85話 宝箱
開いた扉の先には、100ミード程の真っ直ぐに伸びる通路が有った。
幅は5ミード程、高さは約10ミードは有るか。その側面や天井に壁画等の装飾の類いは一切無く、何処に光源が有るのかは定かではないが照らされる厳かで真っ白な路が伸びている。
神秘的だが、同時に不気味でも有る。
立ち止まって見ていても仕方が無いので先ず俺が一歩を踏み入れ、前へと進む。
「さあ、行こう」と口ではなく、背中で示す。
言うだけ言って、結局は安全な位置に居るという口先だけは上手い男ではないのだから。
真っ先に自らが動き、危険を承知で進む。
……まあ、家臣からしたら「判っているのなら、先ずは、それを止めて下さい」と言われる事なのは理解はしているので思考の物置に放り込みます。
そういった雑念も放り投げて。
俺の後に一列に並んで続くフォルテ達。
動き出せば直ぐに普段通りに出来る。夫婦が故の切り替え方だと言ってもいいと思います。
突き当たりの手間、約5ミード程の所から正面の壁の下に潜る様に伸びる階段が。通路の入口からは見えませんでしたが、通りで扉等が無い訳です。
しかし、この先は【暗視】持ちではなかったら、かなり厳しい状況を強いられるかもしれません。
何しろ、通路が明るく照らされているのに地下に下っていく階段は一段毎に暗くなっているんです。どんな仕組みなんでしょうね。無駄に凄いです。
それで対面の壁の直下になる段の所で真っ暗に。ええ、意図と悪意しか感じませんよ。
振り返ってフォルテ達を確認し、階段を下りる。
俺達は【消音】のスキルを持っている為、普通は石造りの階段を下りる音が響きますが、無音です。その分、アンやティアの聴力が活かされ、警戒力が大幅に強化されています。
ヒュームの俺達の聴力でも異変が判り易いので、判断や行動の反応速度が上がりますから。
階段は螺旋状になっており、対処出来るスキルを持たずに歩き続けていると方向感覚等が間違い無く狂わされるし、気が可笑しくなるでしょう。
ただただ、同じ景色の階段が続く訳ですから。
「一向に終わりが見えない」という不安感を強く抱かされ、平常心ではいられなくされる。
実際には30分も経ってはいないのに。何時間も歩き続けていると錯覚してしまう程に。
精神的に攻め立てられる事でしょうね。
まあ、俺達には通じませんけどね。
ええ、2時間程。歩き続けて、出口に到着です。罠も仕掛けも何も有りませんでしたが。それだけに暇で飽きそうになりました。集中力が途切れた時が一番危険ですから、耐え凌ぎましたけどね。
──ああほら、狙いとしては同じみたいです。
長い階段を抜けた先には一辺5ミード程の部屋。俺達が中央に来た瞬間に階段は消え、密室化。
そこに四方の壁から次々と魔物が這い出す。
「これぞ、ダンジョンの悪意!」と思わず胸中で笑顔で叫んでしまう自分が居ました。
だって、仕方が無いじゃないですか。ここまではハラハラ・ドキドキ・ワクワク成分が控え目です。全くハッスル出来ていないんです。だからね、俺に限らずフラストレーションが溜まってたんです。
ええ、あっと言う間に殲滅です。
ちょっとだけ、スッキリしました。
ただ、明確に障害物だと判る存在が現れた事で、ダンジョンらしく感じられます。
まあ、原作通りなら出て来る魔物の種類や配置は判ってるんですけど。
それは俺だけの秘密ですから。
それはそれとして。
原作とは違う部分も多々有ります。
そういう意味では、このダンジョンも記憶と違う部分というのは確実に存在している訳ですからね。油断大敵です。楽観視はしません。
しかし、より現実的な話をするので有れば。
此処には原作の後半パートを折り返してから来る事になるのだけれど。抑、フォルテのルート自体が他のヒロインを全て攻略してからの為、周回特典で強化されている事は言うまでも無い訳で。それでも簡単ではないから、大変だった訳ですが。
現状、俺は例外にしても、フォルテ達が苦戦した様には見えませんでしたし、蹂躙していました。
勿論、まだまだ真のラスボスを相手にする為には俺も含めて未熟ですし、足りません。
ただ、俺が遣っていた時の記憶と比べると。
明らかに、俺達の方がスペック的には上です。
レベルという点では下ですが。まあ、その辺りはシステムの違いも有りますからね。比較した結果の優劣が正しいとは限りません。
飽く迄も、俺個人の印象としては、です。
モンスターを一掃すると入って来た壁に出入口が現れ、更に下へと続く階段が見えた。
これもダンジョンであるが故の、物理的な構造を無視した演出。でも、ワクワクします。
新しい階段は10ミードで終わり、次の部屋に。モンスターは居ませんし、出てもきませんでしたが正面と左右、三つの扉が。親切に「選択は一度」と全ての扉に書かれています。
フォルテ達と顔を見合わせ、「せー……のっ」で扉を指差すと満場一致で左の扉に。
【直感】スキルの結果に従い、扉を開く。
扉の先には真っ直ぐに伸びた通路が。振り返り、部屋を確認すると他の二つの扉は消えて壁だけに。成る程、そういう仕様な訳ですか。
俺が扉を開けたまま固定し、フォルテ達に入って貰いってから扉を放す。自動で閉じ、消える。
やはり、一方通行みたいです。
通路は10ミード程で突き当たりに新しい扉が。開いた先には別の通路が続いています。
「態々、区切る必要性が?」と思ったのは内緒。遺跡型のダンジョンでは無意味で、無粋なので。
ただ、視覚的には変化が有りました。
視界は通路の先を捉え、十字路になっているのが此処からでも判ります。
通路の高さ・横幅は3ミード程。煉瓦っぽいけど別の素材で作られています。この壁や天井、直角に曲がったり交差している通路というは遺跡型に多く見られる代表的な特徴の一つ。王道って奴です。
十字路まで進むと、再び全員で指差し確認。
変な雑念等が混じりさえしなければ、【直感】は確実に仕事をしてくれます。
その辺りは色々と実験して確認済み。特に俺達の意図が明確な程、その的中率は向上します。
その上で。今、俺達が意図して求めているのは、安全な道──ではなく、御宝です。
ゲームで言えば、宝箱や入手場所、特殊ボス等が存在している場所に続く通路を望んでいます。
安全第一?、それは勿論です。しかし、冒険者がダンジョンに挑み、安全第一って……笑えません。いやまあ、勿論、時と場合と個人に因りますけど。俺達としては、苦労して辿り着いた訳ですからね。手ぶらで帰るつもりは有りません。
だからまあ、当然の様にモンスターも出ますよ。複数体・複数種は勿論、通路の奥が見えない数や、前後の挟撃、三叉路・十字路の多方向包囲、天井や壁や床から出現等々。部屋で閉じ込められる程度は可愛いものです。
ただ、それだけに期待も膨らみます。
──と、そうこうしている間に、進んだ一本道の突き当たりには今までとは違う扉が。
豪華さと禍々しさが混在する一回り大きな扉。
フォルテ達に視線で「準備は良いか?」と確認。首肯を受け、扉を開け、中へ。
扉の先には横5ミード、縦10ミード程の部屋。高さは通路と同じ感じなので、少し意外というのが第一印象。今までの傾向とも違います。此処までに有ったのは立方体の部屋ばかりでしたから。
何よりも、部屋の奥──入り口の対面に鎮座する台座の上の宝箱が存在感を主張しています。
慎重に進みはしますが、【罠感知Ⅹ】が床等には罠が無い事は教えてくれています。
ダンジョンの宝箱を見るのは初めてではないので緊張し過ぎるという事は有りません。ただ、今まで見てきた宝箱とはサイズが二回りは小さい。
宝箱のデザイン自体はダンジョン毎に異なる為、珍しくは有りません。同じダンジョン内でも、違うデザインの宝箱というのは存在しますから。
ただ、基本的に宝箱は同一規格。稀に大きい宝箱というのは有りますが。小さい宝箱は初めてです。聞いた事も見た事もです。
「……罠、でしょうか?」
「反応は無いから大丈夫だろうけど……中身の方が問題有りそうで躊躇するなぁ……」
そう言うと、揃って納得顔。今でも色々と表には出せない物を持っていますから今更ですけどね。
ちょっとは考えて、躊躇ったりする訳です。
勿論、開けますし、貰いますけどね。
特に警戒する事も無く開けると、中には変わった形状の短剣が一振りと、指環が五つ。
多分、指環の方は俺達の人数分なんでしょうね。手に取り【鑑定】すると【真絆の指環】と出ます。装備者同士の絆──心の繋がりが深く強く確かな程高い効果を発揮する様です。気になる装備の効果は能力強化。特定の強化ではないので、全てみたいで地味に期待出来ます。
早速填めてみます。フォルテ達には俺が填めて。ええ、文句なんて有りません。愛妻達のリクエストですからね。ちゃんと応えますとも。
装備品なので自動でジャスト・フィット。ただ、抜ける感じがしません。まあ、邪魔にならないので着けっ放しでも構いませんが。
フォルテ達は揃って左手に。俺は右手だったので今更ながらに「合わせれば良かった……」と後悔。邪魔にならないから良いんですけどね。
気になるのは残った短剣の方です。
この短剣、幾ら調べてみても、何一つ情報が出て来ません。こんな経験は始めてです。
しかし、情報が無いという事も一つの情報です。其処から窺い知る事が出来る事も有ります。
「鍵、ですか?」
「装備品ではなく、アイテムでもない
【鑑定】等で何も解らないのは、これが此処だけで意味を持つ仕掛けの一部だから
そう考えれば、反応しない理由も頷ける」
そう話せば、フォルテ達も納得した様子。
元々、ダンジョンを構成する存在は【鑑定】等で調べても情報は無いに等しい。怪しいと思う場所や物が有っても仕掛けだと無反応。
その事を、これまでに入ったダンジョンで試して知っていますから。経験って大事ですよね。
「それでは、その短剣を何処かで用いる訳ですね」
「そういう事だな」
──と言いながら、新たに現れた扉を見る。
今いる縦長の部屋の左右に五つずつの扉。此処に入ってきた時の扉は消えて壁になっている。
【直感】に頼り、指差し確認を行えば──全員が別々の扉を指差すという結果に。
はい、これは可笑しいです。明らかに【直感】の効果が阻害されています。ダンジョンなのでスキル効果の無効は不思議では有りませんが、急にです。そして、ピンポイントで。怪し過ぎます。
こうなると考えられるのは…………扉が罠?。
扉の数は十…………入ってきた物を合わせると、全部で十一、か。……いや、違う。そうじゃない。危うく見落とす所だった。
「アルト様?」
ダンジョンの宝箱は開いて中身を取り出すと暫くしたら跡形も無く消えます。宝箱自体がダンジョンの一部だからです。因みに【鑑定】等でも判る事は宝箱だという事。罠の有無等を知る為には、各々のスキルや魔法が必要だったりします。
それは兎も角として。宝箱が有った台座は有る。この部屋の中で一番浮いている。
じっくりと台座を調べてみると……有りました。部屋の中央を向いて見たら丁度、真後ろになる所に短剣の刃の厚みと同じだろう細長い鍵穴が。
フォルテ達に説明し、台座を取り囲む様に全員で手を繋いで輪になる形に。
珍しい事ですが、転移する可能性が有るので。
俺は右手に短剣を持つので、右隣のエクレが俺に密着して腰に左腕を回して抱き付く格好に。
短剣を差し込むと、ガチャンッ!、と音がして、台座が弾ける様に発光。視界が白く染まりました。




