83話 聖域
ある程度までは意図的に船を動かし、途中からは海流に乗って運ばれるまま、進んで来た。
記録に残っていた最接近したとされている地点。其処に辿り着く為の海流を見極めながら。
「………………っ!、帆を張れっ!」
合図をすると待機していたアンとフロイドさんが息を合わせて素早く帆を開く。
次の瞬間、小さく帆が揺れたかと思うと、突風が吹いて帆を直撃する。
小型であるが故に。船が飛び上がりそうな勢いで水面を滑る様に奔る。
それは宛ら、ボートレースの船に思える程に。
巨大な軍船でさえ弄ぶ海流を物ともせずに逆らい突き進む状況には。思わず、口元が緩む。
別にスピード狂という訳ではない。
ただ、こうして試して自分の仮説が正しいのだと実証されると。昂る高揚感は抑え切れない。
「アルト様っ!、このままでいいのかっ?!」
「大丈夫!、このままで問題無い!」
船速が一気に上がり、風と波の音が声を遮る為、しっかりと声を張って会話をする。
一応、事前に決めておいた簡単なハンドサインも同時に使いながらですが。
ただまあ、フロイドさんが確認してきた気持ちは理解が出来ます。信頼はしていても、確信しているという訳では有りませんからね。
その理由は単純。船は風に乗って進んでいますが進路は右舷にアガーラタを眺める様に通り過ぎて、南下しているのだから。
でも、これが俺が考えた末に出した航路。
抑として、アガーラタに直行しようとする考えが最初で最大の間違い。
アガーラタ周囲の海流とは、花弁の様に幾つもの海流が中心に向かいながらも海底山脈に打付かり、掌を返す様に反転。その為、海流に乗ったままでは近付く事は不可能。その事実には過去の挑戦者達も気付いていた。
その為、帆と風を使ったり、魔法で操船する等、違う方法を試してはいるのだから。
しかし、それを複合させ、遠回りする。
五芒星を一筆書きするみたいに。
海流と風、その二つを使って、航路を描く。
それが、俺が導き出したアガーラタに辿り着ける可能性であり、たった一つの攻略法。
まあ、空を飛べたりすれば話は違うんだけどね。それも通して貰えるのかは判らない。
だから、飽く迄も可能性の話です。
黄昏る空。水平線の彼方に太陽が沈み始める中。櫂を使って進んでいた船が、砂地に乗り上げた。
櫂を漕ぐ手が止まり、顔を見合せ、沈黙する。
そんな中、フロイドさんが俺を見て口を開く。
「…………着いた、のか?」
「皆、御疲れ様、アガーラタに到着だ」
そう言った瞬間に、歓声が上がった。
フォルテ達が俺に抱き付き、メレアさん達も抱き合って喜び、フロイドさんが咆哮を上げる。
無条件に、そうなってしまう位に。
此処までの道程は過酷でした。何しろ、夜明けの港を発ってから、丸々半日を当てていた訳なので。休憩はしていても、心身の疲労は否めません。
何より、アガーラタには簡単に辿り着けない様に幾重にも設けられている狡猾な罠が有ったので。
海流・風は勿論、大小様々なモンスターの襲撃。時には無風・無流の中、雲一つ無い快晴の空の下に1時間近く足止め。しかも周りは海だから太陽光が反射するし、グングンと体感温度は上昇。サウナに放り込まれた様な。或いは、蒸し焼きにされている様な気分でしたね。
そんな中でも悪辣だったのが霧が立ち籠める中、船が砂浜に到着した事です。
しかし、それは“アイランド・タートル”という超巨大な島亀のモンスターでした。
その名の通り、アガーラタと見た違えたとしても何も可笑しくはない大きさで、【座標把握Ⅹ】等が無ければ引っ掛かっていた所です。
最初に、はっきりと視認出来ていて、他に島影は存在していないからこそ、心理的な隙が出来ます。其処を狙い打ちにされる、という訳です。
霧が出ても、大きな波が起きたり、何かしら音が聞こえていれば判るのですが。自然下ではなくて、ダンジョンの中ですからね。理不尽な訳です。
因みに、戦闘にはなっていません。島と見間違う甲羅の縁に当たる砂浜から船が離脱したら、直ぐに海の中に潜ったので。恐らくは、そういう類いの罠だったんでしょうね。
原作には無い要素でしたから不謹慎な事ですが、一人だけワクワクしていました。
そして、叶うのなら、あの甲羅の島を探検したいという願望を持ってしまったのは不可抗力です。
因みに、この罠は途中で二度も有りました。
そういう訳なので、皆の反応も仕方有りません。でも、先ずは船が流されない様にしないとね。
それが終わったら、取り敢えずは夕食の準備を。寝床に関しては船が移動ハウス代わりなので確保や設営する手間は不要です。
フォルテ達が料理を始めたので、フロイドさんに警戒を任せて俺は近くを見回ります。
単独ですし、万が一にも離れているフォルテ達に影響が及ぶ可能性も有りますから深入りはしないで軽く周囲の様子を見る程度です。
──とか思っていたのに。グルッと島の外周部を一周してしまいました。
俺が出て行った時とは逆から船に戻ってきた時のフロイドさんの顔は何とも言えませんでした。
言いたい事は何となく判りますし、話しをしても不毛なので御互いに苦笑や溜め息で済ませます。
これも築き上げた関係性が有ればこそです。
「良い様に言うな」と言いた気なフロイドさんの視線には「事実でしょう?」と言う様に肩を竦めて返せば、反論出来ずに頭を押さえます。
すっかり日が暮れ、夜の帳が下りた。前世の空と比べれば遥かに空気は澄み、余程の悪条件下にない限りは何処でも夜空の星が美しく輝く姿を見る事が出来るのが、この世界。
しかし、その中でも、間違い無く特別だと言える四方に遮る物の無い大迫力の星空が頭上に有る。
何も会話が無くとも。ただ寄り添っているだけで十分に感動し、時を共有し合える。そう言い切れる程に素晴らしい絶景なのだから。
──とは言え、感動してばかりではいられない。何しろ、此処はダンジョンの中なのだから。
夕食を済ませ、焚き火を囲みながら皆と話す。
「ざっと見た感じ、怪しいのは森の奥、島の中央に有る小さな山だろうな
島の外周は砂地と岩場、二ヵ所だけ崖になっている場所も有るけど、高さは3ミード程だった
少なくとも、森の中に入らなければ、モンスターが襲ってくる事は無いみたいだ」
「此方も海からモンスターが襲ってくるって感じは無かったから、一応は安全地帯なんだろうな」
「一応はね
その上で、明日の予定だけど……
中に向かうのは俺とフォルテ達だけにする」
「いやいや、アルト様、それは流石に──」
「此処から先はメレアさん達には荷が重い
だからと言って残っている方が安全だと言い切れる保証も確信も無い
それに船を狙われる可能性も有る
総合的に考えた結果が、フロイドさんに護衛として此処に残って貰う事が最善策だと思う
それとも、俺が単独で行くか、フォルテ達を半分に分けて配置する?」
「……………………」
そう俺が言い、フロイドさんがフォルテ達の顔を順番に見て──項垂れる。
フォルテは「私は構いませんよ」と慈悲に満ちた微笑を浮かべ、自己犠牲を厭わない姿勢を見せる。フロイドさんが「では、御願い致します」と言える訳が有りません。正妻のフォルテに不利益を押し付ける訳ですから。
アンは笑顔で「何ですか、兄様?」と無言のまま威圧していますから直ぐに視線を外します。兄妹が故に遠慮が有りませんからね。
エクレは「理解は出来ます」と言う苦笑ですが、だからと言って自分から退く気は無さそうですから指名役はフロイドさんにします。反対しているのはフロイドさんな訳ですから。
ティアはアンと同様に笑顔で無言。ただ、兄妹の関係ではない為、フロイドさんの方が強く出る事は難しいですし、間違い無く根に持たれます。
──という訳で、フロイドさんは理解しました。ええ、そういう事までを踏まえて考えたなのだと。俺の苦労も判って下さい。
まあ、確認の為の必要な貧乏籤と言うのも否定は出来ませんけどね。御苦労様です。
「──という事で、出発は明朝で
それと、俺達の探索予定は三日間
四日後の昼までに戻らなかった場合、戻る様に」
「……置いて行けと?」
「冒険者の先輩としてなら判るでしょ?
それに俺達の戻りが遅く、島での滞在が長引いたら陛下達や法王様も無視は出来無くなるからね
最低限の報告はして貰う必要が有る
その為に“アレ”を作って預けて有るんだから」
「それはそうだが……」
「俺達だけなら俺が持ってる小舟でも大丈夫
此処まで入って来る事は至難でも、此処から外側に出て行く事は簡単、少し漕ぐか、帆に風を受ければ直ぐに離れて行く海流に乗れる
楽に近付ける所まで迎えに来て貰えれば十分
その為にも、報告は必要になるでしょ?」
「………………下手をすると国家間問題だな……」
「大丈夫、大丈夫
そんなには掛からないと思うから」
「その自信は何処から来るだ?」
「今の俺達で進めるのなら二日も有れば十分
逆に、途中で進めなくなるなら、かなり早い段階で諦めて引き返す事になるだろうからね
此処に到るまでの道程を考えれば、明らかに対象を篩に掛けているから、そうなる可能性が高い
だから、予定としては三日間」
「……往復に必要な時間も考慮して、か……
判った、指示に従おう
どの道、此処まで来て何もせずに帰るって選択肢は冒険者としては有り得ないからな」
「良い結果報告を期待しててよ」
「無事に、何よりも面倒事が無く帰ってきてくれ
俺達としては、それが一番の結果だからな」
──と、最後にチクッと遣り返される。
無駄に勘が良いですね。否定は出来ませんから、何も言わずに肩を竦めて見せます。
面倒事というか……神話に至る事ですからね~。こればっかりは現時点では話せませんから。
ただ、もしも、現段階でフォルテが覚醒するなら決戦に向けて、大きな転機になります。
レベルを上げるだけでは不安ですからね。正直、出来る事は少しでも増やしたいので。
静り返った船室。穏やかな寝息と、小さな波音が子守唄の様に聞こえる中、目蓋を開く。
小窓から差し込む月明かり。ダンジョンの中だが魔法で魔物避けの結界を張ってからの就寝なので、見張りをする必要は無い為、フロイドさん達も今は別室にて休んでいます。
一緒に眠るフォルテ達をの寝顔を一目だけ見て、ぼんやりと天井を見上げながら考える。
原作とは違い、この世界に筋書きが有るという訳ではない。
だから今、自分達がアガーラタに居るのは偶然。しかし、これまでの選択の結果でも有る事も確か。
そういう意味では、怖いのは前倒し。
フォルテの覚醒が早まった事に伴い、ラスボスの目覚めも早まってしまう可能性も否めない。
──とは言え、其処は大丈夫だとは思っている。その理由は時期だけは正確な為。
小事は兎も角、其処が不確定なら無理ゲー確定。チートでスタートしない限りは不可能なので。
それを前提に考えると見えてくる事も有る。
フォルテの覚醒が早い事を周回特典だと考えれば強化の為の時間を与えられている。そういう風に解釈する事も出来る。
逆に言えば、楽をしてしまうと届かない。
そんな考えが浮かんでくる。
(……そうだとすれば、俺は何人目だ?)
もし、この世界にも他に転生者が居るとすれば。それは別の世界線の、別の基軸となる存在。
或いは、遣り直す前の転生者。
少しだけ、憂鬱な気分になったので、忘れる様に目蓋を閉じ、フォルテ達の温もりに溺れて眠った。




