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84話 神殿


 夜が明け、朝食を済ませると船を離れる。

 フロイドさんの未練がましい視線は無視です。


 島の中央から船を止めた砂浜に向かって傾斜する草原の様な緩やかな斜面を上る。この程度であれば大した負荷では無いし、慣れ親しんだ範疇。正直、余程過酷な環境ではない限りは俺達には楽勝だ。


 何事も無く、準備運動の準備運動を終えた程度の感覚で1ケーラも進めば中央に広がる森に入る。

 パッと見、森自体は普通に見える。見渡す限りの巨木が有るという事も無く、高さは3~5ミード。手入れもされていないのに。まあ、其処は考えても無駄で、「ダンジョンだから」な訳ですけど。



「…………アルト様、この森は……」


「ああ、一見して有り触れた森の様に見えているが何れも此れも此処の固有種だな」



 森に入って直ぐに全員が気付いた。

 共に自然と向き合ってきたからこそ直ぐに判る。些細な違和感に気付く事が出来る。

 本来であれば、同じ場所に有る筈の無い植物達が混ざり合う様に群生している。そんな光景を見て、畏怖しない方が此処では危うい。


 同時にティアに視線が集まり、ゆっくりと左右にティアは首を振って答える。

 ティアのスキル対象外という事は、この森自体がダンジョンの一部であり、非自然物(オブジェクト)だという事。

 だから、自然界では有り得ない光景も可能。

 そう考えれば納得ですが、その中には何かしらの手掛かりや仕掛けが紛れている可能性も有るので、気を抜く事は出来ません。見落とすと命取りになる可能性も十分に考えられる訳ですから。


 そんな感じで進む事、約1時間。

 特に苦労もせず、森を抜け、中央の山の麓に。

 途中、魔物(モンスター)は出ましたが、楽勝でした。


 海の方は生態系を持つ魔魚等だったのに対して、島内は今の所は全てが魔物。

 いよいよ、本番(・・)という感じがします。



「アルト様、彼処が入り口でしょうか?」


「それらしいのは他には見当たらないしな」



 森を抜けた後、麓に出てから、時計回りに一周。他の出入口が有るかを確かめた訳ですけど。最初に発見した一つ以外には見付かりませんでした。

 仕掛け(ギミック)や、一目見ただけでは判らない様に巧妙に隠されている、という事も無かったので。

 其処に戻り、入る予定です。


 1時間程で一周して、最初の地点へ。目の前には先へ進む為の唯一の道が有ります。

 それは何処にでも有る様な洞穴。聖域だとされる場所なのに、それらしい仰々しさは無く、普通。

 しかし、有り触れた普通さこそが、ある意味では最も重要であり、大切であり、至難である、という事を物語っている様にも思えます。

 そういう意味では正しいのかもしれません。

 まあ、結局は個人の価値観や思想次第ですが。


 洞穴の様子は山に有る獣の掘った巣穴の様にも、雨の影響等で年月を掛けて削られて出来た洞窟にも思える感じです。人工的な印象は受けません。

 まあ、神工(・・)物だと思いますけどね。


 直径2ミード程の穴が緩やかに下りながら左右に曲がって続いていますが、今の所は一本道。

 一本道ですが、上りも有るので立体的です。

 脳裏に浮かぶマッピングの結果は、島の外観等と組み合わせると外に広がる様にして潜っています。全体像で見れば、です。道自体は一本道ですが結構複雑に入り組んでいます。

 一本道なので迷いはしませんけど、方向感覚等は狂わされる仕様だと言えます。


 そんな一本道を、ただただ進み続けて約1時間。漸く、違う景色が俺達を出迎えてくれました。



「…………これは……神殿、でしょうか?」


「聖域と呼ばれるのには相応しい存在だな」



 目の前の光景に目を奪われながらも、最初に声を出したのはエクレ。好奇心が勝ったが故だろう。

 俺は、色んな意味で準備をしていましたからね。驚きはしても、其処まででは有りません。

 まあ、フォルテに関しては惹かれる事は必然で。原作(ゲーム)でも、その様子は描かれていましたからね。


 現在地は地図上で見れば、入り口から真っ直ぐに100ミード程の距離で、15度程の傾斜で下った場所になります。ええ、打ち抜けるのなら(・・・・・・・・)近かったんですけどね。愚痴っても仕方が有りません。


 直径30ミード程の四半球状(・・・・)の空間。

 キャンプ場等に有る野外ステージみたいな場所に神殿の正面部分だけが置かれている。

 そんな感じです。


 通ってきた道の出口。其処から真っ直ぐに伸びた真っ白な石畳の路の先には祭壇の様になった場所と巨大な扉が、これでもかと存在感を主張している。

 その石畳から少し間を取って立ち並ぶ巨大円柱。如何にもな神殿らしい存在感。しかし、天井を貫く構造を見れば、備え付けではなく、掘り出しているのではないかという印象を受ける。

 そんな円柱が石畳の左右に二列ずつ有り、円柱の間には均等に並んだ石像が有る。

 見分ければ、ヒューム・ズゥマ・エルフの三種。ただ、二体として同じ造りの物は無い。

 手にするのは武器や農具、水瓶や杯等様々であり装いも鎧や衣服、ドレスっぽい物も有る。


 その奥には巨大な燈台が左右に四基ずつ。正面の祭壇の手前にも二回り程小さな物が一基ずつ。

 こんな事を考えるのも不粋なのだが。入ってきて灯火された訳ではなく、既に灯っていた。

 ──だとすれば、何時から燃え続けているのか。ついたい、そんな事が気になってしまう。

 それ程に。永い時を、この場所は待っていた筈。俺達の──いや、フォルテの訪れる日を。


 そんな炎に照らされて、その存在を晒す壁画郡。正面こそ、凡そ下半分ですが、左右と天井までもを使った巨大なドーム状の壁画には首が疲れます。


 じっくりと見て研究したい所ですが、時間は有限ですからね。流石に出来ません。

 だから、“撮影機(カメラ)”を取り出します。

 ええ、俺の【魔道具創造】の第一号製作品です。まあ、造ったのは実はアン達と出逢う前ですけど。だって、この世界には記録媒体が絵画しかないのでフォルテ達の姿を残して置きたかったんですもん。仕方無いでしょ。

 媒体は写真の方です。動画も頑張れば造れなくもないんですけど。まだ技術的にも社会モラル的にも時期尚早なので。世の中に出す気は有りません。


 尚、俺は撮る専門で。あまり映りたくはないのでフォルテ達に強請られない限りは避けています。


 そんな訳で手早く壁画等を撮影します。

 何枚か、フォルテ達も一緒に撮りましたが、良い記念写真みたいな物なので。


 それはそれとして、やっぱり凄い物ですね。

 勿論、思わず見惚れてしまう位ですからね。その造形は緻密であり、大迫力であり、神秘的。

 人工物ではないからこその、人の手では再現する事が不可能な領域の造形美が可能。

 故に、これを見られただけでも此処に来た甲斐は有ったと言っても大袈裟では有りません。


 まあ、先には進みますけどね。


 緊張も解れたフォルテ達と石畳を進み、祭壇へ。燈台の間に有る階段を上がり、扉の前に。

 軽く10ミードは有る巨大な扉。こんなに大きく造る必要が有ったのかは判りませんが。圧巻です。そういう意味では、大きければこそでしょう。


 その扉の下部。下部と言っても、俺達の頭の高さ位の位置になりますが。其処に直径50サニタ程の円盤が有り、中央には直径20サニタ程の水晶が。この球状の部分が鍵穴(・・)の様です。

 そして、円盤には模様の様にしか見えませんが、しっかりと文字(・・)が刻まれています。

 原作(ゲーム)ではフォルテだけが読める文字なんですが。どうして、俺にも(・・・)読めるんでしょうか。



「……“困難なる心の試し、知の試し、技の試し、力の試しを越え、此処に至りし者よ、見事なり

遥か古の世に、天より与えられし、試しの儀

その数々は汝の血肉と成りて更なる高みへ導かん

故に、忘れる事無かれ、常に心せよ

魔に魅入られる事無く、その掌を差し伸べよ

その慈しみと優しさこそが、真の勇気であると

嗚呼、愛しき子よ、我等は汝の歩みを讃えよう”」


「………………フォルテ?」


「──っ!?、ぁ、あの、今のは──っ!!」



 唐突に声を出し、読み始めたフォルテ。その事に驚きながらも、事態を見守っていた。

 フォルテの声が途切れた所でアンが声を掛けた。

 そのアンの声に、無意識に声を出して読んでいたフォルテが我に返り、慌てる。


 急に現実に引き戻されれば当然の反応で。自分で自分の異常にも気付いたからだ。


 其処へ「大丈夫だ」と言う様に頭を撫でる。

 こういう時は下手に言葉にするよりも、行動にて伝えた方が伝わり易い場合が多い。何しろ、思考が混乱している所に彼是言うのは逆効果だから。後で落ち着いてから話せばいい。


 それに、アンも心配から声を掛けただけで他意は無かった事をフォルテを抱き締めて伝える。

 フォルテにしても、自分でも理解が出来無い事に戸惑っていた思考や感情が落ち着けば、判る。

 静かに会話する二人に俺が彼是言う必要は無い。其処まで構ってちゃんでは有りませんから。



「アルト様、フォルテ様の言葉通りであれば此処で終わり、という事でしょうか?」


「そのままで受け取ればな」


「……それでは、まだ先が?」


「これは一種の訓示(・・)

力有る者の、力持つ者の、力奮う者の在るべき姿と覚悟の必要性を説いている

ただ、これだけの為にしては大袈裟だろ?」


「そうですね……一応でなら、納得しようと思えば筋が通らないという事は有りませんが」


「ああ、だから、それも間違いじゃない

だけど、一部だけ違和感が有る

“魔に魅入られる事無く、その掌を差し伸べよ”と綴られている部分だが、真っ直ぐに受け取るなら、それは“力に溺れるな”という警告になる

しかしだ、それなら“魔”とするより“邪”とする方が意味としては正しいと思わないか?」


「…………確かに、少し可笑しいですね」


「勿論、“魔が差す”と言う様に、そういう意味の比喩表現としては有りなんだけど……

今回の場合でなら、“邪心”という意味で“邪”を用いた方が正解な気がしないか?」



 そう言うとフォルテ達は揃って納得する。

 まあ、これは仕掛け(ギミック)を解く為の方便。

 其処まで意図が有っての文面なのかは判らない。何しろ、原作(ゲーム)では自動進行でしたから。

 自分で調べたりは出来無かったんですよ。其処はプレイヤーの視点で拘って欲しかった所でしたね。今更感の否めない愚痴ですけど。



「この一文が此処から先に進む為の手掛かりなら、一文が示す魔に魅入られてはいない者──つまり、魔力を持たない者(・・・・・・・・)が、この水晶に触れる

そういう風に読み解ける訳だ」


「「「…………………………」」」


「………………あの、アルト様?

それは物凄く……いいえ、不可能に近いのでは?」


「言いたい事は判るけどな

“それで此処に辿り着けるのか?”、だろ?」


「はい、普通では有り得無い事です」


だから(・・・)こその、試しの儀だ

此処から先に進む資格が有る者達には、その常識や価値観、隔たりを越えた絆が問われる

今、此処に居る俺達の様に」



 そう言えば、御互いに顔を見合せ──誇らし気に笑顔を浮かべて此方等を向く。

 今日までに一緒に積み重ね、共に過ごした日々。経験であり、記憶であり、確かな事実。

 そうして紡がれ、結われ、繋がった絆。


 製作したゲーム会社の真意は判らない。

 ただ、こう有るべきなのだ、と。

 そう、誰か(・・)が示す意志は窺える。



「フォルテ、頼めるか?」


「はい、アルト様」



 小さな戸惑いは何処かへ。迷いの無い真っ直ぐな眼差しで了承し、右手で扉の水晶へと触れる。

 魔力を持たないが故に、悩み、苦しみ、もがき、只管に努力してきた。

 それは決して無駄な事ではないのだと。

 そう語り掛け、その輝きを以て言祝ぐ様に。

 ゆっくりと、その巨大な扉は開いてゆく。




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