56話 転居
メィヴェの月、15日。
月頭から代官としての仕事が始まる予定でしたがホースリザードの一件で準備が必要となり、延期。本の少しですが、思い掛けない猶予に息抜き。
そうは言っても特別な事はせず、普段通りに。
普段通りだと言えば、普段通りの日常ですけど。その普段通りが幸せなんだって気付き難いもので。失って初めて理解出来たりするもの。
まあ、前世の自分の最後すら判らない訳なので。唐突に自分の日常が失われた、という意味でなら。説得力が有るでしょう。詳細は語れませんけど。
そんな暫しの平穏を経て、アイドリー子爵領へ。
事前に必要な準備は出来ていますから、御世話になっていた別邸での生活を支えてくれていた人達、父上達に挨拶をしてクライスト領を離れるだけ。
アイドリー領に入ったらアイリーン様と姉上達に挨拶をして正式に代官の任を承る。
許可は王国──と言うか陛下が出すんですけど。任命式みたいな事は各家の当主の務めだそうです。だから、しっかりと学んで置きます。将来的に領地持ちになる可能性は否めませんから。
新生活を始める屋敷には先入りしていた新規雇用となった人達が居て、其処には見覚えの有る人が、しれっと並んでいました。
「え~と……エレンさんにミーファさんですよね?
何で此処に……と言うか、どうしたんですか?」
「フロイド様から御聞きでは?」
「フロイドさん?……あ、もしかして、飼育員?」
「はい、ホースリザード達の飼育員として雇用して頂きました、宜しく御願い致します」
「よっ、宜しく御願い致しますっ」
相変わらず堂々としたエレンさんとオドオドしたミーファさんの組み合わせは不思議です。
まあ、それは置いといて。
捕獲したホースリザードは数が数ですから、今後フロイドさんが掛かり切りになる事は好ましくない状況になりますから、新規で募集──すると自分の仕事が増えますから、フロイドさんに一任。
ホースリザードに怯えず、怖れず、恐がらせず、万が一にも対処出来る実力者、と。
最低限の条件だけ伝えた訳ですけど……まさか、こういう人選をしていたとは……。
フロイドさんを呼び、声を潜めながら訊く。
「……面倒だからって近場で済ませた?」
「そう思われるかもとは思ったけどな
あの二人もアルト様の影響を受けただろ?
機密保持の意味も含めて、手元に置いておいた方が良いだろう?
実力も将来性も有るしな
家臣としては悪くない人選だと思うが?」
「…………まあ、確かに……」
フロイドさんの言っている事は筋が通っているし必要な対処だと言ってもいい。
ただ、らしくない。
決して、フロイドさんは脳筋ではないし、浅慮な訳でもないんだけど……出来過ぎている。
そう考えると、フロイドさんに助言をしただろう人物が自然と浮かび上がる。
「…………成る程ね、メレアさんの入れ知恵か」
「──っ!?、な、何で判ったっ?!」
判らいでか。──と言うか、フロイドさん自身が考えたにしては合理的過ぎますからね。
正義感溢れる主人公気質なフロイドさんだったら俺との縁──主にエレンさん達へ影響を与えた事を理由にする程度でしょうからね。機密保持だなんて尤もらしい理由は出ない筈です。
そう考えれば誰の入れ知恵かは直ぐに判ります。アンという可能性も有りますが、アンに相談をする位だったら俺に直接訊くでしょうからね。
寧ろ、メレアさんの方か。手助けする振りをして然り気無く、フロイドさんの思考を誘導した、と。そういう所でしょうかね。
まあ、エレンさん達の事も気にはなっていたので見透かされた、という事にして置きましょうか。
納得も出来た所で、待たせているエレンさん達の所に戻り、話を続けます。
「仕事の詳しい話は聞いていますか?」
「はい、最初は驚きはしましたが、詳しく聞けば、そういった人選になるのも判ります
普及している飼育種なら兎も角、新しい種となれば普通の者では危険が伴いますので」
「一応、飼育は此方に来る前に試みた遣り方で特に問題は無さそうだから、それが下地かな
其処から様子を見ながら改善していく事になるなら試行錯誤で色々大変だとは思うけど宜しくね」
「此方等こそ滅多に無い貴重な経験をさせて頂ける機会を与えて頂き光栄な限りです」
そう言って一先ずは話は終わり。
屋敷に入り、引っ越しの後片付けです。
勿論、俺達も自分達で出来る事は遣りますから。それが我が家の遣り方です。──と言うかね、皆が働いてるのに俺達だけ御茶したりは出来ません。
日常生活の中での仕事とは違いますからね。
だから、動いていた方が気楽なんです。
そして、新規の皆さんにも慣れて貰う為にもね。これが俺の在り方なんだって。
地味ですけど、こういった地道な積み重ねが後々御互いに動き易い環境や関係を構築する上で大きな意味を持ってきますから。軽視出来ません。
片付けが済んだら新生活開始パーティーの準備。普通は遣らない様な事ですが、俺達は生活共同体。主従の立場は有りますが一緒に生活するという点に関しては同じな訳です。だから、親睦を深める為に簡単なパーティーを催します。
食材等は色々と持っていますからね。一般よりも豪華になる事は否めません。
その為か、厨房からは「あ、あの、本当に宜しいのですか?」とか「これが普通……」といった様な驚きと戸惑い、期待と喜び、職務とプロ意識の狭間にて揺れている心境が手に取る様に判ります。
そんな様子を直に見られないのは残念ですけど。現在、厨房は女性陣の聖域と化していますからね。俺でも気軽に踏み入る事は出来ません。
まあ、女性陣には女性陣の馴染み方が有りますしフォルテ達とメレアさんに任せて置きましょう。
「マイト、ダラック、テーブルは料理毎に分ける
だからな、距離を開けて並べる様にな」
「畏まりました」
「クロスは同じで宜しいのですか?」
「うん、後片付けの事も考えて其処は簡単にね」
会場──というと大袈裟だけどね。部屋の準備は俺達が担当しています。
兄貴分肌の筈のフロイドさんなのに。どうしてか仕切っている姿を見ていると笑いそうです。
別に偉そうにしても、調子に乗ってもいないのに思わず吹き出しそうになるから不思議です。
まあ、フロイドさんが、と言うよりは新人執事の二人との比較から来るギャップなんでしょうね。
一人目のマイトは十七歳。若いですけど、実家はメルーディア王国で五指に入る大商家。クライスト伯爵家とも取り引きが有り将来性も加味して採用。コネと言えばコネですがコネ採用では有りません。使えない人は要りませんからね。
商売関係の仕事では頼りにする事なるでしょうし俺の代理で交渉等を任せる事も有り得ますからね。更なる成長にも期待しています。
見た目には小柄で童顔。ちょっと服装と口調等を変えたらメイドでも通用しそうな感じです。
二人目のダラックは十九歳。十歳の時から見習いとして学び、十三歳で正式に執事となり働いていた実績が有り、応募時には冒険者ギルドで働いていた経歴を俺としては高く評価しました。
執事として解雇された訳ではなく、自ら退職して経験を積む為に冒険者ギルドへと就職した行動力と執事としての向上心には感心します。
芯がしっかりしているので客観的な意見や判断が出来るという強みは頼もしく思います。
見た目はフロイドさんよりは少し低い位の長身。細身ですが服装の下には良く鍛えられている身体が隠れています。
あと、二人共に魔力持ちでは有りません。
執事の仕事の出来に魔力の有無は無関係ですから俺は其処を重視したりはしません。
まあ、そういう基準で選ぶ所も有るそうですが。俺個人としては有り得ませんけどね。
執事という意味ではフロイドさんよりも正しいと言わざるを得ません。
フロイドさんは執事というよりは側近や近衛的な感じになりますからね。正統派で執事執事しているフロイドさんは想像出来ません……ッブフッ。あ、いや、笑ったら駄目なんですけどね。無理。
「?……何だよ、ニヤニヤして……」
「やっぱり、下が居ると様になるなって」
「はあ?…………ア、アルト様っ!」
「ハハッ、照れない照れない」
「やっぱり、良いお兄ちゃんですね」と。
言外に揶揄う様に含みを持たせて──誤魔化す。
別に、自分の巫山戯た思考を、ではなくて。
フロイドさんは知らなくていい事を。
基本的に面倒見の良いフロイドさん。アンという特別な妹が居た事も有るんでしょうけど。その事が本人も気付いていない性分を形成している。
誰かの下に居るよりも。
誰かの上に居る方が活き活きとしてくる。
人を率いるとか、束ねるとか、従えるとか。
そういった意味では人の上に立つといった類いの意味ではなくて。
ある程度の責任と背負う物が有るという自覚。
それを与える事で、その性分や能力を発揮する。フロイドさんは、そういう部類の人。
ただ、その匙加減が難しい。
言葉にすれば、単純に聞こえるだろう。しかし、立場が高くなり過ぎれば動き辛くするだけであり、下に人を置き過ぎれば意識が届かなくなり、組織が内部分裂してしまう可能性が高くなる。
ちょっとした違いが一人だけではなく、その他の周囲にも悪影響を齎す事は避けられない。
それを、更に上位の立場に居る俺は見極めながら適切に調整しなくてはならない。
はっきり言って、非常に面倒臭い作業です。
それでも、フロイドさんの力を存分に活かすには必要な事だし、その結果、俺達にも好影響を齎す。そう考えれば、手抜きは出来ません。
そう仕向けた以上、その責任は負いますとも。
そんな感じで和気藹々としながら準備も終了し、親睦パーティーの始まりです。……え?、挨拶?。それ、要ります?。……要るんですか。
「明日からは本格的にアイドリー領の代官としての仕事も始まり、最初は忙しくなるだろう
ある程度すれば、新生活にも慣れるとは違うけど、それまでは俺達も皆も戸惑う事は有ると思う
そういう時は遠慮せずに話す様に
今までとは違う生活をする事になる以上、その上で生じる差異は修正しないと後々に響くからね」
「アルト様、そういう事は後で宜しいのでは?」
「いやいや、地味に大切な事だからね?
新しい環境や生活・仕事に馴染もうとしたり、失敗したりしない様に意識すると無意識に溜め込んで、それが悪循環を生む事に繋がり易いから
だから、変に遠慮したりはしない事
何なら、命令だと思ってもいいから」
「いや、「遠慮するな」って命令は命令なのか?」
「必要な事だしね
どう受け取るのかは各々に任せるよ」
そう言えば苦笑が溢れる。
メレアさんもフロイドさんもナイスなアシスト。ゴールは決めるだけです。
一般的な社会常識的には主従関係は大きな隔たりだと言わざるを得ません。
クライスト家でも緩くはなかった。
それを我が家では、かなり緩くしていますから。それに馴染んで貰わないと困ります。俺達が生活がし辛くなりますから。
今更、貴族貴族した生活だなんて俺達には無理。冒険者寄り──と言うか、かなり傾いていますから遣り直し自体が不可能に近いです。
出来無くは有りませんが……嫌です。面倒臭いし俺達に良い事だとは思えませんからね。
勿論、最低限の線引きは必要。それまで無くすと自分達の首を絞めますから。
何事も“程々に”です。
「一人の生涯の中で出逢う人は数知れず
しかし、その中で縁を結ぶ人は僅かに一握り……
此処に居る皆との縁は、そんな稀有なもの
この縁が、各々の、そして御互いの良き未来を紡ぎ繋がってゆく事を願って──乾杯っ!!」
掛け声に合わせ、重なるグラスの打ち合う音色。不作法だろうと構わない。雰囲気が大事ですから。
何事も楽しむ位でね。




