44話裏
エクリノワース・フォン・ラピノ・パーゼイルはダルタルモア帝国、パーゼイル伯爵家の当主の父と妾の母の間に生まれた五女で現在九歳。
父方の祖母と同じ空色の髪に、母方の祖母の血を辿り、遡った先に有る帝国の始祖となる初代皇帝と同じ銀色の双眸は、国内でも注目される稀少さで、見た目も決して悪くはなくて、魔力評価も中の下。嫁ぎ条件としては間違い無く上位だと言える。
けれど、本来であれば引く手数多となる筈なのに家族にさえ邪険にされてしまう存在。
それが、彼女だと言える。
他人事の様に思っているけれど、全て自分の事。それなのに、そんな風に思うのは、そうしなければ自分自身が壊れてしまいそうだから。
孤独と不安と淋しさに呑み込まれて。
だから、他人事の様に思う事で自分を守る。
それが空虚で、無意味で、無駄な自己満足だったとしても構わない。
そうする事でしか、私は私を守れないのだから。誰も私を助けてもくれないのだから。
それは決して、私自身が望んだ事ではない。
また、私自身の言動が関わった何かしらの結果、そうなったという事でもない。
そうなった要因は唯一つ。
私が生まれながらに持ってしまった肌の色。
私自身が、私の両親でさえも望んだ事ではない。
それでも、この現実からは逃れられはしない。
日焼けした肌とは違う、特有の褐色の肌。
それは帝国との戦いで滅びたムーヴァリア王国の王族の直系の血筋を引いている証であり、今現在、確認出来る唯一の王族が私である事を物語っている。
普通であれば、価値の有る話なのだけれど。
事、これに限っては帝国の王公貴族からすれば、先祖達の──全体の一部ではあるが、後世に恥だと語り継がれる行いの象徴的な存在だったりする。
その為、既に百年も経っており、一度は、完全に血筋が途切れてしまったと思われていたのに。
こうして、私という形で現代に甦った。
甦ってしまった。
まるで、「貴様等の行いを決して忘れるな!」と帝国の全ての王公貴族を戒めるかの様に。
ムーヴァリア王国の正統血統継承者である私に。
この身に流れるムーヴァリア王国の王族の血が、訴えているのかもしれない。
ただ、その結果、私は腫れ物扱いされている。
両親にしても我が子だから手に掛ける様な真似はしなかったのだろうし、家の者や金で雇った者等に殺させる事も遣らせはしなかったのかもしれない。尤も、其処まで因縁深いと不吉だと感じてしまい、逆に手を出し難いのかもしれない。
そういう意味では私は血筋により生かされているという考え方も出来るのかもしれない。
家族以外──他の帝国の王公貴族が私に対して、どの様に思っているのかと言えば。家族よりも更に忌避感を強く懐き、一切関わろうとはしない。
その為、私に友人は居ない。
兄弟姉妹とでさえ、碌に会話もしないのだから。当然と言えば当然だと言える。
それでも、深く強い憎悪や怨嗟を持ったまま私に自殺され、呪われたり、祟られたりするのは嫌。
だから、最低限の世話役等は与えられているし、欲しい物が有れば与えて貰える。
他の王公貴族にしても似たようなもの。
自分達に直接関わらなければ、優遇してくれる。
ただ、それでも厄介者である事には変わらない。
だから昨年、セントランディ王国主催で行われた選定の儀への特別参加も厄介払いの意味も含む。
家族や帝国からすれば、私が誰にでもいいから、気に入られてくれれば追い出せる。
その事が何よりも大きかったのだから。
しかし、実際には私は選ばれる事は無かった。
当然と言えば当然だけれど、私は同年代の相手と一切接しては来なかった。
それなのに急に自分から選択権を持った男の子にアピールやアプローチしなければならない。
そんな事、出来る訳が無い。
だから私は当然の結果だと思った。
取り敢えず、生活する分には困らないのだから。将来の事は追々考えていけばいい。
そう思いながら家に戻ってから一年以上が経ち、両親の勧め──という名の圧力が有り、何の因果か再びセントランディ王国へ。
其処で一般人向けの婚活パーティーに参加。
「何処の誰にでも構わないから嫁いでくれ」と。床に額を打ち付ける様に頭を下げる両親を見たら。流石に断り切れなかった。
その相手が見付かるのかは、別の話だけれど。
パーティーでは予想を裏切らず、一人きり。
護衛という事で付いて来ていた者達は、会場内で自由に手に取れる料理と御酒を楽しんでいる。
帰って話せば、即解雇でしょう。自業自得。
そんな風に、いつも通りにしていたら。
声を掛けてきた男の子が一人。同い年か、歳上。一般人らしくない洗練された容姿と佇まいに思わず見惚れてしまった。
その上、全く慣れていない事だから。
自分でも、どう接すればいいのか、戸惑う。
伯爵家の娘として礼儀作法は身に付いている。
ただ、歳の近い相手と接した経験が皆無であり、どうすればいいのか。それが判らなくて困る。
「無理に構えて話さなくてもいいよ」
そう、その男の子──ジャックが言ってくれて。其処からは私は初めて歳の近い相手と話して。
話せば話す程、彼に惹かれていっていると感じて戸惑うけれど、それが心地好くも有り。
「この人となら、私は……」と期待を懐く。
其処に現れたのが同じ位の歳のエルフの女の子。当然、エルフの人と話すのも私には初めての事。
どう接すればいいのか。内心、緊張していると。
ジャックが女の子──ティウィーラセアに対してエルフの人との接し方を訊ねた。
ふと、心の中を見透かされている様な気がして。自分の懐く想いに気付かれたら……と。
期待と不安に一人、胸を高鳴らせてしまう。
その一方で、ティウィーラセアとも意気投合。
彼女は彼女で悩みを抱えているみたいで。
けれども、それを会ったばかりの筈のジャックの言葉が暗闇の中に射し込む希望の光の様に。
彼女の、そして、私の心を射抜く。
そんな中、ティウィーラセアに男性が打付かり、それが切っ掛けとなり、事態は怒涛の急展開。
幼い頃から数多く読んできた、どんな物語よりも私の心を激しく動かして。
不謹慎な事ですが、「楽しい!」と興奮している自分が居たのは否めません。
ただ、それ以上に謎なのが彼──ジャックの事。強い事は間違い有りませんが、聡明さも段違いで。とても同い年とは思えません。私達を抱き締めて、優しく掛けてくれた一言。それで彼を意識するなと言う方が無理な話です。
そして、彼の仲間──雰囲気からすれば立場上は彼の部下等になるのかもしれません──のズゥマの男性も確かな実力を持っています。
一体、彼等は何者なのでしょうか。
そんな事を考えているとパーティーの主催であるルインベール商会の方々が遣ってきて二人に詳しい事情を訊いています。
「それでは、この者達の事は……」
「正直、何も判ってはいないのが現状だ
飽く迄も、何か嫌な予感がしたから、だからな
ただまあ、その予感が当たったから、こうして大事になる前に潰せはしたから良かったが……
此処からは任せてもいいんだろ、ブライス?」
「ああ、任せてくれると此方も助かる」
ズゥマの方が顔を向けた先に居たのは、社交会と縁遠い私でも顔を知っている方。
セントランディ王国・近衛騎士団・第三師団長、ブライスロッド・フォン・マーヴィラン男爵。
セントランディ王国屈指の槍の名手です。
思い掛けない方の登場に商会の方々も恐縮して、身体を強張らせていますが。
ズゥマの方は御知り合いなのでしょう。御互いに気心の知れた雰囲気が見ていて判ります。
「全く……御前から珍しく文が届いたと思えば……
だがまあ、御陰で王国としては助けられた
改めて、陛下からも感謝の言葉が有るだろう
……それにしても、随分とキレる様になったな」
「いや、俺じゃなくてアルト様が──痛っ!?」
頭を掻きながら話すズゥマの男性に肘打ちをするジャック。その様子から「余計な事を言うな!」と伝えている事が判ります。
ただ、聞こえてしまったら、気になるのは当然。ティウィーラセアは小首を傾げている。
「……アルト?」
「あ、いや、それは……」
それがジャックの本名なのか。
初めて見る慌てる姿が年相応に見えて。
不意に、彼の瞳に、あの方の瞳が重なった。
「…………アーヴェルト様?……」
「「────っ!?」」
その名を口にした瞬間、二人の表情が強張った。
その名を口にした瞬間、ピタリと填まった。
去年の選定の儀。私自身もダルタルモア帝国から特別参加という形で会場に居たので覚えている。
何しろ、魔力評価が無空の、ノーザィラス王国の王女様を妻として指名して、会場全体を騒付かせたメルーディア王国のクライスト伯爵家の四男。
その方の名前は、アーヴェルト・ヴァイツェル・フォン・クライスト。
ただ、見た目は当時とは別人の様に格好良い。
それでも、指名した彼女が壇上に上がった時の、真っ直ぐな眼差しは強く印象に残っていて。
正直、彼女の事を羨ましいと思った。
「あの様な方と出逢えたなら、私も……」と。
思わず、彼女に嫉妬してしまったのだから。
だから、これは必然だったのかもしれない。
“ジャック”と名乗り、今回のパーティーに参加していた彼に惹かれてしまったのは。
ずっと、彼と話しながら「大変失礼なのですが、以前、何処かで御会いした事が有りませんか?」と何度も訊ねようとしていましたから。
その瞳が、ずっと忘れられないのだから。
「……どうする、バレたぞ?」
「はぁ~……其処で言ったら駄目ですって……」
「言わなきゃ誤魔化せたのに……」と。
あっさり白状した事を愚痴りたそうにしている。しかし、決して責めている感じはしない。
それだけ確かな信頼関係が有るという事ですね。
「アーヴェルト?……
……もしや、クライスト男爵?」
「男爵?」
「メルーディア王国、クライスト伯爵家の御子息で九歳にして多数の功績を上げ、男爵位を叙爵された今最も将来を嘱望されている御方です」
マーヴィラン男爵の言葉を聞いても判らない目を瞬かせるティウィーラセアに説明する意味も含め、確認する様に言う。
すると、降参した様に彼は苦笑する。
「……おい、フロイド」
「いやいや、俺じゃないからな?
今の俺はアルト様に仕えている身だから、主からの命令には逆らえない、それだけだ
今回の事はアルト様の立案だし、御前に密かに文を出して助力を願う案を出したのもアルト様だ」
「その主人を売るのは如何なものですか?」
「俺は反対しただろ?」
「ちょっと女性に優しくされただけで、だらしなく鼻の下伸ばしてたってアンに報告するから」
「それこそ裏切りだろっ!
──と言うか、関係無いよなっ?!」
「フロイド、御前は少し黙っていてくれ
……失礼ですが、本当にクライスト男爵で?」
「あー……はい、そうです」
「………………判りました
取り敢えず、王城の方に御案内致しますので」
「出来れば、このまま帰して貰えませんか?」
「その様な無茶を仰有らないで頂きたい
これだけの事を無かった事には出来ません
少なくとも、私の一存では不可能です」
「ですよねー……」
そんな先程までの緊張感が嘘の様な遣り取りも。不思議と居心地好く感じられて。
この一件で、間違い無く私の未来は決まった。
それは私にとっての幸せであり。家族や帝国にも意味の有る事。
だから、反対される事は絶対に無い。
私の望む未来への道を邪魔される事は無い。
そう確信出来ればこそ。どうしようもない程に。沸き上がる歓喜に身体は弾む様に震える。
澄んだ青空に祝福の鐘の音が響く。




