63話裏
逞しくて力強い、お父さん。
綺麗で優しい、お母さん。
他愛の無い事で笑い。些細な事で喜び。何気無い日々を嬉しく思う。
そんな、何処にでも有る様な。
だけど、たった一つだけの私の大好きな家族。
それが掌から零れ落ちたのは突然の事でした。
冒険者をしている両親は同じ場所に留まらない。留まる人も居るみたいですが、両親は違っていた。そう遣って旅をする事が好きだから。
そんな両親との旅が。私も大好きでした。
でも、それが大きな違いにもなった。
同じ場所に居ないから、家は無い。
お仕事で両親が居ない間、私は宿で、お留守番。それには慣れていたし、寂しくもなかった。
だって、宿の人達や、両親と同じ冒険者の人達が色んな話を聞かせてくれたりしていたから。
だけど、ある日、両親が帰って来なかった。
何日も帰って来ない事は何度も有った。だけど、出掛ける前に言った予定を過ぎた事は無かった。
それなのに。
その日、初めて二人は帰って来なかった。
帰って来ない両親を。一人で待つ私を。心配して声を掛けてくれる宿の人達や冒険者の人達。
一日が過ぎ。また一日が過ぎ。更に一日が過ぎ。一週間が経った所で、私は宿屋を出て行った。
「追い出された」と言う事は出来るけど。
一週間。全部ではないのかもしれないけど。
私を置いてくれていた。
そう信じたい。そう思いたかった。
本当の事は訊けないし、知りたくもないけど。
心を黒く塗り潰したくはなかったから。
ただ、だからと言って私に何が出来るのか。
両親の様に冒険者になって働く事は出来無いし、何処かで働くという事も出来無い。
だって、まだ私は子供だから。
そして──そう為ってみて、初めて気付いた。
自分には行く宛も無く、頼れる人も居ない。
自由に生きていた両親だけど。その自由の所為で私には何の繋がりも残ってはいない。
両親には、繋がりが有ったのだとしても。
その繋がりが私を助けてくれる訳ではない。
それは飽く迄も両親の事なのだから。
フラフラと。ビクビクと。
捨て猫の様に街の隅を隠れる様にして何日か。
お腹は空き過ぎていて何も感じなくなった。
だけど、身体は言う事を聞かなくなった。
街の、何処かの、建物の壁を背に座り込む。
其処へ降り出した雨が冷たく染みて。
身体が。心が。どんどんと冷えてゆく。
立ち上がって雨宿りする気にもなれない。
雨に混ざって流れる涙に、私でさえ気付かない。
「ちょっと、そんな所に居たら風邪引くよ?」
そんな独りぼっちになってしまった私に。何故か声を掛けてくれたのがレベッカちゃんだった。
反射的に上げた顔。
其処に居たのは同い年位のエルフの女の子。
大人の人達とは平気で話せるのに。
歳の近い、同じ位の子供同士だと声が出ない。
人見知り……なのかな?。判らないけど。
ただ、ずっと旅をしていたから、同じ位の子供と遊んだりした事は殆んど無かった。
だって、直ぐに違う場所に旅立って行くから。
だから、その時も声が出なかった。
だけど、レベッカちゃんは私の手を握って。
「ほら!、濡れちゃうから行こっ!」
そう言って強引に引っ張って走り出した。
その背中を見詰めながら。繋がれた手を無意識に握り返していました。
それはきっと、寂しくて、辛くて、泣きたくて。だけど、どうにも出来無いと諦めていたから。
だから、私は嬉しいかったんだと思います。
薄暗い曇り空。灰色の雨に塗り潰された世界で。太陽の様に輝いて見えた、その橙色の髪の背中に。自然と口元が緩んでいました。
「………………?…………ぁ……夢……」
夢を見ていたんだと。
身体が重くて、苦しくて、熱いのに寒く感じる。そんな中で、目に映る見慣れた天井を見て思う。
ぼんやりと。滲んだ様にしか見えないけれど。
あの時から、生きる事が少しだけ楽しくなった。そんな気持ちを思い出す。
それも全部、レベッカちゃんのお陰。
「…………?…………レベッカ……ちゃん?……」
其処に居る筈の声が聞こえない。匂いは……鼻が詰まっているのか、よく判らない。
頭を動かして見ても。見える所には居ない。
少し姿が見えない事なんて珍しくはないのに。
今は、どうしようもなく不安で、寂しくなる。
「また独りぼっちになっちゃう……」と。
口には出したくない気持ちが強くなる。
レベッカちゃんを信じたい。信じたいのに。
一度、それを知ってしまっているから。
失う事が。残される事が。何よりも怖い。
それだったら……と。
どうせなら……と。
弱い私が暗い暗い闇の中で囁く。
「このまま死んだ方が楽だよね?」と。
それは、とても甘く、優しく感じられる。
「……もういいよね?」と心が折れ掛ける。
だけど、「シルファッ!」と呼ぶ声がする。
その声が。レベッカちゃんが。私を繋ぎ止める。
「────ファッ!、ねえっ、シルファアッ!!」
「………………レ……ベッ……カ、ちゃん……?」
頬に。額に。目蓋に。雨粒が落ちていた。
目蓋を開けたら──気が付いたら。
泣いているレベッカちゃんの顔が見えた。
「どうしたの?」と声を掛けたい。泣いてる顔に手を伸ばして涙を拭いたい。
それなのに──身体は動かない。声も出ない。
こんなの…………嫌。
レベッカちゃんを泣かせたくない。
そう思った時だった。
レベッカちゃんの頭を撫でる誰かの手が見えた。
レベッカちゃんが顔を向け、その誰かが居る。
よく見えない。でも、知らない人だと判る。
それなのに。
「大丈夫、助けるからね」と言いながら私の頭を撫でた掌は、とても温かくて、優しく感じた。
其処で安心したのか、記憶は途切れた。
目が覚めた時、その人が笑っていて。
身体が物凄く軽くなっていた。
その事に驚いている私に向かって、思いっ切り、レベッカちゃんが抱き着いてきて。
ちょっと痛いけど。ちょっと苦しいけど。
でも、それが凄く嬉しいと思った。
──思っていたら、急に抱え上げられた。
レベッカちゃんと一緒に女性に連れて行かれて。周りに居た人達は笑顔で手を振っていた。
そして、訳が判らないまま服を脱がされて。
その女性にレベッカちゃんと一緒に洗われる。
それは、久し振りに入った、お風呂で。
レベッカちゃんは文句を言ったり、暴れたりして逃げ出そうとするけど……失敗。
……私?。私は諦めました。
だって、服を脱がされた時の女性の笑顔を見て、遊んで泥だらけになった私と、お父さんを見た時のお母さんの顔を思い出したから。
絶対に、逆らっちゃ駄目だって判りました。
だけど、この女性も。お母さんと一緒で。
身体を洗っている時も、髪を洗っている時も。
「痛くない?」と優しく声を掛けてくれる。
些細な事だけど。その優しさが温かいです。
「二人共、さっぱりしたか?」
「ぅぅ~……」
お風呂から出て着替えた私達を見て、私達の事を助けてくれたアルト様が声を掛ける。
その御名前はレベッカちゃんとクーリエさんから聞きました。メルーディア王国の貴族なのだと。
本当に……色々と吃驚です。
そんなアルト様の言葉にレベッカちゃんは物凄く文句を言いたそうだけど。実際、久し振りに入ったお風呂は本当に気持ち良かったです。
クーリエさんの洗い方も、とても上手でした。
貴族の人って毎日、洗って貰っているのかな?。そんな風に思っていたら、クーリエさんが苦笑して教えてくれました。幼い頃にだけ有るそうです。
その代わりに、結婚したら御夫婦で入るそうで。アルト様も、そうなんだそうです。
──という話は置いておいて。
やっぱり、普段から綺麗にはしていたいですね。染み付いた様に慣れていた臭いが無くなったので。私の鼻が喜んでいます。
──と思っていたら、物凄く良い匂いが。
その瞬間、思い出した様に、お腹が鳴りました。とても恥ずかしかったです。
でも、レベッカちゃんも一緒だったので大丈夫。一緒だったら恥ずかしさも半分こです。
クーリエさんと同じ服を着た別の女性が御茶等をテーブルに置き、アルト様が沢山のパンを空っぽのお皿の上に並べて…………ど、何処から?。
そう思っていたらアルト様に手招きされます。
レベッカちゃんを見たら「行こ」と椅子に座る。レベッカちゃんが素直になってる……。
そんな吃驚な気持ちのまま椅子に座ります。
「食事は別だから、食べ過ぎない様にな」
「……え?、でも、私達、お金が……っ……」
「レベッカにも言ったけど、気にしなかくていい
食べ過ぎて、お腹を壊さない事だけ気を付けてな」
そう言って頭を撫でてくれるアルト様。
レベッカちゃんを見たら、アレもコレもと自分のお皿に盛ろうとして──止める。
顔が真っ赤だから食べ過ぎて、お腹が痛くなった自分を思い浮かべたのかも。
アルト様、レベッカちゃんの事、判ってるんだ。少しだけ、レベッカちゃんの事を羨ましく思う。
アルト様に他の皆さんの事も紹介され、奥さんが沢山居る事に吃驚しました。
私達と同い年の娘が居て──メルーディア王国の王女様だと聞いて吃驚。しかもアルト様の婚約者。フォルテ様も王女様でした。
アルト様って何者なんですか?。
吃驚する事ばかりですが、とても楽しい一時。
御茶もパンも美味しくて幸せです。
其処へ誰かが来たみたいです。
アルト様の御客様でしょうか?。
「アルト、その娘達が?」
「ええ、そうです
レベッカとシルファです」
「レベッカちゃんね、宜しくね~」
「ちょっ、ちょっとっ……」
部屋に入ってきた女性は笑顔でレベッカちゃんを抱き締める。
アルト様に「た、助けてよっ!?」と言いたそう。でも、言えなさそうだけど。
──なんて思っていたら、今度は私に。
離された瞬間にレベッカちゃんがアルト様の方に素早く逃げて行った。
それを見て、私は逃げ損なったと思いました。
「ん~~っ、本当に可愛いわね~
私も早く、こんな娘達が欲しいわ~」
「姉上、先ずは嫡男を御願いします」
「任せなさい、ポポンッと産んで見せるわ」
そんな会話をアルト様としながら私を抱き締めて頬擦りをする女性。
アルト様のお姉さんみたいですが……擽ったい。だけど、その温もりは、とても安心します。
お母さんではないけど……お母さんみたい。
クーリエさんやフォルテ様達とも違うけど。
でも、皆、お母さんみたいで。
とても安心します。
「それでアルトは、この娘達を?」
「ええ、宅で引き取ります」
「「────え?」」
「二人共、今のままだと生活も出来無いだろ?」
「それは…………でもっ………………っ……」
「レベッカちゃん……」
「心配しなくても途中で放り出したりはしない
それに何もしなくていい訳じゃない
貴族の家には彼女達の様に俺達の生活を支える事を仕事にしている人達が居る
二人には、その見習いとして住み込みで教えて貰いながら覚えていって貰う
自分の未来を自分で選択出来る様にね」
「……自分の未来……」
「……自分で選択……」
そんな風に考えた事は無かった。
でも、アルト様の言葉が嘘ではないのだと。
皆さんの顔を見て、信じる事が出来ます。
だから、素直に甘えたいと思います。今はまだ、私達は子供だけど。いつか、恩返し出来る様に。
「…………っ、──か、借りは返すからっ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
そう言って笑顔で私達の頭を撫でるアルト様に。レベッカちゃんは不満そうだけど──嬉しそう。
だって、私達の新しい居場所が出来たから。
二人きりではなくなって。でも、二人一緒で。
一緒に未来を思い描けるのだから。




