68話 隠事
さて、義姉の御祝いに実家に来ている訳ですが。
何故か、俺達の部屋に母上が居ます。それもね、物凄く深刻そうな表情で「相談が有ります」と。
うん、もうね、フラグ以外の何物でもないです。出来る事なら、時間を巻き返して日帰りにしたい。いやまあ、「泊まっていきなさい」と言われたら、断れはしないんですけどね。
正直、今直ぐにでも御暇したいです。マジで。
しかし、既に“話を聞かない”という選択肢など俺達には存在しない状況。その上、母上が目の前で瞑目して俯いたまま微動だにせず沈黙しています。ええ、それだけ重大な事なのだと思います。
思いますけど……これ、此方から話を訊かないと始まらない感じじゃないですか……嫌だなぁ……。でも、訊くしかないんですけどね。フォルテ達には荷が重い──というか遣らせる訳にはいきません。だから、俺が遣るしか無い訳ですけど。憂鬱です。このまま母上が話すのを待つまで沈黙しての根比べなんて遣りたくは有りませんから。
「それで、その……母上の御相談というのは?」
「…………最近、あの人に不審な所が有ります」
「………………………………え?」
「最近、あの人に不審な所が有ります」
「大事な事ですから、二度言いました。ですが、何度も言いたくは有りません……判りますね?」と言わんばかりに睨む母上。
「別に聞き返した訳では……」と言い掛けるが、本能が「言ったら死刑っ!」と叫ぶ。
静かに、小さく頷き、了承の旨を示す。
必要最低限の会話で済ませる事が要。
そうなのだけれど。どうしたものかと悩む。
「え~と……ですね、その……あ~……母上?」
「分かっています
本来であれば、家を出ている貴男に相談する事自体可笑しな話では有ります
ですが、もう直ぐ嫁ぐユーには言えません
ミリーシャさんにも余計な負担は掛けられません
カークスに話すのが妥当な所のでしょうが、生憎と此方等には居ませんし、色々と大変ですから……」
「母上、俺達で良ければ話は御聞きします」
「有難う、アルト」
そう言って頭を下げる母上。
「退路も逃げ道も塞がれましたから」と思っても口には勿論、表情や態度には出しません。
母上にしても其処まで思い詰めている訳なので。息子としては無視出来ませんから。
しかし、了承する一方で当然の様に懐く疑念が。いや、別に母上が嘘を吐いているとは思いません。何らかの意図や理由が有って、母上が俺達に対して嘘を吐くのなら、もっと巧妙な内容になる筈です。そういう意味でも嘘だとは思えません。
それと同時に父上が浮気をするとも思えません。苦悩する母上には申し訳無いんですけど。浮気?。あの父上が?。いやいや、無い無い。有り得ない。そんな事が有ったら、世界が爆発しますよ。
そう言い切れる位に。父上は母上一途です。
側室の方達に対しても愛情は持っていますけど、母上に対する想いとは別です。それは貴族としての責務という意味合いが根底に強く有りますから。
しかし、母上への愛とは純粋に一人の男としての想いが根幹ですからね。意味が違います。
その父上が……というのは考え難い事です。
勿論、俺は父上では有りませんから、その胸中や趣味嗜好までは分かりませんが。
ただ、あの母上大好きで家族愛の塊・権化の様な父上に母上以外の女性に影が有るとは……う~む。正直、考えられません。
取り敢えず、母上から詳しい話を聞きますか。
「母上、率直に御訊きしますが……相談というのは父上の浮気の可能性という事で?」
「──っ……はい、そういう事になります」
父上を疑う事ですらも辛そうにする母上。両手を握り、唇を噛む姿は痛々しく見えます。
その胸中は俺には判りませんが……母上を見て、父上を無性に殴りたくなります。
男としてではなく、息子として、です。
もしも、本当に浮気をしていたなら赦しません。いや、当然だと言えば当然なんですけどね。
勿論、そんな事は無いとは思ってはいますけど。母上の様子を見る限りでは、その可能性を無責任な言葉で軽々しく否定は出来ませんから。
俺個人の胸中も複雑な感じになっています。
「それで……不審な所というのは具体的には?」
「……最初は気付きませんでした
違和感を覚えたのは二度三度と続けて出掛けた時の服装から着替えて戻った時です
「汗を掻いたから」「汚れてしまったから」という理由でしたが……立て続けな点が気になりました
そして、思い返すと帰りが遅くなっている、という事に気付いた訳です
それだけではなく、以前は日帰りをしていた予定が頻繁に一泊する様になりました」
そう話した母上を前に、頭を抱えたくなります。客観的に考えても父上の行動は浮気の典型的な傾向にしか思えませんから。母上が疑うのも納得です。疑惑で話が終わるのなら良いんですけどね。大体が黒だったりするから逃げたくなります。
だって、俺は家を出た身なんですもん。
──とは言え、辛そうな母上を目の前にしては、そんな事は言えませんし、出来ません。
今まで有った事の中では間違い無く一番の厄介事なのは確かです。本当に嫌になります。
「……母上、母上も父上が浮気をしているなどとは考えたくはないでしょうし、俺も同じです
ですから、飽く迄も可能性の話として、前提条件に浮気をしている場合、という事で考えます
それで構いませんか?」
「ええ、御願いします」
「それでは、ある意味では核心部分から……
父上の浮気相手に関して、どう思いますか?」
「…………正直な話、心当たりは有りません」
「俺は父上の仕事や交友関係は判りません
ただ、父上が母上に隠れて浮気をしているのなら、少なくとも面倒に思います
父上の性格上、もしも本気なら妾として迎える事を考える筈ですし、先ずは母上に話す筈です
しかし、母上に何も話していないとなると相手には何かしらの事情が有ると考えるべきでしょう
そして、その最有力候補は不倫になります」
「────っ!!」
「御互いに伴侶が、更には子供も有り、身分も有る
そういう相手との関係だと話す事は出来ません
話す事が出来る相手なら先ずは母上に相談されると思いますから
しかし、そうではないなら色々と面倒になります
当然、表沙汰には出来無いでしょうから、相手側も立場を危うくする可能性は高いでしょう」
母上は勿論、フォルテ達も顔を強張らせる。
この世界──少なくともメルーディア王国では、浮気や不倫──不貞行為に関しては、裁く法律等は現時点では制定されてはいません。
勿論、道徳的には有罪認定される訳ですが。
平民は自由恋愛で、貴族には義務が有ります。
その為、ある程度は許容しなければならないのが社会的な矛盾だったりもします。
それを踏まえて、その手の案件は当事者間で話し解決するのが基本。第三者の介入は余程拗れた場合という事になります。
現時点では、まだ疑惑でしか有りませんが。
母上の立場で考えると、父上に気付かれない様に極秘裏に接触し相手の方から別れる様に促したり、仕向けたりする、というのが無難ですかね。
流石に排除までは……遣りませんよね?。
父上を殴る程度で御願いします。
そんな感じで相談した結果──目の前には父上。俺を見て、「……え?、何これ?」な表情。
それはまあ、家に帰ってきたら有無を言わせずに部屋に連れて来られた訳ですからね。そうなるのも仕方が無い事だとは思います。
ただ、証拠を押さえる為でも有りますから。
その父上の正面に座るのが母上。
俺達は横から見守る位置に。
此処で俺が訊ねるよりも、母上が直に訊ねた方が後々変に凝りを残さなくて済みますから。
決して、面倒臭いからでは有りません。
「……え~と……どうしたのかな?」
「…………貴男、正直に答えて下さい
私は貴男の気持ちを……気持ち…………っ……」
言い切れず泣き出してしまう母上を見て中止。
フォルテ達に母上を任せ、訳も判らず、あわあわとしている父上に簡単に事情を説明。ネタバラしな感じですけど仕方有りません。
「……そうだったのか……
色々と勘違いさせてしまったみたいで、すまない」
「それで……父上、事の真相の方は?」
「……確かに、帰りが遅くなり、最近では一泊して帰ってくる様になった事は事実だ
ただ、着替えをしていた理由に嘘は無い」
「では、何を?」
「それは…………あー……鍛練をしていたんだ」
「「「「……………………え?」」」」
父上の言葉に場が静まる。
ただ、そう言われてみると、確かに父上の身体が以前よりも引き締まり、鍛えられている。
流石に、いきなりマッチョになったりはしない。飽く迄も以前の父上に比べれば、の話。
しかし、それは言われてみないと判らない変化。偶に会う程度だから比較出来るけど、一緒に暮らす母上からしたら気付き難い。
加えて、父上も俺と同類で身嗜みとかには無頓着だったりしますから。普段から周囲も注意深く見る意識自体が低いですからね。気付かない訳です。
呆然とする母上を見ながら、照れ臭そうに右頬を人差し指で掻きながら父上が苦笑する。
「これから一年と経たず、カークスとミリーシャの最初の子供──私達の初孫も産まれる
まだ当主を退くには早いけど、内の事はカークスに任せて外の事に当たる機会が増えると思う
アルト達が頑張っているしね
そうなれば、また昔の様に過ごす時間も出来る
その時、俺は君を護れる男で在りたい
だから、鍛え直そうと思ってね
内緒にしていた所為で心配させたみたいだ」
「そんなっ、私の方こそ貴男を疑って……っ……」
「本気で疑っていたら、泣いたりしないだろ?
それに、その涙こそが君の想いの証だよ」
「エド……」
「ウィンリィ、愛しているよ」
「私も……私も愛しているわ、エド」
そう言って抱き締め合う父上と母上。
ドラマか映画のラストシーン宛らの感動の場面。俳優・女優さんだったら迫真の演技だと言える。
しかし、それは客観的に見たら、の話。
自分の両親の遣る恋愛劇なんて見てられません。
………………ナニ、コレ?。エ?、ナンナノ?。
人騒がせな言動の結末が……惚気?。
…………滅茶苦茶、父上を殴りたい。
殴りたいけどっ!!。
感動しているフォルテ達の手前、それは不可能。悪者になるのは俺なのが明白ですから。
だから、無視です無視。もう知りません。勝手にイチャついてて下さい……ったく。馬鹿馬鹿しい。どんな茶番劇なんですか。
ええ、無駄に実力の無駄遣いをして音も立てずに退室してやりましたよ。
「……………………はあぁぁ~~~~…………」
自室に帰──ると、盛り上がっている真っ最中のフォルテ達が居るので遠慮しました。義理の両親の話だろうと気にせず、恋バナを楽しんでいる妻達の気持ちに水を指す様な真似は出来ませんから。
実家の裏庭に出て、盛大に溜め息を吐く。
……いやもう本当にね。何なんでしょうか。
いやまあ、父上が浮気なんてしていなかったし、母上との仲が更に深まったのは良い事ですけど。
よくよく考えたら、母上も父上に同行した者達に話を聞いたりすれば…………あー……いや、父上が口止めしていたんでしょうね。サプライズ的に。
うん、サプライズって一歩間違ったら、夫婦とか恋人、或いは友人関係にも罅を入れますよね。
今回の件は、父上も母上も一途だから良い方向に転がって決着した訳ですけど。
少し間違ったら、夫婦仲に決定的な溝を作る事に為っていたかもしれません。
夫婦に限らず、ですけどね。
俺はサプライズは極力しないつもりです。
…………極力、ですからね。絶対に、ではない。ええ、心当たりが有るから日和った訳ではないので御間違え無き様に。
まあ、結局はサプライズを遣る相手に対し配慮を忘れていけないという事ですね。




