8話 別邸
実家であるクライスト伯爵邸で一泊した、翌朝。予定通りに、フォルテ達と新婚生活を送る事になる別邸へと向かって出発する。
別邸はクライスト伯爵家の領内に有るが、普段は使用される事は少ない。稀に避暑で使用する程度。勿体無いが、生活的に必要性は低い。
ただ、何処の王公貴族も別邸を所有している。
それは今の俺達と同様に新婚生活を送る為。
つまり、国事の一環であり、国の補助も有る。
だから、この別邸には存在する意味が有る。
父上と母上も、その別邸で暮らした後、本邸へ。嫡男である実兄も義姉と過ごしたそうです。
父上には、正妻である母上の他にも側妻の女性が二人居ますが、これは義務的な形での結婚。
政略的な意味、繋がり的な理由でです。
勿論、娶った以上は父上も二人を愛していますが母上への愛とは比べるまでも有りません。
そして、父上の凄い所は母上以外との間には一切戸籍持ちの子供が居ない事です。
つまり、継承問題で揉めたりはしないという事。これって地味に凄いし、重要な事なんですよ。
そんな母上との実子は嫡男の兄上と姉上が二人。俺が末っ子なので、兄上の子供が八歳に成るまでは別邸が使われる予定は有りません。
兄上達は現在十五歳。早ければ、来年には子供が生まれている事でしょう。
ただ、宅の両親と兄上の年齢からも判る様に実は母上が兄上を産んだのは二十三歳の時なんです。
これは父上が嫡男ではなかった為、後を継ぐ事は考えておらず、二人でイチャついていたから。
その後、嫡男だった父上の兄家族が流行り病にて亡くなった為、急遽、家を継ぐ事に。それが父上が二十四歳の時。だから、子供が必要となってからの父上の打率は凄いと言えます。
まあ、父上の話は兎も角として。基本的に十代の間に一人産んでいる位が平均だそうです。
だから兄上達も急かされたりはしていません。
姉上達は十二歳と十一歳ですが、魔力が低い事と競争率が俺達の時以上だった為、未婚です。
ただ、家格や血筋は間違い無いので、縁が有れば直ぐに話は纏まると思います。
俺とは違って容姿は整っていますから。
そんな訳で、当分は別邸を自分達専用の家として安心して使えます。自立出来る年齢でもないので。
そんな別邸ですが、本邸からは馬車で二日の所に建てられており、領地の端っこに位置します。
これは近過ぎると親子であるが故に甘えが出て、自立に支障が出ない様にと規定されている事。
過去、それらが原因で御家騒動や御家断絶にまで発展したケースも珍しくはなかったそうです。
しかし、離し過ぎてしまうと本当に有事の際には危険が伴う為、“早馬で一日の距離”とされているみたいです。人や馬の能力差、道の整備状態等々、ツッコミ所は有りますが、それは飲み込みます。
クライスト家の場合、馬車でも一日半で行こうと思えば可能だそうですが、一部とは言え、領民達に顔見せをするという意味も有って、二泊の予定。
何事も無ければ、別邸に入るのは明後日の昼前。まあ、何か遇っても無力な子供なんですけどね。
この世界には普通にモンスターが存在している訳なんですけど。ただ、其処等に常に溢れ返っているという訳では有りません。
殆んどのモンスターには棲息域が存在するので、其処に近付いたりしない限りは遭遇しません。
こうして、のんびりと馬車で移動が出来るのも、この辺りにモンスターは棲息していないから。
そうじゃなかったら、びっちりと護衛が付いてて到底、観光気分になんてなれません。
そういう意味では安心していられます。
そして、それは原作に近いとも言えます。
ゲーム後半から始まるRPGパートでは従来型と同様にプレイヤーがフィールドを歩き回ります。
ただ、それだけではモンスターに遭遇しません。
フィールドを歩き回っていると、ダンジョン的な専用マップのポイントを発見、其処に入る事によりモンスターとの戦闘が可能になります。
つまり、その専用マップが先の棲息域に該当するという事なんです。
まあ、そうは言ってもゲームはゲームですから、現実では棲息域を出るモンスターも居ます。
稀であっても、事例が有る以上は油断大敵です。……コレ、フラグじゃ有りませんよね?。
モンスターの件は別にしても、これは現実です。
ゲームでは行けなかった場所にも行ける筈だし、存在しなかった場所も多々有る事でしょう。
そういう意味では、遣り込んでいた作品なだけに遣り甲斐を感じずには居られません。
文字通り、世界中が冒険の舞台なんですから。
勿論、幸せな家庭を築く事が最優先ですけど。
その為にも、色々知っておく必要は有りますからフィールドワークも大事になる筈です。
そんな事を考えながら馬車の窓から流れる景色を眺めていると、擦れ違う人達が見えた。
剣に槍に弓に盾に鎧と、武装した男性の六人組。皮袋や大きなリュック等も背負っている。
王公貴族の抱えている所謂“騎士団”とは違って統一感は一切見受けられなかった。
しかし、武装した一行が平然と彷徨いているなら騎士団から注意されるか、捕まっている所。
そうではないなら、彼等の正体は一つしかない。
「メレアさん、今擦れ違った人達は“冒険者”?」
「はい、その様でしたね
この辺りに居るので有れば“プーラゥの森”にでも向かっているのだと思います
移動するなら乗り合い馬車が出ていますから」
「この間は周りを見てる余裕が無かったけど……
アレが冒険者なんだ」
「アルト様は、ぐっすりと御休みでしたので」
メレアさん、その一言は余計です。フォルテ達にクスクス笑われたじゃないですか。
まあ、こういう軽い冗談や揶揄いが出来る空気と関係を大事にしたいので不満は有りませんが。
これでも一応は、新婚なんですから、妻の前では持ち上げてくれませんかね?……無理ですか。
それはそれとして。
この世界での冒険者というのは一部の総称です。貴族や商人と同じ様に。
だから、職業と言えば職業です。
ゲームでの職業と言うと、ややこしいんですが。ステータスに影響しない方の職業という事です。
「確か、話だと父上と母上は以前──若かった時に冒険者をしていたんだったよね?」
「はい、その様に御聞きしています
今でも“ギルド”の方にも登録と記録は残っているそうですから調べれば判るそうです」
「へぇ~……メレアさん、調べてみたの?」
「いいえ、流石に興味本意で其処までは……
正直、戸籍持ちの方には珍しくはない話ですから」
「あー……そうだよねー、皆が皆、家を継いだり、興したり、要職に就けるって訳でもないし……
そうなると、魔力を活かして冒険者になるっていう選択肢は何も可笑しくないもんね」
「はい、生きていく為ですから」
「それでは先程の方々は魔力持ちなのですね」
「いいえ、フォルテ様、そうとは限りません
冒険者は魔力の有無を問わず、実力主義です
ですから、魔力が無くとも自らを鍛え、研鑽により培った剣や槍の腕前で活躍する事も出来ます
ギルドでの審査──採用試験に合格しさえすれば、誰でも冒険者として登録する事は可能です
勿論、犯罪者や人格や言動に問題が有る方は普通に弾かれますので、その辺りは心配要りません」
「そうなのですか……」
「俺達の立場だと魔力と血統が何よりも優先される事は仕方無いけど、それだけが人の価値じゃない
冒険者というのも選択肢の一つでは有るしな
俺達は俺達らしく、そう遣って歩んで行こう」
「はい、アルト様」
そう言って自然な笑顔を見せてくれるフォルテ。クーリエさんが今にも泣きそうな感じです。ええ、貴女の今の気持ち、判りますよ。
一方、メレアさんは「御口が御上手ですね」とか言いたそうな眼差しを俺に向けている。
良いじゃない、自分の妻の好感度を上げたって。好き好き大好き愛して夢中!の何が悪いんですか。
夫婦円満・子孫繁栄は大事でしょう?。
それこそ国事としての正しい御務めの筈です。
それはそうと、冒険者になるという選択肢自体は俺としては有りだったりします。
兄上がクライスト伯爵家を継ぐ以上、要職的には補佐する立場や代官が挙げられる訳ですが。
それだと自由に動き回る事が出来ません。
フォルテの事も有るので、国という柵が邪魔する立場というのは避けて置きたいですしね。
そうなると、冒険者は俺達に都合の良い選択肢。実力が有れば大きく稼ぐ事も出来ますから。
勿論、命懸けの一攫千金は狙いませんよ。
どんな大金も命有っての物なんですから。
特筆すべき武勇伝的なイベントも起きる事無く、無事に二つの街での二泊を経て、別邸が視界に。
小高い丘の上に建てられているのは、前世で言う石造りの洋館。煉瓦でも、コンクリートでもなく、岩を削り出して整形して造られた代物。
携わった職人達の技術力の高さは勿論の事だが、完成までに費やされた時間を考えると感動です。
大きさ自体は幼い夫婦と使用人が数名で使う為、本邸と比べれば小さいですが、十分に一軒家です。国土に対し人口の多い所を敵に回すみたいですが。此処では小さいとされるんです。
青空と、背後の山と森の濃淡の緑。其処に以前は真っ白だっただろう石壁が風雨と太陽で長い年月を経て作り出した奥深さを感じさせる薄灰色を帯びた別邸が佇む姿は絵になる。
良い感じで伸び絡まる蔦も程好いアクセント。
其処に美少女のフォルテが加われば──最強。
もう誰も反論しようの無い深窓の御姫様です。
別邸は一番近い町からは3ケーラ程離れていて、周囲は避暑地の様に長閑。正に別荘です。
別邸の建つ丘の麓には小さな村が作られており、住民が俺達の生活をサポートしてくれるらしい。
畑や放牧地が有る事から、自給自足で生活出来る環境として整えられているんでしょうね。
使用されていない時の別邸の管理人も務める為、クライスト家からの信頼は厚く、責任も重大。
それ故に、彼等の人格や品位は下手な貴族よりもしっかりしているんだそうです。
その麓の村で馬車を止め、降りる。
集まっている住民達に挨拶をし、これから此処で暮らす事になるので宜しく頼んでおく。
つい、低姿勢になりそうだが、それは貴族として好ましくはない。威厳というのは大事だから。
勿論、厚顔不遜な馬鹿になっては駄目です。
その辺りを理解して、実践出来る様になる。
自立する上では必要な社交性の一つです。
挨拶の後、いよいよ別邸へ。
丁寧に手入れされている正面の庭も綺麗ですが、個人的に気になったのは敷地の一角。
日当たりの良い場所で、明らかに耕されている。しかし、何かを育てている様子は無い。
首を捻る俺に気付き、メレアさんが声を掛ける。
「彼方等は自由に使って頂いて構わないそうです」
「それはつまり、俺達が自分で野菜を作ったりする場所として用意されているって事?」
「はい、クライスト家は農耕で飢饉の王国を支え、その功績を称えられ、伯爵位を賜りました
その原点を忘れない為に、という風習です
勿論、それは後継ぎの場合には必須、という事で、アルト様の場合は違いますので」
「まあ、家は兄上が継ぐんだしね
でも、折角なんだし、何か作りたいな
種から遣るの?、それとも苗から?」
「作る物と時期にもよりますね」
「それなら荷物を片付けたら御茶でも飲みながら、皆で相談しようか」
「はい、初めての事なので楽しみです」
「それでは、私達は荷物を運びますので──」
「ああ、俺達も遣るよ」
「ですが……はぁ~……判りました」
「よ、宜しいのですか?」
「言って聞いて下さる方では有りませんから
御二人は彼方等を御願い致します」
「ほい、フォルテ、気を付けて」
「はい、アルト様」
俺は気にせず、フォルテは楽しそうに。
思考放棄したメレアさんは淡々と、戸惑いながら運ぶクーリエさん。
こうして新生活が始まった。