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60話 理想


 ニュエの月、8日。

 リチェス近くの川の濁りの調査から二週間。

 原因であった大量繁殖していたパクラチスを取り除いた事により川の濁りは収まった。

 しかし、パクラチス達が食い荒らした事で乱れた川の環境は直ぐには戻らない。

 農作物である野菜等とは違い、自然環境を元へと戻す為には時間を要する事は避けられない。

 魔法やスキルが有る世界だろうとも、万能という訳では有りませんから。


 取り敢えず、原因は判ったし、これ以上は被害が拡大しないと思うので、一応の解決。

 川の環境に関しては、様子を見ながら長期的に。代官という立場での意見であり、仕事です。

 姉上は勿論、マステディオ(御義兄)さんも理解が有るので此方等としても助かります。


 ──で、捕獲したパクラチスですが。軽く一万を越えるという漁獲量。売れれば喜ばれる訳ですが、需要の無い魚ですからね。皆さん困り顔でした。

 「取り敢えず、試してみましょう」と提案をして泥抜き。三日程、リチェスに滞在しながら広範囲に渡って調査も行い、泥抜きが終わったパクラチスを調理してみました。

 結果としては殆んど臭いは無くなりました。

 上半身は鶏肉と魚の間の様な肉質で揚げ物にして食べると美味しく、下半身は鰻そのもの。蒲焼きにしたら懐かしくて仕方が有りませんでした。醤油を作っておいて本当に良かったです。

 そんな訳で、試食会という形で大半は大盛況にて消費されました。小さいのも姿揚げにして食べるとカリカリ感で食が弾みましたからね。


 この調理法は瞬く間に各地に伝えられました。

 嫌われ者だったパクラチスは一躍時の魚(スター)に。


 其処で、リチェスで養殖の実験を試みる事に。

 元々の異常繁殖の原因を突き止める意味も有り、生態調査も兼ねての事。

 臭みを無くす方法は単純で、養殖なら臭いの無い餌を与えて育てれば済む話ですから。


 パクラチスが食べられる物が何かを試して調べ、それが栽培可能な野菜等であるなら傷物や規格外、粗悪品の為に消費されずに棄てられる物を転用。

 廃棄する野菜等や捨ててしまっていた野菜屑等を餌に転用する事で臭みを無くす。前世で既に実用化されていた事なので可能だと判っています。

 料理店や家庭、加工過程の屑でも流用可能な様に餌にする工夫をすれば更に無駄が無くなりますし、経費削減や環境にも優しくなります。

 結果として、パクラチスの品質を上げたり、違う効果が確認出来れば付加価値も生みますからね。

 一つの産業が複合的に他の部分にも影響を与え、良い方向に進む事は嬉しい限りです。


 この世界では水産系の養殖は未開拓分野ですから様々な方向で可能性を秘めていると言えます。

 クライスト家のイトッファは海産物なので川魚の養殖を行うアイドリー家とは競争にはなりません。その辺りへの配慮はしています。兄妹弟で争う様な事態にはしたくは有りませんから。

 何しろ、利が絡めば人は変わりますからね。


 尚、パクラチスの養殖に関しては現地に居る事も有り、マステディオさんに委任する事に。

 自分が前に出過ぎても後々面倒ですし、姉上でも同じ事ですから。

 マステディオさん自身が遣る気で助かりました。姉上も自分が前に出過ぎる事はアイドリー家の為に必要な事だとしても、気にはしていましたからね。御役に立てて何よりです。



「…………で、これは?」


「改めて御説明が御必要ですか?」



 机の上に築かれた角塔を指差しながら訊ねれば、敏腕メイドは空いたカップ等を片付けながら此方を見もせず、片手間に一言だけ。

 その態度に文句は言いません。

 でも、この角塔に関しては別です。異議有り!。



「私に言われても何も変わりませんが?」


「くぅっ……フォルテが居ないっ……」



 泣き付く我が心の拠り所が傍らに居ない。

 これが、どんなに辛く、切なく、寂しく、愛しく恋しくさせるのか。

 まあ、執務室(此処)に居ないだけですが。


 メレアさんの言った通りに、現実逃避していても目の前の現実は変わりません。角塔も消えません。ええ、御見合い写真の塔ですよ、畜生っ!。

 パクラチスの件も有って、また注目されました。注目される事は仕方が無いにしても、どうして?。どうして新しい縁談に繋がる訳?。どんな思考回路しているんですか?。機能停止(ショート)してません?。

 それに滅茶苦茶反応が早いし。

 情報伝達速度が速い事は良い事ですけど、それを無駄遣いしてませんか?。

 もっと国の為、民の為に活用しませんか?。

 ……え?、「その為の結果です」って?。それを言っちゃうんですか、メレアさん?……泣くよ?。本気で泣いちゃいますよ?。



「いい加減、御自覚下さい

アルト様の場合、正妻のフォルテ様は別にしても、側室は二十人居ても少ないと思われます

寧ろ、百人は娶らされても可笑しくは有りません

それを国王陛下を始め、理解の有る皆様が配慮して下さっていらっしゃればこそです

御見合いの話が来る位は妥協して頂かなくては」


「それは判ってるんだけどねぇ……」


「それはまあ、選定の儀以前のアルト様の御立場を考えれば、後になって近寄る方々は餌に群がり集る卑浅な輩に思えるのでしょうが……」


「いや、流石に其処までは…………え?」


「…………」



 「大袈裟な言い方だな」と思いながら聞き流そうとして──出来ませんでした。

 そして、気付いた訳です。

 今のはメレアさんの本音で。メレアさんとしては俺以上に御立腹である、という事に。


 だから、メレアさんが自分の失言に気付き、顔を赤くして外方を向いた姿には思わず顔が若気る。

 恋愛対象ではなくても。

 メレアさんが俺の一番最初の理解者ですからね。その点に関してだけはフォルテよりも先です。

 だから、思う所は有る、と。

 擽ったいですけど。胸の奥がほっこりします。

 人の繋がりや関係の在り方というのは様々ですが主従関係の中にも確かな強い絆が有る。

 その事を知る事が出来たのはメレアさんだから。フォルテにとってのクーリエさんの様に。

 それは得難い縁であり、運命と呼ぶに相応しい物だと言えるのだから。



「さてと、見るだけで片付くなら楽なものだしね

さっさと片付けちゃいますか」


「そうして下さい」



 素っ気ない言い方だが、話題を蒸し返したくないメレアさんは一言だけ返して背を向けて退室した。俺としても変に突っついて怒らせたくはないです。まあ、照れ隠しな訳ですが。度が過ぎれば怒る事は言われても判る事ですからね。遣りません。

 ただまあ、遣る気は出ましたから。今は御仕事を頑張るとしましょうか。


 因みに、この後、仕事を終わらせた俺が御機嫌な様子だったらしく、アン達が気にしてきました。

 フォルテだけは何と無く察したのか優しい笑顔で追及してくるアン達を捌いてくれていました。

 多分、俺なんかよりもメレアさんの本音を前から知っていたんでしょうね。何と言っても正妻です。メレアさん達とのコミュニケーションという意味でも俺よりも親しいでしょうから。

 勿論、気にはなっても踏み込みはしませんけど。其処は男子禁制の聖域なので。




 そんな新しい発見も有り、代官生活も順調。

 気にしない様にする事が増えてはいますが本当に気にしても仕方が無いので気にしません。それらを一々全部気にしていたら切りが無いですから。

 何より、精神衛生上、良く有りませんので。


 まあ、それはそれとして。

 一時的にとは言え、【教導Ⅹ】等の影響を受けて成長している事だろうエレンさんとミーファさん。二人には口止め料(・・・・)として指導を。

 流石に新規雇用全員を魔改造(強化)はしません。

 二人に関しては一応スキルの事を話し、機密保持という理由での生涯雇用を受け入れて貰いました。物凄く喜ばれたのは想定外でしたけど……俺以外の皆の反応は「それはそうですよ」と納得の様子。

 こういう時に、まだまだ自分の意識──価値観が前世に強く影響されているんだと感じます。

 でも、そう簡単には価値観って変わりませんから仕方が無い事なんだと思います。



「ハァ、ハァ……やはり、御強いですね……」



 肩で息をし、両手を膝に付いて身体を支えているエレンさんが改めて感心した様に言う。

 その側には倒れているミーファさん。慣れているフォルテ達は一足先に汗を流しに戻り、後片付けを遣っているフロイドさんも不在。

 だから、この場面だけを切り取って見たら、俺が二人を嬲った後に見えるかもしれません。

 息を乱す姿って妙に艶っぽいと思いません?。



「洗礼式を済ませた分は強くなってるからね」


「いえ、そうではなくて……純粋に、です」


「そう?」


「はい、アルト様の凄さはスキルに頼らない点です

故にスキルが使えない状況でも強さは変わりません

それは遣ろうとしても至難な事ですから」


「言いたい事は判るんだけど……俺の場合、山での狩りや鍛練を洗礼式前から遣ってるからね

生活の一部として、それが染み付いてるだけだよ」


「それでも絶対に必要な事では有りませんよね?」


「それは……まあ、確かにね」


「平民である私でさえ、其処まで日々の生活の中で狩りや鍛練は必要とはしていませんでした

貴族であるアルト様なら尚更に不必要な筈です

勿論、ある程度は将来の為に必要だとは思いますが生活する上では不可欠ではない筈です

それでもアルト様は遣って来られた訳です

その積み重ねが確かな強さと成っている訳ですが、それは遣ろうと思っても困難な事です

事実、同じ事を遣ってもアルト様の様には成れない可能性の方が遥かに高いのですから」


「そう言い切るって事は過去に遣ってみて可能性を試した人は居るんだ──って、冷静に考えてみれば当然の事なのか……」


「“スキルに頼らない強さ”という物は、ある意味一つの理想であり、至高の領域ですので」



 そう語るエレンさんを見ながら「大袈裟な」とは言えません。だって、そういう強さを求める人達は王公貴族よりも平民に多いでしょうから。

 現在では考えられない事だったとしても。

 曾て、とある時代に於いては。

 スキルの獲得が特権階級等に独占されていた事も有ったでしょうからね。


 その為、それに反発する意味で先程エレンさんが言った様にスキルに頼らない強さを求めた。

 そういう歴史は少なからず有ると思います。

 其処まで詳しい話等は調べたりはしていませが。少し想像すれば思い浮かぶ様な事ですからね。

 恐らくは、そういった事実も有った筈です。



「でも、そういう事だったら、エレンさんにとって今の状況は理想に近付く為の一歩って事だね」


「…………そう、ですね

言われてみて初めて気付きました」


「でもまあ、それ位で良いんじゃないかな

気合いが入り過ぎて空回りしたり、あまりに意識し過ぎて自分で自分を追い詰め過ぎたりするよりも、気付いたら理想(其処)に至ってた

力が抜けてる方が意外と近道になるかもね」


「…………そうかもしれませんね」


「尤も、力を抜き過ぎても駄目だけど」


「え?……ああ、ふふっ……ええ、そうですね」



 誘導する様に視線を向けた先では突っ伏したまま力尽きて寝息を立てているミーファさんの姿が。

 怠けている訳では有りませんけど。

 エレンさんは生真面目な性格的にも力を抜く事に関しては不器用そうですからね。

 そういう意味ではミーファさんの存在は、彼女にとっては丁度良い弛緩剤(・・・)なのかもしれません。

 勿論、本人達には言いませんし、気付く必要とか有りませんから。


 ただ、誰しもが、こういった形で影響し合う事で繋がり合い、良くも悪くも変化していく。

 その中で、経験や努力を積み重ねて成長するものなんだと思います。


 ──とは言っても、出来る事なら俺達は社会的に目立ちたくは有りませんけどね。

 そうもいかないのが現実であり、世の中です。

 チラッと見えてしまったメレアさんが運んでいた聳える魔塔が悩みの種です。



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