59話 漁獲
自分の、そして皆の意識を逸らす為に。捕獲した魚達の方へと話題を向ける。
大盥の中で大半を占めているのは黒・茶・灰色の斑模様が滲む様に不規則になった柄をした魚。
この柄は皮膚ではなく鱗に浮かんでいるのも特徴だったりします。塗装しているみたいです。
鯉の様な頭に鯰を思わせる上半身で下半身は鰻と見た目にはオタマジャクシな様にすら思えますから鱗が無かったら尚更だった事でしょう。
正直、普通に継ぎ接ぎで作ったよりも酷い姿で。美味しそうにも見えないし、可愛いらしくもない。余程の物好きじゃないと飼わないと思います。
「初めて見る魚ですね」
「ああ、クライスト領には棲息していないものね
その魚は“パクラチス”っていうのよ」
「アイドリー領の固有種ですか?」
「そんな事は無いわよ
メルーディア王国の固有ではあるみたいだけど
現状、メディット山脈から北部でしか見付かってはいないらしいわ
東西に分けると西部域ではアイドリー領だけね」
「それなら、王国の川全体で見たら個体数としては少ない方に入るんですかね……」
「あー……そういう見方をすれば、確かにそうなのかもしれないわね
でも、パクラチスは食用じゃないし、鑑賞用に飼う人も居ないわよ、こういう見た目だから」
そう言う姉上の言葉にパクラチスを見て、沈黙。女神なフォルテですら言葉が見付からない様子。
いやまあ、別に無理に褒めなくてもいいですし、相手は理解していないでしょうからね。
取り敢えず、このパクラチスが大量に捕れた事で原因は判ったので一歩前進した訳です。
「姉上、食用じゃないというのは毒持ちとか?」
「それ以前に物凄く臭いらしいわ
昔、何とかして食べられないかって料理方法を色々試した人達も居たみたいだけど……」
「悉く失敗した、というのは実は有名な話です」
「へぇ~……そうなんだ、知らなかったな」
「市場に出回りませんし、クライスト領内の川には棲息していませんから仕方が無い事だと思います」
「知ってる人は知ってる常識だけど、知らない人は興味を持たないと知る事は無いって事か……」
姉上の後をメレアさんが補足して説明。
嫁いでいても姉上はクライスト家の娘ですから。メレアさんも然り気無くフォローする訳です。
まあ、それはそれとして。
そういった事って実は珍しくは無いんですよね。決して俺は全知全能では有りませんから。
クライスト家の成り立ちも含め、今までの俺達の生活って農作と狩猟が中心。川で魚等も獲りますが詳しく調べてはいません。栽培の可否を重視してはいますからね。家の本も植物関連が多くなります。だから魚介類関係は手付かずだったりします。
「ですが、此処まで数が多いというのは初めてです
人は食べませんが、飽く迄も人に限った話なので」
「生態系の中では捕食される側だから当然だね」
「……初めてなのよね?」
「ええ、初めて知りましたよ
でも、実物を見れば判る事も有ります」
そう言いながら、大盥の中でも大きい方の一匹の鰓に右手の指を入れ、持ち上げる。
ビチビチと動いて水を散らされるのは嫌ですから左手で尻尾の方を握ります。……滑りも有るのか。ちょっと触るのも嫌になりますね。
「ほら、パクラチスの口って下向きですよね?」
「ええ、そうね」
「これって川底や岩の苔を食べたり、泥や砂の中の虫等を食べたりする魚の特徴なんですよ
捌いて胃の中を見てみたら判るとは思いますけど、パクラチスって草食だと思います
肉食ではないなら、生態系の中では捕食される側になる事は珍しくは有りませんから」
「成る程ね……確かに見れば判る事だわ」
そう言いながら姉上は勿論、皆が俺が持っているパクラチスの口を見て納得している。ただですね、出来れば自分で持ってみません?。まあ、触るのも嫌な感じなのは判りますけど。
「──で、このパクラチスが川の濁りの原因です」
「パクラチスが?」
「普段──通常なら何の問題も無い訳ですが、数が異常繁殖しているんでしょうね
その為、川底の泥や砂を巻き上げますし、水草等も急激に数を減らしてしまいます
水草も増え過ぎてしまうと水質を害して困りますが減り過ぎても水質を綺麗に出来無くなります
魚も水草も虫等も、全てがバランスを保っていれば川の水質というのは自然な形で綺麗になります
でも、大きくバランスを崩してしまうと……」
「自然の自浄作用が失われて濁る、という訳ね」
「まあ、どうして原因であるパクラチスが異常繁殖しているのかは現時点では不明ですけどね」
「川を見て、魚を捕っただけで、此処まで判ったら調査としては十分だと言えるわ
勿論、その事も判るのなら助かるのだけれどね」
「取り敢えず、一匹捌いてみましょう」
そう言って持っているパクラチスは大盥に戻さず予め用意していた水で洗い、取り出した俎の上に。御一匹様、御案内~。
見よ!、鍛えられし我が包丁捌きをっ!。
──なんて事を思ってても作業自体は地味です。派手なパフォーマンスよりも堅実な業ですから。
ただまあ、これって代官が自ら遣る様な事なんかじゃないんですけどね。
メイドさんが同行している訳ですし。
流れで当然の様に俺が遣ってますけど。
「へぇー……意外と小骨は少ないんだな
身質も程好く弾力が有るし、いい感じだね
ただ……如何せん臭うなぁ……」
そして、全員が俺から3ミードは距離を取った。フォルテでさえ、反射的にです。
いや、確かに臭いますけど。それはどうなの?。俺だけ爆心地に置いてけぼりですよ?。
……え?、何?、「代官として御立派です」?。いやいや、感動して涙を拭う振りして、鼻を隠して臭いを防いでますよね?。
──という薄情なメイドとのアイコンタクトでの会話をしながらも作業は止めませんけど。
それにしても臭い。
捌き終わったら改めて水で洗い、軽く塩を振る。そのまま置いて、調理の準備に移る。
俺が漁をしている間に、手際よくフロイドさんが作ってくれた簡易竈に3サニタ程の深さになる様に油を入れた中華鍋風の丸底鍋と水を張った鍋を置き熱を入れていく。
置いていた切り身の染み出た余分な水分を拭き、素揚げと茹でで味を確かめます。
尚、試食には全員参加です。強制的にね。
「味は淡白だが癖も無いな、でも……」
「身の食感は悪く有りませんね、ただ……」
「「やっぱり臭い(です)」」
フロイドさんとメレアさんが代表して言った様に兎に角、その臭いがキツイ。
宅は好奇心旺盛な無謀者が多いですが。
それでも態々好き好んで食べようとは思わない。前世だと直ぐに幾つか思い浮かぶ臭い魚の加工食品というのが有りましたけど、旨さが有りました。
しかし、このパクラチスには現時点で旨さは無いと言うしか有りません。
「ん~……取り敢えず、泥抜きしてみるかな」
「アルト様、“泥抜き”というのは?」
「川魚とかの臭さってさ、水や泥の臭い、食べてる餌が臭いからっていうのも要因の一つなんだよ
だから、数日間、入れ替わる綺麗な水の中に置いて餌も与えないと臭みが取れる事も有るんだ」
「そうなんですね」
独り言のつもりで呟いた言葉に食い付いたのは、料理好きで探究心の強いフォルテ。
他の女性陣も興味津々ですが。
まあ、変に追及されないだけ助かります。
追及されたら、口が滑りそうですから。
泥抜きの遣り方を説明しながら、投網の第二投。一回で川の全容が判る訳では有りませんから。
ただ、期待を裏切らず、と言うか。期待外れだと言うべきなのか。正直、悩み所ですが。
二投目の結果も八割がパクラチスでした。
明らかに個体数が偏っています。
この結果から見ても川の濁りの原因はパクラチス大発生と言っても間違いは無いと思います。
勿論、一ヶ所だけではなく、川の濁りが見られる全域を調査する必要は有りますけど。
略々、確定と考えてもいいでしょうね。
「フロイドさん、其方は?」
「駄目だな、この辺りにも水草は見当たらない」
「陸地は十分な程に生い茂ってるんですけどね」
「流石に陸に上がってまでは食わないだろうしな」
「そうとも限りませんよ?」
「は?、マジで?」
「ええ、魚の中には陸地を移動する物も居ますよ
勿論、色々と条件も有りますけどね
ただまあ、水草と陸の植物とでは性質的に違うので何でもかんでも、とはいかないと思います」
「世の中って広いんだな……」
川辺で、脛上まで水に浸かりながら水草の有無を確かめながら話す俺とフロイドさん。
俺は太股まで浸かってますけどね。身長差も有る訳ですから仕方が有りませんけど。ちょっとだけ。本当に、ちょっとだけ。負けた様な気分になるのは仕方が無い事。だって、男の子だもん!。少し位は無意味な自尊心も有ります。拘りはしませんが。
そんな事は置いておいて。
パクラチスの大発生異常繁殖により水草が減り、川の環境が著しく変化してしまった為、水質の自浄作用は機能を失い、餌を求めて広範囲に拡大。
川底の泥等を巻き上げる続けてもいる、と。
まさかに悪循環ですね。
「姉上、これ以上被害が拡大する前にパクラチスを総出で捕獲した方が良いと思います
──と言うか、他の対応策は思い付きませんしね
放置すればする程、川の状況は悪化するだけです」
「そうね、直ぐに人手を出すわ
ただ、問題は後始末よね……」
「取り敢えず、泥抜きを試してみましょう
食用可能となれば、どうにかなりますから
最悪、干して砕けば肥料にはなると思いますしね」
「遣ってみるしかないわね
それじゃあ、私は一旦町に戻るわ」
「メレアさん、姉上に同行してあげて
この量の泥抜きの為には生け簀も必要になるから、其方を造る人手も必要になるから」
「畏まりました」
姉上達が町に戻るのを見送りながら投網や釣竿、他の網や仕掛け籠、特大の盥等を取り出します。
流石に、フォルテ達に川に入らせるという訳にはいきませんから。準備はしていましたよ。
俺とフロイドさんは川の中で捕りまくりますよ。今更動いて濁らせる事とか気にしていられません。如何に早くパクラチスを減らすかが重要です。
「だが、パクラチスを取れば元に戻るのか?」
「直ぐに、という訳にはいかないでしょうね
姉上の話にも有った前例が、同じ原因だったのかは現時点では判りませんしね
その時の川の状況も判りません
運が良ければパクラチスが捕食されて数を減らせば一過性の増加で済みます
それなら放置しても元に戻りますし、川の環境への被害や影響も最小限に止まると思います
でも、今回の場合は……」
「既に手遅れ、か……」
「ええ、少なくとも今見えている範囲の川の状況はパクラチスを取り除いても元に戻るまでには時間が必要になると思います
流石に五年や十年という事は無いでしょうけど……
それでも場合に因っては二~三年は掛かるかと」
「人だけが環境を壊す訳じゃないんだな」
「現時点では判ってはいないだけで、調べてみたら大元には人が関わっている可能性は有りますよ
ただ、直接ではなくても間接的に、巡り巡って、と気付き難い場合も多々有りますからね
こういう事は何処にでも起こり得る事です」
「嫌な現実だが、それも人の業か……」
「まあ、幸いなのはパクラチスが食べられるって事なんじゃないですかね」
「は?──って、ああ、調べたのか」
「姉上が居ない間にね
楽しみが有れば少しは遣る気になるでしょ?」
「確かにな……なら、じゃんじゃん捕るか」
そう言って黙々とパクラチスを捕獲する俺達。
姉上が人手を連れて戻ったら俺は泥抜きする為の生け簀造りに部署移動。
漁師から土木工に転職です。
書類仕事よりも現場仕事の方が遣り甲斐が有ると思うのは俺だけなんですかね。
──とか考えていたら察しのいい敏腕メイドから物凄く睨まれました。




