5話裏
私、フォーコリュナーテ・エルールエ・フォン・ノーゼンヴィットは、ノーザィラス王国の現国王の父と正妻の母の間に第四王女として誕生しました。
普通であれば、愛されていた事でしょう。
しかし、私には価値が有りませんでした。
王公貴族の義務として必要不可欠な魔力。
生後最初の魔力評価は──無空。
十段階評価の最低位──いいえ、そうではなく、言い換えると「評価するに値しない」という事。
つまり、失敗作な訳です。
そう自分で望んで、こう生まれた訳ではない。
けれど、どんなに嘆き悲しみ恨み妬み苦しもうと現実は変わる事は有りません。
想いや願い、努力で何とかなる事ではない。
この世には絶望・不可能は存在するのだと。
幼いながらに痛感させられました。
それでも、私は運が良い方だと思います。
「姉妹では勿論、王国の歴史の中でも、恐らくは五指に入るだろう」と。そう称賛される程の容姿に恵まれていた事。
たった一つでも、自分には他者よりも秀でている部分──価値が有るのだと。
そう思う事が出来たのは、不幸中の幸いでした。
ただ、それ故に苦悩する事にも為りました。
私の価値は容姿だけです。
私の意思や想いは不要な物。
如何に綺麗で、如何に気に入られるか。
その為だけの教育を受け、生きてきました。
不満や葛藤が無い訳が有りません。しかし、他に縋るものの無い私には唯一の希望。
だから、私は“綺麗な人形姫”で有ろう。
そう自分に言い聞かせ、日々を積み重ねました。
そうして私が八歳になった年。“運命の日”とも言えるエリェージュ選定の儀への参加。
此処で選ばれなければ、私の未来は大きく狭まり暗く細く辛く苦しくなってゆくばかり。
けれども、現実的に考えれば私が正妻に選ばれる可能性は無いに等しい事。正妻に求められる一番の価値は魔力なのですから。
だからせめて、二人目以降に為れる様に。
少しでも良い印象を持って頂かなくては。
ただ、それは多くの参加女子にも言える事です。正妻競争に参戦出来るのは魔力評価の高い者のみ。更に家柄や立場も加わってきたなら。正妻候補者は絞られる為、最初から大体決まっています。
私達が生まれ生きる社会は、そういう場所。
逃げ出しても幸せに為れる可能性は無い。
だから、僅かな可能性でも必死に手を伸ばす。
王公貴族の優雅で華麗な印象とは真逆に。
私達は滑稽な程、醜態を晒してでも足掻く。
そういう立場に居るのですから。
顔合わせとして開かれる舞踏会。しかし、それは事実上の決戦です。だから、参加女子の意気込みや気迫というのは物凄いもの。
その理由も察しが付きます。
父母、実の兄姉妹からも蔑まれ、見下されながら生きてきた私は政略結婚の道具です。
唯一の価値である容姿を磨き上げて、更に価値を高める事だけが私の生きる術でした。
だから、今、初めて気付きました。
私は礼儀作法や対応は習い、身に付けましたが、自分から動く事は出来無い、と。
ずっと、言われるがままに生きてきて。
きちんと出来る事でのみ認められてきた。
それだけが、私の唯一の正解だったから。
そうする事が正しいのだと思っていました。
だから、私は自分から話し掛ける事が出来無い。自分を出す事が、こんなにも困難な事だったなんて考えてもみなかった。
それでも、動かなくてはいけない。
他の女子達は自ら動き、可能性を手繰り寄せる。そうしなければ、僅かな可能性は更に稀薄に。
そうしなければいけないと判っているのに。
私の身体は、思考は、心は。
動く事が出来無い。
もどかしさと悔しさと情けなさに。
私は現実から目を背ける様に俯き、手はドレスを強く握り締めていた。
「初めまして、御話しさせて頂いても宜しいか?」
そう、私に声を掛けて下さった方が居た。
私の記憶に間違いが無ければメルーディア王国のクライスト伯爵家の四男、アーヴェルト様。
一瞬、頭が真っ白になった。
それでも直ぐに丁寧に対応出来たのは、今日まで私自身が身に付けてきた事が有ったから。
ただ、疑問は残ります。
指名者である各国の王公貴族の男性は参加女子に対して人数が圧倒的に少ないです。
その為、自分から動くという事は有りません。
用意された各テーブルで女子達を待つのが普通。そうしなければ、場合によっては会場内が混乱し、怪我や事故に繋がってしまう為です。
ですから、アーヴェルト様の行動は予想外の事。
そんな私の疑問を察し、アーヴェルト様は大して気にされる様子も無く説明して下さいました。
「誰も来なかったから、自分が動いただけ」と。
当然と言えば当然の事ですが、驚きでした。
最初は、そうなるかもしれません。
現に、家柄・立場・魔力評価で考えた優先順位の低い方々の所に女子は居ません。
ですが、それは優先順位に従う為です。
待っていれば、必ず誰かは来ます。
寧ろ、来ない訳が有りません。
参加女子達は誰しもが指名されたいのですから。
それを承知の上で、自ら動かれている。
私のアーヴェルト様に対する印象は不思議であり他者とは比較出来無い大きさを感じました。
何より、アーヴェルト様は私を見て下さった。
王族としてではなく、魔力評価でではなく、私の容姿だけに興味を持ってでもなく。
私の意思を、言葉を、心を。
私を、知ろうとして下さいました。
生まれて初めて、私を見てくれた方です。
──とは言え、それは一時の幸せ。
永遠ではない事は、仕方が有りません。
私と話された後も、何人かの方に御自分から話し掛けられてはいましたが、逆に話し掛けられる事は一度も有りませんでした。
それもまた不思議な事でした。
その事を私が知っている理由は、アーヴェルト様以外とは一切話してはいないからです。
ずっと、アーヴェルト様を見ていましたから。
それ程に、アーヴェルト様と御話ししていた事が私には楽しくて──心が温かくなったからです。
けれど、現実は非情で、一時の幸せに浸る事さえ簡単に奪い去ってゆきます。
いよいよ、指名の時が来ました。
勿論、本来の目的から言えば、此方等が大事。
ですが、私にとっては初めて私自身を見てくれたアーヴェルト様との一時こそが大切。
その一時を、淡い希望を、現実は塗り潰す。
アーヴェルト様の指名という現実で。
それを非情と言わずに何と言うのでしょうか。
見たくない、聞きたくない──忘れたくない。
そんな想いから自然と俯き、手を握り締めていた私の耳に聞こえたのは──信じられない言葉。
アーヴェルト様が指名したのは──私でした。
一度、一緒に参加していた同い年の異母妹の方を見て見れば驚愕していて。
「何で貴女みたいな出来損ないがっ……」という悔しさを隠さない眼差しを向けていました。
暗く、嫌な臭いのしそうなドロついた感情が心の中に染み込んでいく気がしました。
でも、それは一瞬の事。
ステージで待つアーヴェルト様を見た瞬間には、アーヴェルト様の事しか見えなくなりました。
ステージに上がり、アーヴェルト様の手に自分の手を重ね、握り締められると。
それだけで泣き出してしまいそうでした。
しかし、既に誓契の宣儀は始まっています。
この掌を離したくはない、失いたくはない。
その一心で堪え──無事に終了。
私はアーヴェルト様の妻と成りました。
その後、他の方々の宣儀の終了と参加した女子が引き上げ終わるまで、待機する部屋に移動。
アーヴェルト様と二人きりになりました。
──が、その途端、不安が押し寄せてきます。
そんな中、アーヴェルト様が飲み物を入れようと私にも御訊ねになられ、慌てて遣ろうとして。
私はアーヴェルト様──アルト様の妻と成れて、本当に良かったと、心から思います。
ただ、それでも一番の不安は消えません。
ですから、思い切って御訊きしてみる事に。
「あの、アルト様、不躾な質問なのですが……
どうして、私を御選びになられたのでしょうか?」
「それは、魔力評価が無空なのにって事?」
「……はい」
「戸籍持ちとは言え、評価は下の下
参加十七人中、十六番目だからな
俺自身、ギリギリ引っ掛かってる程度だ
しかも、伯爵家の四男で、嫡男でもないしな
将来的な事を考えれば、そういう相手を選ぶ
フォルテが俺の立場なら、自分を選ぶ理由が無い
二人目以降なら兎も角、だろ?」
「──っ、はい……」
全てを見透かされているかの様な眼差し。
けれど、それでも恐怖感や嫌悪感を感じないのはアルト様が私を理解しようとして下さるから。
だから、こうして私も自分の気持ちを隠す事も、抑える事もせずに吐露出来るのでしょう。
だから、アルト様の本心を御訊きしたい。
どんな打算や思惑が有ろうとも構いません。
共に歩む事は、既に決まっていますから。
「まあ、俺も男だからフォルテが可愛い事も将来が楽しみな事も理由に入ってはいるな」
「──っ!?、~~っ、ぁ、有難う御座います……」
飾り気の無い率直な一言。
それなのに、誰の言葉よりも嬉しい。
本当の意味で、褒められた様な気がします。
……ただ、顔が熱くて仕方有りません。
「王公貴族としては魔力は大事なんだろうな
ただ、さっきも言った通り、俺も無いに等しい
無い事で苦悩してきたフォルテからしたら少しでも有るだけ増しかもしれないんだけどね」
「そう、ですね……そう思う気持ちは有ります」
「ただ、俺は自分が何を求めるのかを一番に考えた
魔力でも、生活の為の将来性でもない
共に歩み、幸せな家庭を築ける事
それを第一に考えて、フォルテを選んだ」
「……幸せな家庭……」
「こういう立場に生まれた以上、其処から逃げ出す事なんて不可能に近いし、下手をすれば、戸籍剥奪では済まないだろうからな
そういった真似は抹殺されるに等しいと思う
だったら、その中でも、可能な限り、自分達らしく生きられて、自分達の幸せを大切にしたい
それが出来る様に、俺は妻となる相手を選んだ
ただ、最初からフォルテが第一候補だったのかって訊かれたら、それは否定しないといけないけどね」
そう言って苦笑されながら、アルト様は舞踏会で話をされた方の事、指名順と指名候補者の予想。
そういった事を隠さず御話して下さいました。
御互いに打算や思惑等が有る身です。ですから、それを聞いて不満・不信を懐く事は有りません。
寧ろ、その誠実さに更に惹かれるだけです。
因みに、アルト様の中では御自分が指名する時にステファニー様が残るか否かが焦点だったそうで。ステファニー様もアルト様との結婚を、話した時に希望されていたそうです。
それなら、私はロマーナ様に感謝しなくては。
ロマーナ様がステファニー様を御指名された事で私はアルト様と一緒に成れた訳ですから。
勿論、それを口に出してはいけませんが。
「俺がフォルテを選んだのは、そういう理由だよ
寧ろ、フォルテは色々と苦悩し頑張って此処に居る
その経験や努力は確かな財産だと俺は思う
生涯、そんな経験はせず、考える事さえ必要の無い人生を送れるなら、それは幸せなんだろう
でも、現実的には有り得ない話だからね
誰しも、大なり小なりの苦悩や困難を経験する
その時、折れる事無く、心が強く有れるか否か
支え合い、助け合い、高め合う
フォルテとなら、そういう夫婦で在れる
そう思うから、俺は貴女を選んだ
だから、誰にも文句は言わせない
それがフォルテでもだ」
「………………アルト様、貴男に嫁げて幸せです
この先、何が有ろうとも私は貴男と共に歩みます」
「当然だ、俺は御前を手離す気は無いからな」
そう言い切るアルト様の笑顔は雄々しくて。
私は自然と身を委ねました。




