81話裏
此処、リタロパ聖法国では、国主・国王に当たる法王が国を治め、政務を執り行っています。
ですが、その法王は他国とは違い、王族ではなく王位継承等も存在しません。その為、血筋によって法王に成るという事は不可能。
過去には、その愚行に因り、天罰を受けた者も。少数とは言え、聖法国の歴史の中でも恥ずべき事。しかし、その愚者という前例が有ればこそ、後世の私達は其処から学び、過ちを繰り返さない様にする事が出来るという事実も有ります。
皮肉な話ですが、その過ちが教訓となる。
そういった事は、実は意外と珍しい話ではなく、私達の身近な事にも言えたりするものです。
その聖法国の現法王が私、エルンシア・フィエナ
・ルービス・ミーチェリエです。
法王の位はステータスに現れる称号スキルの一種という形で分類されていますが、獲得条件は不明。それ故に神聖視されていますが、大変な激務です。歴代の法王が島に閉じ籠るのも頷けます。
私も最初は光栄であり、誠心誠意、務め上げる事こそが天意に応える事だと思っていました。
今は早く次の誰かに引き継ぎたいと思います。
そんな私の下に、メルーディア王国の王都に有る大聖堂にて御務めをしている末娘のクレアから急に報せが届いたので驚きましたが……その内容を読み思わず目眩がしてしまったのは仕方の無い事。
何しろ、我が国の国籍の冒険者達がメルーディア王家の史跡を荒らした上、ピトスニアの街の民達を危険に晒すという大事件を起こしたのですから。
出来るものなら、直接、殴りたい所です。
幸いな事にクレアから報せの方がメルーディアの使者よりも一足早かった為、冷静に対応。
事が事である為、私が直接赴き謝罪しました。
政治的な意味合いも有りますが、事が事なので、下手に使者を介した遣り取りは悪手。それ位は判る程度には私も政戦に身を置いていますので。
メルーディア国王御夫妻に御会いし、事の経緯を御聞きして、本当に頭が痛くなりました。
御夫妻が信頼して御話しして下さった事ですから他言無用ですし、記録にも残しません。その内容がメルーディア王国の歴代でも有りますし、我が国も他人事とは思えませんので。
……まあ、何処の国にも、少なからず負の歴史や闇に埋もれた真実というのは有るものですからね。無神経な真似をすれば我が身に返ってきますから。その辺りは弁え、省みる事が大切です。
それはそれとして、他にも色々と問題が。
まさか、メアリー王女を巻き込んでいたなどとは想像もしていませんでした。
更に、その最悪の事態を収めたのは王国で話題のクライスト男爵で、助力された奥様方は各国の要人という血筋や立場の女性達ばかり。メアリー王女も御婚約者なのだそうです。成る程、だから、事件に関わっていらっしゃったのですね。
……本気で法王を投げ出したくなりました。
取り敢えず、事態を把握したので事後処理です。まあ、事件現場の事はメルーディアの領分ですから此方等は犯人の冒険者達の件ですね。
特に深く考えるまでも有りませんが。
最も重要なのはクライスト男爵達の件でした。
当時は実姉の縁談の件でハルモナ王国に行かれ、クライスト男爵達は不在でしたが、手は打ちます。打って置かなければ、私自身の話では済みません。確実に国家間の問題に発展しますので。
メルーディア国王御夫妻との話し合いをした末、リタロパ聖法国に御招待してから、という事に。
私も長く国を空ける訳には行きませんので。
それから程無くして。
メルーディア国王からの書状が届きました。
クライスト男爵達の件だと思って読んでみると、ハルモナ王国の食料事情の改善計画に関する内容で驚くしか有りませんでした。
しかも、その立案・主導するのはクライスト男爵というのですから。思わず、気絶してしまった私は悪くないと思います。
ただ、これも怪我の巧妙と言うのでしょうか。
切っ掛けは何で有れ、クライスト男爵達との縁を繋ぐ事が出来たのは我が国にとっては大きな事だと素直に思います。だからと言って、例の犯人達への恩赦等には繋がりはしませんが。
クライスト男爵達の洗礼式は王都の大聖堂です。クレアにも直接、話をして置きましたから大丈夫。少しでも良い印象を持って頂きたいものです。
──といった事が有って、数ヶ月後。
あっと言う間にクライスト男爵達が御来訪される日が遣ってきました。
まさか、この歳になって、此処まで緊張する事が有るとは思ってもみませんでしたが……新鮮です。不謹慎ですが、少し楽しくなっています。
──なんて余裕は、遠目に見えた船を見た瞬間に吹き飛びました。
これまでにもメルーディア王国の王国船は何度か見た事は有りますが……こんな事は初めてです。
何ですか、これは?。
船が、神々しく輝いているではないですか。
ですが、それが見えているのは私だけの様です。傍に居る者達には見えていない様です。その証拠に彼等彼女等は段取りの確認をし合っています。
私と同様に船が輝いているのを見ているのならば騒然となっているでしょうから。
ただ、クレアの手紙に「クライスト男爵達に対し神託を受けた時に感じる、あの神聖さに似た印象を感じました」という旨が書かれていました。
その事を思い出し、仮説を立てます。
聖名を持つクレア、そして、法王である私。
その差が、この違いで有るのだとするならば。
……予定を変更し、国賓の中でも法王に親い方を御招きする際に使う部屋にしましょう。
私が御出迎えするつもりでしたが、部屋で到着を御待ちして、御待たせしない様にしましょう。
粗相の無い様に、改めて通達して置きましょう。ですが、露骨過ぎては嫌がられるでしょうから国王御夫妻に対して、と思える感じが良いでしょう。
私の判断、そして、機転が正しかったのだと。
そう感じたのは皆様の到着を出迎え、移動の間に先触れとして私の所に来た者の言葉を聞いて。
クレアと同様に、その者を含め、聖名を持つ者はクライスト男爵達に神聖さを感じた様です。
動揺はしても、流石に混乱はしていない様です。その報告には静かに胸を撫で下ろしました。
歓迎は勿論、私自身の心身の準備を整えます。
メルーディア国王御夫妻の御話では、クライスト男爵は必要以上に堅苦しくされる事を嫌うらしく、その辺りの匙加減は難しいそうですから。
……御自分達の娘が嫁ぐ相手、とは言え、一国を背負う国王御夫妻が気を遣う訳ですか……。
王国の未来にとって、とても重要な人物である事は判りますが……やはり、直接会ってみなければ、どの様な人物なのかは判りませんね。
──と思っていた頃が懐かしく思えます。
ええ、一目見た瞬間に、思わず両膝を着き、床に額が着くまで深々と頭を下げたくなりました。
屈服ではなく、あまりの尊さに、です。その点が何よりも重要なのです。
勿論、気合いで堪えはしましたが。
法王としては「無条件降伏です」という事です。敵対する事など、国史史上最大の愚行となります。そう言い切れる程に神々しいのですから。
多分、御自身達では気付いてはいらっしゃらないのでしょうね。聖名を持つ奥様や家臣の方が御側に居るという訳では有りませんから。
そうであれば、迂闊に表沙汰には出来ませんね。そうなった時、どういう事態になるのか。少し想像すれば思い浮かぶ程度には頭の痛い事ですから。
取り敢えず、クライスト男爵達に我が国に対する悪印象を持たれない様にする事が第一です。
幸いにも、ピトスニアの件に関しては、飽く迄も犯人達の責任であるとし、我が国に対して嫌悪感や警戒心を懐かれた訳ではない様ですから。
当時の私自身の判断を褒めたいと思います。
話を戻して。
当初の予定通り、クライスト男爵達へ御礼として何か御要望が有れば、と御訊きします。
事前に御話はして下さっている事でしょうから、クライスト男爵も迷わずに答えて下さいました。
──が、其処で少しばかり、認識の齟齬が。
どうやら、「全員で何か一つ」という前提条件で考えていらっしゃったみたいです。
流石に、それで済ませられる様な事ではなかったのですが……立場の差、でしょうか。
無理強いは出来ませんが、我が国としては勿論、メルーディア王国としても御互いに退けません。
此処は兎に角、クライスト男爵に何でもいいので望みを仰有って頂くしか有りません。
そう思っていた中での、要望と真意には驚くしか有りませんでした。私でなくても同じ事でしょう。それ程までに予想外も予想外だったのですから。
ただ、その要望自体は我が国にとってみても特に負担が有るという訳では有りません。
流石に、今使われている物を、となると船自体の強度や安全性等に不安が有りますので、その辺りに不安の無い物を探し、点検を行います。多少時間は掛かりますが、其処は御理解して下さいました。
その間、最初に希望された魔導書の閲覧や領内のダンジョンへの挑戦をされるとの事。
……私はクライスト男爵が聖属性の魔法を使える様になる確信が有ります。いいえ、もしかしたら、既に何かしらの魔法は使えるのかもしれませんね。あの神々しさなのですから。
我が国が宗教的な国であったなら。間違い無く、クライスト男爵は聖人──いいえ、聖者様・使徒様という事になっていた事でしょう。勿論、奥様方も御一緒にです。軈て生まれる御子様達は神子として崇められる。その可能性も有り得たかと。
現実的には遣りませんし、させません。
実際に御話ししてみて判りました。その様な事は望まれてはいませんし、迷惑なだけでしょう。
何より、それ以上に成すべき天命を持つ。
そういった方々であると直感致しました。
ですから、私達に出来る事は御支えする事です。それも陰から、御負担に為らない様にです。
難しそうですが、これまで我が国や聖職者が長い年月を掛けて築き、積み重ねてきた事。その結実が此処に来て大きな意味を持つ事になります。
それはそれとして。
出来る事ならば、クライスト男爵の元に我が国の聖職者を側室として一人でも嫁がせる事が出来れば良いのですが……固執してはいけませんね。
そういった事を考えて身を滅ぼした者、崩壊した家や国というのは過去に多々有った訳ですから。
其処から学べなければ、ただ愚かなだけです。
その為に歴史というのは書き記され、伝えられ、私達に教訓と導きを齎してくれるのですから。
だから、縁が有ればという話です。
聖名は我が国で修行した者にか与えられない為、奥様方が、というのは難しいでしょう。
…………いいえ、もしかしたら、という可能性も有り得るかもしれませんね。
その修行の御話をして「御興味が有れば……」と誘い文句で、体験を促してみましょうか。
奥様方は勿論、クライスト男爵御自身にも聖名を賜る可能性が有るでしょうから。
そうなる事を期待しなければ良いのですから。
「……あの、これを、ですか?」
「ええ、急ぎですが、丁寧で慎重に御願いします」
「はあ…………畏まりました」
詳しくは説明が出来無い事も有り、御希望通りの船を探して準備する為の指示を出したのですけれど意味不明な事も有り、小首を傾げながらの了承。
話しても構いませんが、同行者が出てしまう事をクライスト男爵達は望まないでしょうから。
その辺りを考慮すると詳しくは説明出来無い為、疑問に思われる事は仕方が有りません。その程度の苦労で済むのであれば、容易いものです。
それと、魔導書の閲覧に関しては私が許可を出し担当者に伝えるだけなので直ぐに済みます。
幾つか存在しているダンジョンに関しては冒険者ギルドの規則に従うだけですから問題は無し。
幸いにも我が国のダンジョンは全て遺跡型なので万が一の事態が起こる事は無いと言えます。勿論、絶対という事は有りませんけど。




