45話 左耳
ぼー……っと。ただただ無心に青空を見詰める。
──という事が出来無い自分の性分が恨めしい。どうしても彼是考えてしまう。
こればっかりは死んでも直らないみたいです。
本日はイェトの月、12日。
“ルインベール事件”から七日が経過。
マーヴィラン男爵に連こ──案内されて向かった王都・センテラーゼル。メルザントも凄かったが、それ以上の規模を誇る辺りは流石は大国。原作ではメイン舞台なだけ有ります。
ただ、ゆっくり観光する訳では有りません。
セントランディ王国の国王に謁見し、事の次第をマーヴィラン男爵が説明。俺達も経緯を説明の後、物凄く歓待されました。
流石に判りますよ?。そうなるのも状況的にも。でも、少しは考えましょうよ。九歳相手ですよ?。其処まで遣らなくてもいいでしょうに……。
そう思ってもいいよね?。だって、九歳だもん。
──と言うか、精神的にヤバかったです。
普段フォローしてくれるフォルテ不在の社交会。果たして、俺は上手く笑えていたんでしょうか?。正直な話、全く自信が有りません。
まあ、一応問題になってはいないみたいですから取り敢えずは凌げたんだと思います。
……フロイドさん?。この場合、フロイドさんは殆んど役に立ちませんからね~……。宅に帰ったらアンやメレアさん達に教育して貰うとしましょう。だって、主人のフォローは大事な仕事ですから。
それから、同期という縁で、セレサティーナ嬢とエリクシスさんと再会。もう王子では有りませんし当主ではない為、立場は俺が上。ややこしいけど、気を付けないといけないから面倒臭いです。
セレサティーナ嬢が幸せそうで何よりでした。
そんな感じで箸休め的な小話も有りましたけど、本題は変わりません。
それでもセントランディ王国の対応・対処自体は非常に早かったと思います。
被害者が皆無で、容疑者は全員確保。取り調べに参加してはいませんが、フロイドさんの伝手であるマーヴィラン男爵の話では素直に吐いたそうです。流石に事件の詳細までは訊ねませんでしたけどね。これ以上の深入りは内政干渉に為りかねません。
それでも、狙いがエクリノワース嬢であった事は教えてくれました。まあ、当然でしょうけどね。
彼女を狙って、という訳ではなく、帝国貴族なら誰でも良かったんだそうで。迷惑な話です。
まあ、犯罪の理由は、そういう物でしょうけど。彼女にしたら不運でしか有りません。
……いや、まあ……結果的に言えば、それが逆に彼女に幸福を招いたとも言えるのかもしれません。ええ、予想通り、俺に嫁ぐ事になりました。
既に彼女の御家族とは顔を合わせました。現在は嫁入り準備の為に実家に戻っていますが俺達と共にメルーディア王国に向かう事になります。
彼女との儀式はメルーディア王国で執り行う為、ささやかながら祝宴が開かれました。
セントランディとダルタルモアの共同開催で。
近年稀に見る出来事だった事は知りません。
本来なら、俺の実家も関わるべき話なんですが、状況が状況です。それに距離が距離なので、直ぐにメルーディア王国と連絡を取り合う事は難しいのが現実だったりします。
しかし、此処で巡り廻った必然が働きます。
何と、前フィルヴァンス公爵御夫妻が滞在中で。御二人は母上の両親──つまり、俺の母方の祖父母になるんです。
フォルテとの披露宴、アンとの披露宴にも揃って顔を出して下さったので覚えています。
──で、俺が色々遣らかし、姉上達の事も有り、隠居した身である事も有り、セントランディ国王に外交官的な感じで来ていたんだそうで。
両国間の事を上手く調整して下さいました。
頼りになります、御祖父様・御祖母様。
因みに、当主の座を譲るタイミングは個人任せ。我が子が二十歳になれば早々に隠居し、政務等から離れる人は少なくないんだそうで。
俺達も、そうしようと思っている訳です。
フィルヴァンス公爵家は俺の遣らかしてる件には直接は関わっていませんが、家を出て嫁いだ身でも母上は直系で、現当主の姉になります。
そういう繋がりも含め、価値は上がりますから。御祖父様達が動いているのも可笑しくはない話。
俺達としては滅茶苦茶助かりましたからね。
ただ、帰ったら確実に母上に怒られます。ええ、決して避けられぬ未来でしょう。
「おーいっ!、アルト様、御客様だぞーっ!」
そう叫ぶ声に青空を眺めていた視線を窓の下へと向ければ庭で手を振っているフロイドさんが居て。その隣には見覚えの有る少女の姿が有った。
そのまま窓から飛び降り──たいのを我慢して、手を振り返してから部屋のドアに向かう。
普段の──別邸の生活でなら、遣っている事でも此処では自重しないといけません。
それが滅茶苦茶ストレスになり、溜まってます。アア……早ク宅二帰リタイ……。
「いらっしゃい、元気そうで安心したよ」
「有難う御座います、アーヴェルト様は……少々、御疲れの御様子ですね」
「あー……判る?」
「はい、私も身に覚えが有りますので」
そう言って苦笑するのはティウィーラセア嬢。
エクリノワース嬢との婚約話──事実上の結婚が決まって、祝宴にも参加してくれていた。
その後、婚活パーティーに参加していたエルフの人達と一緒に家に帰った──筈なんですが……。
その彼女の脇には大きなトランクが有ります。
「私も自分の道を歩こうと思います」
そんな俺の視線に気付き、その意図を察した様で真っ直ぐに俺を見詰めながら、そう言い切った。
本来なら、「頑張って」とか言う所なんですが。俺の培った滅多に役に立たないフラグ・センサーが珍しく反応しています。
……今、どんな顔をしてるんでしょうか?。
そんな現実逃避している俺の思考の隙を見計らい滑り込む様に近付いて──右手を取る。
そのまま自分の顔──頬に近付け──左耳へ。
その彼女の行動に硬直し──焦る。
「ちょっ、それは────」
「エルフの女性の左耳は“純潔”を意味します
ですから、触れていいのは一人だけなんですよ?」
「────っ!?」
揶揄う様に。悪戯が成功した様に。だけれども、そうする事が心から嬉しくて、幸せだと言う様に。屈託の無い笑顔を見せられては。
その真意に気付かないという方が難しい。
ただ、だからこそ、きちんと確認はしないと。
「…………本当に俺でいいの?」
「貴男以外には考えられません
この命尽き果てるまで、御傍に居させて下さい」
其処まで率直に、はっきりと言われては。
一人の男として、断る事も拒む事も出来ません。彼女の事を知っているが故に、尚更です。
ただ、少し離れた所で「お~、目出度いな~」と暢気な顔をしている家臣には仕返しをしましょう。帰ったらアンに有る事無い事言って遣ります。
そんなこんなでティウィーラセア嬢も迎える旨を御祖父様に報告に行けば、「でかしたっ!」と声を上げて笑顔で肩を叩かれました。
正直、訳が判りませんでした。
困惑する俺に説明してくれたのは御祖母様。
何でも、ティウィーラセア嬢はエルフの主導的な立場に有る十三氏族の一つ、アルノーシャ家の娘で非常に大きな影響力が有るのだとか。
エルフは国という形を持たず、里──都市を築き氏族毎に纏まっているんだそうです。
末端のエルフ辺りならヒュームとの社会的交流は有るものの、上位のエルフが自ら外と交流を持つ事自体が殆んど無いんだそうです。
その辺りは彼女に聞いた通りでした。
ただ、まさかエルフの御姫様だったとは……。
「其処まで大層な訳では有りませんよ?
飽く迄も、ヒュームの社会性に照らし合わせたら、というだけの事ですから
何方等かと言えば、王族よりは貴族でしょうか
昔も今もエルフの社会には王族という概念や存在が有りませんから」
「ああ、成る程、その方が的確かもしれないな
所謂、合議制社会みたいだし」
「それに私自身は世間知らずな田舎育ちの娘です」
「俺も世間知らずな点では同じだな」
「ふふっ、それでは似た者夫婦ですね」
そう言って笑う彼女に同意する様に笑う。
此処でフォルテ達の事を出す真似は致しません。ええ、そんな無粋な輩の末路は見えています。
──と、現在の仮住まいである王家の別邸までの帰り道に散策デート。馬車なんて物は使いません。だって、気になった御店とかに入り辛いですから。勿論、フォルテ達への御土産も忘れずに購入。
今は狩りに行ったり出来ませんから。
まあ、それはそれとして。
ティウィーラセア嬢との結婚に関してですけど。此方等も明後日には御家族と対面の予定。
御祖父様達は兎も角、セントランディ王国貴族が集まる事は御遠慮願う事に。
無関係では有りませんけど、今回の事は飽く迄も俺との結婚ですからね。
まあ、彼等も貴族。分を弁える事はします。
寧ろ、此処で悪印象を持たれる方が将来的に見て王国の損害に成るでしょうからね。
此処は理解を示す事が重要、と。
うん、出来れば、その理解を俺の時にも適用して欲しかったです。マジで。
尚、メルーディア王国内での俺の立場が面倒臭い方向に進化驀地なのは考えたくも有りません。
──と言うか、フォルテ達も含めて、妻の面子が物凄い事になってませんか?。
誰を取って見ても重要人物じゃないですか。
…………いやいや、別に狙ってませんからね?。本当に、偶々、偶然なんですから。
でも、何かしらの因果は有りそうです。
始まりはフォルテを選んだ事でしょうけど。
………………或いは、俺の転生が、ですかね。
……うん、今は深くは考えるのは止めましょう。フォルテ達が居ないので甘える事も出来ませんし。まだ彼女達には甘えられません。まだ儀式前なので正式には妻では有りませんから。其処は守ります。
──といった事が毎日の様に続きまして。
俺のLPは尽き掛けています。
ただ、今日はマーヴィラン男爵からの御招待で。しかも、俺とフロイドさんの三人だけっ!。
昨日帝国から戻って合流したエクリノワース嬢はティウィーラセア嬢と買い物中。二人共に同行する侍女は居ませんけど、マーヴィラン男爵の奥さんが一緒ですから心配要りません。人手は付きます。
「──だから、もう少しは放置して欲しいっ!」
ダンッ!!、と。グラスを持った右手をテーブルに叩き付ける様にしながら、愚痴を吐く。
会員制の超高級料理店の個室。各部屋には専属のシェフとバーテンダー。口の堅さは言う事無し。
なので、酔った勢いで溜め込んだ愚痴を吐く。
妻達には感謝と愛情しか有りません。その愚痴は殆んどが俺を取り巻く社会の柵への物です。
取り敢えず、もう一杯っ!。
「……おい、フロイド、そんなに、なのか?」
「……あー、まあ、アルト様だからな~
……それでも、大分各所も気を回して、だ
……アルト様が王族だったら、今頃は問答無用だ
……確実に、王国内の全ての貴族家から一人ずつは側室を迎える事になってるだろうな」
「……確かに……そうなる可能性も有るか」
少し離れて既知の二人が飲みながら話している。しかも、俺が酔っ払っていると思っている。
だが、残念だったなっ!。これでも前世の時から酔い潰れたり、二日酔いの経験は無い!。
ウイスキーをストレートで飲んで、5リットルを一人で一晩で開けても平気だった位です。
この程度で酔いはしません。
酔っているとしたら、この状況と場にです。
気兼ね無く愚痴れる時には愚痴る。
そして、嘘が下手なフロイドさんを知るからこそマーヴィラン男爵は俺への警戒心を下げる。
別に悪意や謀略が有る訳じゃ有りませんけどね。仕込みは遣れる時に遣っておくべき。
今は子供で通っても、将来は違いますからね。
こんな風に腹の内を見せて置く事も布石です。




