61話裏
私の名前はユージェニー。一応、戸籍持ちです。魔力評価は下の中ですから。
私はクライスト伯爵の父と正妻である母との間に次女として生まれました。
戸籍を持たない父と側室の間の子供を含めたなら四女という事になります。
父の子は娘の方が多く、息子は僅かに四人です。まあ、全部で十人ですから極端では有りません。
寧ろ、正妻である母以外との側室との子供達には一人も戸籍持ちが出なかった事の方が驚き。
その逆となり、小さくない御家騒動が起こる事は今でこそ少ない訳ですが。それが大事に為った為、王国法が制定された、という背景も有りますから。それを考えると凄い事だと言えます。
そんな我が家の子供事情なのですが。
実は戸籍を持たない兄姉妹達は皆、末の弟であるアルトの選定の儀の前に縁談が纏まっていました。下手に縛りの無い分、話が早いのが現実です。
その為、アルトがフォルテさんを選んで結婚し、姉様と私の二人が残される形──となる筈でしたが姉様が意外な程に直ぐに結婚しました。
それにもアルトが関わっている訳ですが。
我が弟ながら、その影響力は未知数です。
本人は心底嫌そうなのですが。
そういった事情も有って、私の縁談への注目度は急上昇してしまいました。
その事をアルトに愚痴りはしましたが、実際には私に決定権が与えられているのも同然な状況なので本音を言えば感謝しています。
ただ、あまり下手に出る事も姉としての自尊心が有りますから簡単には出来ません。
姉様の様に出来れば楽なのでしょうけど。性分は簡単には変えられませんから。
そんな私は姉様と違い、二年もの時間を費やして縁談を吟味、結婚相手を決めました。
クライスト伯爵家の事は勿論、姉弟との関係等も考慮した上で、一番良い相手をです。
……まあ、姉様は「そういうのは私には無理」と直ぐに匙を投げるのでしょうね。
アルトは何だかんだ言っていても考えています。考えているから、ああいう風になる訳ですからね。そういう意味では自業自得でしょう。
勿論、その御陰で私達の縁談は決まる訳ですからアルトは姉想いな弟な訳です。
そんな私の結婚相手なのですが。
御相手はレブノフ・フォン・ミロード子爵。
少々訳有りでは有りますが。それは縁談の御話が来てから起きた事。
姉様の嫁いだアイドリー家の後継ぎ問題の件では有りませんが、アルトは引っ張りますね。
本人は不本意だとは思いますが。
ただ、結果としてアルトの齎す影響は良い方向に物事が進んで行く傾向が強いので今回の縁談の話も一転して一気に決まりました。
其処に、アルトからハルモナ王国への訪問の話が入って来ましたからね。誰も反対など致しません。寧ろ、積極的に協力して下さいましたから。
本当に……運が良いのか、悪いのか。
ただまあ、本人は気付いていないのでしょうね。フォルテさんを始め、自分の妻が如何に各国の中で重要な意味を持つ存在に成っているのかという事は勿論ですが、アルト自身が爵位や経歴よりも遥かに高位の存在として認識されているのかという事に。
勿論、意識させてはならないので余計な事は一切言いはしませんけど。
今、アルトが本気で睨めば、その相手は王国には居られない可能性が高いでしょう。
アルトが何かをする、という事ではなくて。
他の方々が排除に動かれるでしょうから。
尤も、当の本人が一番、王公貴族の社会から遠い価値観や性格をしていますからね。
御母様が私にでさえ愚痴る訳です。
しかも、愚痴るしか出来無いというのも事実。
その分の──いいえ、それ以上の利を実家を含め多方面に齎している事は間違い有りませんから。
せめて、もう五人程、国内からの側室を迎えれば落ち着くのでしょうけれど。それがアルトにとって一番難しい話ですからね。
……客観的に見ていてもフォルテさん達を愛し、大切にしているのは判りますからね。
下手にアルトを刺激しない為には、余計な縁談は持ち掛けない事が一番なのだとは思います。
ただ、そうは出来無いというのも事実で。上手く妥協し合っている、というのが実状です。
それにしても……メアリー様の馴染み具合が既に妻の一人と見られても違和感が有りませんね。
アルトは勿論、フォルテさん達も婚約者ではなく妻として認識している様ですから。
……あれなら側室を増やしても大丈夫では?。
「それは無理でしょうね」
そう声を掛けるのは対面に座っている姉様。
つい先程までアルト達の部屋で明日の打ち合わせという名目の雑談をしていた訳ですが。先に嫁いだ先輩という事で姉様に助言を頂いています。まあ、あまり役に立ちそうには有りませんでしたけれど。そんな余計な事は言いません。
それは兎も角として。
私の考えを察して姉様が苦笑しながら一言。
普段から「私には無理ね」と言ってはいますが、私から見れば姉様も十分に貴族です。
特に、こういった人の感情や思考の機微を察する鋭さや然り気無さは別格だと思います。
姉弟揃って本人達が一番面倒臭がりですけど。
「メアリー様にしても、アン達にしても縁が有って結果として今に至る訳で、押し付けではないもの
アルトは縁を大事にしているから」
「本当に……貴族らしくは有りませんね」
「ふふ、そうね」
「姉様もですよ?」と思わず言いたくなりますが嬉しそうに笑う姉様を見ては言えません。
──と言いますか、そんな私自身も自然と口元が緩んでしまっていますから。
結局、そんなアルトの在り方を好ましく思うから誰も彼もが許してしまうのでしょうね。
……それはそれで状況をややこしくしている事は気付いても考えてはいけないのでしょう。考えてもどうしようもないのですから。
「初めまして、レブノフ・フォン・ミロードです」
一夜が明け、予定通りにミロード子爵家に到着。当主であるレブノフ様と御挨拶を交わします。
何だかんだ言っていても、きちんと出来る辺りがアルトの凄さであり、周囲が期待する理由です。
本人に遣る気が無いだけですからね。
それはさて置き、件のレブノフの事ですが。
頂いていた写真で御姿を、資料で経歴等は一応は知ってはいましたが、実際に御会いした第一印象は高評価出来るものです。
声や話し方等にも人と形が現れるものですから。そういう意味でも、想像よりも好印象。
更に私好みの身体付きをしていらっしゃいます。ええ、そういう事も大切な判断材料ですから。
小規模で気軽なパーティーとしてメルーディアで流行っている立食式。其処にアルトが関わっている事は言うまでも有りません。
それを知っていればこそ、なのでしょう。
ただ、こうして実際に参加してみると従来よりも気軽に話も出来ますし、楽しめると判ります。
本当に……自分で首を絞めていますよ?。
そう言いたい気持ちを視線に込めた先のアルトはレブノフ様の御両親と話している最中です。
「──え?、ケーンブーゼの御出身なのですか?」
「はい、まあ、地方の小さな商家の娘ですが」
「其処は重要だとは思いません、愛と覚悟が有れば身分や血筋など乗り越えられますから
寧ろ、両国間に有る溝を考えれば、それを乗り越え御一緒に歩んで来られている事は尊敬に値します」
「~~っ……有難う御座います」
さらっと他愛無い会話からアルトがレブノフ様の御母様を誑し込んでいました。
正確には御家族を、ですね。
アルトからすれば、素直な気持ちなのでしょう。ただ、それを言われた方は……ええ、落ちますね。それだけ根深い問題では有りますから。
明るく振る舞われていても御苦労は多々有る筈。それを理解した上での称賛ですからね。
きっと今のアルトの言葉は本人の関知しない所で一人歩きをして、アルトの評価を高めるのと同時に長年膠着状態に有る件の問題を動かす。そんな気がしてなりません。
何しろ、御家族は商人ですからね。
利には敏感な筈です。
「……っ……っぁ、し、失礼しました」
「いいえ、御気に為さらずに」
場の雰囲気に当てられ、涙ぐむレブノフ様に対し然り気無くハンカチを御渡しします。
別に含む所は有りません。姉様の様に抱き締める様な大胆な真似は私には出来ませんから。
ただ、それが演技ではない事は判ります。
そして、そういった涙を流す事が出来る方であるという事は私にもとって好ましい事です。
家族を大切に出来無い方とは歩めません。
何気に、そんな両親の姿を見て育ち、目標であり理想としていますから。
でも、口には出しません。恥ずかしいので。
そんな気持ちを誤魔化す様に視線を巡らせれば、姉様の側で貰い泣きしているマステディオさんが。同じ様に側室の方の中にも。
アルト達の方ではアンさんとメアリー様が。
……何と言いますか、凄い状況ですね。
この流れで「今回は御縁が無かった様です」とは冗談でも言えませんね。
………………少しだけ。本当に少しだけですが。言ってみたいという気もします。
アルトや姉様が居ますから笑い話で済ませられる気もしますが。その恩は高く付きそうですね。
まあ、二人共、揶揄うネタにする程度だろうとは思いますが。避けられる事は避けられます。
将来、我が子達に話されても困りますから。
少しだけ現実逃避する様に考え事をしている間にレブノフ様は涙を拭い、立て直されました。
やはり、男性にとっては泣いている所というのは見られると恥ずかしいものなのでしょうね。
そう考えると、姉様の惚気話を軽々しく話さない様にと言われた御母様の配慮は流石です。
姉様の場合、それはそれで夫婦仲が良くなる様な気がしますけど。
アルトは…………想像出来そうで難しいですね。普段の愚痴り方からすれば泣き言を言う様子自体は想像出来るのですが。本気で泣いている姿は……。多分、有ったとしても、フォルテさん達が他言する事は有り得ないでしょうね。それは夫婦の──妻の特別な自慢でしょうから。
「御活躍は聞き及んでおりましたが、想像していた以上に御立派な弟君ですね」
「そう言って頂ける事は喜ばしい限りです
ただ、家族としては色々と振り回されていますから少なからず思う所も有りますよ?」
「え~と、それは……」
「……ふふ、御免なさい
でも、大丈夫ですよ
あの子は細かい事は気にしませんから
それに直ぐに知る事になると思いますから」
「はあ…………え?………………──あっ!」
揶揄う意味も含めて言えば、レブノフ様は僅かに間を置いてから気付いて、照れられて。
失礼ですが。思わず、その御様子が可愛らしいと思ってしまいました。
歳上で、私よりも社会での経験は有る方なのに。恥ずかしがる姿は年下の様に純粋で。
つい、抱き締めてしまいたくなりました。
そして、姉様の言っていた事が判りました。
「ああ、この人が私の運命の人なのね」と。
言葉にするのは難しい、物凄く感覚的な事。
だけど、それが間違いではない。
決して、間違いにはしない。
そう強く思う事が出来るのだから。
本当に何が切っ掛けになるのかは判りませんね。でも、そういうものなのでしょう。
だからこそ、アルトは縁を大切にするのだと。
自分自身が知ればこそ、納得する事が出来ます。
そして──それ故に更に柵は増える訳です。
この私達の縁もアルトが紡いでくれたもの。
私達は──ミロード子爵家は勿論、レブノフ様の御家族にとってもアルトの齎す恩恵は小さくない。それを返す、或いは、それに応える、という事は。より繋がりを深める事になる訳ですから。
アルトの存在価値は更に上がる事でしょう。
まあ、本人の言動の結果ですからね。
大変でしょうけど、頑張って下さいね。




