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44話 阻止


 俺の行動には、二人は勿論、笑顔を浮かべていた優男も驚きを隠せないでいる。

 当然だろう。まさか、気付かれる(・・・・・)とは思ってもみなかっただろうから。

 それでも、直ぐに平静を装い、困った様な苦笑を浮かべながら俺の方に顔を向ける。


 俺は二人を庇う様に優男との間に身体を入れると真っ正面から優男と対峙する。

 笑顔なのにも関わらず、その視線は忌々しそうに俺を睨み付けているのに気付いていますか?。



「突然、どうされたのですか?」


「上手く紛れ込んでる事には素直に感心するよ

でも、仕掛け(・・・)は御粗末だったね

相手が子供だからって甘く見たんでしょ?」


「一体、何の事ですか?」


「惚けるね~……でも、証拠は有るよ」


「証拠、ですか?、そんな物、一体何処に?」


「その両手に持ってるでしょ、毒入り(・・・)の紅茶を」


「「「「────っっっっ!?!?!?!?」」」」



 そう言えば、優男も、俺の後ろに居る二人も声を詰まらせ、連れの男は手に持ったトレイを揺らす。その動揺を他者に教える装置の様に判り易く。

 ただ、それに乗じて証拠隠滅を図られてしまうと此方等としても困るので即座に逃げ道を塞ぐ。



「ああ、今、落としたら肯定と同じだよ?」


「──っ……ですから、私には何の事だか……」



 「ああ、済みません、思わず驚いてしまって」と如何にも俺の言動に驚いた振りをして、この場での毒殺を諦めて遣り過ごそう。

 そんな考えを見透かす様に先手を打てば、優男は一瞬だけ表情を強張らせた。

 勿論、その程度で降参する程、相手も馬鹿正直な反応は見せはしない。連れの男の方は別だけどね。しらを切り通そうとする優男とは大違いです。


 ただまあ、此方もね、何の策も無しに遣って来てパーティーに参加している訳じゃ有りません。

 地味に、出来る事は遣って有ります。



「きっと、無味無臭の毒なんだろうね

その手の常套手段だろうし、よく有る話だしね

だから、使っても絶対にバレる事は無いだろうって自信が有ったんだろうけど──残念だったね

その毒の優秀さが仇になったよ」



 宛ら名探偵の推理ショーでも遣っているかの様に得意気に語る俺に会場から多くの注目が集まる。

 元々、俺達三人の談笑は注目を集めていた。

 ちょっと男が打付かってしまったというだけでも周囲の何人かは此方等に意識を向けていた。

 それが、こんなにも堂々と毒殺説を語っていれば注目をされない訳が無かった。


 現に、俺の言葉通りに、優男は両手に持つ木杯を迂闊に手放す事は出来無くなっている。

 「子供の戯言ですよ」では誤魔化し切れない中、一瞬の動揺と、思考・判断の遅れから後手に回った優男は完全に身動きを取れなくなった。

 偶然を装おうにも連れの男以外は近くに居らず、衆人環視の中、態とらしく転けたりも出来無い。

 何を遣ろうと、疑いを深める事にしか為らない。

 つまり、どう遣っても木杯を手放す事は難しい。持ち続けなければ、自ら白旗を上げるのも同じ。

 詰みの状況だと言える。


 出来る事が有るとすれば、無実を立証する事。

 例えば、自分で飲み干して見せる、とかだ。



「どう遣って入手したのかは知らないけど、実際に自分で使ってみた事は無いんだろうね

だから、気付かなかった

そして、下調べも中途半端だったみたいだね

だから、知らなかった

このパーティーで出されている冷たい紅茶の種類は一種だけしかない

そして、その“エールセフィ”は異物が本の僅かに混ざっただけでも本来の匂いが変わってしまう程、とてもデリケートな茶葉だって事をね」



 ──なんて言ってはいるが、これは偶然ではなく俺が事前に仕込んでいた罠。

 毒殺という可能性を考慮し、それを阻止する為に態々持って来た品だったりします。

 エールセフィはクライスト領(実家)の特産品。

 それをフロイドさん経由で主催の商会側に渡してパーティーで振る舞って貰っていた訳です。


 飲み物に混ぜるなら、熱い物よりは冷たい物。

 口を付け易く、一口の量も多くなる。

 料理やデザートの場合、好き嫌いは勿論、個人の腹具合により、混ぜ難いですからね。

 事前にリサーチして仕込んでおいた訳です。


 確実に逃げ道を塞がれ、追い詰められている事に優男は余裕を無くし、苛立ちが顕著になる。

 恥を掻かされた見栄っ張りの似非紳士みたいに。付けていた仮面が限界を迎えている。



「馬鹿馬鹿しい、何を言っているのか私には──」


「それなら、飲んでみなよ、その手に持つ紅茶を

今此処で、一息に、俺達の目の前でさ

何の躊躇も無く飲み干せるでしょう?

その手に持ったカップに何も入れていない(・・・・・・・・)のなら」


「────っ………………」


「どうしたの?、此処での沈黙は認めたのと同義、自分から白状したのも同然だよ」


「…………これでも──っ!?」


「食らう訳無いでしょ、御馬鹿さん」


「──ぅギャァア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ッッ!!!!!!」



 「飲ませるのが無理なら、ぶっ掛けてしまえ」と言わんばかりの見え見えの優男の鈍い動きを容易く制して両腕を掴むと、手放した木杯が地面に落ちるよりも早く、一切の躊躇無く、へし折る。

 その痛みによって優男の絶叫が上がる中、視線を連れの男に向ければ、トレイを手放し、衣装の下に隠し持っていた短剣を抜き放った。



「この糞ガキがっ!、殺して遣るっ!!」


「──させるか、ボケが」


「──グガェッ!?」



 ボケ・ツッコミの様な早さで男性の側に来ていたフロイドさんが俺仕込みの一本背負いで投げる。

 引き手を切っているので衝撃は緩和されません。まあ、相手が相手ですからね。構いません。


 あっと言う間に制圧された実行犯の二人。

 その様子を見ていただろう、会場内に潜んでいた二人の仲間らしき男が慌てて逃げ出そうとする。

 当然、逃がすつもりは有りません。


 手近な料理の並んだテーブルから、切り分け様に用意されていたナイフを掴み取り、参加者達の間を縫う様にして男の足首を狙う。

 普段、山で狩りをしている事を思えば児戯です。まだ十歳にもなっていませんけどね。


 逃げ出せると高を括っていただろう男は、思わぬ激痛と突如失われた自由に対する混乱から、驚きの声を上げながら転倒し、テーブルに突っ込んだ。


 その男の事は無視し、別の方向を見る。

 すると、俺とバッチリ視線が合った一人の女性。一歩、後退った、その次の瞬間。女性の顔の真横を俺の投げたフォークが掠め、背後の木に刺さる。



「大人しく投降した方が身の為ですよ?」


「な、何の事ですか?、私は何も……」


「そうですか?、まあ、それなら構いませんよ

貴女の身体に訊いてみるだけですから」



 ──と言いながら、手品の様にフォークを両手にズラリと構えながら、笑顔で言う。

 それが何を意味するのか。

 女性は直ぐに悟った。だから、恐怖に震えながら膝から崩れ落ちて座り込んだ。


 突然の事に会場が静まり返ったが、この状況下で不用意に動こうとする馬鹿は一人も居ない。

 「動けば死にますよ?」と女性に向けた笑顔には周囲への牽制の意味も含まれていましたからね。

 察しが良い大人って好感が持てます。


 ある意味、今、この場は俺が支配しています。

 だから、落ち着いて会場を見回す事が出来ます。視線を向けられた人達はビクッ!と反応しながら、震えてはいますけど……うん。取り敢えず、他には仲間は居ない様ですね。

 どうにか未然に防ぐ事は出来たみたいです。


 実行犯だった二人を拘束し終えたフロイドさんがネクタイを緩めながら俺の側に遣ってくる。



「頼むから、動くなら先に一言言ってくれ」


「言ってたら気付かれるでしょ?」


「それはそうだが……せめて合図をするとか」


「男同士で?、俺に其方の趣味は有りませんよ」


「俺にも無いっての!……ったく……

これ、どう説明するつもりなんだ?」


「そのまま話すしかないと思いますけどね」


「うわっ、開き直ってるし……」


「それこそ今更でしょう?」


「糞~……アイツが招待状さえ送って来なけりゃ、こんな事には為らなかったのに……」



 この場には居ない友人に向けた怨嗟にも似ている愚痴を溢しながら天を仰ぐフロイドさんは放置。

 その場で立ち竦んでいるターゲットとなっていた二人の所へと戻ります。

 思考が追い付かず、頭の中を整理するも難しく、置かれている状況は理解出来ていない。

 それでも、自分達が毒殺されようとしていた。

 その事実だけは確かなのだと判っている。

 判っているから──捲き込んでしまった可能性に御互いに相手の身体を無意識に抱き締めている。

 「御免なさい、私の所為で……」と。

 そう謝る声が聞こえてきそうな責任感を纏って。



「二人共、大丈夫だった?」


「は、はい……私は……」


「……私も、大丈夫です」



 俺が先程まで話していたのと同じ様に接すると、戸惑いながらも二人は自分よりも相手を気遣う。

 こういう時は、もう少し自分の事を優先したって問題無いんですけどね。

 そうする事が当たり前になる位に。常に自分より他人の事を気に掛けてしまうんでしょう。

 それが良い意味でなら、全然構わないんですが。我慢や自己犠牲が染み付いた結果ですからね……。

 ぶっ壊したくなるのは仕方無いと思います。


 「…………ぇ?」と声を上げる二人を無視して。両腕で抱き寄せ、安心させる様に背中を撫でる。

 そして俺の予想外の行動に身体を強張らせている二人の耳許で「もう、大丈夫」と一言だけ。


 それが緊張の糸を緩めたのかは判らない。

 ただ、二人が俺の胸に額を押し当てる様にして、声を殺しながら泣き始めた。


 恐怖を感じていない筈が無い。

 どの様な立場であろうとも、まだ十歳に満たない少女達である事には変わらないのだから。


 勿論、自分の死の可能性を感じて、といった事も間違い無く有るだろう。

 しかし、それ以上に御互いを、或いは、無関係な参加者を犠牲者にしてしまったかもしれない。

 その事に対する責任感──自責の念は、本人達が思っている以上に重く圧し掛かっていた様で。

 もし、何方等かの身に、或いは、参加者の誰かに何か遇ったとしたら。

 あまりの重さに押し潰されていたのではないかと考えてしまうと。本当に無事で良かったと思う。


 後は──そんな感じで「此れにて、一件落着」と終わらせようとしている俺に「いや、無理だろ」と現実逃避させてもくれないフロイドさんの眼差しが否応無しに、まだ終わってはいない事を物語る。

 そう、事件は犠牲者を出す事無く阻止された。

 だがしかし、俺達の戦いは終わってはいない。


 「遠足は家に帰るまでが遠足です」と。

 そう、前世の学校の先生達は言っていた。


 此処は何処だ?。セントランディ王国です。

 御前の家は何処だ?。メルーディア王国です。

 ええ、そういう事なんです。果たして俺達二人は無事に帰る事が出来るのでしょうかっ!?。


 いやまあ、捕まったりはしませんけどね。

 少なくとも、ダルタルモア帝国の貴族の御令嬢を暗殺から護った訳ですからね。

 セントランディ王国も不遜な真似はしない筈。

 絶対とは言い切れないのは、俺が名と身分を隠しパーティーに参加していた、という点です。


 それでも俺達は良い方でしょう。

 名ばかりの、全く役にも立っていなかった彼女の護衛役の人達よりは増しでしょうから。

 だってほら、彼方の方で酔っ払っているみたいで顔を赤くしながら茫然としていますからね。

 先ず間違い無く、御役御免(サヨウナラ)でしょう。

 重要な仕事の最中に、気を抜いて飲酒するとか。異世界だろうと有り得ませんからね。


 セントランディ王国側からしても問題ですけど、ダルタルモア帝国側からすれば赤っ恥ですからね。面目丸潰れの大失態だと言えます。

 メルーディア王国にとってはセントランディ王国に貸しが出来ますから特に心配はしていません。




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