67話 慶事
キゥレの月、8日。
メアリー様の滞在期間が終了し、レベッカ達から滲み出ている寂しさを感じる今日この頃。
一時的な別れだとは判っていても。やはり、共に過ごしていた仲良し三人組みから一人が欠ける事は自分達の何かが失われた気がするのでしょう。
ただ、くよくよしたりはしていません。
元々、俺達と過ごした時間がメアリー様とは大分違いますからね。自分達の未熟さは判っています。だから、次に会う時までに少しでも追い付きたい。そういう意志を感じさせてくれています。
勿論、オーバーワークはしない様に気を付けて。健康と安全が一番大事ですからね。
それはそれとして。
現在、例の“ハルモナ王国の改善計画”が実現に向けて動き出しています。
戻ってくる前に、姉上達とハルモナ王国側の中で俺達との繋がりが強い所には既に話しています。
戻ってから、国王陛下御夫妻に両親達と縁戚にも話して賛同・協力を取り付けました。
フロイドさんにもガーガルガン子爵家に帰省して書状を届けて貰い、口頭での補足も。その序でに、ライガオン獣王国への話も通して貰いました。
ノーザィラス・ダルタルモア・セントランディの三国にも書状は出し、良い返事を貰っています。
ケーンブーゼ王国に関しては近々、友好国同士の定期交流の為、国王陛下御夫妻が赴かれるらしく、直接、御話しして頂けるとの事です。その為、急遽メアリー様も同行する事に。それが俺の妻として、名代扱いである事は言わずもがな。物凄く遣る気のメアリー様の気持ちに水を差す真似はしません。
──とまあ、そんな感じです。
公式な動きとしては先の話にはなりますけどね。事前の根回しに関しては順調です。
要である俺達と、中心地であるミロード子爵家が色々と遣るべき事を抱えていますから。
それらが一段落してから、実行になります。
それまでに俺は俺で、我が家は我が家で遣る事、出来る事を増やし、高めておかないとね。
計画案は飽く迄も現時点での目算なので。
改善・向上が可能ならば、それを遣らない理由は有りませんからね。
「御目出度う御座います、ミリーシャ義姉さん」
「有難う、アルトさん」
そう、ほんわりとした笑顔で返す目の前の女性は兄嫁であるミリーシャさん。
夫である兄・カークスと同い年で、俺の六歳上。法衣のヴィセント伯爵家の出身。
見た目通り温和な方だけれど、やはり貴族の娘。その聡明さは限られた接点の中でも窺い知れます。姉上とは違う意味で頼りになる方です。
その義姉と挨拶と抱擁を交わすフォルテ達。
御祝いの品はメイドさんに渡す。
実は、義姉が懐妊されたので、その祝福に実家に遣って来た訳です。
もう少しタイミングが早ければメアリー様も一緒だったんですけど。そんな事は言えません。色々と思っている人達は居るでしょうけどね。
ただ、今は兄は実家には居ません。
俺が代官をしている様に、嫡男である兄達は普段王都の方で生活し、色々な繋がりを作る。
王公貴族の当主夫妻の仕事は社交の場に置いての縁作り・関係の構築が大きいと言えますから。
その為、懐妊した義姉だけが実家に戻っており、兄は側室達と王都に居ます。
勿論、出産予定日の前後一ヶ月半は実家に戻って側に居る事になりますが。ずっと一緒ではない為、親子関係というのは重要になります。
そういう意味では、そう遣って親子関係を上手く構築しないといけない状況を作り出す為の慣習だと考える事も出来ると思います。
因みに、俺の様に別家の代官を務めたりする事も当事者だけでなく、家同士の縁繋ぎの意味も有り、逆の立場の場合等に機会や場を提供し合う事により助け合う為だったりします。
それでも俺の様なケースは稀の中の稀ですけど。別に自慢している訳じゃないんですけどね。
兄夫妻は今年、十六歳。
嫡男夫妻としては子供が出来る年齢的には普通。出産時が十七歳というのは少し遅いとされます。
宅の両親の様なケースでは遅くても仕方が無い事なんですけどね。レブノフさんも似た立場ですが、まだ若いので、そこまででは有りません。
本来であれば、既に正妻である義姉には第一子が生まれていても可笑しくは有りません。
そう成ってはいない理由は──俺に有ります。
ええ、俺が色々と遣らかした為、実家への影響は控え目に見ても小さくはなくて。両親は勿論の事、後継ぎである兄夫妻も当事者になります。
その、何だかんだで時期を先延ばしに。
申し訳無く思いましたが、兄上達にとってみれば自分達の継ぐ家の発展・繁栄になる訳ですからね。実際には物凄く感謝されています。
……それが逆に申し訳無く思うのは、前世を持つ俺特有の感覚なんですけどね。
フォルテやメアリー様でさえも、俺が何に対して責任を感じているのかは判ってはいません。
言えば伝わるんですけどね。言う必要も無いので一人で悩み、一人で解決します。そこまで仰々しい事でも有りませんからね。
──とまあ、そんなこんなな訳で、見送っていた義姉が待望の懐妊。父上のテンションが高い高い。ちょっと鬱陶しい位でしたが、気持ちは判ります。まだ自分の子供も居ませんけど。家族が増える事は素直に喜ばしい事ですからね。
ただ、義姉には先ずは自分の心身を第一に考えて無理等をしないで欲しいと思います。ユー姉さんの結婚式には出席するそうですからね。
「でもまあ、慶事が続くのは良い事ですよね」
「当事者は想像以上に忙しいけどね」
「それはそうでしょうね……あれ?、俺の時って、そんなに忙しくはなかった様な……」
「貴男は選定の儀で結婚しているし、その場合だと披露宴は親である御父様達と嫡男である御兄様達の仕事になるから貴男自身は動いていないわよね
まあ、だからこそ、将来は大変でしょうけどね」
「父上達の苦労が判るのは我が子達の選定の儀の時という事ですか……」
「長い様だけど、あっと言う間よ、きっとね」
「そうなんでしょうね、きっと」
他人事の様な言い方をしながらも、それが他人事ではない事は理解しています。
勿論、叶うのならば無関係で他人事にしたい事は言うまでも有りませんけど。今更、自分で背負うと決めた事を投げ出したりはしません。大変だろうと身勝手で無責任な真似は遣りません。それが誰かに言われた訳ではない、俺の意志ですから。
──という話は置いておくとして。
対面に座っているのは一緒に来た姉上です。
あんな事を言っていますが、今は姉上にとっても他人事だったりしますよね?。既に自分の結婚式は済んでいますし、その時はまだ、分家に嫁入り扱いでしたから楽だった筈です。
だって、ユー姉さんがジト目で見ていますから。それだけで違う事は察せます。
因みに、マステディオさんは居ませんよ。今回は飽く迄も実妹弟としての御祝いですから。
……まあ、フォルテ達が一緒なのは特殊枠の為。特に深い意味は有りませんからね?。
「でも、こう成ってみると、兄上達の最初の子供と姉上達の子供は歳が近くなるんですね」
「そうね、こんなにも早く私とユーが結婚するとは思っていなかったから、其処は意外よね」
「可能性、という意味では、兄上の二人目が娘なら姉上が生むアイドリー家の嫡男に嫁ぐ、という事も有り得るのではないですか?」
「貴男の子供なら兎も角、其処までクライスト家の血を濃くしようとはしないわよ
寧ろ、逆の方が可能性なら有り得るでしょうね」
「クライスト家の血が濃くなる訳ですからね」
「まあ、私達の子供は普通よ
大変なのは貴男の子供達ね
国内は勿論、フォルテ達の実家へ嫁入り・婿入りの話が来る可能性は高いわよ?」
「選定の儀が有りますよね?」
「それ以前の段階で話が纏まる場合も有るのよ」
「…………知りませんでした」
チラッとフォルテ達の方を見れば──苦笑。
……ああ、成る程ね。俺よりもフォルテ達の方が事情には明るいか。そういう立場だったし。
直系の血筋が戻る形になるのか、別の妻の子供が縁繋ぎの意味も兼ねてなのかは判りませんけど。
宅の子供達は子供達で色々と大変そうです。
未来の父は無力な気がするので先に謝っておく。ちゃんと自立出来る様には育てますから、頑張れ。生きていれば何とかなるものですから。
「子供と言えば、あの娘達は元気なの?」
「ええ、二人共元気ですし、頑張っていますよ
勉強とか嫌がるかと思ったら、とても真面目に取り組んでいますし、学ぶ事自体を楽しんでいます」
「へぇ~、良い事だけど……そういうものなの?」
「二人の場合は、あの歳で自分の未熟さや非力さを理解している事が大きいんだと思います
王国の孤児院の子供達は教育を受けられますけど、二人の様に社会のドン底は知りません
その違いが、あの二人にとっては将来的には大きな財産になると思っています」
「……辛い経験では有るでしょうけど、それは人が知ろうとしても知る事の難しい経験、か……
そうね、それを知るからこそ、考えられる事だとか理解出来る事は有るでしょうしね
あの娘達も貴男に拾われて良かったわね」
「それが判るのは先の事ですけどね」
そう言って、カップを取って話を終わらせる。
「素直じゃないんだから~」という姉上の笑顔が鬱陶しく思える御年頃。
今回は二人を連れて来なくて良かったです。顔が熱くて仕方有りませんから。
……最近、この手の揶揄いを受ける事が多いのは気のせいだと思いたいです。
それと……別に話を逸らす訳では有りませんが、よく貴族社会で有る乳母というのは今では廃れて、母親が身体が弱かったり、亡くなったりした場合に赤ん坊を育てる意味でのみ登場するんだそうです。
王公貴族の御世話・教育は各家のメイドさん達が主に遣りますから。乳母の出番は無しな訳です。
宅の場合だと、メレアさん達が筆頭になります。子供が生まれる頃には俺達も新米でも一人前です。側役は他のメイドさんでも務まりますので。だから一番重要な御仕事を任せられるのはメレアさん達。選定の儀に際し、必ず一人は専属となる理由です。風習には何かしら意味が有るものですね。
「あ、そうそう、忘れる所だったわ
例のパクラチスの養殖の件でね、色々報告が有って相談したい事も有るから近い内に行くと思うわ」
「それは別に構いませんけど……現地じゃなくてもいいんですか?」
「現場の話よりかは机仕事だから」
「あー……其方系ですか……」
パクラチスの調理法は王国内は勿論、他国にまで既に広がっている訳ですが。
養殖に関しては生態調査は勿論ですが、環境保護という名目でアイドリー領以外での試験は不許可。将来的にも、元々河川に棲息していない場所以外で養殖場を作る事は禁止して貰いました。
異常繁殖する可能性が有る以上、下手に違う所に流入すると既存の生態系が崩壊する可能性が有る為だったりします。
一応、メルーディア王国では、という話ですが。今の所、その話が他国にも伝わっているみたいで、リスキーなチャレンジャーは出ていません。
確立された技術を提供して貰う方が安全ですし、コストも時間も掛かりませんからね。
一応、メルーディアの固有種では有りますけど、養殖が可能となれば、そうではない場所での養殖は理論上は可能な訳ですから。欲しがる所は出ます。
ただ、それに伴う管理責任を負って貰う必要性も必ず説いて、覚悟して頂かないと困ります。
前世の環境破壊──生態系の乱れは世界規模での深刻な問題でしたからね。
利権としては魅力が有りますが、責任も重大だと理解して貰う事が必要不可欠です。
ですが、既にパクラチスが棲息する河川を領内に持っている所からは交渉の話が来ているとか。
姉上の言っていた相談は、この件でしょうね。
そんなに、がっつかなくても大丈夫なんですが。それも染み付いた性なのかもしれませんね。




