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47話 年末


 アスタラの月、30日。

 今年も残す所、後七日となりました。


 今年は怒涛の展開で妻が三人増え、事実上の妻も一人出来ました。前世の感覚で世間的に見たなら、間違い無く今の俺は“リア充”という奴でしょう。前世では無縁な感じでしたけど。

 別に彼女が居なかった訳じゃないんですけどね。今みたいに真っ直ぐに慕われたり、愛し愛されて、という関係では有りませんでした。

 もっとドライ……と言うか、浅い関係?。関係に飽きたら「サヨナラ」と電気信号の文字で終わる。その程度でしかない、あっさりした関係でしたね。現生の世界とは大違いです。


 そんな昔話はさて置き。

 窓の向こうに見えている空は快晴で。更に今日は冬にしては随分と暖かいと言えます。

 それなのに。何故、俺は机の上に積まれた書類と睨み合わなくてはならないのでしょうか?。



「改めて、御説明が必要ですか?」


「止めて!、言わないで!、忘れさせて!」


「忘れても只の一枚も無くなりはしません」


「くっ……」



 相変わらず容赦の無い敏腕メイドなメレアさん。泣き付く隙も有りません。

 他に誰か居れば、巻き込んで逃げ道を作れるのに今はメレアさんと一対一(二人っきり)

 魔王とサシで戦る勇者が何処に居ます?。

 勇者には支えるパーティーメンバーが居るもの。ボッチの勇者なんて弱いに決まってます。何しろ、勇者の力は結束を生み、高めて、強さとするもの。独りの勇者に出来る事は自爆特攻だけです。

 そんなのは御免ですから、白旗を上げます。



「アルト様、此方も御願い致します」


「………………」



 俺の返事も待たず、無駄口に等しい遣り取りさえ許容しないと言わんばかりに直ぐに自分の仕事へ。出来る秘書は頼もしいですが、出来過ぎる秘書には思わず涙が零れそうになります。


 新たに出現した書類の塔。それは前世に置いて、幾多の死闘を繰り広げ、攻略してきたダンジョンと言っても過言ではないだろう。

 そんな宿敵と再び相対する事になろうとは。

 余程、我等の因果というのは深いのかもしれぬ。こうして、異なる生を歩む中で巡り会うのだから。



「現実逃避していても減る事は有りません」


「………………はぁ~……」



 容赦の無いツッコミと共に更に一基、出現。

 ……まさか、此奴め……我が身に呪いの如く染み付いた社畜根性に気付いておるのか?!──あ、この場合の“社畜”は会社や企業じゃなくて“社会”の意味ですから。御間違え無き様。

 ──なんで事を考えながらも。

 冗談じゃなく、身体は覚えていて。遣る気にさえなれればテキパキと動きます。集中力も大事です。


 そんな御仕事の真っ最中な俺ですが。今居るのは生活しているクライスト家の別邸では有りません。目蓋を閉じて、1、2、3で開いたら見慣れた景色という可能性が有るなら迷わず遣りますけどね。

 此処は王家の直轄地であるピトスニア。

 其処に有る王家の別邸になります。


 何故、そんな場所に居るのか。それには面倒臭い王公貴族の慣習という事情が有ります。

 新しく爵位を賜り貴族となった者は、次の新年にパーティーを催す、という慣習が有るそうで。

 しかし、まだ俺は洗礼式も済ませていない身で。洗礼式が終わればアイドリー家で代官業務が開始。つまり、催す事が非常に難しい訳です。

 ただ、其処で「それじゃあ仕方が無いよね」では済ませてくれないのが貴族社会。

 まあ、自分で言うのも何ですが、今の俺は色々と遣らかした結果、滅茶苦茶注目されていますから。誰も彼もが近付きたい、という事です。

 まだ十歳にも成っていない子供に群がるのって、大人としては如何なものですかね?。

 そう愚痴りたいし、言って遣りたい。

 実際には出来ませんけどね。


 そんな事情から、俺の婚約者の両親──つまり、国王陛下御夫妻が別邸(此処)を貸して下さり。

 年末はメアリー様も含め、夫婦で過ごしながら、パーティーに向けた準備も行います。

 ──で、俺が片付けているのが当主としての書類仕事だったりする訳です。

 因みに、フォルテ達は年越し準備中。出来れば、俺も一緒にキャッキャうふふしたいです。




 そんな激闘の末に塔を全て攻略して遣りました。これでもう、俺の自由を阻む物は無いっ!。



「……アルト様?、もしかして御疲れですか?」


「ん?、そんな事は無いよ

ただ、王公貴族というのも楽ではないな、って」


「……申し訳有りません、私も御姉様達の様に本の少しでも御役に立てれば良いのですが……」



 そう言って俯き、自分の非力を嘆くメアリー様。悔しさから両手は服を握り締めている。

 その献身的で真っ直ぐな姿を見て「本当にな」と言える奴は存在する価値すら無いでしょう。

 そして、その姿にキュンと来ない男も少なくない事でしょう。俺には効果抜群です。


 そんなメアリー様を抱き上げる。

 御姫様抱っこで、ではなく。親が子を、兄が妹を自分よりも高い視線になる様に。敢えて彼女の方が見下ろす様にする。

 不安で俯いてしまっても。「俺が、俺達が居る。だから、安心して」と言外に示す様に。



「そんな事は無いよ、メアリー

こうして傍に居てくれるだけで俺には嬉しい事だ」


「ですが……」


「メアリー、誰しもが生まれながら何でも出来て、何でも知っているという訳じゃない

俺やフォルテ達も一歩一歩、進んで来た

その積み重ねが現在()に到り、未来に繋がる

その歩んだ歳月が大きく違うんだから当然だ

でも、メアリーは怠けるつもりはないだろ?」


「はい、勿論です」


「今積み重ねている努力が花開くのは先の事だ

だから、焦る必要は無い

ただ、自分が何をしたいのか、何が出来るのか

そして、その為には何が足りず、成すべきなのか

それを考える事は、とても大事な事だ

それがメアリーは出来ているから大丈夫

学ぶ事、知る事、試す事には貪欲な方が良い

成功だけに価値が有る訳じゃない

寧ろ、失敗から得る事の方が多い事も有るからな」


「アルト様でもですか?」


「勿論、失敗する事なんて日常茶飯事だ

例えば、一つの食材の料理の仕方でも既存の遣り方とは違う事を試せば、どうなるかは食べてみて

思い通りに行く事も有れば、裏切られる事も有る

でも、その中には予想を超える事も有る

そういう楽しみが有るから、止められないんだよ」



 そう言えば、円らな双眸をパチクリさせて驚き、可笑しそうに笑う。

 心に刺さっていた棘が抜けたかの様に無邪気に、可愛らしく、素直な笑顔。それを嬉しく思う。


 実際、学ぶ事を苦に思うと身に付かないもので。自分が楽しんだり、好きな事は身に付いてゆく。

 “楽しく学ぶ”というのは遣り方でも有るけど。俺は如何に学ぶ事の意味や楽しさを理解出来るか。それの方が大事だと思う。

 どんなに教える側が努力しようとも、教わる側に学ぼうとする意思が無ければ無駄でしかない。


 だから俺は“基礎学力”という言葉は大嫌いだ。

 勝手に作った一つの物差しでしか見る事をしない閉鎖的で狭窄した考え方。それが正しい事だとする従属姿勢の社会性。それ以外の方法は全て間違いだとする政治的矛盾。

 そんな世の中で育ったからこそ。俺は今生では、自由に楽しく学べる生き方をしたいと思う。


 ……まあ、現実には、どんな世界であろうとも、社会が構築されていれば、其処に秩序は生まれる。それを無視する事は簡単では有りませんからね。

 少なからず、柵や葛藤というのは付き纏うもの。自分しかいない世界じゃないんですから。その辺は当然と言えば当然だと言えます。

 集団性の社会って、そういう物ですから。


 ──なんて事を考え、現実逃避してしまう。

 見詰められると、罪悪感から思わず顔を逸らしてしまいそうになります。

 ──と言うか、メアリー様に関しては俺が絶対に責任を持って娶らないといけない。


 各々に才能や下地が有るにしても、俺が指導したフォルテ達は強く成っています。

 そんなフォルテ達よりも早い年齢から、指導した経験から更に俺自身の指導力や効率が上がった上で不定期とは言え、俺の指導を受けている。

 そして、メアリー様は真面目で努力家なんです。会えない間も無理せず自主鍛練を欠かさなかった。その実力は明らかに同年代の中では群を抜く。

 フロイドさんが「純粋な膂力は別にしても技量は同じ年齢の頃のアンよりも上かもな」と言う程。

 だから当然、年の近い男子と比べたら、釣り合う訳が有りません。「え?、弱っ……」です。


 それから……母上がね、遣ってくれました。

 俺との鍛練で強く成った母上。視察に出向かれた町で魔物騒ぎが有り、間が悪く人手が居なかった。其処で「私が出ます」と剣を片手に無双。低級でも三十を越える群れを、汗一つ掻かずに一人で殲滅。その後「アルトとの鍛練の方が堪えますね」なんて言ったとか言わなかったとか。

 それに加えて、イトッファでの件や、何処かから流出したフロイドさんやアンとの試合、先の一件も混ざりに混ざって一人歩きしながら変異。

 背鰭・尾鰭・胸鰭・腹鰭、はらほろひれはれ。

 聞きたくもない事に為っています。

 流石に母上に抗議し、鎮火して貰っていますが。火の無い所に煙は立たない。事実は揉み消せない。だから、余計に面倒臭い事に──って、違う違う。いや、違わないけど。今は違うから。


 そんなこんなも有り、メアリー様を指導している俺からしたら……立派な魔改造(・・・)な訳で。

 メアリー様の将来を考えると責任重大なんです。下手をすれば上手く利用されますし、貰い手が無いという事態が目に浮かびますから。

 アンの件じゃないですが、男っていう生き物って無駄に自尊心が強いですからね。



「自業自得ですね」


「自慢の妻達と巡り会えたんだから構いません」


「成る程、確かにそうですね」



 「アルト様、御仕事です」の召喚呪文によって、再び机の前に配置されました。また新たに三つもの塔が聳え立っているではないですか──と言うか、終わったよね?、終わった筈だよね?。何これ?。書類って実はモンスターだったの?。いや、実際はモンスターでも数を減らしたりするよ?。まさか、書類はモンスターを超えたモンスター?!。



「では、此方等の討伐も御願い致します」


「………………ぁぃ……」



 頭の中に響くのは、終焉の鐘の音。

 それが“チ~ン”なのは仏教の根付いた日本人の感覚だからなんでしょう。少なくとも、この世界の習慣では違いますから。


 それは兎も角として。

 本当に書類ってモンスターみたいに何処からでも出現してくるから嫌ですね。

 でもまあ、この書類というのも人が進化の果てに手にした高度な社会性でも有ります。

 書類という形を作り、残す事で証拠(・・)とする。

 言い換えると、人は嘘を吐いたり、裏切ったり、誤魔化したり、騙したりする悪知恵を身に付けた。それに対する方法として生み出された訳ですから。人の業の深さが窺い知れるとも言えます。


 高が紙一枚、けれども、紙一枚。

 その一枚の紙が明暗を分け、運命を左右する。


 でもって、犯罪や不正の証拠っていう物は大体が残る様な仕組みになっていますからね。

 極論、書類という証拠を作る文化を生み出しても人は他人を信じ切れないし、その確証も無い。

 “嘘を突いたら死刑”という法が定められていて絶対に誤審の無い様に裁けるなら。

 人の社会は心から綺麗になるんでしょうけどね。そんな事は不可能ですし、嘘吐きと隠し事・秘密を区別する必要も有りますから複雑化は必然。

 「単純で良いじゃない」と思うかもしれません。ただ、その場合には所謂、サプライズなんて真似は出来無くなりますからね。


 嘘を許容する世界か、嘘を断罪する世界か。

 果たして、何方等がより良い世界なのか。

 そして、人が生き易い世界か、人が正しい世界。何方等が自分にとって価値が有る世界なのか。

 きっと、答えは人各々。その人の考え方や立場、過去・経験、理想により異なるのでしょう。




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