45話裏
私、ティウィーラセア・アルノーシャはエルフの中でも力の有る十三氏族の一つの家に生まれた。
その事に対して誇らしく思う事は間違い無い。
エルフという一つの種族を長きに渡って纏め続け導いてきた由緒正しい一族の血と名を受け継ぐ。
そんな名誉な家に生まれたのですから。
ただ、物心付いた頃から私は“周りとの違い”に戸惑う様になっていった。
エルフという種族は基本的には排他的で。伝統や風習を強く重んじる傾向が強い。
勿論、それ自体は悪い事ではないのだけれど。
それは、ある種の停滞を招く要因。
知らない事を知りたい。
そんな当たり前の事を当たり前の様に口にすれば歳の近い友達や知り合い、周囲の大人達は顔を顰め可笑しな者を見る様な反応をする。
それは他人に限った話ではなくと、母も、父も、祖母も、祖父も、姉も、兄も、妹も、弟も。
「貴女が可笑しい」と言う様に。
とても冷たい眼差しを向けてくる。
だから、何時からか私は自分が可笑しいのだと。それを疑う事をしなくなっていた。
ただ、それとは別に弊害が。
排他的だという事は閉鎖的な社会でも有る訳で。だからこそ、一度でも可笑しな噂が立ったりすると何年立っても消えなかったりします。
既に、そうではなくなっていたとしてもです。
私の場合、その所為で嫁ぎ先が見付かりません。血筋や家柄を考えれば引く手数多な筈なのにです。事実、一つ下の妹には既に婚約者が居ます。
ヒュームの王公貴族の慣習の様に幼くして結婚し家を出る様な事は珍しいですが、そういった事例が全く無いという訳では有りません。血や家を繋ぎ、絶やさない為には必要な事では有りますから。
ですから、本来で有れば私には婚約者が居る筈。寧ろ、そうではないから、嫌な方向に噂が高まり、余計に嫁ぎ先が見付からなくなっていました。
その様な状況ですから両親も頭を抱えています。
そんな中、セントランディ王国で開かれる一般人向けの婚活パーティーという物にヒュームの社会で暮らしているエルフ達が参加するという話が入り、私も参加してみる事に為りました。
「エルフの社会より、その方が御前の為だ」とは父が私を送り出す際に言った言葉です。
裏を返せば、「エルフの社会には御前の居場所は無いと思え」という事です。
……その真意が私の捻くれた被害妄想だったら、良かったのですが。残念ながら本当ですから。
まあ、仕方が無い事なのでしょう。
そんな感じで、追い出される様に参加した訳で。一緒に参加しているエルフの人達も我関せず。
まあ、この場に居る方達は、ある意味では同類。ですから、自分の事が最優先です。一々、私の事を気にする余裕は無いなので仕方有りません。
特に遣る事も無く、暇なので会場を見回していて真っ先に目に止まったのが歳の近そうな女の子。
直接は面識が無くても、彼女の事は判ります。
ダルタルモア帝国の伯爵家に生まれた、今は亡きムーヴァリア王国の正統血統者。亡国の王女様。
名前等は知らなくても。その存在だけは有名。
如何にエルフが社会的に排他的だとは言っても、政治という側面の情報収集は怠ってはいない。
だから、彼女の存在は誕生した時から、周辺には認知されていたと言っても過言では有りません。
そして、私の見立てが間違いでは無いと証明するかの様に。彼女もまた、会場で浮いています。
その姿には勝手に親近感を覚え、似た様な境遇な事に対する同情とも、或いは本の少しの優越感とも受け取れる感情を懐きます。
そんな自分に気付くと卑しくて嫌に為りますが。その自分も自分である以上、否定は出来ません。
彼女から視線を外し──現実逃避をするかの様に会場を見渡し、気を紛らわせながら暇を潰す。
正直に言って、遣る事は有りませんから。
誰かに声を掛けられない限りは。
私から声を掛けても最終的には事情を説明したりすれば話が面倒になるだけですから。
そんな感じで暫く過ごしていて。
ふと、彼女の事が気になった。
女の子同士なのだから、結婚相手にはならない。それなら、話し相手には丁度良いのでは?。
そう思い付き、彼女の姿を探した。
それは私が彼女を見付けたのと同時だった。
一人のヒュームの男の子が彼女に話し掛ける。
その光景は、見ている私にも驚きだったけれど。話し掛けられた彼女にしても驚きだったみたいで。戸惑っているのが手に取る様に判る。
そんな彼女の姿に、昔の自分が重なるから。
他意は無かった。
ただ、興味本位──好奇心から様子を窺う。
エルフですら忌避する彼女に話し掛ける男の子。気にならない方が可笑しいと言えます。
そう遣って二人を見ていると──羨ましくなる。私と同じ様に会場で孤独だった彼女が。今は誰かととても楽しそうに笑顔で話している。
物凄く身勝手な嫉妬。裏切られた様な失望感。
自分自身ですらも嫌悪する感情が胸に渦巻く。
だから、私は二人に声を掛ける事にした。
別に邪魔をするつもりは有りません。そうしても邪険にされるのは私の方ですから。邪魔をする事は出来無いというのが正しいのでしょう。
それでは何故、そうしようと思ったのか。
私は二人に──いえ、私と同じだった筈の彼女を笑顔にした男の子に強く惹かれるから。
「もしかしたら……」という淡い期待から。
そうしただけでした。
でも、その一歩が私の運命を変えました。
最初、彼女の方は戸惑っていました。不慣れだと判ってしまう辺り、似た者同士です。
しかし、彼──ジャックは平然としていて。
そんな彼が居るから、彼女も緊張が解れて。
私は会話に加わる事が出来ました。
その会話の中、私の常識という檻を壊したのが、彼の言葉でした。
私自身でさえ気付かなかった事を。
出逢って間も無い彼は直ぐに見抜いて。
けれども、答えはくれなくて。
その厳しさが、私を強くする。
同時に、彼女が彼に、そして私自身も。
こんなにも惹かれる理由が判った気がした。
彼は彼であり、彼でしかない。
それは当たり前の事なのだけれど。
誰しもが、何かしらの理由で自分を変えるという事は日常的に見ても有り触れた事です。
親に叱られたくはないから良い子にする。
仲間外れにされたくはないから反対しない。
損害を被りたくはないから関わらない。
そんな誰にでも有り得る事にでも。
彼は真っ直ぐに向き合う。
だから、結論や結果は同じだったとしても。
彼と他の誰かとでは受ける印象が異なる。
……「それは惚れた弱味だ」と言われてしまうと反論は出来ませんけど。
それでも、私にとっては大きな違いなのは事実。きっと、彼女にしても同じでしょう。
家族を含め、周囲に全ての人々とは違う。
自分を見て、向き合い、受け入れてくれる。
それが、どんなに救いになる事なのか。こういう境遇に有る身でなければ判らない事です。
ただ、だからこそ。私も、彼女も心を奪われて。もう他の誰かでは駄目なのだと判ります。
そんな風に自覚をした中で──あんな事に。
もう絶対に無理だと言い切れます。
その上、彼──ジャックは偽名で、その御正体はメルーディア王国の貴族、アーヴェルト様。
事件後、一緒に参加していたエルフの人達からも話を聞きましたが……想像以上の御方でした。
だからと言って、今更変える事も出来ません。
アーヴェルト様と彼女──エクリノワースさんの祝宴に出席した後、実家に戻り、意志を伝えて。
それから、アーヴェルト様の元へ。
所謂、“押し掛け女房”という物ですが。
私は世間体や体裁は気にしません。正妻は勿論、側室の方が複数居らっしゃる訳ですから。
御側に置いて頂けるだけで十分です。
勿論、期待をするのは別ですけど。
そんなこんなで忙しくも嬉しい方向に私の未来は劇的に変わって行きました。
無事、アーヴェルト様と結婚──婚約もし終え、家族にも祝福されながら家を、里を離れます。
何気に、私にとっては解放に等しい事ですから。アーヴェルト様との出逢いは正に運命です。
個人的な心配は、数年後の私の姿でしょう。
血統的に考えても、大丈夫だとは思いますけど。皆さんが成長している中で一人だけ背が低いという未来図は……微妙に笑えません。
アーヴェルト様なら御気になさらないでしょう。だから、飽く迄も私自身の気持ち次第です。
「それにしても驚きました
まさか、貴女が氏族家の方だったなんて……」
「私も会場で貴女を見た時には驚きましたよ?
幾ら何でも貴族の御令嬢が一般の婚活パーティーに参加しているとは思いもしませんでしたから」
「つまり、御互い様、という事ですね」
「ふふっ、そうなりますね」
そう苦笑しながら言って──御互いに笑う。
目の前に座るエクリノワースさん。
彼女にとっても、アーヴェルト様と出逢った事は大きな救いであり、未来を切り開く事になった。
だから、こうして今、笑っていられる。
私も、彼女も、謂わば“籠の中の鳥”でした。
御互いに立場や理由は違えども、生き苦しい中で生きていかなければならない。
いっそ、死んでしまった方が楽な位に。
私達の置かれていた状況というのは厄介でした。それでも「死んだら敗け」と思っていた辺りまで、私達は似た者同士ですから。気が合う訳です。
そして、正妻の方も、もう一人の側室の方も。
私達と同じ様にアーヴェルト様に出逢った事で、救われ、未来が開かれた、という話です。
その側室の方はアーヴェルト様に同行されているフロイドさんの妹さんなのだそうですけど。私達にこっそりと教えて下さいました。
アーヴェルト様に話すと妹さんから怒られるので内緒で、という事でしたが。
フロイドさんが兄としてアーヴェルト様に対して心から感謝し、尊敬しているのだと。
話を聞きながら実感しました。
だから、御二人にも早く会いたいと思います。
「そう言えば、今回の件でエルフ側の反応は?」
「特には有りません
私は偶々巻き込まれる形になっただけですし……
抑、アーヴェルト様が未然に防がれた訳ですから
実質的な被害は無しです
……私達が恐い思いをした、位ですから」
「その御陰で、と考えると何とも言えませんね」
「ええ、ですから、特に問題にはしない様です
幸い、私以外の誰かを押し込もうと考える様な方はエルフには居ませんので」
「私の方も似た様なものです
漸く、厄介払い出来ますから……
それに下手に小細工をしてアーヴェルト様は勿論、メルーディアやセントランディ、ノーザィラスからライガオン獣王国にまで悪印象を与える様な事態は避けて然るべき事ですから
余計な事をする者は皆無だと言えます」
「そう考えると皮肉なものですね」
「ええ、本当に」
クスクス……と。しかし、苦笑しながら。
私達は、あれ程までに嫌だった自分達の境遇に。今では一転して感謝すら覚えてしまうのですから。何とも可笑しな話です。
ですが、そうしていられるのもアーヴェルト様と出逢ったからであり、今が幸せだから。
そして、それはこれから更に大きく広がる訳で。苦労や困難、大変な事も少なからず有るでしょう。それでも、私達は迷う事は無いと言い切れます。
アーヴェルト様と共に生き、歩めるのであれば。どんな事にも、どんな場所ででも。
私達は──私は、自分らしく生きられます。
そんな私達の笑い声を。話し声を。掬い上げて、遠く離れた誰かの耳に物語を聴かせるかの様に。
吹き抜けた風が頬を撫で、髪を揺らしながら。
白い雲が浮かぶ青く澄んだ空へと。転た寝をする様な穏やかな海へと。見知らぬ遥か彼方の地へと。
運んで行く様な気がして。
未来の私達を見詰める様に目を細めます。




