54話裏
ズゥマという種族はヒューム・エルフと比べれば生まれながらに身体能力に恵まれている種族だ。
勿論、個人差は有るし、絶対な訳でもない。
ただ、知識としては知っていても、実際に彼我の実力差を現実としては認識してはいない。
それがズゥマの大半の意識なのが現実で。
ズゥマ同士であれば、其処まで明らかな実力差は生じ難いというのが実際の所だったりする。
だから、傲り、自惚れるという事は少ない。
それでも、やはり個人差という物は存在する。
稀有であり、文字通り、上に位置する強者。
そして、その少数派に──俺は数えられた。
父や兄、母や姉が誇らしくする様に。
そう言われる事は嫌ではなかったし、言われても悪い気分はしなかった。
何より──子供というのは英雄等に憧れるもの。自分も例に漏れず、英雄譚を聞き、胸を躍らせた。そんな何処にでも居る子供には違い無かった。
本の少しだけ、同世代の中では図抜けていた。
たったそれだけの事でしかなかった。
だから、決して自分が特別だと思った事は無い。
寧ろ、それは末っ子の妹の方だろう。
兄妹で、幼い頃から傍に居て見ているからこそ。本物が、どういう存在であるのかが判る。
だから、自分は英雄には成れはしない。
そんな捻くれた感情が、少なからず有った。
如何に家族や兄妹でも、子供というのは殆んどが身勝手で自己中心的なものなのだから。
それが褒められない事で、誇れない事でも。
そんな事にすら、考えが及ばない程に稚拙。
子供の世界というのは、それ程に狭いものだ。
だから、本当の事は言えなかった。
自分を慕い、尊敬の眼差しを向けてくる妹。
ただただ素直で可愛らしく懐いているだけなら。きっと、悩む事すら無かったのだろう。
しかし、皮肉にも妹には天賦が有った。
ズゥマの中のズゥマ。
そう表現しても過言ではない程の才能が。
ただ、妹は──当然ながら、女だ。
男であったなら、妹も悩みはしなかっただろう。そして、それは自分や家族も同じ事。
それ程にズゥマの価値観というのは男女の社会的立場が明確だったりする。
だから、何も言えず、顔を背けてしまった。
旅に出る理由が、逃げる為だとは。
妹には──いや、誰にも話す事は出来無かった。まあ、両親は気付いていたかもしれないが。
そうして旅に出て、己を鍛える日々を送った。
旅に出た事自体は何も後悔はしていない。
寧ろ、外に出て、色々な事を知り、経験したから自分の幼稚さに気付いたし、向き合う事が出来た。
自分にとって妹は妹、守るべき存在だ。その事を理解出来ただけでも、旅に出た意味は有った。
約束の期間の半分が過ぎる頃には胸の奥に有った蟠りは何処にも見当たらなくなっていた。
そんな旅の集大成──成果がアルト様との出逢いだった事は言うまでもない。
まあ、縁という物は奇妙な物だとは思う。
そして、それが大きな運命の岐路になるだなんて思いもしなかったのだから。可笑しなものだ。
旅に出て、妹への蟠りは消えた。
ただ、その一方で小さな痼を残していた。
孰れは別々の道を歩む事が当然だとは言っても。孤独の中に居る妹を置いていく事は。
しかし、思わず笑ってしまう程、豪快に。
生涯仕えると決めた若き主君は覆してくれた。
それはもう、散々一人苦悩した事が馬鹿馬鹿しく思えてしまう程に、あっさりとだ。
まあ、凄腕のメイドに嵌められたんだけどな。
その結果、アンゼリカに笑顔が戻った。
本当にな……感謝せずには居られない。
そんなアルト様の元に兄妹で一緒に居る。
立場的な話をすれば、ややこしい関係だけどな。
アンがアルト様の側室となったから、義兄弟で。しかし、俺はアルト様に仕える家臣だから主従で。教えを請う立場では師弟となる。
尤も、アルト様もアンも内外で分けているから、実際には然程苦労はしていない。
寧ろ、その日常は心地好く、楽しいばかりだ。
色々と気苦労する事も有るが、それも含めてだ。
そんなアルト様が漸く洗礼式を迎えられた。
……何と言うか、馴染んでしまうと今まで培った常識というものを捨てざるを得なかった。
いやまあ、それが自分の成長に繋がっているから嫌な訳ではないし、悪い事だとも思わない。
ただ、時々、自分も常識からズレたのだと。
そう思い知らされる事が有り、少しばかり悩む。直ぐに開き直るか、切り替えるんだけどな。
それでも、基本的にはアルト様だけの事。
アンも特別だが、アルト様の前では普通の女の子でしかないのだと見ていて思える。
それが自分にも、アンにも嬉しい事だから特には気にしなくなっていた。
その結果──遣らかしてしまった。
冷静に考えてみれば、当然だと言える訳だが。
普段の鍛練ではアルト様を相手にしていて、時々アンとも手合わせをしている。
それはズゥマ同士での闘い特有の感覚を養う為で鈍らせない為にも必要な事なのだが。
その結果、他の者の実力を肌で感じてはいない。飽く迄も、アルト様との鍛練の様子を見ただけ。
だから、勝手に判った気になっていた。
だから、当たり前過ぎて失念していた。
アルト様の正妻であるフォルテ様が誰よりも長くアルト様の指導を受け、アルト様を相手にしているという当たり前の事実を。
冒険者ギルドの採用試験にて急遽、フォルテ様と手合わせをする事態になってしまった彼女は何とも運が良いのか悪いのか。
縁が出来たと思えば有りだろう。
フォルテ様とアンの手合わせを見た事は有るが、守備が上手く、アンの攻撃を捌きながら内に入って勝負を決める、と。
受け主導型だと思っていた。
だが、フォルテ様はアルト様の正妻だ。
アルト様が、万が一の事を考えるなら、守備重視というのは受け身過ぎる。
抑、魔力が無くともアルト様の武は鈍らない。
アルト様にとっては、魔力も魔法も戦闘の中での選択肢の一つに過ぎないのだから。
その在り方を誰よりも学び、血肉としてきたのがフォルテ様だ。守備型なだけな訳が無かった。
アルト様は規格外だが、フォルテ様だって十分に常人離れしている。
アルト様によって磨き抜かれた守備技能によって相手の攻撃を捌きながら観察。手札や動きは勿論、思考や癖まで見抜き、丸裸にしてゆく。
当たり前の事の様に思うが──その速度が異常。
5分と掛からず、彼女の手札を潰した。
そして──攻勢に転じる。
アルト様の元に来て、初めて目にした。
フォルテ様の一撃は静かで速く、一瞬。
気付いた時には木剣の切っ先が喉元に。
端で見ていたのに──完全に見失っていた。
当事者だったなら、その衝撃は段違いだろうな。だから、彼女の心境は少しばかり理解出来た。
同時に掛ける言葉が見付からないからアルト様を出汁に使って意識も雰囲気も逸らしたが。
その後のアルト様がなぁ……。
いやまあ、アルト様の考えや気持ちは判る。
何しろ、フォルテ様の勝ち方が圧倒的過ぎたから嫌な注目のされ方をする事を懸念すれば、さっさと試験を終わらせてしまいたいだろうからな。
魔力評価が無空のフォルテ様が、だからな。
試験の細かい内容は、記録されたりはしないから情報漏洩の可能性は限られる為、対処は簡単。
彼女達も自ら危険を冒す事は無いだろうしな。
だからまあ、アルト様も少し指導をしたんだとは思うんだが……彼女の目が同じだったからな……。
機会が有れば、という可能性も有るか。
──という事が有って、クライスト家に。
別邸の方ではなく、領地の本邸の方にな。
クライスト卿はアルト様達から合格の話を聞いて大喜びをしていたが、一方で夫人に報告をしているメイド二人の姿を見てしまうと……なぁ……。
まだアルト様も未成年だから仕方が無いが。
彼方等此方等に複雑に絡み合ってアルト様を縛る柵という鎖が見える気がする。
それでも思うままに動くのがアルト様だけどな。本当、非常識という言葉ですら役不足だ。
まあ、それはそれとして。俺は俺でクライスト卿直々にアルト様達の事を頼まれた。
一応、冒険者としては先輩になり、その自分より先輩である御二方から頼まれると断れない。
──と言うか、アルト様じゃないが、夫人を敵に回したくはないからな。
鍛練はアルト様としかしていないから見ただけの評価になるが……かなり、強い。
多分、一対一で闘っても勝ち負けは三割程。
自分の方が現役ではあるが、剣技に限れば劣る。だから、それを如何に封じるかが分け目だろう。
尤も、夫人と手合わせする事は無いだろうがな。絶対と言い切れないから怖い。
アルト様も断れないんだろうけど、自分で自分の首を絞めてるよな。
「アルト様、こうして直に目の当たりにしてみても見た目自体は普通の森と大して変わりませんね」
「そうだな、ちょっと生い茂り過ぎって位かな」
「これ程の密林なのに蒸し暑さは有りませんね
やはり、こういった事は直に経験しなければ本当の意味では知る事は難しいと言えますね」
「何事も経験だからな」
「………………」
そんな風に暢気に会話をしながら進む三人。
アルト様・フォルテ様・ティア様だ。
つい先日、洗礼式を終えたばかりの十歳の子供。しかし、中級の冒険者を凌ぐ実力者揃い。
そんなアルト様達に付き添い、歩くのは魔獣達の棲息域であるプーラゥの森。
初心者・新人向けの場所では有るのだが。当然、役不足も甚だしい訳で。危機感すら感じない。
二人と比べればティア様は劣るが、一般常識的な枠からは外れている──と言うか外していい。
「──あっ、アルト様、彼処に何か居ます」
「ん~と……ああ、アレが“ヘッド・ラット”か」
「それでは近くに“レッサー・ラット”が?」
「あ、もしかして彼方等の木陰に見えているのが、そうではないでしょうか?」
「おっ、フォルテ、当たりだ……全部で三匹か」
「それでは、私達がレッサー・ラットを」
「よし、それで行こう」
獲物を見付け、即座に判断し、行動に移す。
如何に山で狩りをし慣れてはいるとは言っても、普通なら多少は怖じ気付いたり緊張するものだが。そんな様子は微塵も無い。
会話に出ていたレッサー・ラットは最低ランクの体長30サニタ程の毛玉の様な鼠のモンスターで、ヘッド・ラットは上位種──と言うか、群れのボスという存在で体長も50サニタ程と大きい。
何度も言うが、正真正銘のモンスターだ。
そう簡単に倒せる相手ではない。
最低ランクだとは言っても、イトッファで暴れたビッグホーン平原ブルよりは格段に強い。
それを──
「アルト様、“魔素材”は此処で取りますか?」
「いや、丸ごと持って帰るから俺が回収するよ」
「モンスターと言っても魔獣種は生物である以上、倒し方は色々と有るものですね」
(いやいやいやっ!、そんなに簡単に出来る様な話じゃないからっ!!)
そう言いたくなるのを堪えながら振り返る。
装備品に頼る訳でもなく、闘技や魔法を使う事で戦う訳でもなく、一部のスキルの効果を除いては、純粋な技術でモンスターを倒す。
まだレベルが1の、まだ十歳の子供が?。
「どんな嘘だよ、それは」と誰が聞いても信じる事は出来無い話だろうけどな。
しかし、それが現実なのだから笑うしかない。
(──と言うか、付き添いの居る意味は?)
思わず、そう訊きたくなってしまう。
勿論、それが規定だから仕方が無い。
どんなに暇な、子守りよりも楽な仕事だろうとも誰に文句を言われる訳ではないのだから。
まあ、此方の気も知らない奴には好き勝手な事は言わせないけどな。




