52話 洗礼式
シーリェの月、29日。今日は俺の誕生日です。そうです、ついに十歳に成ったんです。
そして、漸く迎える事が出来るのが──洗礼式。どんなに今日という日を待っていた事か……。
いやもうね、早く知りたくて仕方が有りません。正直な所、どんな壊れ具合なのか判りませんから。自分の事ですが、不安は拭えません。
それもこれも現在だからこそ、ですけど。
原作だと、前後半のパートに別れているだけで、その間の事は省略されますが、俺が現在、こうして生きているのは現実の世界です。だから、どんなに面倒だろうとも日々が在ります。
一日、一日の歩みが、積み重ねが物を言う。
その為にも自分達の能力の把握の有無というのは出来る・出来無いで大きな違いになります。
何しろ、最難関の人生を選択しましたからね~。勿論、後悔はしていません。
ただ、その道を選んだ以上は覚悟を持って歩み、絶対にフォルテ達と幸せな人生を謳歌します。
その為の努力は惜しみません。面倒でもね。
「ぅ゛ぅ゛ぅ~っ……」
獣が警戒、或いは威嚇するかの様な低い唸り声。しかし、それは獣のソレとは違います。
声の主はアン。頬を膨らませ、拗ねているアン。その姿は「可愛い」の一言に尽きます。
何故、アンが拗ねているのか。
今日は俺の誕生日で、洗礼式を行う訳ですけど。既に十歳になっているフォルテも一緒に洗礼式を。それは以前から俺と一緒にしたいというフォルテの意思を尊重しての事でしたが。
其処にアン達が加わった訳で。
アン達の中では俺よりも先に誕生日を迎えたのがティアだけだったりします。
ティアはサラヴェの月の17日が誕生日。
その為、俺と一緒に洗礼式を行うのは二人だけ。アンとエクレは後日、という事に。
因みに、アンの誕生日は、前世での7月に当たるミュダの月の33日で、アンとの結婚記念日。
エクレは翌月のゼホゥの月の2日です。
その為、アンとエクレの洗礼式は一緒に遣る事が既に決まっています。
王公貴族の洗礼式は王都の大聖堂で執り行う為、別に遣るにしては期間が短いですし経済的に見ても無駄ですからね。二人で一緒に行う訳です。
それに関してはアンも納得しているんですが。
その後、冒険者としての登録──デビューの件は中々納得が出来無い様でして。拗ねています。
純粋な実力で言えば、その辺の初心者冒険者よりアンの方が確実に強いでしょうからね。
この件には俺達も苦笑するしか出来ません。
王国やギルドにしても変に特例を認め、不用意な前例を作る訳にはいきませんから。
その辺りは仕方が無い事でしょう。
それが可能なら、俺は既に冒険者ですから。
それはそれとして。
俺達の洗礼式が済み、一息吐いたら王都の冒険者ギルドに行って冒険者登録する予定なんですけど。夜には俺の誕生日会も兼ねたパーティーが開かれ、参加しなくてはなりません。
俺からしたら、その事に拗ねたくなります。
クライスト家の主催なので出席しないというのは有り得ませんが。
俺には、冒険者の戦いよりも厳しい戦場です。
「アルト様、冒険者としての第一歩を踏み出す事に御気持ちが傾かれる事は仕方有りませんが、同時にアイドリー子爵家の代官の御務めも始まりますので御忘れ無き様に御願い致します」
「少し位は忘れさせてくれてもいいのに……」
我が家の敏腕メイドは後輩──部下が出来たから今まで以上にパワーアップしています。
まあ、メイドからメイド長にクラスチェンジした訳ですから、当然と言えば当然かもしれません。
クーリエさんも副メイド長です。
何故か、メイド副長ではないんですよね~。
あと、フロイドさんは執事長です。嫌がろうとも主従は一蓮托生、道連れです。
まあ、それは兎も角として。
新規雇用の件も無事に決定し、既に代官としての生活を送る屋敷の方で最終的な研修の真っ最中。
アイドリー家は勿論、クライスト家と王家からも指導官が出されていますから大変でしょうね。
でも、そういう所だから仕方有りません。
世の中に楽な仕事なんて有りませんから。
その分、見返りも有りますから頑張って下さい。俺にしても他人事じゃないんですけどね。
「ああ、そう言えば、メレアさんとクーリエさんも冒険者登録するんだっけ?」
「はい、その方が動き易い事も有るから、と」
「流石に全員が、とは参りませんが……
私達は御仕えして長い事も有りまして、実力的には大丈夫でしょうから、と……」
メレアさんは兎も角、クーリエさんは苦笑する。そうなるのも無理も有りません。
メイド人生が、何故か冒険者兼任に変化したなら戸惑うのが普通だと思いますから。
寧ろ、既に割り切れているメレアさんが凄い。
まあ、その事の発端は俺なんですけどね。
あれは半月程前の事です。
母上が訪ねて来られ、稽古をした後の事でした。
メレアさん達を見詰めていたと思ったら、唐突に二人と手合わせがしたいと言い出しましてね。
戸惑いながらも二人は了承。
その結果、「貴女達も冒険者登録をしなさい」と申し付けられた訳です。
いやまあ、二人にも軽~くですが、自衛手段的な指導をしてはいましたけど。
まさか、母上の目に留まるとは思わなかった為、俺にしても予想外な展開でした。
だって、二人が母上の前で鍛練している姿なんて一度も見せてはいない筈ですから。
恐るべし、母上の慧眼。
尚、後で二人に睨まれた事は余談です。
そんな訳で、宅は主従で冒険者兼任になります。フロイドさんは元々冒険者ですから一番上の先輩。冒険者として動く時には、奢って貰う事にします。ゴチになります、先輩っ!。
そんな事を考えながら、皆と他愛無い話をして、馬車が着いたので降ります。終点、大聖堂前~。
有りもしない筈なのに、頭の中に響いた懐かしいアナウンスを聞きながら見上げる。
入り口の門と壁だけでも高さ10ミードは有り、その奥に有る筈の大聖堂は屋根を見る事も出来ず、改めて、その大きさを実感させられます。
前を通り過ぎる際に洗礼式を行う場所である事は聞いてはいましたが、こうして直に側から見るのは初めての事で、圧倒されます。
「何だ、子供らしい所も有るんだな」と言いたい顔をしているフロイドさんは無視して。
同い年の男子の中では頭抜けて高身長な俺ですが所詮は、まだまだ子供ですからね。自分よりも背の高い人なんて沢山居ます。
だから、より大きく感じます。
因みに、国内で行われる誓契の宣儀を行う場所は王家の直轄地に有り、王都には有りません。
この大聖堂は洗礼式を除くと、極めて稀な事しか使われる事は有りませんが、洗礼式は最重要儀式。だから専用施設が有っても可笑しくは有りません。
そんな大聖堂を目の当たりにして圧倒されるのは俺だけではなく、フォルテ達も同じ。
その様子を見ていると視界の端に人影を捉えて、慌てず焦らず落ち着いて顔を向けます。
俺の視線に気付くと優しい笑顔を浮かべる女性。パッと見た感じですと二十代半ばから後半。流石に場所が場所なので直ぐに聖職者だと判りますから、不埒な視線は控えます。
仕方が無いじゃない。男の本能なんだもん。
まあ、それは置いとくとして。身に纏う法衣から直ぐに彼女の地位を察し、姿勢を正します。
「皆様、ようこそ、メルーディア大聖堂へ
私は本日の洗礼式の執行役を務めさせて頂きます、クレア・ポワナ・ミーチェリエと申します」
そう言って恭しく一礼する彼女に俺達も名乗り、丁寧に一礼を返す。
ちゃんとマナーは習って来ましたから。
彼女の“ポワナ”という名は家名の類いではなく聖職者の中でも限られた者だけが与えられる聖名。それも、人ではなく、啓示の天声により告げられ、ステータスに表示される特別な名です。
「自称すれば天罰が下る」とされていますから、それを名乗る命知らずな愚か者は現在は居ません。ええ、何事にも過去は有るものですから。
しかし、俺の読んだ本によれば、早くても三十代後半という事でしたが……彼女には天職なのかも。そうでなければ二十代では…………いや、まさか、見た目とは違う?。…………うん、止めましょう。考えても意味も良い事も有りませんから。
クレアさんに案内され、大聖堂の中へ。
人生でも数える程しか入る機会は無い場所ですし立場や国が違えば無縁ですからね。
フロイドさんは母国の大聖堂で洗礼式を行って、メレアさん達は一般用の聖堂で洗礼式をしている。だから、この大聖堂は初めてになります。
三十脚を越える長椅子が四列並んだ礼拝堂の様な広間まで来ると付き添いの皆とは分かれる。
其処からはフォルテとティアと一緒に。
待合室に通され、洗礼式の前に小休止。
紅茶と御菓子を頂きながら簡単に手順の確認。
誓契の宣儀の時もそうでしたが、年齢的に見ても難しい事は遣らなくて済むので助かります。
俺に関しては、中身だけは倍以上ですけど。
洗礼式は一人ずつ行う為、先ずは俺から。
年功序列なら、フォルテからなんでしょうけど。その辺りは一々訊いたりは致しません。聖職者でも国に属する身ですからね。事情は有る事でしょう。
待合室を出て、直ぐ側に有る別の扉を開けた先の一本道の通路を一人で進み、角を曲がった先の扉を開けて中に入る。
一辺が3ミード程の立方体の白壁の部屋。其処に有るのは直径30サニタ程で、高さ50サニタ程の白磁器の様な壺。其処に湛えられているのは聖水。それを側に置かれた“ノレム”の枝を手に取って、しっかりと浸し、取り出したら自分の身体の隅々に振り掛ける様に枝を揺らす。
このノレムというのは葉の縁がギザギザと尖り、前世で言う所の“魔除け”的な意味を持つ樹木で、その枝葉を使って穢れを払う、と。日本的な感じが妙に懐かしく思えます。
でも、聖水は本物なんですけどね。
そう遣って身の御清め、先の扉を開けて進む。
同じ様に一本道の通路を進み、次の扉へ。
開いた先は同じ様な部屋ですが、中央に有るのは50サニタ四方の平らな岩のプレート。ツルツルの表面は大理石等の高級石材を思わせます。
その脇には箱に入ったバラバラの大きさの石が。これを三段以上の高さに積み重ねます。
出来は関係有りませんが、一説には高く積む方が洗礼による御利益が有るのだとか。
話を信じる信じないは別にしても、遣るからには難易度を上げたくなるのがゲーマーの性です。
いざ、ゲーム、スタァアァートッ!。
──という熱量は過去の話。あっさりクリアして先に進んでおります。
因みに、積み方は自由だったので二十五個の石を一つずつ縦に積み上げましたけど、何か?。
第三の部屋は扉を開けた瞬間に思わず後退りしてしまいそうになる程の熱気の充満した密室。中央に火が燃えている暖炉の様な物が。パッと見からだとサウナを想像してしまいます。
此処では正座をして瞑想。置かれている砂時計をひっくり返して、落ち切れば終了。
しかし、これで酸欠に為らないのが不思議です。魔法的・異世界的な謎ですね。
第四の部屋は中央に萎んだ気球の様な物が有り、団扇の様な形の大きな“ルーファン”の葉を使い、扇いで風を送って膨らませる、と。
成る程ね、四属性に由来している訳ですか。
最後に着いた部屋は床が無く、綺麗な水が部屋の四隅から流れ落ちている。ただ、何れだけ入っても水面が上昇する気配は有りませんけど。
そんな訳で、踏む足場は有りません。
それでも深呼吸をして扉を閉めながら一歩前に。進み出れば水面を踏む感触が有り、澄んだ鈴の音が響く様な音色と共に足下に広がる波紋。
その光景は当事者でありながら、思わず見惚れて何度か試してみたくなる程に神秘的です。
勿論、そんな罰当たりな真似は致しませんけど。これは神聖な儀式なんですからね。
部屋の中央に両膝を着く形で跪き、胸元で両手を組みながら、瞑目。
そして、祈りを捧げる様に静かに声を捧ぐ。
「全ての生命の源、原初にして最果てたる者よ
汝が御身の一片を賜りしは我が身なり
十を刻む季の音を重ね、此処に至ります
汝が定めし不変にして不断たる育恵の理
天より地へ、地より海へ、海より天へ
その刻まれし道の環を以て、我が身に祝福を」
祝詞が終わると同時に、目蓋越しでも判る眩さが自分の身体を包んでゆく事が判る。こうして目蓋を閉じていなければ目が眩んでいるでしょう。
そして、その光が収まると共に祝音が響く。
それは何処か、懐かしいメロディーで──って、これ、原作のレベルアップ時のSEだっ!。




