77話 魔宮主
下り続ける一本道。迷いはしませんが、それ故に逃げ場も無いので気を抜けません。
慎重に進んでいると、例の道標の魔法具の効果を食べてしまうモンスターに遭遇。
体長20サニタ程。見た目には鮃や鰈の様に薄い身体に手足と尾を持ったヤモリやイモリ。
“クリーン・ニュート”という名のダンジョンの御掃除屋さん。倒すのは簡単です。ただ、逃げ足が滅茶苦茶早いので逃がしたら終わり。そんな訳で、獲られる魔素材は高値が付きます。チャリンッ、と御小遣いゲットです。
まあ、そんな事は兎も角として。
【方向感覚Ⅹ】【空間認識Ⅹ】【座標把握Ⅹ】を持っている俺の脳裏では既存のダンジョンの地図の隙間を縫う様にして地中深くに潜る形でマッピングされていっています。
尚、【座標把握】は先天性の稀少スキルらしく、俺以外には誰も持っていません。世界中を探せば、他にも居るかもしれませんけど。今の所、身近には他の所有者は居ないみたいです。
──で、現状ですが……良いとは言えません。
ダンジョンは亜空間に存在している訳ではなく、現実世界に存在しています。その為、ダンジョンの壁の向こう側には地層が有ります。まあ、その壁は破壊不可能なので「理論上は」という事になるのは否めませんが。地上に存在するダンジョンの場合は壁を壊せると外に繋がる為、何処からでも脱出可能という事に為りますので。ダンジョン側からしたら有り得ない違法行為。そんな暴挙を笑って許す程、ダンジョンは優しくは有りませんので。
壁は破壊不可能。それは絶対です。
話を戻して。
一本道ながら、既存のダンジョンの隙間を縫い、絡み合う様にしながら地下へと向かう。
まるで意図的に造られたかの様な。
そんな印象さえ受けます。
──とは言え、そんな話は仮説の推論としてでも聞いた事が有りません。つまり、そんな風に考える事自体が異端だと言えます。
勿論、過去には「ダンジョンは神々が人に与える試練として造り出す」という宗教思想が有った事は事実ですし、そうなった事も否めません。
ただ、神々が与える試練にしては易しいと。
其処に気付けば、自然と淘汰される思想な訳で。現代には過去の誤った思想の代表例として伝わる、というのが現実だったりします。
ただ、今回に限っては、そういう事を疑いが。
レベッカ達の両親達への、という訳ではなくて。これは俺達への試練という意味で。
まあ、そう考えるとレベッカ達との出逢い自体も一つの試練。俗に言う分岐点となる訳です。
そういう風には考えたくはないので否定しますが客観的に見たなら、そんな風にも見えるという話。英雄願望なんて有りませんけどね。
そんな事を考えながら、1時間程。
下るだけではなく、上りも平坦も大きな曲がりやジグザグとした道。しかし、迷わない一本道。
時々、御小遣い稼ぎをしながらも危な気無く。
ただ、それ故に不可解さと警戒心は高まる。
「……一本道だから進み易い、からこそ、此処まで何の痕跡の発見も無いのは恐いな……」
「そうですね……クリーン・ニュートと遭遇すればランクがEではない事は明白ですから、その時点で普通ではない事には気付ける筈ですので……」
「実は知らなかった、とかは?」
「有り得なくはないが……Eランク以上の冒険者はクリーン・ニュートの事を大体知っている筈だしな
実物を見た事は無くても、知識は有る筈だ」
「それでは、遭遇しないまま進んだ、と?」
「その方が可能性としては高いな
或いは、気付かなかったかもしれない」
俺達は【暗視】等のスキルの御陰も有り、簡単に発見する事が出来ているが、基本的には発見し難く見落とし易い。個体によっては周囲の色や柄に同化する事で更に見付かり難くなる奴合も居るらしい。だから、見落とす可能性は十分に考えられる。
また、クリーン・ニュートはモンスターの中では攻撃性が低く、遭遇しても直ぐに逃げる様な相手。自分から攻撃して見付かる様な真似はしない。
まあ、だからこそ、美味しい訳ですが。
此処まで他のモンスターと全く遭遇していないと見付けられなかったら、どんなに警戒はしていても無意識に「行ける所まで行ってみよう」という気にさせられて、ついつい、深入りしてしまう。
そうなった可能性は考えられます。
そして、そうだとすると、かなり質の悪い罠。
要は、油断させて誘き寄せる訳ですから。
──とか考えていたから、という訳ではなくても目の前に開けた空間が現れると警戒します。
特に、視界外からの不意打ちを。
ハンドサインでフォルテ達に指示を出してから、見るからに怪しい空間に踏み入れる。
万が一の分断を警戒して一気に駆け込みますが、深くには行かずに入って来た出入口の側に留まる。罠が有るのは真ん中が定番ですから。
踏み入れた空間は半径10ミード程のドーム状の部屋の様に為っています。
今までの通路と同じ様な土にも岩にも見える壁。先に続く道が見当たらない事から最奥部か。一応、Eランクの方のダンジョンと比較してみると此処が一番深い場所になるみたいですしね。
部屋の中に特に目立った物は無し──というか、はっきり言って何も無い。……嫌な予感がする。
「…………──っ!、走れっ!!」
直接、背筋を撫でられたかの様な強烈な悪寒。
その感覚を疑わず、フォルテ達に指示を出すと、対面の壁に向かって駆け出す。
──が、俺は隊列の位置を反転させる様に中央で止まり、通路に向かって構える。
──のと同時だった。
【暗視】が有るのに通路の奥が見えない。
つまり、其処に、何かが居る。
そう考えたのを読んだかの様に。赤い月が嗤う。
──否、獰猛な巨顎が襲い掛かった。
「──ッ!?」
「──アルト様っ!?」
「──アン!、索敵をっ!」
反射的に俺の援護に動こうとしたアンに対して、フォルテは即座に指示を飛ばす。
「下手に動けば俺の邪魔になる」と。
そう判断をしたからこそ、アンのズゥマとしての能力を活かした情報収集を最優先。
本当にね、逞しくなりました。頼りになります。勿論、他の皆もです。
──とか思いながらも、奇襲を防いだら、一歩で大きく飛び退き皆の居る所に合流。一人だけ中央に居たら嬲られるだけですから。
距離を取った俺の視界に映るのは、この何も無い部屋の景色だけ。襲ってきた筈の相手が消えた。
視界は相手を捉えていた筈だったが……何故?。透明化した様な事は無かった。
……いや、その前に俺は何を見た?。
何故、フォルテが索敵をアンに指示したのか。
答えは単純。フォルテ達には見えていなかった。だから、相手の位置を特定する事を最優先にした。そう考えれば納得出来る。
「今の、何か見えたか?」
「いいえ、私達はアルト様が防御した音が聞こえただけです
何も見てはいません」
そう返すフォルテの言葉で確信する。
今のは偶然。運が良かっただけだ、と。
しかし、その運が生死を分けるのがダンジョン。今まさに、俺達が居る場所であり。その容赦の無い純然たる悪意の洗礼を受けている、という訳です。
まあ、そんな事は置いておくとして。
自分が知っている情報の中から、Bランク以上のダンジョンの魔宮主をリストアップし、本の僅かな事であろうとも構わない。少しでも現状に合致する存在を探す。
“ダンジョンのボス”というとゲームでは当然の様に存在しており、原作も例に漏れず。
しかし、現実には特別な存在になります。
少なくともゲームとは違っていて、モンスターが居る場所になら必ずボスが居るという訳ではなく、モンスターの棲息域には群れのボスは存在しても、そういった存在は居ません。
ダンジョンのボスはダンジョンにのみ居ます。
そんなダンジョンのボスですが。
遺跡型のダンジョンのボスなら何度でも復活する存在なのですが、自然型のダンジョンのボスは一度倒されると復活したり、新しいボスが生まれる事は有りません。
その為、自然型のダンジョンとはボスが倒され、モンスターを討伐し続けていくと軈て消滅するのが常識であり、一つの秩序です。
だから、自然型のダンジョンのボスの討伐こそが本当の意味での攻略であり、最重要になります。
ボスが倒されると、ダンジョンの内部に出現するモンスターの数や種類が変わりますし、難易度的に楽になる事も大きな要因の一つ。
なので、ダンジョンのボス討伐はギルドにしても達成率を上げる為に高ランク冒険者に依頼します。決して、新人の冒険者達が遣る事では有りません。ええ、普通は、有り得ない事です。
──なんて頭の片隅で現実逃避をしている間に。1体だけ、該当する存在が居ました。
「──っ、……冗談にしても笑えないな……」
「アルト様?」
「アン、判るか?」
「…………駄目です、嗅ぎ取れはしますが、今ので相手の匂いが部屋全体に広がっています」
「ティア、足下の音や振動に注意してくれ」
「判りました」
「まだ憶測でしかないが、多分、相手はAランク
そして、嫌な事に異常個体だろう」
「「「「──っっ!!!!」」」」
そう言うとフォルテ達が息を飲んだのが判る。
逆の立場だったら、俺はビビってると思います。それだけ、有り得ない事なんです。
異常個体というのはモンスターに限らず、どんな生き物にも出現し得る存在です。
環境に適合する為の進化も元を辿れば異常個体。それが生存競争を生き残り、一つの種へと至った。その結果が、新種となる訳ですから。
人にしても、突出した才能や能力を持った存在は一般人からすれば異常な訳で。考え方を変えれば、意外と珍しくも無い訳です。
だから、モンスターの異常個体も稀少ですけど、決して存在しない訳では有りません。
ただ、ダンジョンのボスとなると話は別です。少なくとも、俺の現時点での知識には存在しない情報です。
しかし、可能性という意味では有り得る事。
その確率が、現代に至るまでに記録されていないという程に稀も稀、稀過ぎる事である以外は。
それはそれとして。
今、俺はフォルテ達には“どんなモンスター”の異常個体であるかを明言しませんでした。
それには理由が有ります。
俺が思い当たったのは原作のボス。
ただ、その存在は現実では確認されていません。つまり、誰も知らない存在な訳です。
【鑑定】等を使ったから判ったと言えば、信じる気はしますけど。無意味に騙すだけですから。
それに、異常個体な時点で情報は参考程度です。実際には手探りになりますから、自分自身に対して過信しない為にも余計な事は言いません。
尚、ダンジョンのボスはモンスターですが体内に核である魔石を持っては居ません。その為、一撃で仕留めるというのは至難。基本的にはガチ戦です。
それから、魔石は得られませんが、ボスを倒すと魔石の上位になる“魔晶石”が手に入ります。
体内には無いのに。その辺りの原理は不明ですが一説には「倒したボスの魔力が結晶化する為だ」と考えられています。真偽は定かでは有りません。
そして、この魔晶石は滅茶苦茶貴重で高価です。それに加え、高ランクのダンジョンのボスの物程、性能も稀少価値も爆上がりします。
因みに、遺跡型のダンジョンのボスから魔晶石は一切得られません。その為、自然型のダンジョンに一攫千金を狙う冒険者は挑むという訳です。
システムとして見ると、上手く出来ています。




