可能だという事になるのだから。

 そういった意味では一安心。それに俺達自身への効果は亜世界でも問題無く有効。戦闘になっても、劣勢になる心配は減りました。


 ただ、それとは別に思う事。

 “聖樹の森”は聖樹が自らを媒介として形成した亜世界だった。なら、この亜世界の中核は?。


 原作(ゲーム)には無かった事だから判らない。

 しかし、こうして実在している以上、此処に至る経緯や理由・意味というのは必ず有る筈だ。


 それが一体何なのかを考えているのだけれども。正直、情報不足は否めない。──と言うか、此処にフォルテ以外の者が居る時点で意味不明です。


 もし、フォルテだけが転移していたとするなら、それは“神力”に関わる事だと判ります。

 アン達は心配する事でしょうが、俺は落ち着いて状況を分析し、対処出来ると思います。


 しかし、こうして現実には俺達は一緒な訳です。ええ、神力とは関係無さそうですよね~。

 勿論、可能性という意味では消えませんけど。


 ただね、この亜世界って二例しか知りませんが、共通してモンスターは勿論、植物しか存在しない。動物も虫も見当たりません。構築するにあたって、そういう縛り(・・)でも有るのでしょうか?。

 或いは、まだ(・・)誕生していないのか。

 生命的には植物の方が先に誕生していないと他の生物は生きていくのが困難になるでしょうからね。そういう意味では途中(・・)だと考えられます。




 さて、此処に来て今日で五日目になります。

 フォルテ達には亜世界と俺達の世界の時間の流れ自体が異なる事は説明していますが、初めての事。不安になる事は仕方が有りません。

 ただ、証明しようにも方法が有りませんからね。信じて貰うしか有りませんが……大丈夫そうです。逞しい妻達で頼もしい限りです。


 野営道具に食料も有りますから生活面は大丈夫。食料も【亜空間収納】だけで一ヶ月は余裕ですし、魔法の道具袋も有りますから。

 日が傾き「今日もキャンプか」と思っていた所で唐突に姿を現したのは、俺達が出現してきた場所と同じ様な建物。

 一目で違うと判るのは、中央に像が有る為。


 そして、その像には見覚えが有った。



(どうして、彼女(チョーコ・ブラウン)の像が……)



 以前の格好とは違って、魔法使いの様な丈の長いローブを羽織り、顔は空を見上げる様に上向きに。右手を伸ばして天に掲げ、左手に開かれている本を手にしている。

 それは宛ら魔法を詠唱しているかの様だ。


 だが、疑問は像のポーズではない。

 彼女の生涯(歩み)を知っている俺からすると何故此処に彼女の像が存在しているのかが判らない。

 勿論、全てを知っている訳ではないから、此処に来ていた可能性を否定する事は出来無い。

 ただ、彼女が此処に来ていたのなら、その事実を隠す理由というのが有る筈だ。

 しかし、彼女は魔力所有者だった筈。その彼女が此処に来た?。意味が判らない。

 ……いや、俺を基準にして考えてはいけないな。何も知らないからこそ訪れた可能性は有り得る。


 一息吐き、思考をリセットする。

 【鑑定】が無効化されるから情報を得られない。それ故に、本当に彼女の像なのかも定かではない。単なる偶然。他人の空似という可能性は有り得る。ただ、あまりにも似ていますけどね。



「これは……女神様、でしょうか?」


「どうでしょうね、私も初めて見ます

ただ、少なくとも現代のモチーフとは異なりますね

この様な女性像は見た事が有りませんから」


「それでは有史以前の文化、という事ですか……」


「確かに……この服装って変わってるものね」



 フォルテ達の会話の中、アンの一言が引っ掛かり彼女の像を見て、気付いた。

 俺にとっては馴染み(・・・)が有るが故に。無意識に受け入れてしまっていた。

 しかし、現実的に考えたなら、それは異文化(・・・)で。本来であれば、存在しない筈の物。

 目の前の彼女の像が着ている衣装はセーラー服(・・・・・)。この世界には存在していないデザインだ。


 もしも、この像が俺達の記憶等を読み取った上で構成されているのなら、ピンポイント過ぎる。

 だから、そういった類いの仕様ではないと思う。この像には、モデルとなった人物が存在している。そう考える方が良い気がする。



(…………もしかしたら、彼女の先祖?)



 そうだったなら、似ている事にも頷ける。

 そして、その人が転移者(・・・)の類いだったとすれば。セーラー服を着ている説明も付く。

 ……かなり強引な事は自分でも判りますけどね。そう考えれば、もう一つの疑問も解けるんです。

 転移者であれば魔力を持たない(・・・・・・・)可能性が高い。それはつまり、神力を持っていた可能性に繋がる。


 もしも、原作(ゲーム)に続編が有ったなら。

 もしも、1作目に繋がる物語が有ったなら。


 それは本当の意味での原点。

 神話の始まりであり、世界が現在へと到る上では欠かせない大転換の時代の始端。

 それを明らかにする物だったかもしれない。


 勿論、これは自分の御都合的な考え。現実的には何も判ってはいないのだから。

 ただ、一応は納得の出来る仮説ではある。



「──あっ!、アルト様、此処に何か有ります」



 像の周りを見ていたアンが左手の本の内側に何か刻まれているのを発見する。

 回り込み、本を覗いてみる。



「────っ!!」



 俺は今、どんな顔をしているのだろうか?。

 上手くリアクションをせずにポーカーフェイスで誤魔化せているのだろうか?。

 そう思ってしまう程、気が気ではない。

 何しろ、今の自分に成ってから一番驚いている。転生した事を自覚した時よりも何倍も。それこそ、心臓が口から飛び出しそうな位に。


 何故なら、其処に刻まれていたのは日本語(・・・)

 この世界では、俺以外には知る者が居ない筈の。使われていた痕跡すら見付かっていない言語が。

 誰かの直筆(・・)だと判る形で存在する。

 この事実に、驚かないという方が難しい。



(……取り敢えず、落ち着け……

フォルテ達には何とか誤魔化せる

以前、別の亜世界で見た事にすれば大丈夫

彼是質問されても、何とか躱し切れる筈……)



 そう自分に言い聞かせ、自分を落ち着かせる。

 フォルテ達が俺を怪しんだり、心配している様な気配は感じないから、バレてはいない筈。

 ……まあ、フォルテは気付いていても、俺が隠す以上は理由が有ると考えてくれるでしょうからね。此処での追及や指摘は無いと思います。



「一応、書かれている文字は判る

ただ、これが起動用(・・・)の可能性も高い

だから、念の為に手を繋いでから読み上げる」



 そう言うと、手を繋いで像を囲む様に輪になり、直ぐに準備が出来る。


 色々と考えたいし、整理もしたいが、後回し。

 寧ろ、今は考え過ぎない方が良い気がするので。先に進む事を最優先にします。



「……“汝、空を渡りし者よ

路を求むならば、我が刻みし言葉を唱えよ

虚空(そら)より零れし一雫

大地に落ちて波紋を生む

大海でさえも水面を揺らすが如く

然れど、それは望みではなく

然れど、それは希と成りて

軈て、始まりの一雫は世界を潤す

しかし、無より有を生む事は無し

雫は渾沌を導き、理と成す”────」



 刻まれた言葉を言い切るのと同時に光が弾け。

 二度目となると皆も転移だと判る。


 ただ、左手を握るフォルテの右手に力が入る。

 だから、応える様に握り返す。



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